表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
健康すぎる私が医療事務に!?  作者: りむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/17

#1 人生で初めて来た病院が、職場になるなんて——

「人生で初めて来た病院が、職場になるなんて——」


あまりにも健康すぎて、人生で一度も医療機関にかかったことがない女の子、日下紬くさかつむぎ

彼女は就活で「体力と元気はあります!」しか言えなかったが、なんとなく応募した病院から内定を貰って働くことを決めた。理由は、この病院しか内定が出なかったから。

配属は医事課、世間的には“医療事務”と呼ばれる仕事。


初めての病院は、患者としてではなく、働く側として来ることになってしまった。


(病院って、こんなに……でかいの……?)


見上げた建物の大きさに、紬は思わずジャケットの裾をぎゅっと引っ張った。


制服が貸与されるとはいえ、万が一に備えてのオフィスカジュアル。

就活で自然と身についた「社会人の笑顔」が、今はもう顔に貼りついている気がする。

正直、この笑顔を作れるようになるまで、本当に時間がかかった。


就活は散々で、内定が決まったのは卒業ギリギリの1月だった。

都内の中堅大学を出て、22歳の新卒としてなんとか滑り込むことができた。

もちろん、医療事務なんて経験も知識もゼロ。


「東京ノソコミオ総合病院」――その名のとおり、立派すぎる総合病院。


紬は、自宅から車で約10分の距離を通勤している。

広めの職員用駐車場に軽自動車を停めて、バッグの外ポケットに手を伸ばした。

取り出したのは、昨日まとめ買いした箱入りの白い不織布マスク。

就活ではほとんど使わなかったが、病院勤務なら必須らしい。


(よし……これを付けたら、仕事モード……のはず!)


自分に言い聞かせるように、マスクの紐を引っ張って耳にかけた。

コロナ禍のときに付けていたけど、それ以外で付けたことがなかった。

なんとなくミラーに映るその姿に違和感がある。


(えっ、マスク逆かも!? どっちが表だったっけ……!?)


慌てて外し、慌ててつけ直す。

だけど、今度は上下がわからなくなり、さらに真っ赤になった。


(落ち着け私! こんなんで医療事務が務まるの!?)


印字されたメーカーのロゴを見て、上下左右を把握する。気を引き締めるように深呼吸してみる。


朝の冷たい空気の中、車から降りると、緊張と期待が入り混じった気持ちが少しだけ和らいだ。ゆっくり西側の職員用通用口へと向かう。


(え、ほんとにここで働くの? ってレベルなんだけど……)


時間はまだ朝7時30分。始業は8時30分からだけど、心配すぎて1時間前に着いてしまった。けれどその余裕は、すぐに消し飛んだ。


「えっ、救急車……何台も……!?」


救急外来の隣にある職員通用口は、夜間出入口を兼ねていて、その近くではストレッチャーが慌ただしく運ばれていく。看護師らしき人たちは何も言わずに、けれどスムーズに動きながら、誰かの命を繋ごうとしていた。


(ドラマみたい……いや、現実か……)


そんな緊張感の中で、自分だけ浮いている気がした。

焦りながらも、バッグの中から既に何度も確認して、手汗で少し湿っている院内マップを開く。

スマホにも同じ地図を保存してあるけど、紙のほうが見やすい気がして、昨日コンビニでカラー印刷までしてきた。


(えーっと……まずは、更衣室で着替えてから……8階の会議室A、だよね……?)


紙の院内マップをぎゅっと持ちながら進むと、“職員専用更衣室”の文字が目に飛び込んできた。


(ほんとに……ここで働くんだ……)


心臓がひとつ跳ねる。今まで、それなりにバイト経験はあるけど、やっぱり“社会人”は少し違う気がする。そっと更衣室のドアを開けた瞬間、紬の目に飛び込んできたのは、“病院で働く人たちの本物の姿”だった。

白衣の女性が鏡の前で髪を手早くまとめ、ナース服の人が胸ポケットにペンを差し込み、軽快な足取りで部屋を出ていく。


(わっ……なんか、かっこいい……!)


その立ち姿、清潔感、動作のスピード。“医療ドラマの世界”みたいで、見ているだけで胸がどきどきした。


「お、おはようございますっ……!」


気圧されながら挨拶すると、数名が軽く会釈だけ返してくれた。自分の声が思ったより響いてしまった気がして、ちょっと恥ずかしくなって目をそらす。

その静かでキビキビした雰囲気に圧倒され、割り当てられたロッカーへ小走りで移動する。


(……あ、なんかもう私だけ“部外者”っぽい……)


制服の入った袋を取り出し、そっと置いてある鏡を横目でのぞく。

不安になりながらも、ブラウスに袖を通し、ネイビーのベストとスカートを身につける。

ベストの前を整え、裾を引っ張り、スカートの皺を確認し、マスクをつけたり外したり。


ポケットには、昨日買ったばかりの新しいノートを装備。ペンも三色ボールペンと蛍光ペン。

見た目だけは“できる新人”仕様だけど、中身はゼロからスタート。


着替え終わったら、鏡の前へ。


(え……ちょっと待って……変じゃない……?)


栗色のセミロングに手を伸ばす。縮毛で伸ばしているけど、ふわっと広がって見えた。


(うわ、やっぱり湿気でうねってる!? いや、気のせい!?)


慌てて結び直そうとしたら、結んだ髪のバランスが悪い気がしてほどく。もう一度まとめる。また形が気になってやり直す。


(お団子……ふんわり、でいいよね? 先輩はこういうの見るのかな……?)


さらに鏡を覗き込む。


(うーーん……やっぱり変じゃない……? いや、気にしすぎ……? でもやっぱり変な気がするー!!)


自分で自分にツッコミを入れながら、鏡を三度、四度とチェックする。隣で看護服の女性がヘアピンを差す動作すらスマートに見えて、またどきどきしてしまう。


(やばい、初日から空回りしてるかも……)


深呼吸をひとつ。勇気を振り絞って、もう一度“社会人スマイル”を作ってみた。


(……よしっ。がんばれ私。見た目は…… 悪くないはず!)


最後に不織布マスクをつける。白衣の職員が颯爽とドアを出ていく横で、紬もそっと姿勢を正した。

鏡がなくてもわかる。顔全体が“新人の不安”から“働く人の表情”に切り替わった気がした。


(よし……行くしかないよね! とりあえず……笑顔! 元気だけはある!)


そう自分に言い聞かせて、紬は一歩、更衣室の外に踏み出した。


(それに、事務での採用だし、まあ、何とかなるでしょっ)


今日から始まる、知らない世界。

まだ何もできないけど、それでもここで、一歩ずつ進んでいくしかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ