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健康すぎる私が医療事務に!?  作者: りむ


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16/20

#16 “最初の分かれ道”を任されてるって思ってくれるといいかな

休憩を挟んで、空気が少しだけ和らいだ。けれど、次に始まる内容は、受付としての“核心”とも言えるパートだ。

診療科の振り分け。それは、医療の入口を預かる受付にとって、避けて通れない仕事。


愛美はホワイトボードに診療科マップを貼りつけ、ふたりに向き直った。


「受付では大まかな症状の確認もするよ。問診票に記入してもらってるけど、それだけでは判断が難しい場合は、聞き取りもすごく大事になるの。“お腹が痛い”って言っても、消化器内科なのか、婦人科なのか、外科なのかで変わるから」

「適切な診療科を考えるんですね……」

「そう。もちろん、最終的には看護師や医師が判断するけど、受付での誘導がスムーズだと、患者さんも助かるからね。じゃあ、受付に立つ前に、うちの病院にある診療科の説明だけ、ざっとしておこうか」


愛美は、ホワイトボードに診療科マップを貼りながら、マーカーを手に取った。


「受付では、患者さんが来たら“どの診療科に案内するべきか”を把握するのが第2ステップ。ここを間違えると、案内やカルテ処理まで全部ずれちゃうからね。たとえ医療の専門知識がなくても、“どの科が何を扱うのか”を大まかに頭に入れておくと、対応がすごくスムーズになるよ」


沙耶が、すでにペンを走らせ始めている。紬も慌ててノートを開いた。


「じゃあこれ、ふたりに渡しておくね。患者さんに診療科をご案内するときの“症状別・診療科案内早見表”。受付に出るようになったら、最初はこれをポケットに忍ばせておくと安心だよ」


そう言って、愛美はクリアファイルからA4サイズのプリントを2枚、テーブルの上にすっと差し出した。


「わっ……こんなふうになってるんですね……」


沙耶が目を見開く。紬もさっそく目を通してみると、症状のキーワードごとに、診療科名とフロアの場所が色分けされて一覧になっていた。



★ 症状別・診療科案内早見表 ★

 ①内科系(1階南ブース)

  ・総合内科   発熱、頭痛、腹痛、倦怠感、生活習慣病

  ・内分泌科   糖尿病、甲状腺の異常

  ・脳神経内科  手足のしびれ、ふらつき、めまい、物忘れ

  ・呼吸器内科  咳、息切れ、睡眠時無呼吸

  ・循環器内科  動悸、息切れ、高血圧

  ・消化器内科  腹痛、胃もたれ、吐き気、下痢、便秘

  ・腎臓内科   腎機能低下、尿蛋白、透析

 ②外科系(1階北ブース)

  ・外科     腹痛、消化器の手術、その他の悪性腫瘍や手術

  ・整形外科   膝・腰・肩などの痛み、打撲、捻挫、骨折、骨や筋肉の手術

  ・脳神経外科  頭部打撲、意識消失、手足のしびれ、不穏状態、脳の手術

  ・呼吸器外科  肺がん、気胸、肺の手術

  ・心臓血管外科 心臓の手術、血管の手術

  ・形成外科   外傷、火傷、皮膚潰瘍、皮膚の手術

 ③その他の診療科(2階南ブース)

  ・耳鼻咽喉科  耳が聞こえづらい、鼻が詰まる、喉の痛み、めまい

  ・眼科     目の異常、目の手術

  ・皮膚科    かゆみ、湿疹、にきび

  ・泌尿器科   尿が出にくい、尿が我慢できない、頻尿、排尿痛、男性器の異常

  ・産婦人科   生理痛、月経不順、女性器の異常、妊娠の相談

  ・小児科    15歳未満の内科症状、発達障害、低身長

  ・精神科    気分が落ち込む、不眠、不安

  ・歯科口腔外科 虫歯、親知らずの抜歯、顎の骨折

  ・リハビリ科  他科から紹介されたリハビリが必要な患者

 ④特殊な診療科(1階西ブース)

  ・救急科    主に救急搬送された患者(1階西 救急外来)

  ・放射線科   他院から画像検査のために紹介された患者(1階西 放射線科受付)

 


「これ、フロアごとの場所でまとめてるの。内科系は 1階南ブース、外科系は 1階北ブース、それ以外はたいてい 2階南ブース。あと、救急科と、検査や放射線は1階西だから注意してね」

「……これ、受付にあったたら絶対に助かりますね」


沙耶が素直に感嘆の声を漏らす。紬も頷いた。


「症状がはっきりしていれば案内しやすいんだけど、実際は“なんとなく体調悪くて……”みたいな人も多いから。そういうときは、“どこが一番つらいか”を聞いて、ここを参考にしながら判断してあげてね」

「“とりあえず内科”で回しちゃダメってことですか?」


紬が聞くと、愛美は笑って首を振った。


「それ、最初の頃みんなやるの。でも、たとえば“尿が出にくい”って人を内科に回すと、結局また泌尿器科に案内し直しになるでしょ? 患者さんも、職員も、みんな二度手間になっちゃう」


(……ってことは、これ全部ちゃんと覚えないといけないの……?)

(生理痛は婦人科でOK、甲状腺は内分泌科で、……“胸やけ”は、えーっと……)


「ざっと説明したけど、もちろん最初は全部覚えなくて大丈夫。患者さんの話を“ちゃんと聞く”ことが何より大事だから。困ったら、すぐ聞いて。恥ずかしいことじゃないからね」

「“患者さんが一番最初に接する窓口だから、病院の印象を左右する大事な業務”って……ほんとですね」

うん。“最初の分かれ道”を任されてるって思ってくれるといいかな」


愛美の言葉に、ふたりは小さく頷いた。まだ全部を覚えるのは難しそうだけど、でも、この紙一枚と先輩の言葉が、少しずつ“現場に立つ感覚”を教えてくれている気がした。


「あれ? この表、“息切れ”や“めまい”が、ふたつの診療科に入ってますよ?」

「あ、よく気づいたね」


紬が指摘すると、愛美は嬉しそうに微笑みながら、プリントの表を指でなぞった。


「そう、実は“症状”って、ひとつの診療科にしか当てはまらないとは限らないの。たとえば“めまい”だったら、脳神経内科のこともあるし、耳鼻咽喉科のこともある。原因によって、診療科が変わるんだよね」

「……じゃあ、どっちに案内すればいいんですか?」


紬がそう尋ねると、愛美は少しだけ真剣な表情になって答えた。


「それが、まさに“受付の聞き取り力”が問われる場面なの。たとえば“急に立ちくらみがする”とか“ぐるぐる回る感じがする”って言われたら、“耳からくるめまい”の可能性があるから耳鼻科のほうがいい。でも、“手足もしびれる”とか“物忘れが増えた”って感じだったら、脳神経内科の領域かもしれないって判断するの」


沙耶が、なるほど……と呟きながらノートに何かを書き加えている。


「たとえば“息切れ”だったら……?」

今度は沙耶が質問する。


「いいね。じゃあ、息切れの場合は、“階段を上ったら苦しくなる”とか“動悸もする”なら循環器内科。でも、“咳も出る”とか“ゼーゼーする”なら呼吸器内科を考えるの」

「……すごい。クイズみたいですね」

「ふふ、慣れるまでは本当にそんな感じ。受付って、“問診”と“振り分け”の要素がすごく大事で、ある意味で“病院の司令塔”なのよ」


愛美の言葉に、紬はちょっと背筋を正した。

(司令塔、か……)


自分が今まで思っていた“受付”のイメージより、ずっと責任があるポジションなんだって、初めて気づいた気がした。


紬がふとペンを止めて、手元の問診票に視線を落としながら口を開いた。


「……あの、愛美さん。もし、さっきの“胸やけ”の症状の沙耶ちゃんが、実際に患者さんとして来たとしたら……どの診療科にご案内するのが適切なんでしょうか?」

「うん、いい質問だね」

愛美は軽く頷いて、考えるように指を組んだ。


「胸やけや食後の違和感がメインなら、消化器内科が基本かな。胃酸の逆流や、胃そのものに何か原因があるかもしれないからね」

「ですよね……」

沙耶が納得したように頷くと、愛美はもう一度、問診票をめくる仕草をしながら続けた。


「でも、沙耶ちゃんの問診票には“健診結果の相談も希望”ってあったでしょ。もし、健診の内容に気になる点があるなら、それによっても案内先が変わってくるんだ」

「なるほど……」

「たとえば――沙耶ちゃん、健診結果って、今教えてもらっても大丈夫?」


沙耶は少し戸惑いながらも、正直に答えた。

「……“肥満”って、指摘されました。身長157センチで、体重が68キロです」


沙耶はそう言いながら、ほんの少しだけ目を伏せた。

口調は淡々としていたが、手元のペンを無意識に握りしめていた。


紬が一瞬ペンを止めたまま、そっと沙耶の横顔を見た。

愛美もその表情を汲み取るように、静かに頷いた。


「ありがとう。言いにくいこともあるのに、ちゃんと伝えてくれてえらいよ」

「……まあ、見てのとおりだと思うので」


やや諦めのニュアンスを含ませつつ、沙耶はボソッと呟いた。

愛美は、その言葉にすぐ返さず、ほんの一拍、間を置いた。


「……そうだとしても、自分で言葉にするのって、案外勇気がいるんだよ。誰かに言われる前に、先に出すのって、けっこう疲れることだからね」

愛美さんも、何か含みを持ったかのように伝える。


沙耶は何も言わなかったが、視線を少しだけ落とした。


「受付って、患者さんの“そういう気持ち”にも気づける仕事なんだ。だからこそ、いま沙耶ちゃんが自分のことを話してくれたこと、それ自体が、すごく大事な経験になると思うよ」


愛美はそう言って、プリントの一部を指でとんと軽く叩いた。


「この“胸やけ”って症状、紙の上ではただの文字。でも、それを話す人には、今日みたいに背景がある。――受付にいると、そういう“見えない情報”を感じ取る力が、すごく役に立つの」


今度は紬が、そっと沙耶のほうを見て、小さく笑った。

「……じゃあ今日の沙耶ちゃんは、いい“実地研修”だったってことですね」


沙耶は、ちょっとだけ苦笑いを浮かべた。けれどその顔には、さっきまでのわずかな硬さが、少しだけほどけた気配があった。


「それで、実は“肥満”と“胸やけ”には関連があることも多いの。体重が増えると腹部の圧力が高くなって、胃酸が逆流しやすくなるんだよね。だから、胸やけはただの“胃の症状”というより、生活習慣や体質の一部として現れてる可能性もある」


沙耶が、小さく「……そうなんですね」と呟いた。


「さらにいえば、沙耶ちゃんの既往歴――橋本病も、背景として関係するかもしれない」

「え?」

「橋本病によって甲状腺のホルモンが少なくなると、代謝が落ちて体重が増えやすくなることがある。逆流性食道炎のリスクも、間接的に高くなることがあるんだよ」


紬はその説明に目を見開き、すぐにノートにメモを取り始めた。


「なるほど……。既往歴って、今の症状と直接は関係ないように見えても、やっぱり大事なんですね」

「そう。“今の症状”と“今までの背景”を両方見るのが医療だからね。受付の段階では、すべてはわからない。でも、問診票から見えてくる情報に目を留めておけば、案内の精度もぐっと上がるよ」


愛美の言葉に、沙耶が小さく頷いた。

紬も、「受付って、想像以上に奥が深い……」と、改めて実感したような表情を浮かべていた。


沙耶がふと、プリントの隅に書かれた小さな一文を指差す。


「“症状の判断が難しい場合は、総合内科で一次対応します”ってありますね。私が診察を受ける場合も、ここになりそうですね」

「うん、そうなるね。他にも、どうしても診療科の判断がつかないときの“入口”として、総合内科がある程度カバーしてくれる体制をとってるの。だから、本当に迷ったらそこに案内して大丈夫。でも、“なんでもかんでも内科”って対応はしないようにしようね」


紬も沙耶も、同時に小さく頷いた。


午後の柔らかな光が、愛美のホワイトボードに反射して、診療科マップが少しだけ輝いて見えた。全部覚えるのは、たぶんまだ遠い話。でも、一歩ずつ、「人の命の入り口に立つ仕事」が、新人ふたりの中で、ちゃんと始まっていく。


その手がかりをくれるのが、こうした先輩の言葉と、丁寧に作られた紙一枚なんだと思った。

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