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健康すぎる私が医療事務に!?  作者: りむ


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21/23

#21 点数は国からのメッセージなんだよ

紬が沈黙を破る。

「じゃあ、葉月さんに似合うデート場所って、どこなんですか?」


葉月は一瞬だけ考えるように視線を上げ、それから肩をすくめる。


「そうだね……静かに話せるところ。明るすぎない場所」

「それ、水族館じゃないですか」

「違う」

即答だった。


「私は“雰囲気を作る側”じゃなくて、“壊さない側”だから」

よく分からない理屈に、沙耶が「哲学?」と首を傾げる。


そのとき、葉月のPHSから短い電子音が鳴った。

葉月は画面を確認して、ほんのわずかに表情を引き締めた。


「ごめん、窓口からクレーム対応で呼ばれた」

「えっ、今からですか?」

沙耶が慌てて顔を上げる。


「うん。診療費の支払いにも関わる件で、急ぎみたい」

立ち上がりながら、葉月は軽く笑った。


「デート談義は、また今度ね」

「ま、まだ続き……!」

「続かない」

そう言い切って、葉月はひらりと手を振った。


「紹介状の説明は終わったから、ちょっと待ってて。愛美さんも、そろそろ会議終わる頃だから」


ドアが閉まると、会議室には新人二人だけが残った。

数秒の沈黙。


「葉月さん、逃げましたよね」と沙耶がぼそっと言う。

「完全に」と紬が即答した。


そのときだった。

コンコン、と軽いノック。続いて、ドアが開く。


「お待たせー」

顔を覗かせたのは、会議を終えた愛美だった。

手には数枚の資料。いつもの柔らかい笑顔だが、目はしっかり仕事モードに切り替わっている。


「あ、お疲れさまです」

「ふたりとも、ちゃんと待ってたね」


沙耶が口を開く。

「会議どうでしたか?」

「今日は地域連携の人たちを中心に、紹介患者に関する話が中心だったよ」


その言葉に、紬がぴくっと反応する。


「……さっきの葉月さんの説明にも、“地域連携室”の話がありました!」

「うん。紹介患者の流れとか、受付との連携の話」


沙耶は身を乗り出す。

「あの。紹介状をやり取りする“地域連携室”って、具体的にどんなことをしてる部署なんですか?」


「実は今の会議でも“医療連携”が話題になったんだ。ちょうどいいから少し説明しよっか」

愛美は一度頷いてから、分かりやすく言葉を選んだ。


「簡単に言うと、患者さんが持ってきた紹介状を受け取って、内容を確認して、診療科や医師につなぐ窓口」

「へえ、医事課の受付とどう違うんですか?」


沙耶の問いに、愛美は少しだけ考えるように視線を上げた。


「役割が“似てるけど、相手が違う”って感じかな」

そう前置きして、指で机の上を軽く叩く。


「医事課の受付は、基本的に“患者さん本人”が相手でしょ。来院理由を聞いて、保険証を確認して、初診か再診かを判断して、診療につなぐ」

「はい」

「一方で、地域連携室は“医療機関”が相手になることが多い。クリニックや他の病院から、“この患者さんをお願いしたい”っていう連絡を受けて調整する部署」


紬がはっとしたように頷く。

「じゃあ……患者さんより先に、病院同士で話が進んでることもあるんですね」


「そうそう。紹介状が届く前に、電話やFAXで相談が来ることもあるしね」

愛美は、資料の一枚を軽く持ち上げる。


「連携室では、紹介状の内容を確認して、“どの診療科で”“どの医師が”“いつ診るか”を決める。そのうえで、受付に情報を共有する」

「……受付は、その情報をもとに患者さんを案内する」

「正解」


沙耶は、なるほど、と何度も頷いた。

「じゃあ、地域連携室がうまく回ってないと……」


「受付が混乱するし、患者さんも不安になる」

愛美はあっさりと言った。


「逆も同じ。受付で情報が抜けてると、連携室が調整した内容が活きない」

「完全に連動してるんですね」

「うん。だから、関係はかなり密接」


紬はペンを持ったまま、ふと顔を上げた。


「愛美さんみたいな連携室所属じゃない人もそういう会議に参加するんですか?」

「うん、時期的に“令和8年度の診療報酬改定”が近いからね。もう連携室だけの問題じゃなくなってるの」


愛美は紬の少し困ったような表情を見て、「あ、ごめんごめん。いきなり専門用語すぎたね」と苦笑いした。

彼女は空いているホワイトボードの前に立ち、ペンを手に取る。


「まず、“診療報酬”っていうのはね、簡単に言うと病院が提示するサービスのメニュー表のことだよ」

「メニュー表?」

「うん。私たちがレストランに行ったら、メニューを見て『ハンバーグ1,000円』って払うでしょ? 病院も同じ。でも、病院の場合はその値段を自分たちで勝手に決められないの」

「じゃあ、誰が決めるんですか?」

「それはね、厚生労働省が決めているの。厳密に言えば“中央社会保険医療協議会”、通称“中医協ちゅういきょう”っていう会議体で、2年に一度、日本全国一律の価格表が更新されるんだよ」

「へえ」

「もしもね、病院が自分たちで料金を決めていいよってなったら、『A病院は、風邪の診察代は1回5万円です!』なんてことになるかもしれないでしょ?」


紬は想像して、思わず顔をしかめた。

「5万円……。病院に行きたくても、行けない人が出ちゃいますね」


「でしょ? 逆に『B病院は、初診料一律100円だよ!』なんて極端な価格競争が起きても、医療の質が保てなくなる。だから国が、“日本全国、どこの病院でどんな治療を受けても、値段はこれ!”って一律に決めてるの。それが診療報酬。患者さんの平等と、病院の経営を守るためのルールなんだよ」

「なるほど」

「医療の世界では、金額を“1点 = 10円”の点数で数えるのがルール。例えば初診料が291点なら、2,910円ってこと。そのうちの3割、873円が患者負担分」


実際には色々な“加算”があるから、もう少し金額は上がるけどねと補足しつつ、ホワイトボードに内容をまとめる。


「この“改定”って、何のためにやってるんですか?」

「時代に合わせて医療のやり方を変えてほしいからだよ。例えば“もっと紹介状を重視してほしい”と国が思ったら、紹介状を受け取った時の点数を高く設定する。そうすると、病院側も“じゃあ、もっと地域連携を強化しよう!”ってなるでしょ? 点数は国からのメッセージなんだよ」


沙耶も質問する。

「今回の改定では、物価上昇に対する対応や持続可能な医療提供体制の確保が大きなテーマになってるんですよね? 確か、賃上げ対応とかも含まれていたような……」


「その通り! さすが沙耶ちゃん、よく勉強してるね」

愛美は感心したように頷いた。


「今回の改定は、特に私たち事務方にとっても無視できない内容が多いの」

愛美はホワイトボードに大きく“医療従事者の「賃上げ」と処遇改善”と書いた。


「今、世の中全体で物価が上がってるでしょ? さっきの『ハンバーグ1,000円』が違和感のないほどに」

「確かにそうですね」

「当然、電気代もガス代も、包帯や注射器みたいな医療材料の値段も上がってる。でもさっき言った通り、病院は自分たちで勝手に値上げができない。普通のお店みたいに“原材料が高いので値上げします”が通用しない世界なの」


紬がハッとしたように目を見開く。

「……じゃあ、コストだけが増えて、収入が増えないってことですか?」

「正解。だから国が“診療報酬(メニューの値段)”を上げてあげないと、病院は潰れちゃう」

「えっ!? 病院も潰れることあるんですね」

「うん。それに、特に今回は、物価が上がっている今の世の中で、医療現場で働く人たちの給料もしっかり上げられるように、国が点数をプラスしたの。看護師さんやコメディカルだけじゃなく、私たち事務職員の分も考慮されるような仕組みになったんだよ」

「ということは、私たちの給料も上がりますね」


愛美の言葉にニヤニヤする紬と、“その分頑張らないと!”と気を引き締める沙耶。

そんな二人の表情を見つつ、愛美は次の説明にうつる。


「それで、さっき言った『国からのメッセージ』が一番強いのがここ。大きな病院は高度な治療に専念して、風邪とか落ち着いた病気は地域のクリニックで診る。この役割分担を徹底させるために、紹介状なしで大病院に来た時の特別料金がまた見直されたりしてるんだよ」


「……つまりね」

愛美はペンを置き、真剣な表情で二人を見た。


「点数が変わるっていうのは、単に“レジの設定を変える”だけの作業じゃないの。国が描いた“日本の医療の未来図”に合わせて、うちの病院の運営方針を作り直すってことなんだよ!」


(メニューの書き換えどころか、お店の経営方針そのものに関わってるんだ……)


愛美は、知恵熱が出そうな顔をしている紬の肩をポンと叩いた。


「だからね。せっかくだし、顔合わせしておこうと思って」

「顔合わせ……?」

「地域連携室の職員さんと」


紬と沙耶が同時に顔を上げる。


「今後、受付業務で確実に関わる人でもあるから」

「えっ、今からですか?」


愛美はドアのほうを見て、軽く手招きした。

「緊張しなくていいよ。たぶん……すごく普通の人だから」


その言い方が、逆に少しだけ気になった。


「じゃあ、行こっか」

「……はい」

「お願いします」


三人で会議室を出る。

廊下を歩きながら、紬は胸の中で小さく思った。


(医事課の仕事って……患者さんだけじゃなくて、国や病院同士の“つなぎ目”にも立つんだ)


その“つなぎ目”の向こう側にいる人と、これから顔を合わせる。


――それが、後々かなりの頻度で関わる相手になるとも知らずに。

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