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第五章 涙で滲む血と錐

「ごめん俊介、別れて欲しい。」

「はい?」

亜稀菜から一通のメッセージが来ていた。

あまりに突然の別れだった。急すぎて全く頭に入ってこない。この前あんなに俺と楽しく過ごして、その間も電話で楽しく会話して、信頼してくれて、俺はなにか悪いことをしてしまったか?

「えーっと、俺何か悪いことしちゃったかな!?あまりに急すぎて全然状況が理解できないんだけど?」

「いや俊介は別に悪くないよ、悪いのは私。」

「何かあったの?」

「私、恋愛するのダメかもしれない。これ以上傷つきたくない。俊介のことも好きにはなれない。」

「いやいや……。」

「自分勝手だよね私……。ごめんね」

それ以上具体的な理由を聞かせてくれることはなかった。俺の心に湧き上がってくるこの気持ちは戸惑いや悲しみの他に説明できないような感情が渦巻いていた。

花瓶の側面にヒビが入りゆっくりと中の水が滴り落ちるような感情だ。こんな短期間で振る理由はなんなんだ?亜稀菜も言った通り俺には何の非もない。だとしたら彼女自身の問題なのか……?。

俺は告白の際亜稀菜が言っていたことを思い出した。

「それはね〜。うーん、私達まだ出会って1ヶ月くらいでしょ?私1ヶ月だとまだ俊介のこと好きなのかどうなのかがよく分からないだ。」

少し納得してしまった。確かに1ヶ月では早すぎたのかもしれない。まだ彼女は俺がどういう人物なのか知らない部分も多かったろう、そんな中で付き合うことになったら戸惑うのも無理は無い。

「まあそんな卑下しないで。俺も少し急かしすぎたから。また前みたいに友達としてやっていこう。」

「うん。」

「じゃあまた明日学校でよろしく。」

仮面を被ってしまった。俺は信じられなかった。一昨日俺に見せてくれた沢山の笑顔や手に触れさせて貰えたこと、心の内を素直に打ち明けてくれた事は間違いなく本物の信頼だったに違いない!

だからこそ信じられなかったのだ。ずっと一緒にいられてもおかしくないくらいに俺たちは笑いあっていた。

「……どうしてっ……!うぅっ……」

俺の目から出た涙が頬を伝い一筋の光の柱を描いた。


翌朝、とてつもない倦怠感が俺を襲っていた。本音を隠して彼女の気持ちを優先させ過ぎてしまったのかもしれない。熱が高く鼻水が垂れて頭が重い。これでは学校は無理だと思い俺は欠席した。

体調が悪いとそれに釣られて気分も悪くなり苛苛が止まらなかった。昨日のことがずっと頭の中で反芻している。

「あの時の笑顔は全部偽物だったのか?俺と話していた時の声色も演技だったのか?

本当は付き合いたくなかったけど断れなくて流されるまま付き合ったのか?」

頭の中が疑心で溢れてより一層気分が悪くなる!

俺は亜稀菜を疑ってしまっていた。疑うなんてこと絶対にしたくなかった、俺の長所を教えてくれて俺に時間を割いて楽しませてくれて、俺を信じてくれていた。それなのに……疑うなんてことしてしまったら、亜稀菜だって悲しむに違いない。


「亜稀菜なんて……嫌いだっ……!」

俺は素直になれず最も恐れていた言葉を発してしまった。嫌いだなんて思っていない、本当は亜稀菜の事が大好きで心の底から大切にしている。

嫌いになってしまえばこんな苦しい思いもしないで済む。そう思ってこんな酷い言葉を放ってしまった。

「うぅぅ…………亜稀菜っ……ごめんっ!」

途端に俺の目から洪水のように涙が溢れて止まらなかった。素直であることを捨て、気持ちに嘘をつくのがこんなにも苦しく辛いものだとは気づかなくて俺は泣き崩れた。いい歳した男が情けない。

起きていても辛いだけだ、俺は布団に潜り眠りについた。

夕方、目覚めたと同時に亜稀菜から一通のメッセージが届いていた。

「ごめんね、私の事嫌いになっちゃったよね」

文面で分かる。彼女は少し負い目を感じてしまっている、俺のせいだ。俺が酷く落ち込むばかりに亜稀菜は……

彼女を傷つけないために、俺は再び仮面を被った。

「どうしたんだよ笑、そんな暗いこと言って笑。俺は元気だから安心して!」

「嘘。」

「えっ?」

一瞬で見破られてしまった。やはり普段と違って異常に文面が明るすぎたか?だがそれ以上に素直であることを捨てて自分に嘘をつき彼女を元気づけようとする自分が卑怯で殴りたかった。亜稀菜が返信した。

「変に気を遣うのはもういいよ、珍しく素直じゃないね。」

「えっと……」

「言って!私君の素直なところ好きだよ。」

素直なところが好き……その言葉が俺の胸に深く突き刺さった。そうだ!俺は素直だ、せっかく亜稀菜が教えてくれた自分の大切な一面を捨ててしまう事の方がよっぽど彼女を悲しませてしまう!

俺は自分の正直な心の内を肉体から解放した。


「……亜稀菜の笑顔とか優しさを疑ってしまう自分が嫌で、こんな苦しい思いするくらいなら亜稀菜を嫌いになった方が気が楽になると思っていた。だけど違った。素直であることを捨てて気持ちに嘘をつくのはとても辛かった。本当は亜稀菜の事大好きでとても大切なんだ。

でもこんなことで悩む俺を見てしまうと亜稀菜悲しんでしまうでしょ?だから俺は仮面を被って自分を誤魔化してしまっていた。ごめんね。」


全部言った、ここに残っている本音はもう全部吐き出してやった。彼女が後に続いてメッセージを送った。

「ありがとう、ちゃんと素直に話してくれて。私も俊介に何も告げずに突然あんな事言ってしまったのを少し悪く感じてて……」

間違いない。自分を誤魔化して人に良い顔をするよりも、少し弱い部分を見せて素直でいる方がよっぽど人から好感を得られる。素直に話すととても心が軽くなるのだ、水を全部吐き出した水風船のように。

「うん、大丈夫だよ。それとひとつ俺からお願いがあるんだけど。これからも友達として俺と仲良くしてくれる?俺はやはり亜稀菜といる時間がとても幸せだから、その一緒にいられる時間を大切にしたい!」

「うん。俊介が良ければ!」

「ありがとう!……そういえばさ亜稀菜、俺この前地元の祭り行ったんだけどね?俺と一緒にいた友達が……」

「え〜なになに笑?」

俺達はさっきまでのことが最初から無かったかのようにいつもみたいに長い時間連絡を取り合って笑いあっていた。線香花火のように赤い夕日が沈み暗くなる反面、俺たち2人の間の明かりは強くなった。

1時間ほど話したあと、

「いや〜楽しかったよ!ありがとう」

「こちらこそ楽しかったよ!」

「明日には元気になって戻ってくるから期待してて!」

「うん、ゆっくり休んでね」

ああ、素直に気持ちを表現することがこんなにも気持ちがよく大切なものだと何故今まで気が付かなかったのだろうか。亜稀菜、ありがとう!


翌日俺は今までになく気分が良くて幸せな気持ちでいた。昨日のあの一件から俺は素直になることの大切さを改めて彼女から教えられたのだ。

「感情を素直に表現するのってこんなにも気持ちが良いのか〜!これからはちゃんと自分を偽ったりせずしっかりと本音を伝えられるようにしよう!」

ただ相手の傷つくような事も平気で言ってしまわないようにするにはコントロールが必要だ。そこは限度を決めて必要な時に優しい嘘をつくことも大事だ。

日野木と二口と話していた時

「で俊介亜稀菜とはどうなん?」

「いや、もう別れちゃった。」

「えっ?城山亜稀菜ちゃんといつの間に付き合ってたんだよ!てか別れるの早っw」

「まあ色々あったのさ笑。関係は今まで通り悪くないから安心してくれ」

「城山〜、お前ちゃんと大切にしろよ〜」

「なんか意外すぎるんだよな。俊介と亜稀菜凄く仲良かったし尚更信じられないんだけど。」

「まあ確かに」

ごもっともだ。いい感じに昨日は終わったが、正直いって俺はまだ納得が出来ていなかった。今まで沢山の人と付き合ってきて辛いこともいっぱい経験してきたのか?だから俺を振ったのか?だが俺に見せる彼女の笑顔は本物だった。

だからこそ納得が出来なかった。だが関係が切れることなくまた沢山話せるだけでもとても幸せだったので次第にその気持ちは薄れていった。

俺は昨日休んでいた分のノートを取るために亜稀菜の席に向かった。

「ねぇ亜稀菜亜稀菜!地理のノート見せてよ!」

「えっ?ノート?あ〜昨日休んでたからね。良いよ!」

「ありがとう!じゃあお礼に俺のシャー芯を5本ほどプレゼントするよ笑」

「いや大丈夫大丈夫w!」

こうやって授業が終わった後とかの休み時間に見せてくれる彼女の優しさや笑顔や声色は俺に安心感を与えてくれる。付き合えなくてもこれだけでも十分幸せだった。学校では彼女の笑顔を沢山見て、家に帰ったらメッセージや通話で亜稀菜といっぱい話す。

そんな平凡な幸せが卒業まで、いや卒業後も続いていくとこの時は信じて疑わなかった。


この時までは……二口の弄りが生温すぎるくらい、俺に地獄を見せたアイツと関わるまでは……!


3日後の休み時間、俺と日野木は男子トイレで何気ない会話をしていた。最近の部活の雰囲気はどんな感じとかあの先生ウザくね?みたいな会話だ。

そこで日野木と、亜稀菜についての話題が出てきた。

「俊介さ?今またアイツとは友達の関係に戻ったでしょ?お前はそれで良いのか?」

「それで良いって?」

「お前はもしかして今も自分の気持ちを押さえ込んでいるんじゃないか?表では友達として仲良くするだけでも幸せとか言ってるけど、本当はもっと付き合いたかったんでしょ?しばらくしたら再アタックしてもう一度付き合えるように頑張れよ。」

「……確かにな。もっと付き合いたかったとは思ってる。だが彼女の意思を尊重することも大事なんだ。友達で良いかな、現状は……」

「そうか。」

「ふーんそう、無理だねw」

「は?」

大便所の個室の中から1人の男子生徒が出てきて俺と日野木の間に割り込んできた。同じクラスの片岡だった。

「亜稀菜は既にお前になんか愛想をつかしているからw。それにアイツは三股しててお前はその内の一人だったんだよ。」

「片岡……何を言ってるんだよ」

この片岡という男は俺たちのクラスの中でもスポーツ万能なタイプの体育会系の生徒だった。正直俺はこいつが嫌いであったがものすごく仲が悪かったという訳ではなく普通に話していた。

だが亜稀菜のことだけば例外だ!

コイツは俺が亜稀菜の事が好きなことをずっと前から知っていた。俺が短期間で別れたことを面白がり、バカにしだしたのだ。

「俺はあくまでじ、じ、つを言っているだけだからw。それにアイツは1年の時……」

聞きたくもない内容だったので俺は耳を塞いでいた。ここに書き連ねるのさえ嫌になるほどだ。もちろんそんな事実はないことはわかっていた。

「じゃあさようならw次の時間移動教室だから準備よろしく〜」

片岡がトイレから出ていった。俺はアイツが言った亜稀菜に対する事実無根の嘘にとても苛立っていた。

傍で聞いていた日野木が口を開く。

「えっ?さっき片岡が言ってた事って本当なん?」

「元から亜稀菜にたっていた悪い噂をアイツは俺に置き土産として教えていっただけ。そんな事実はない」

「だよね。俺も全く信じられんし」

俺たち二人は教室に戻った。次の時間は情報だったので俺たちは教科書やら筆箱やらを準備して情報室に向かった。彼女は既にそこにいた。

「お待たせ亜稀菜!相変わらず準備が早いな笑」

「俊介達が来るの遅いからでしょ笑。もうそろそろ始まるよ?席につかないの?」

「もうちょっとだけ話していたい!」

「授業終わったらいっぱい時間あるからw」

「全っ然足りない!だから今日も夜電話しようよ!」

「時間があれば喜んで相手しますよ笑」

その夜彼女と電話をした。彼女と二人で何時間も話していられることがとても幸せだ。

「亜稀菜!俺亜稀菜が大好きだよ!すっごい大好き!この世界で1番好き!」

「ちょっと大袈裟でしょ笑。そんなに私の事好きなんだ笑。」

「亜稀菜が俺を素直って言ってくれたでしょ?だから俺は素直に!正直に亜稀菜に堂々と好きと言うのさ!」

「ちょっと言い過ぎだけどね笑。」

溜まっていたイライラが嘘のように消えた。

どんな嫌なことがあっても彼女の前では日々の鬱憤が一瞬で浄化される、彼女がまるで女神様のように神々しい存在に見えた。別れたあとでもこんなにも俺と仲良くしてくれる亜稀菜の優しさがとても眩しい。


だがその次の日からも片岡は俺に嘘や噂を言うようになった。いや、片岡が言っていると言うよりも第三者が広めた嘘をコイツが俺に直接言ってくるのだ。

もちろん片岡も自分の言葉で言ってくる時もある。

本気で癪に障る。

ある時は学校の先生を狙っているとか、またある時はサッカー部の先輩と関係を持ったとか、〇〇高校の男子生徒と4人くらい付き合っているなど大半が亜稀菜の恋愛関係に対する根拠のない嘘だった。

俺は毎回聞き流していたが心の底から許せなかった。

あんなに真面目に生きてて、人から信頼されて、感謝を忘れないような人として強く生きている彼女が悪い奴に貶されるのが見ててとても辛かった。

事実無根の嘘を広めるなんて名誉毀損、立派な犯罪だ!

亜稀菜はこのことを何も知らない。今も俺の前で笑顔を見せてくれている……。自分の知らない所でこんなことを言われているんだって伝えたい!だがこんな事実を知ってしまったら彼女は深く傷ついてしまうだろう……。

俺は言いたくても言えなかった。

本来幸せになれるはずの彼女の笑顔がこの時ばかり俺を突き刺すナイフになった。

そんな日々が1週間ほど続いたある日、俺たちのクラスは体育でサッカーをしていた。

正直俺は球技が大の苦手で、体育で球技をやるとなると一気にやる気が無くなってしまう。俺たちはクラスごとでチームを組んで試合をしていた。

俺のチームには日野木や樹、それから片岡まで一緒にいた。片岡がほんっとに邪魔な存在だった。

俺たちのチームが試合に出る直前片岡が俺の方に寄ってきてこんな要求を押し付けてきやがった!


「この試合で終わりのブザーがなるまでにお前は3回ゴールを決めろ。できなければ亜稀菜と話すの禁止w。話したら購買で俺の食い物を買ってねwww。」

畜生だ、そう思った。その不敵な笑みを浮かべる目を潰してやりたいとも思った。

此奴は俺がサッカーが下手だという事を利用して亜稀菜を賭けに出しやがったのだ。おれの心の底からは怒りの咆哮をあげている。

頭に血が上る。

「いや、なんでお前に決められなきゃダメなんだよ!俺が亜稀菜と話すか話さないかなんて俺の自由だろ!」

「いいから早くしろよ〜w。試合が始まるぞ。」

そうして俺たちのチームは隣のクラスのチームと共に試合を行った。

「三分だ……。3分で3回決めれば、、ってなんで俺はこんな奴の要求を飲んでいるんだ……!」

試合中俺はただゴールを決めることだけを考えていた。3分間で2回ゴールを決めることはできたが最後の最後でブザーがなったことで失敗に終わった。

「はい!残念でしたw。ということで君は今日絶対に亜稀菜と話してはいけませーんw!話せば罰を与えるからw。」

ああ、ダメだった。此奴にいい様に弄ばれている自分が情けなかった。何故こんな奴に決められなければならないのか……。

今思うと周りに助けを求めれば良かったと後悔している。だが俺は次第に自分の悩みや弱い部分を人に見せるのが億劫になってきた。片岡の周りの奴も同じくろくな奴じゃない。こんな奴等にバレてしまえばより一層エスカレートしてしまうじゃないか。

何とか、強く見せよう……!


次の授業の間まで休み時間があった。俺はさっさと着替えて次の授業の教科書を用意してくつろいでいた。

今日は亜稀菜に近づかないようにしなければ……また面倒なことになってしまう……。

だが現実というものは残酷なもので最悪なタイミングで亜稀菜が話しかけてきた。

「ねぇねぇ俊介!実は昨日私が電車乗ってる時に床で寝ていたおじいちゃんがいたんだけど詳しく聞きたい笑?」

「……っ!」

まずい!終わった。片岡はいないだろうな?アイツに見られたら俺は購買でパシられるんだぞ!

「あっ……へぇ〜そうなんだ笑。面白い人……また見つけられて良かったじゃん……笑」

「でしょ笑」

「……っ!」

廊下でニヤニヤしながらこちらを見ている影が見えた。片岡だ!この瞬間全身の毛という毛が凍りつくような感覚が俺に走った。片岡は俺と亜稀菜の目の前までやってきて、

「はい!残念でしたw。それじゃあ俊介君購買行こっかw」

「……」

何も話す気力も無くなった。この時俺は自分の運を深く恨んだ、亜稀菜が口を開いた。

「ん?何かあったの?」

「いや、なんでもないよ!亜稀菜ちゃんこれから介護の実習だよね。早く行かないと遅刻しちゃうぞ〜?」

「いやわかってるって笑」

2人が仲良く笑いあっている声が俺の隣から聞こえてくる。片岡の俺を見る目は勝ち誇ったような、見下したような、そんな目だ。

まさか2人は共謀して俺を貶めようとしたのか!?。あらぬ疑いをかけてしまった。

あんなに亜稀菜を信じると誓った俺が……徐々に彼女を信じられなくなってしまった。俺に見せてくれた笑顔は全部偽物だったのか……?

結局俺はその後購買で1500円分の食べ物を買わされてしまった。何故こんな奴に自分の金を使わなければならないのか……。


次の週、俺達のクラスは席替えを行った。以前俺は1番前の席であったが今度は最も端の席になった。周りの奴には特に問題はなかった。後ろは二口だったが彼は既に俺を弄ることはほぼ無くなっていたので問題はなかった。

むしろ、好きな人弄りを除けば二口は普通に面白いやっだった。

「城山〜!ついに俺ら隣同士になったな!」

「隣っていうかまあ前後やな」

「細かいこと気にするなって〜」

俺から見て亜稀菜は1列挟んだ左斜め前辺りにいた。

彼女の横顔を見た事がなかったが凄く形が整っていて綺麗だった。

片岡……邪魔者は2つ前にいた。心底目障りだったが隣になるよりはマシだと思った。


だが、この辺りの時期から徐々に不穏な影が顕著になってきていた。

最近亜稀菜は電話に応じられないことが多くなった。

前に誘った時、

「ごめん、先約があるんだ……」

「そうなのか……すまない」

彼女との幸せな時間を通して亜稀菜に慰めて貰おう、亜稀菜なら俺を信じてくれている!そう思っていたのにタイミングが合わなくなっていた。

この日だけでなく次もその次も。

俺の心の余裕がどんどん削り取られていく!しまいに俺は亜稀菜に対してどうして俺に構ってくれないんだと言う不満をぶつけるようになってしまった。

この日は事前に学校で夜電話しようって約束していた、時間も決めていた。だが彼女は約束の時間になっても応答することはなかった。


「ねぇ。電話かけても良いかな?」

「おーい?寝ちゃったのかな」

「既に三分経ってるぞ笑」

「俺は既に準備完了!」

十分後

「亜稀菜……約束したよね?今日電話しようって……どうして約束守ってくれないの?」

「ねぇってば!……」

「どうして約束……守ってくれないの?」


朝になってしまった。俺はメッセージを見返して自分が怖く感じてしまい小さな悲鳴をあげた。

知らぬ間に俺は亜稀菜に依存していることに気がついた。ここまで追い返しメッセージを送ったことはない。亜稀菜に不満をぶつけてしまったことを深く後悔し申し訳なく感じた。

学校ではお互い気まずくて今日はほとんど何も話せない気がした。

俺は追い返しメッセージを連投したことに罪悪感を感じていて、亜稀菜は約束に応えられなかったことを申し訳なく感じているように見られた。

授業中も俺たちは互いに下を向いていた。ちなみにだが片岡はこの件とは無関係だった。

そんな状態は学校が終わる終礼まで続いた。


「君はいつも素直で優しい。私と話している時とても楽しそうなところが見てて嬉しくなる。」

素直……俺は最近素直になれていなかった。悩みを理解して貰いたくて、でも相談するのが怖くて鬱憤や苛苛をぶつけて傷つけてしまっている。

このままではずっと亜稀菜を傷つけ続けてしまう!それだけは絶対ダメだ!

終礼が終わりスマホを手に取ると俺は急いで亜稀菜の元へ向かった。

「亜稀菜!」

「……っ俊介。どうしたの?そんな急いで。」

「昨日は本当にごめん!亜稀菜に構って貰いたくて、何度も何度も急かしてしまった。本当に申し訳ない!」

「ああ昨日のこと笑?大丈夫大丈夫!私もごめんね。ちょっと昨日すぐに寝落ちしちゃってて……それで朝確認したら凄い量のメッセージきてたから、私も申し訳ないです。」

「本当にごめん!」

「良いよ笑」

こんなことがあっても、俺は彼女が教えてくれた素直でいることは決して忘れないようにした。

自分が悪いことをしてしまったらちゃんと素直に謝る、こんな当たり前なことに気づけなかった。

「ありがとう。俺はそろそろ帰るね」

「じゃあね!元気で!」

最近、度重なる嫌なことで亜稀菜を信じてあげられなくなってしまいそうだったが、それは違った。

亜稀菜は変わらず俺を信頼している。

言葉では伝えられなくても表情を見ればすぐに分かる、俺を見る亜稀菜の表情はいつも微笑んでいた。

だけど……以前のように喜べない、俺が彼女に仮面を被って傷つけないようにしたのと同じように亜稀菜も嘘をついているんじゃないか?

いやっ、そんなことは無い!

亜稀菜は何も悪くない、悪いのは周りに振り回され素直になれなくなっている自分自身だ!

久々に幸せな気持ちになれた瞬間だった。

だが、そんな安息も終わりに近づいてきた。これから俺の人生史上最も最悪な1週間が始まろうとしていた。


月曜日の昼、昼食の時間俺は弁当箱を用意して隣のクラスにいる友達の所へ行こうとしていた。

ここで俺は自分の筆箱が机からなくなっていることに気づく。

「……あれっ?筆箱がない!何処だ?」

すぐ近くで片岡とその仲間がうっすら笑みを浮かべていた。此奴等だ!そう確信して俺は片岡に筆箱はどうしたと聞いた。だが、

「いや、知らないしwお前が勝手に失くしたんでしょw。」

絶対にわかっている。此奴は俺の反応を見て嘲笑うのを楽しんでいた。畜生、いやその表現すら生温いド畜生だ!

ここで更に俺を絶望させることが、周りの奴も俺を見ている。それなのに誰一人として声を挙げずにただ見ているだけだった。俺は深く失望した、此処に俺の仲間などいない。

俺は呆れを感じ人気の少ない学校のトイレの個室へ籠った。今までに感じたことの無い苛苛と失望とやるせなさで手が痺れ視界には砂嵐がかかっていた。

此処に俺に味方してくれる人は何処にもいないのか?

俺は人に気付かれない位の嗚咽をあげ、

同時に吐き気が俺を襲った。

「うっ……!オエッ!!」

朝食べた物を全て吐き出してしまった。苛苛で吐くなんて初めての経験で俺はもう限界を感じている。

「せめて、亜稀菜だけでも……味方になって、、くれ……!!」

全てを吐き出した後教室に戻った。正直あんな教室なんて帰りたくなかったけど、途中で樹とすれ違って俺に筆箱を渡してきた。

「はい、これ。お前片岡にいい様にされてるのわかってるぞ。大丈夫だ、せめて俺だけは味方でいる。」

「あっ、ありがとう。」

樹はどうやらわかっていたようだ。俺に味方でいてくれる存在を知って少しは安心した。だが俺の怒りが収まったわけではない、あんなことされて謝罪もなしに許そうなんて思う奴など何処にいる?

その日は食欲など無くなり弁当は食べなかった。


次の日、この日俺は酷く自分の心を抉られる経験をする。昼食を食べ終わった5時間目の授業の最中だった。

昨日と今日の午前までは平穏に過ごしていられたが、今思うとこれは嵐の前の静けさ出会ったと気づく。

俺は授業の自由時間中席で後ろの二口や隣の奴と楽しく会話していた最中に信じられないものを見せつけられた。

亜稀菜と……片岡が……!二人でハートを作っている!指を絡めている……!何をしているんだ!

俺の目に酷く悲しく苦しい、今まで信じていたものが打ち壊された感覚が走った。

更に追い討ちをかけたのは、彼女の顔が残酷な位にとても楽しそうな笑顔だったことだ。

人生で本気で愛し、死ぬまで守っていきたいと強く誓った……俺の大好きな亜稀菜が……!俺を散々追い詰めてきた片岡と笑顔でいることが辛く悲しかった……。

俺に素直であることを教えてくれて……溢れんばかりの笑顔を見せてくれた亜稀菜は……もう居ないのか……?片岡はひたすら俺に勝ち誇った、不快な笑みを向けている。


授業終わりの休み時間、俺は沢山の仲間に囲まれながら廊下で立っていた。二口、日野木、他の友達、隣のクラスの友達や1年の時同じクラスだった奴もいた。

あまりに俺の様子がおかしすぎて皆が心配している。

亜稀菜に告白する前、弄ってきた二口も俺の様子を察したのか顔を歪めていた。

日野木が口を開く。

「あの〜、一昨日あったことは聞いたぞ。お前やっぱり片岡に……」

「言わなくてもわかるだろう……」

俺は酷く憔悴していた。俺の様子を見た同じクラスの奴がこう言ってきた。

「お前このまま放っておくと片岡もっと調子に乗ってお前を酷く苦しめてしまう!彼奴は1度痛い目に合わないと分からない!」

「痛い目……」

俺は廊下の果てを見る、向こうでは亜稀菜が片岡と幸せそうに話しているのが見えた。その瞬間、俺の心の中にある何かが切れ、途端に俺の顔から表情が消え失せた。

「そうか……わかった」

俺が一人で足を動かしとある場所に向かった。もう誰にも俺を止められない。

俺が向かった先は美術準備室だった。痛い目を見ないと分からないなら痛い目に合わせれば良いんだ。運良く周りには人が居ない、俺は準備室の箱を漁っていると、ある物を見つけた。

「錐……」

それは木彫り用の錐だった。錐と言っても持ち手は掌にピッタリと収まる、先端が鋭利に尖っている。錐というよりアイスピックに近かった。

許されないことをしようとしているのはちゃんと分かっていた。だが、俺はそれ以上に許せない。

「待っていろ……片岡……!亜稀菜を信じる心を奪って、追い詰め、亜稀菜がくれた素直な俺を踏みにじったお前を許さない……!絶対に許さない!!」


俺は魂が抜けたような顔で教室に戻った。戻った瞬間片岡が俺の肩に手を載せてきてこう言った。

「俊介君!亜稀菜ちゃんと手を繋ぐことがこんなにも幸せなんだって気づかなかったよw!今どんな気持ちw?」

俺はポケットに忍ばせておいた錐を手に取り片岡の腹を3回突き刺した。

「うっ!……ああっっ!」

壁に後ろから倒れ込むような形になったと同時に俺は奴の左腕を手に取り二の腕を錐で何度も引っ掻き、手の平を壁に錐で恨みを込めて思いっきり突き刺し叩きつけた。

「ぎゃああああ!!」

片岡の顔が俯いた。俺は奴の前髪を掴み今までの恨みと怒りと悲しみを込めて叫んだ。


「心の底から不機嫌だっ!!調子に乗るんじゃねぇよ!!片岡ぁッ!!」

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