第四章 笑顔と悩
「俊介、もうそろそろ電車が来るからホームに行くぞ。」
「そうだな、行こう。」
今日は珍しく樹が俺と同じ時刻の電車に乗る日だったので俺は樹と待ち合わせて駅のホームに向かった。
「あれっ、おい俊介あれ堀田じゃね?おーい堀田ー!」
「おい樹!あんまり駅のホームで騒ぐなよ……」
堀田が俺たちに気がついた。こちらを見ている。
「樹と俊介じゃん、、どうしたん?俊介はまあ良いとして樹は部活ないの?」
「俺は今日朝練が無くなったんだよ!マジで楽!」
「良かったじゃん。一緒に行くか?」
「おう!」
10分ほど経って電車がやってきた。俺たちは二両編成の電車の前車両の後ろ側、ちょうど連結部分の近くに立った。堀田が口を開いた。
「あー、今日も学校だるいなー。」
「まだ俺たちは部活してないだけ楽じゃないか?樹なんていつも夜の7時とかに終わるんだぞ?」
「そやぞ!少しは俺の身になれ。」
「確かにそれはきついわ」
俺たちはいつものように他愛もない会話をしていた。学校がめんどくさいとかテストの点は良かったか悪かったとかそんな会話だった。そこで樹が、
「お前さ、亜稀菜に告白した?」
「いやまだだけど?」
「さっさとやっちゃえよー、アイツモテるからさっさとしないと他の奴に……」
もう何回も聞いたので俺はハイハイと受け流していた。それに俺は今日電話で亜稀菜に告白しようと考えていた。連休は昨日で終わった。本当なら昨日告白したかったが、
「ごめんごめん笑、昨日お風呂のあとそのまま寝落ちしちゃってて……また今度ね!」
タイミングが合わなかった。だから今日こそ必ず成し遂げる、そう誓った。
それと、俺には1つの疑問があった。亜稀菜は笑顔がとても魅力的で輝いていると何度も俺は言っているが、それは俺や友達といる時に限ってだ。一人でいる時の彼女は何故かもの寂しそうというか、悲しげというか何か胸の内に悩みを秘めているような感じがする。
普通に真顔が暗い雰囲気を持っているだけだろ、という者はいるだろう。しかし明らかに様子が違う、いつもの笑顔との温度差が激しく気になって仕方ない。
昔とある人のブログで読んだことだが、「人が1人になった時の表情がその人の真の姿」という一文を目にした。
人というのは無意識に周りの雰囲気に合わせている。自分を取り繕って周りに良い自分を見せ、皆と離れてリラックス出来るのと同時に自分の気持ちに嘘をついていることに罪悪感を覚えて表情が暗くなるのだとか。しかもこのような人は悩みを打ち明けるのを躊躇う傾向がある。普段人に見せている自分との温度差で引かれたくないのだろう。
彼女もその類の人間だと思った、だがそう思いたくなかった。
俺に素直であるという良い1面を教えてくれた彼女が実は全然素直じゃないなんて信じられない。
亜稀菜は俺にはきっと自分の本音を素直に打ち明けてくれると信じた。好きな相手が暗い顔でいるのは見たくない、何かあったのだろうか。
今日も赤ちゃんおじさんは胡座をかきながらニコニコしている。周りが彼を避けておじさん周囲だけ距離が保たれている。俺は無性に彼に愛着を感じた。人生に何も悩みを感じたことがなさそうなおじさんを見ると心が弾む。そう思っているうちに学校に着いた。
学校に着いたと同時に俺は自分が思う最も面倒で嫌な状況に遭遇した。
「おい城山!?お前亜稀菜ちゃんと2人で夜中に電話してんのか〜?」
「は?いや、なんでお前が知ってんの?」
「亜稀菜ちゃんが教えてくれたんだよ〜笑」
野球部の坊主頭の二口だった、こいつはめんどくさい。此奴は人の好きな人弄りがかなりしつこい奴だったので余計に対応が面倒に感じた。すごく嫌な予感がする……。
しかも此奴はめちゃくちゃ声がデカイ……。大きな声で話すせいで周りにまで今知られてしまった。
「えっ何何?お前亜稀菜好きなん笑?」
「おぉwマジかw。ラブラブじゃんw」
周りが一斉に俺を見てくる。此奴やりやがったなと目に思いを込めて二口を見た。
「うるさい!お前には関係ないだろ?」
「やっぱり好きじゃないか〜城山〜w!」
「はぁ……」
結局俺が亜稀菜が好きなことがクラス中に知られてしまった。不幸中の幸いと言えるのはその場に彼女本人が不在だったことだった。これが唯一の救いだった。
亜稀菜……余計なことを……まあ許そう。
3年前の二の舞になるのは御免だ、慎重に行こう。
昼食の時間、俺は昼飯を食べ終わった後亜稀菜の席に向かった。直接会って話せる場は学校しかない、彼女と話す時間が最高に楽しい。亜稀菜とどれだけ話すことが出来たかで一日の気分が決まってしまうほど彼女なしでは生きられなくなっていた。
ここで余計な奴もいた。二口だ。
「ねぇ亜稀菜〜!食事中ちょっと良いか?実は俺昨日電車の中でまた新しい面白い人を見つけてさ?」
「えっ笑、また見つけたの?相変わらず俊介は面白い人に沢山出会うんだね笑。どんなの?」
「えーっとね?」
二口が俺たちを見た気がした。ものすごく嫌な予感がする……。
「おぉ!!!!お前たち何話してるんだ〜!?城山〜お前亜稀菜ちゃんとラブラブじゃ〜ん笑笑」
「えっ?えっ?」
あーもう、本っ当に面倒だ、彼女も突然の事で戸惑っている。俺は気まづくなって教室を出ていった。
「ちょっと俊介ー?」
本当に理解出来ない。好きな人でそこまで弄る心理が全く理解できない。誰が好きとか別に誰を好きになっても構わないだろう。人の恋愛に全く興味が無い俺からしたら誰が好きとか誰と誰が付き合っている、キスしたとかそんな話題が至極どうでもいいくらいだ。
その日はそれ以来亜稀菜と話さないまま学校が終わり家に帰った。夜に亜稀菜からメッセージが来ているのを確認した。なんだ?
「今日は迷惑かけちゃってごめんね。私が俊介と電話していることを二口に言ってしまったらまさかああなるとは思ってなくて……」
亜稀菜からの謝罪の文だった。ここまで真摯に謝ってくれたら悪い気はしない、俺は別に彼女を責めたりはしないし悪いのは二口だと思っていた。
「大丈夫。悪いのはあいつだから亜稀菜も悪く思う必要はないよ?」
「うん、ありがとう」
ああ、彼女も少し気分が落ち込んでしまっている。今日はそっとしておこう、明日だ。明日こそ必ず告白しよう。
次の日、俺は日野木と話していた。そこで俺は日野木に今日亜稀菜に告白することを打ち明けた。昨日あの場にいたので日野木も俺が彼女を好きなことを知っていたらしい。
「てことでさ?俺は今日電話で告白しようと思う。」
「えっ?まだ告白してなかったん?あんなことあったからてっきり付き合ってたのかと思ってた。それに亜稀菜お前が自分を好きなこと知ってるぞ?多分」
「えっ!?」
驚愕した。やっぱりアプローチが分かりやすかったか?俺も亜稀菜が気づいているような感じは薄々勘づいていた。そこで日野木が、
「いや、昨日体育あったじゃん?その時亜稀菜は友達と教室の外にいて俺はそこで2人の会話を聞いたんだよ。」
『亜稀菜が、「私達のクラスにさ?城山俊介っているでしょ?私俊介に色々とアプローチされてて、もしかして私の事好きなんじゃね?って思ったけど流石に自信過剰だよね笑」って言ってたんだよ。俺の記憶が間違ってなければ』
「そうだったのか……」
どうやらもう気づいていそうだった。ここまで来ると逆に吹っ切れて気が楽になった。
「それを知ったら逆に自信が湧いてきた。亜稀菜も悪い気はして無さそうだし、俺今日の夜中告白成功させてみせるわ!」
「おぉ、じゃあ頑張れ!」
家に着いた。着いたと同時に俺は亜稀菜に一通のメッセージを送った。
「今日の夜も電話しようよ〜。またたくさん話したい。」
「良いよー。だいたいいつも通り23時頃でよろしく。今からバイト頑張ってきます!」
「ありがと!頑張れ〜。」
6時間後、23時になる15分前俺は心臓がはち切れそうなくらい鼓動が激しかった。激しすぎて息が苦しい、これではしっかり言葉を伝えられないと感じ、俺は紙とボールペンを用意した。
ここに言葉を書いて告白の時に読みながら伝えることで言葉が途切れないようにするという方法だ。我ながら完璧な作戦に感服した。
「えーっと、紙にはこう書いて……、よしっ、これで完璧だ!」
丁度23時になったところだった。早速俺は亜稀菜に電話をかけた。
「もしもし〜聞こえてるかな?」
「うん聞こえてるよ笑、今日はどんな話ある?」
「今日見た夢の話とかどうだ?」
「いいね〜それ!」
「あと今日駅の前で見かけた面白い人でも紹介するよ笑」
「是非お願い笑、気になるからそれ優先で笑」
「良いよー」
最初はいつも通り何気ない会話をゆっくりたくさん話していった。いきなり告白するのは俺が緊張するし向こうもびっくりするだろう。
1時間ほど亜稀菜と話した。俺の緊張もかなり解れ電話越しからは彼女の楽しそうな笑い声で溢れている。きっと俺の好きな笑顔がたくさん溢れているのではないかと考えたら心が弾んだ。
すると突然俺たちの間に静けさを走っていった。少しの沈黙の後亜稀菜が口を開いた。
「俊介って私をどう思う?」
「亜稀菜を?んー、いつも笑顔で可愛くて優しいかな」
「そう?ありがとう。」
さっきの明るい空気とは一変し、部屋に居座る静寂が俺の胸の鼓動の高鳴りを知らせた。間違いない、今こそ告白の時だ!彼女は俺の告白の言葉を待ってくれている、そう本能が叫んでいるのだ。俺は言葉を綴った紙を片手に意を決して亜稀菜に声をかけた。
「……あのさ、もしかしたら……亜稀菜は気づいているかもしれないけど……。……俺、亜稀菜のことが好きなんだ!会った時からずっと。」
彼女は黙って聞いてくれている。続けて俺は
「亜稀菜のたくさん笑ってくれるところとか、真剣に話を聞いてくれるところとか、笑顔が可愛くて輝いているところが本当に大好きで毎日がとっても幸せなんだ。
だから、俺でよければ付き合って欲しい……。」
言った、言ってやったぞ!緊張で胸が破裂しそうだった。紙を持った手が震えている。高くなった鼓動は俺の体温をあげて酷く暑苦しい。だがしっかりと言葉で伝えられた達成感が大きく身体がとても軽くなった。
ここで俺は亜稀菜が言ってくれた素直という言葉を思い出した。自分の気持ちを正直に伝えることがこんなにも気持ちが良いものだと気づかなかった自分を殴ってやりたい、そうも思った。そう思っているうちに彼女が口を開いた。
「うん笑、ありがとう。ちゃんと伝えてくれて、確かに好きなんじゃないかなって気づいてた笑。」
「やっぱり気づいていたんだ……。」
「うん笑、だって俊介私と話している時すごく幸せそうだし私のこと沢山可愛いって言ってくれるから、でもそんな事思ってたらなんか自意識過剰じゃん?だからそんな事ないよな〜って思ってたら、今こうやってしっかり言葉で伝えてくれたのが嬉しくて、、ありがとう!」
「まあ、こちらこそ。ちょっと不安もあったけどな。二口が入ってきた時本当に終わったかと思ったし笑。ここで好きなことバレたらどうしようとか、3年前の二の舞になってしまうんじゃないかとか……」
「まあまあ笑、」
俺の心臓の鼓動が落ち着いてきた。熱せられた鉄球が水に入れられ沢山の泡を発生させながらゆっくり冷えていくように俺は徐々に元の冷静な状態に戻った。
「それで、俺と付き合ってくれるかな?」
「それはね〜。うーん、私達まだ出会って1ヶ月くらいでしょ?私1ヶ月だとまだ俊介のこと好きなのかどうなのかがよく分からないだ。」
「それだと、やっぱりダメかな?」
「いや、良いよ!私も俊介がどんな人かとかまだ知らない所があるから」
「てことは?」
「よろしくお願いします笑。」
「えっ、ほんとに!?よっしゃ!」
これは夢ではないか?本気でそう思った。彼女は俺の気持ちに答えてくれたのだ。これ以上の高揚感と喜びは今まで感じたことは無い。
「それじゃあさ?明日の朝一緒に学校に行こうよ!早速亜稀菜と何かしたいよ。」
「朝か……朝はちょっと忙しいな。」
「じゃあ放課後一緒に帰ろうよ!」
「放課後か!それなら大丈夫よ」
「よし!じゃあよろしくな!」
「うん!」
「もう寝る時間だからおやすみ」
「おやすみ〜」
嗚呼、こんなこともあるものなんだな。自分の好きな子が俺の気持ちに応えてくれるなんて夢ですら信じられない。明日が楽しみだ!
次の日、日野木と樹が俺に亜稀菜のことで話しかけてきた。
「えっ?俊介結局亜稀菜に告白したん?」
「したよ〜」
「マジで!?結果はどうだったんだ?」
「OKだって!」
「マジか……お前が付き合えるなんて思ってなかったわw。俺も昔亜稀菜に告白したけど玉砕したからな」
「えっ?樹も好きだったん?」
「昔な?」
「そうだったんだ……」
幸せだ。最高に幸せだ。ここで感じた幸せは亜稀菜と話していた時の幸せとは違った誇らしげな、自分の価値が高いことを周りに誇示するようなそんな幸せだった。向こうで亜稀菜が座っている、話しかけて欲しそうな顔をしていたので俺は亜稀菜の席に向かった。
「亜稀菜〜。」
「あれ?どうしたの俊介、」
「昨日はありがとな!俺の気持ちを受け取ってくれて!」
「あ〜それね笑。こちらこそありがとう。素直に伝えてくれて嬉しかった笑」
「放課後楽しみにしてるよ。」
「おう!」
そして学校の始まりを告げるチャイムがなった。俺たちはそれぞれの机に向かい朝礼を受け、終わったあとは授業が始まった。授業は6コマある、だいたい全体で7時間くらいだ。長い、放課後までの時間が長すぎる。早く終わって亜稀菜との時間を過ごしたい。授業の合間でも時々亜稀菜の席に行って雑談したりなどはしたがそれでも長すぎる。俺はこの7時間の懲役とも呼べる拘束時間を終えると途端に今まで感じたことの無い開放感が矢のように俺の身体から解き放たれた。
鋼鉄の足枷がようやく外れたようだ。
俺は早速亜稀菜の所へ行こうとしたが、何故か彼女が見当たらない。どこへ行った?
俺は先生に聞いた。
「先生!亜稀菜がいないんですけどどこに行ったか知りませんか?」
「平田さんのこと?平田さんなら放課後の介護実習に行ってるよ」
「介護実習!?」
忘れてた。そういえば彼女はこの学校の介護科に属していたんだった。放課後の実習がいつ終わるのか俺は把握してなかった、聞くしかない。
「えっ、先生ちなみにそれはいつ終わりますか?」
「確か1時間ほどで終わるから安心して」
「わかりました。」
はぁ、この1時間をどう過ごそうか、すごく退屈だ。俺は廊下の窓を眺めた。向こうの校舎で彼女が実習を頑張っている姿が見える。真面目に学業に励む姿がとても輝かしい、俺は感心した。
俺は4組に向かった。幸太だ!幸太ならまだいるはずだ。予想は的中した。幸太は友達とスマホゲームに夢中になっていた。俺の様子を見るや幸太は目を丸くした。
「俊介?どうしたんだそんな顔して」
「幸太!今暇してるでしょ?1時間だけ一緒にいて」
「えっ、なんで?」
「亜稀菜と一緒に帰るためだよ!」
「えっ、えっ、どゆこと?」
俺は幸太に亜稀菜との最近あったことを全部説明した。告白したこと、付き合えたこと、一緒に帰ること。
「そういう事ね、わかった。」
「マジでありがとう!」
「ところで、お前は亜稀菜のどういう所が好きなんだ?」
「それはね〜」
俺は50分間亜稀菜の良いところ、可愛いところ、好きなポイントを熱弁した。後半はただただ「亜稀菜可愛い」「亜稀菜可愛すぎる!そう思うだろ?」の連呼しかしてなかった。
「もういいです!十分わかりました笑!許してください!」
「いやまだ足りない!」
自分の推しを必死に布教するオタクのようだ。途中でとある女子生徒が2名ほど入ってきた。2人とも1年次亜稀菜と同じクラスだった女子生徒だ。うち1人は元学級委員長だった。
「なんか〜亜稀菜ちゃんが可愛いとか聞こえたけど?君もしかして亜稀菜ちゃんのこと気になってるの〜?」
「いや気になっているというか大好きだし、なんなら昨日告白して付き合えて今日一緒に帰る」
「えええ!?亜稀菜ちゃんと!?」
「やっばぁwww良かったじゃん!」
こんな会話も最高に幸せだ。俺は今生きてる喜びが最高潮に達している。この時点でこうなら2人きりになったらどうなんだ?
時間の流れがとても早かった。気づけば実習が終わった亜稀菜が廊下の奥から姿を見せた。俺は急いで駆け寄った。
「亜稀菜ー!亜稀菜〜!」
「お待たせ笑!ちょっと待たせちゃったね。」
「いいっていいって!行こう!」
俺たちは玄関で靴を履き替えて外に出た。外は曇り空だったが俺の放つ幸福感で眩しいくらいに腫れているように錯覚した。
「いや〜、今日は本当にありがとう。実習で疲れているだろうに俺に付き合ってくれて」
「まあ大丈夫だよ笑」
幸せすぎる。俺の隣には今ずっと一緒になりたくて仕方なかった大好きな亜稀菜が隣にいるのだ。俺の顔に自然と笑みがこぼれ落ちる!そうだ、せっかく一緒に慣れたんだからアレを!
「ねぇ亜稀菜!手繋ごうよ」
「良いよー!」
俺はずっと彼女の手に触れてみたかった。好きな子の手はどんな感触なんだろうか。俺の手が亜稀菜の手の平から指を包み込んだ。思ったよりも冷たくひんやりしている、水に漬けたようだった。だがその手を触れるととても気持ちが良かった。俺の熱い手とは対照的に彼女の手は冷たい、ここで触れることで上手く中和され均衡を保っている。
「待って、まずい!」
心臓が今までに感じたことの無い速度で脈を打っている。身体が熱い、口から大きく脈打った心臓が飛び出そうだ!身体中の汗が止まらない……顔が紅潮している!
俺は彼女の手を放した。
「あれ?もう終わり?手繋ぐのなんか違った?」
「いや、ちょっと亜稀菜と手を繋げた喜びと緊張で色々と、、なんというか」
「もしかして、女の子に慣れてない笑?」
「うん笑」
「まあゆっくりでいいよ笑」
再び手を繋いだ。さっきほどの緊張感は収まった。俺たちはいつも通り他愛もない話をして駅まで向かった。待て、ここで駅に着いてさようならでは何か違う。もっとせっかく一緒にいられるのだから何かしたい、もっと一緒にいたい。
「なぁ、本屋行かない?なんか面白いもの探しに」
「本屋か〜良いよ笑。」
「よし!」
俺たちは駅近くのショッピングモールにある本屋へ向かった。エレベーターに乗って上の階へと昇ってゆく、その途中で俺は後ろを振り返った。彼女は俺の1段下に留まっている、普段から小柄で可愛らしいのが却って更に小さく見える。可愛すぎる!
「私の顔に何か付いてる?」
「いや特に、ただいつもより亜稀菜が小さく見えて可愛いな〜って笑」
「うわ〜笑高身長だからって女の子にそんな事言っちゃうんだ〜笑」
「いやごめんて笑」
この時の笑顔を俺は一生忘れない。エレベーターで1段の差しかなかったので彼女の笑顔を最も間近で見られた瞬間だった。瞼を閉じた線が弧を描いていてまつ毛がくっきりしている。頬が膨れ上がり天井の照明が彼女の顔の艶を反射して眩しく感じる。
そして何よりも魅力的なのが瞳だ。瞼の間から見える黒目が光に反射して小さく白い光の筋を俺に放っている。瞳に吸い込まれる!まるで海岸線に沈む遠くの紅潮した夕日を静かに見ているような、そんな感覚だ。
そうこうしているうちに本屋に着いた。
俺は別に本が欲しいのではない。できるだけ長く彼女と一緒にいたかった。
「この漫画とかどうかな〜?」
「これは読んだことないからわかんないや」
「こっちは?」
「これは結構面白いよ!」
本屋で10分ほど過ごした。その10分がとてつもなく刹那に感じた。そこで俺は彼女に勧められた漫画を2冊ほど購入して、亜稀菜と共に店を出た。
再びエレベーターに乗って下に向かった。
「いや〜、二人で本屋ってのも案外悪くないね笑」
「そうだな!あれ?今度は亜稀菜俺の目線に立ててるじゃん!」
「ほんとだwこれで私も高身長の仲間入りだ!」
今度は俺が亜稀菜より1段下に位置していた。彼女の目線と同じ高さで瞳を見てみた。やっぱりいつ見ても綺麗だ。
俺たちはショッピングモールの外に出た。もう少し彼女と一緒にいたい。何処か他に行くところはないだろうか……
「そうだ!次は〇〇公園に行こうよ」
「おおいいね!散歩でもしよっか」
〇〇公園は駅から少し歩いた場所にある大きな公園だ。見晴らしもよく散歩するにはピッタリの場所である。そこまでは20分ほどかかる、その向かう時間も亜稀菜と一緒に話せると思うと自然と笑顔になる。
だが、10分ほど歩いたところで
「今何時だろ?えっ!?待ってヤバい!20分後に電車が来てしまう!」
「えっ?そうなの?待って私もその後すぐに来ちゃうよ……」
公園に行ってては電車を逃して帰れなくなってしまう。亜稀菜の乗っている電車は逃しても意外とすぐに来るが、俺の場合逃せば2時間駅で待たなければ行けない。
「仕方ない、戻るか」
「そうするしかないね笑」
結局俺たちは来た道を戻った。もうちょっと一緒にいたかったが時間が迫っている、ならばこの短い時間で楽しむ他ないだろう。
俺たちは再び手を繋いで歩き出した。先程の緊張も無くなっていた。
そう思っていると俺はあることを思い出した。
そうだ!今ここで亜稀菜が何か悩んでいることがないかを聞いてみよう。俺はいつも彼女が一人で暗い顔をしている時があったことを思い出したのだ。いつもの輝く笑顔に潜む影がどのようなものかが気になってしょうがない。
「ねぇ亜稀菜、何か悩み事があるでしょ」
「えっ?なんでそう思うの?」
「いや、俺いつも亜稀菜の笑顔が可愛いとか輝いているって言ってるでしょ?でも、それで少し気がかりなことがあるんだ。亜稀菜って一人の時何か暗い顔をしているというか……打ち明けたいけど人に話せないような事を抱えているんじゃないかって思ってて。
考えすぎだよな笑……。」
「っ!……」
彼女が息を飲んだような声を上げた。図星だったのか?少しして彼女が口を開いた。
「ちょっと、これは人に相談するのは憚られるんだけどちゃんと聞いてくれる?」
「良いよ。」
「私って自分で言うのもあれだけど結構モテるじゃん?でもそれをよく思わない人も一定数居るの。人から人気がある人は周りから好かれる反面、それを妬んで悪いことを企んでその人を貶めようとする人達もいる」
「そうなのか……」
「うん。それでね?簡潔に言うと私にはちょっと根拠のない良くない噂が広まっててそれで困っていたの」
「どんな噂?俺は悪いことは言わないから言ってごらん」
亜稀菜が少し間を置いて口を開いた。
「……お隣の街に〇〇高校ってあるでしょ?そこの高校の生徒と二股をしてるとか、関係を持ったとかそういう悪い噂が出ていたの」
「そうだったのか……言ってくれてありがとう。」
彼女の声は落ち着いていながらも少し震えていた。自分の知らないところとでこんな辛い思いをしているとは想像していなかったので、俺に出来ることはないだろうかと考えた。
「確かに、亜稀菜は人から人気があってモテて凄く魅力的だ。だがそんな亜稀菜を妬む人の気持ちも俺は分かる。自分に無いものを持ってたり人からチヤホヤされたりする人を見るのは、自分のコンプレックスを刺激されるんだろう。」
「だからって何の罪もない亜稀菜にやってもいない罪や根拠のない噂を広めて貶めるのは間違っている!俺は許さない、そんな事した奴は誰だ!男だろうが女だろうが関係ない。誰も信じないのなら、せめて俺くらいは亜稀菜がそんな事はしていないって信じるよ。」
静かに聞いていた彼女の口が開いた。俺の本音を聞く彼女の目はずっと俺の方を向いていた。
「ありがとう笑。」
「うん、良いよ笑」
内容が内容なだけに親や先生にも相談しづらかったのだろうか……。異性に対してなんて尚更無理だ。
俺の事を信頼してくれているという実感が沸いた。以前俺に素直って教えてくれたのは、俺の思ったことを隠さず人に堂々と言えたり、感情を素直に表現出来る一面を自分と重ねたのだろう。
だが俺だってそう易々と人に悩みなどは打ち明けないタイプだ。自分の、人に話しにくい悩みを素直に言ってくれた彼女は俺よりも何倍も人として強かった。
気づけばもう駅の改札前に来ていた。
別れの時は一瞬で訪れた。
「じゃあな亜稀菜!今日は一緒に過ごせて本当に楽しかった!」
「私の方こそありがとう!」
俺たちはそこで解散した。説明ができないほどの幸福感と自信で俺の口角は自然と上がっており、目は少し笑みが含まれていた。
俺に出来ることは彼女を信じることだ。人を愛することは好きでいることだけじゃない、困った時に寄り添えるような、信じてあげられるような、そんな男になりたい!これからもずっと……!
俺は家に着いた後幸福感で麻酔を打たれるように眠りについた。
亜稀菜は初めて本気で守っていきたいと感じた人だった。だが、そんな幸せは4日後に突如終わりを告げた。
「俊介ごめん、別れて欲しい。」
「はい?」