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第六章 手紙

周りの空気に静寂が走った。

片岡は腹や腕から大量の血を流し、俺は片手に錐、床には片岡の血が滴っている。

「えっ……俊……介……?」

亜稀菜は俺の後ろの方で目を丸くしていた。だが理性を失った俺には気づかなかった。俺は震える声で片岡に問い詰める。

「なあ……!お前、調子に乗るんじゃねぇよ……!俺が今までお前のせいでどれだけ辛い思いをしてきたのかわかっているのか……?」

「……っ!……はぁハア……!」

一向に口を開かない片岡が本気で腹立たしい。俺は此奴の胸倉を掴んで今までで最も強い怒声を浴びせた。

「なにか言えよ!!お前に言ってんだよ!!」

片岡が俺を見ながらこう答えた。

「ご……ごめんなさい!……どっどうか……許してください!」

片岡の目は命を乞う人質のような目をしていた。目の下には涙が浮かんでいるのに気づいた。

俺は分からなかった。今まで散々自分を追い詰めてきた鬼畜が、今では自分にやめてくれと言う姿が理解できなかった。

お前が今までやってきた事の報いではないのか?

その瞬間俺は後ろに倒れかけた。奴の必死の抵抗で俺の身体が徐々に後ろに下がっていく。

「やりやがったな!!」

俺は再び錐で片岡を突き刺そうとしたが、俺の手に持つ錐が此奴の喉元に刺さる寸前で俺の手は止まった。

「俊介!やめろ!!落ち着け!!」

俺の手を止めたのだ。俺の手を止めてくれたのは皮肉にも俺に痛い目に合わないと彼奴は理解しないと言ってきた仲間だった。片岡はその内に血を流しながら逃げていった。

途端に俺はようやく正気に戻ったが、同時に俺に更なる地獄を見せる。

「えっ?ここで何が起こったの?」

「えっ?血!?なになに怖い!」

「おいおいどういうことだよ!床にめっちゃ血が落ちてるぞ!」

「いやああああ!!!!」

とんでもない地獄のような光景だった。周りにいた女子生徒は悲鳴をあげ、教室の外では野次馬が押し寄せていた。ここで俺は自分のした事が周りに混乱と恐怖を与えたことを痛感させられてしまった。

「えっ、あっ……ああ。」

俺は立てなくなりその場に倒れ込んでしまった。俺の心の内を占めたのはこの先自分がどうなるかの恐怖と亜稀菜の目の前で暴力を振るってしまったことに対する後悔だった。

彼女は俺の真後ろにいたはずだ!俺が片岡を血塗れにさせ激しい怒声を浴びせたことも目の前で聞いて、見ていた。彼女の心に深いトラウマを植え付けたに違いない!

彼女は既に教室から居なくなっていた。逃げたのか?

日野木が駆けつけてきた。

「おい俊介何があったんだよ!さっき廊下で片岡が血を流しながら走っていって何事かと思って……」

「俺がやったんだ」

「は!?」

「彼奴を許せなくなって……それでっ!」

「おいおい、それは本当なのか!?怪我はないか?」

日野木が必死に俺を心配している、だが俺への気遣いが逆に俺のした事の重大さを痛感させ恐怖を増大させていく。

先生達も駆けつけてきた。

「ちょっと!!ここで何があった?」

「生徒同士の喧嘩のようです!!〇〇先生!急いで2組の生徒を避難させてください!そして周りのクラスの生徒も教室から出ないで!廊下を誰も居ない状態に!急いで!!」

俺を除くクラスメイトはみんな学校の何処かに消えていった。だがそこでも亜稀菜の姿はなかった、俺が片岡に錐を突き刺した瞬間から全く気配を感じない。

「城山君!大丈夫か?怪我は?」

「……大丈夫です。……先生……。俺は、これからどうなってしまうんで……しょうか?」

「大丈夫だ!!、心配することは無い!安心しなさい。」

先生が俺の手を強く握っている。その強い拳は俺を安心させるどころか却って俺の不安を増大させていく。

「よし……もう人はいないだろう。生徒指導室に行こう。」

俺は先生にガス欠した車を引き摺られるように生徒指導室に向かったが、その途中でとんでもないものを見た。


「亜稀菜……!?」


彼女が廊下の端でずっと俺を見ていたのだ。生徒は全員廊下に出られないはず。何故彼女だけが!?

亜稀菜の姿は強く搾り取られた雑巾のように心の内の物が抜き取られたようだ。

彼女の顔を見て激しく後悔した。今まで明るく幸せそうな笑顔を見せてくれた亜稀菜の顔は今まで見たこともないくらいに暗い表情だった。

眉は下がり息が荒く、俺を見つめる瞳からは自分がしてしまった事の俺への罪悪感や恐怖、後悔、自責の念を含んでいる。涙も浮かんでいる。

今にも泣いてしまいそうな顔でいた。

彼女の横を通り過ぎる寸前、


「……俊介……、俊介……!!ごめんなさい……私……私…!うぅっ……!」

「っ!……」


亜稀菜が泣いているような気がした。

絶対に振り返ってはいけない!何がなんでも振り返るな!前だけを見ろ!

見ていてとても辛い、辛すぎる!あんなに好きだった亜稀菜の笑顔を……俺自身の手でっ!……壊してしまった……!!

これが俺が最後に見た亜稀菜の姿だった。

生徒指導室の中では自責の念と後悔と恐怖で放心状態だった。もう、泣きたくても泣けない。何も希望がない……俺はこれからどうなってしまうのか。


2時間ほどして親が迎えに来てそのまま帰宅した。

俺に下されたのは自宅謹慎だった。絶対連行されると思っていたが、なんとか自宅謹慎で済んだのは良かった。だがあそこまで学校中を混乱させたのだからもう学校には戻れない。

親はひたすら休息をとるべきだと強く言った。

俺は家に着くと自分の部屋のベッドに潜った。今日あったことがずっと脳内で繰り返し再生されている。

片岡の身体に傷をつける瞬間

片岡の命を乞う顔

泣き出しそうな亜稀菜の顔

「はぁ……」


プルルルルルルルルルル!

誰かから電話がかかってきた。確認するとそれは中学からの友人である若林であった。やはり今日のことだろうか……。

「もしもし……」

「あっ!おい俊介、今日お前が学校で人を刺したとか聞いたんだけど?これマジ?」

「うん。」

「え!?」

「自分の大切な人を侮辱されて……我慢出来なくて……錐で刺した。」

「えっ、お前……バカ?」

「ああそうだよ。大バカ野郎だよ……。」

「ちょっとこのことが瞬く間に広まってて、安否確認てことで連絡したんだけど……。お前は今何してるんだ?」

「自宅謹慎だ」

「そうか」

「その大切な人?お前の好きな人?」

「まあ……元カノってことで」

「一体何があったんだよ」

俺は若林に今日の事件が起こった原因を全て話した。片岡のこと、亜稀菜のことも全て。

「その子、結構責任感じているな。かなり辛い思いをしている」

「責任……?」

「だって、その子はお前がそんなに辛い思いをしているなんて今日まで知らなかったんだぞ?お前を知らず知らずのうちに傷つけてしまったって」

「それに今日の混乱だって、自分のした事が原因でここまで大事になってしまったって考えると病むぞ?その子今頃一人で泣いているかもしれない、お前の口で何か言ってあげないと」

「無理だよ……」

「なんでだよ」

「もう合わせる顔がないよ……今回のことでアイツを深く傷つけてしまったし、俺と話すのだって嫌に違いない……!俺の事だって嫌いになるよ……」

「はぁ、わかった。その子と仲のいい奴って俺の知ってるので誰かいるか?いたら教えろ。なんとかする。」

教えるべきか迷ったが、俺も正直亜稀菜は俺の事を心配していると思った。ちゃんと謝りたい。

「堀田なら仲良かったからあいつに聞いてくれ」

「わかったわ。じゃあな」

5分くらい何も音沙汰はなかった。あんなことがあった後だし俺は亜稀菜に連絡を取るのが凄く億劫であった。俺の事だって怖いだろうし思い出したくもないだろう。若林から連絡が来た。

「すぐに連絡しろ!今すぐに俺は大丈夫って言え」

「お前のことだって軽蔑してないし滅茶苦茶心配してくれてたぞ」

「そうか、わかった。」

俺は鋼鉄のように固い自分の負の感情を砕いて亜稀菜に連絡を取った。まずは安否確認が最優先だ!

「今日は迷惑をかけて本当にごめんね。俺しばらく学校休む」

亜稀菜はすぐに反応した。

「迷惑だなんて……そんなこと言わないで、私はあなたがすごく心配!」

「本当にごめん!俺今日のせいで亜稀菜に恐怖を植え付けて決まったって……ずっと自分を責めてて」

「大丈夫!怖い思いはしていないから、私のことは心配いらないから……!」

嘘だとわかっていた。本当はすごく怖かっただろうに、彼女は俺にこれ以上不安にさせない為に優しい嘘をついてくれたのだ。

「事件を起こしたのは俊介でも、俊介を追い詰めて事件を起こす引き金を作ってしまったのは紛れもない私も含む周りの責任でもあるから……!私の方こそごめんね。」

「本当にごめん。目の前で怒声と暴力を見せてしまったから、怖くてもう顔も見たくないかと思ってて」

「大丈夫。嫌いにもならないし何よりも俊介が戻ってきてくれるのを願っているから。」

「今回の事件は私のした事が原因でもあるから私も深く反省する。俊介が辛い思いをしている事を知らずに酷い事をしてしまって……ごめんね」

「ありがとう。俺は頭が痛いから休むよ」

「うん。ゆっくり休んでね」

その日は体調が酷く悪かったので寝た。だが彼女が心配してくれている、その事実だけで少しは気が安らいだ。


後日学校の先生達が複数人家にやってきて自分の安否確認と今後の片岡との流れについての話をした。

片岡の腹と腕の傷はそこまで深くはなかった。だが手の平に突き刺した錐の傷は深くなっていた。幸い太い血管を傷つけずに済んだのが不幸中の幸いだ。

先生達は俺と片岡と土曜日に謝罪の場を設けるとの事。あんな事をしてしまったからには誠心誠意謝らなければいけない!

先生達が帰った後、父親と話した。

「俊介、昨日は本当に辛かったな。父さんお前がそんなに辛い思いをしてたなんて知らなかったから、気づけなくて申し訳ない……」

「父さんが謝る必要はないよ。何よりもちゃんと片岡とその家族に謝らないと……。」

母親もやってきた。

「俊介……先生から伝言なんだけど、土曜日は学校の俊介が居たあの生徒指導室で行うそうよ。しっかりと自分の言葉で謝罪の言葉を述べるのよ…。」

「うん、わかった。」

父親が口を開く。

「それと……スマホはしばらくの間預からせておく。今お前のことで周りに広まってしまうのを防ぐためだ。」

「……、わかった。はい」

父親に自分のスマホを預けた。これで俺は亜稀菜に連絡をとるどころか友達とも話せない、情報も来ない状態になった。だがこんな状況でそんなこと考える暇はなかった。

土曜日……


来て欲しくないと強く願っていたが、残酷なことに一瞬で日は去っていった。今日は片岡とその家族に謝罪をする日だ。俺は制服を来て埃1つ残らないように服を綺麗にして着た。両親もスーツだ。

車に揺られて学校に向かう途中、父親が口を開いた。

「……俊介、どんな事を言われてもしっかりと謝罪を口にするんだ。ここで反論したら反省していないって捉えられてもおかしくは無い。」

「わかっている。謝罪の言葉はもう準備してある。大丈夫……。」

「ああ。大丈夫だ!父さんたちは何があってもお前の味方でいるからな……!」

父の声が震えているように感じた。味方でいてくれると言ってはいるが、本心ではこんな俺をどうしようもないとでも思っているんじゃないかと疑心を募らせた。高い学費に加え普段の生活費もままならない状況で起きた事で更に家計を圧迫させてしまった。

俺はどうしようもないダメな奴だ……!


学校に着いたと同時に俺たち3人は生徒指導室に向かって片岡一家が来るのを待った。

20分後、片岡一家が現れた。

片岡とその両親だ。片岡はこの前の事件の影響なのか酷くやつれていた。以前は筋肉質で相手を嘲笑するような不快な笑みがあったが、久々に見る片岡の目は生気がなく短期間で急激に痩せてしまっていた。

そうして俺達一家と片岡一家との謝罪の場が開いた。

最初に謝罪の言葉を挙げたのは片岡自身だった。


「……この度は、自身の不躾な行いが原因で城山さんを深く追い詰めてしまっていたことを誠に申し訳ないと存じます。僕自身は普段の皆と変わらず接していたつもりが城山さんには不愉快な思いをさせてしまっていたことに気づきました。本当に申し訳ありません。」


いつも俺を嘲笑して亜稀菜が好きなことを利用して追い詰め、亜稀菜に対しても彼女の知らない所で嘘と事実無根の噂で侮辱していたとは思えないほど大人しく、誠実に謝罪の言葉を述べる彼奴に混乱した。

だが俺のやった事の方が遥かに大きい、続いて俺も謝罪の言葉を述べた。


「先日、片岡さんに対して刃物で傷をつけてしまった事に謝罪の言葉をここに述べます……。この事件で片岡さんだけでなく、クラスメイト、学年、学校中を混乱に招いた罪は重々承知しております。本当に申し訳ありませんでした……。」

両方の謝罪が終わった。俺と片岡の両親は俺たちが口にする謝罪の言葉を深々と聞いていた。

終わろうとしていた寸前で片岡の父親が俺に語りかけた。この時の言葉は絶対忘れないだろう。


「……城山君。君のやってしまったことの動機については俺も理解出来る。だけど、俺も、君のお父さんとお母さんだって耐えられないくらい嫌なこと、辛いことを経験しているんだ。

君は大切な人を傷つけられ侮辱され、自身も深く追い詰められた。息子が君にした行いについては本当に申し訳なく思う。だけど、社会に出たらこういう辛いことを何十年も耐えなければならない。

努力を評価されない、何度も罵声を浴びせられる、自己否定も何度もされる、死にたくもなる、殺したいほど憎い人間だって何人も現れる。その度に君は今と同じ事を繰り返すのかい?」

「…………」

俺は何も答えられなかった。自分が心底嫌っていた奴の父親がここまで的を得た言葉を投げかけてくるなんて想像もつかなかった。

確かにそうだ。俺にはまだ70年近い余生が残っている。これからだって同じような事を何度も経験するかもしれない、でもその度にこんなことを続けてしまっていたらダメじゃないか……!

「……返す言葉もありません、息子が本当に申し訳ありませんでした……!」

父親が深々と頭を下げた。もう……俺の心はぐちゃぐちゃだ。


こうして謝罪の時間は幕を閉じ、片岡一家が帰った後しばらくして俺達も帰宅した。

「……俊介、よく頑張った……!辛かったな。だけどこんな辛いことは今だけじゃないんだ。仕事をするようになると本当に死にたくなる、殺したいほど憎いやつだって何人も現れてきた。お前がこれからやることは、二度と同じような結果を招くようなことをしないことだ……。」

「……わかったよ。ありがとう。」

「……父さん、俺は、この後どうなるの?」

「正直な事を言うと、……お前はもう学校には戻れない。先生達とも話した結果、お前と片岡君との共生は絶対に無理だって。俊介がやったことは、たとえお前が追い詰められていたとしても学校中をパニックに陥れた罪は大きいとの事だ。」

「……!退学って……事か……」

「そうだな……。」

「……、今日は、寝る。ちょっと色んなことがありすぎて疲れてしまった……。」

「そうか、ゆっくり休むんだ。」

退学と聞いて真っ先に浮かんだのは亜稀菜だった。もう以前のように楽しく時間を過ごせない。彼女の明るい笑顔ももう見れない、残っているのは俺が生徒指導室に連れていかれる時に見た亜稀菜の泣きそうな辛そうな顔がずっと離れなかった。

「……少し、寝よう。」

辛いことがあった時は寝るべきだ。寝てる時だけは考えることもない、辛いことを思い出すこともない。

2時間ほど眠っていたがあまり寝心地は良くなかった。今まであったことが走馬灯のように夢として現れた。

「…………」

「………………………………」

「…………心の底から不機嫌だ!!……」

「……………… ご……ごめんなさい!……どっどうか……許してください!……」

「………… 俊介……、俊介……!!ごめんなさい……私……私…!うぅっ……!」

「…………………………………………」

「………… 君は今と同じ事を繰り返すのかい?……」

「………………………………………………………………」

「…………………… 私君の素直なところ好きだよ。……」


「素直……俺は、素直?」

彼女が言ってくれた「素直」という言葉はずっと脳内にあった。だが最近の俺は素直だったか……?片岡に翻弄され、傷つけられ、自分の弱い部分を見せるのが億劫になって……それでも俺はいつもの明るい自分を見せて、嘘をついてきたではないか……!

俺は、素直じゃなかった。

せめて最後の瞬間だけでも、素直な自分に戻らなければ……!自分の正直な気持ちを伝えなければ…!

その為にも、クラスに謝罪の言葉を……

そして亜稀菜にも……!


俺はクラスメイトと亜稀菜に手紙を書くことを決めた。クラスメイトに書く手紙には自分が起こしてしまった混乱に対する謝罪の言葉を綴った。こちらの手紙は20分足らずでなんとか仕上がった。

ただ問題は亜稀菜への手紙だ。

なんて書けば良いのだ……手紙なんて殆ど書いたことがないから全然分からない、しかもその相手が俺の大切な人だってなると尚更言葉が浮かんでこない。

この手紙を読むことで再び彼女に辛い思いをさせてしまうのではと不安になったが、それ以上にこの胸の内にある気持ちを伝えられずに離れ離れになってしまう事の方がよっぽど嫌だった。

亜稀菜への手紙は2時間近く言葉を選んでようやく書き終わった。これなら大丈夫だ。

この手紙だけは……必ず彼女の元に届きますように。


クラスメイトへの手紙と亜稀菜への手紙をここに載せておこう。



『2年2組の皆様へ

先日は僕のした事でクラス中、学年、他学年、先生方を巻き込んだ学校を混乱に陥れてしまったことを深く申し訳ないと存じます。

僕の起こした事件により、恐怖で学校に来られなくなった生徒もいると聞いて返す言葉もありません。

本日をもって私城山俊介は責任を取って退学する旨を伝えさせていただきます。

この度は本当に申し訳ありませんでした。


城山俊介より』




『亜稀菜へ

この前は迷惑をかけて本当にごめんね。

正直な事を言うと、俺はもう学校には戻ってこれない。以前みたいに亜稀菜と楽しく過ごすこともできなくなった。ただ俺はこの胸の内にある気持ちを伝えられずに亜稀菜と離れ離れになることだけは絶対に嫌だ。だからこの手紙で俺の正直な気持ちを伝えさせて欲しい。

亜稀菜はいつも俺に素直と言ってくれていたけど、今思うと俺は何も素直ではなかった。

片岡に亜稀菜のことで侮辱され、嘲笑され、亜稀菜本人に対しても酷く傷つけるような事を言われて次第に俺は弱っていった。

だけど、俺はその事を伝えられなかった。

伝えてしまったら亜稀菜を悲しませてしまう、弱った姿の自分を見せたら嫌いになってしまうんじゃないかと不安だった。

だから俺は仮面を被っていつものように明るく取り繕って亜稀菜に心配をかけないようにしていた。

本当はすごく寂しくて、怖くて、亜稀菜ならわかってくれると思っていたけど……亜稀菜が好きと言ってくれた素直な自分を捨ててしまっていた。

本当にごめんね。

それと、俺と仲良くしてくれて本当にありがとう。

亜稀菜と一緒に過ごす時間は本当に幸せだった。

話している時に見せる笑顔が本当に可愛かった。

あの時放課後一緒に帰った時は俺の人生で最も幸せな時間で、こんな時間が永遠に続いて欲しいと本気で思った程だった。

亜稀菜はいつも笑顔を絶やさず優しくて可愛くて、人の目をしっかり見て話を聞き、友達や先生に家族を大切にする姿勢は本当に素敵だ。

しかし、良い面だけではなかった。周りが見えなくなったり自分のした事で深く落ち込みすぎたり、自分を酷く卑下して自己否定するような一面も俺は気づいていた。

だけどそれ以上に亜稀菜は感謝の言葉を忘れないし、自分が悪いことをしてしまった時は誠心誠意謝れる、どんなに辛いことがあっても何度でも立ち上がる、

俺はそんな一面も全て含めて亜稀菜の事が大好きで、誰よりも愛してる。

亜稀菜に出会えて本当に良かった。

俺はもう学校には戻って来れない。

もしかしたらこの手紙で俺との最後の会話になってしまうかもしれない。だから最後に俺からの願いを受け取って欲しい


どうか自分を大切に、自分を信じて生きて


俊介より』

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