第二章 幸福
それから俺と亜稀菜との新学期生活が開始を迎えた。
彼女の席は俺から見て1番後ろの席にいた。欲を言えば隣か前後の席が最高だが、新学期最初ということもあり席順は名前の頭文字順になっているため必然的に距離が遠ざかってしまっていた。
だがそんなことはどうでもいい、亜稀菜と同じクラスにいられるだけでかなり運が良い。早速彼女と話したい。
そう思って俺は新学期最初の授業が終わった後彼女の席の方へ向かった。亜稀菜が何か思いっきり笑ってくれるものはあるかと思考を巡らせた結果、とても良い話題が見つかった。
「おーい亜稀菜〜!」
「どうしたの?俊介何かあった?」
「亜稀菜、人に興味はある?実は俺の乗っている電車の中に面白いのがいるんだよ。笑」
「え〜何それ笑、人なんてみんな一緒じゃない?」
「それが俺たちが考える人とは違う変な人がいるんだ笑」
「なになに気になる!教えて」
「それがね?俺の乗ってる電車には(赤ちゃんおじさん)っていう面白い人がいるんだ笑」
「何それ笑赤ちゃんなの?おじさんなのどっち笑?」
「見た目は普通のおじさんなんだけどね?音楽を聴きながら(ワーワーいーいー)とか変な言葉を話したり、おしゃぶりを咥えて俺を向いて満面の笑顔でピースしてくるんだよ笑。めっちゃ面白くない?」
「なwにwそwれwwww面白い笑笑笑、あ〜!ダメだお腹痛いwww」
赤ちゃんおじさんっていうのは俺の乗ってる電車にいつも現れる謎の変質者だ。普通なら関わってはいけない、見てはいけないなどと言って軽蔑の対象となってもおかしくないのだが、俺には無性に自分の中にある何かがそそられた。
人の姿をしているのに、まるで得体のしれない行動、言動、いやその全てがとても面白かった。
皆も一度は経験がないだろうか、電車に乗ってる時突然発狂する者、壁に向かって会話する者、バレエ姿のおじさん、ランドセルを背負ったおじさんなどなど、俺には非日常感が感じられて楽しかった。
今の日本は超ストレス社会だ。やりたくもない仕事をして夜中まで働き、電車では下を向きながらスマホをいじり家に着いたらすぐに寝る。そんな輩が大半を占める電車の中ではそういう変質者たちはとても輝いて見える。よく言えば人目を気にせず人生を楽しんでいる。悪く言えば迷惑をかけている。
このことを一度樹に話したことがあったが、
「って感じで赤ちゃんおじさん含む世の変質者たちはカクカクシカジカ……」
「お前……疲れてるんだよ……」
「え、なんで?面白くない?」
「普通に考えてあんな変な奴にそこまで熱狂的になるような奴お前くらいやで?普通に迷惑」
「まあ、そうか、」
当然の反応だ。周りからは俺の考えが変だとか異質だとか散々言われた。普通に変質者に好奇の目を向ける方がおかしいのだろう。
だが亜稀菜はそうは思わず俺の話を真剣に聞いてくれて思いっきり笑ってくれた。
「そんなに面白かった笑?」
「いやwwwだってwおじさんが笑笑おしゃぶりwwwピースwwwwww俊介ってほんとすごいのに出会うんだね笑笑」
「じゃあこれからもっと赤ちゃんおじさんを観察して面白いことがあればすぐに教えてあげるよ」
「うん笑期待してるw!」
まさかここまで彼女が笑うとは思わなかった。こんな反応をとったのはおそらく今も昔もこれからも亜稀菜だけであろう。亜稀菜の笑顔が照明の光に照らされた。笑みを浮かべた頬は盛り上がり瞼は弧を描いていて、閉じた瞼からは彼女のまつ毛が際立っていた。
可愛く愛おしい。
俺の話でここまで笑ってくれた娘が今までいただろうか、そう思う内に俺は亜稀菜に対して胸の温かみと特別感を感じ取った。
この笑顔をずっと見ていたい、守りたい、もっと沢山笑顔でいて欲しい、気づけば俺は亜稀菜に夢中になるほど好きになっていた。新学期早々俺は恋をしたのだった。
新学期ということもあり学校は午前で終わった。帰りの会が終わった後、俺は預けていたスマホを手に取り亜稀菜がスマホを持つ瞬間を見計らって声をかけた。
「なあ亜稀菜、連絡先交換させてよ。」
「ん?あ〜良いよ!はいどうぞ」
「よし、来た。ありがとう」
「うん、こちらこそ。じゃあ赤ちゃんおじさんの観察頑張って!また何か面白いことあったらいつでも聞かせて笑。」
「ああ、じゃあな!」
「じゃあね!」
心の中でガッツポーズを掲げた!これで学校外でも亜稀菜といつでも話せる。その後俺は一人で家に帰ろうとしていた。亜稀菜は友達と帰るらしく樹や日野木は部活なのでそもそも遅くなってしまう。亜稀菜と一緒に帰れたらさぞかし幸せなんだろうな〜。
俺はまだ来ぬ未来の幸せへの希望を胸に学校を出た。
すると友人である堀田がいた。あいつも1人なのだろうか、俺は声をかけた。
「堀田、お前一人なのか?」
「あれ?俊介、ちょうど友達と帰ろうとしてたんだけど親が迎えに来ているらしくて」
「じゃあ俺と帰るか?」
「あ〜ええよ。とりあえず駅まで向かおう」
「おう」
堀田は俺と樹と同じ中学からこの高校に来た友人の1人だ。1年と2年共に違うクラスに加えかなり教室が離れているためあまり話す頻度は多くなかった。
俺はあることを思い出した。
そういえば堀田は亜稀菜と同じクラスだったような、幸太に会いに行ってた時あいつもいたし。
もしかしたら亜稀菜のこと少し聞けるかもしれない、彼女がどんな人か、何が好きか、どんな人が好みなのか。
「なあ堀田、平田亜稀菜ってどういう人か知ってる?」
「えっ?亜稀菜のこと?お前知ってんの?」
「そう亜稀菜、俺たち同じクラスになってちょっと気になってるんだ」
「なんか〜変な人」
「変な人?」
予想していない回答だった。それもそうだろう、俺が亜稀菜のこと可愛いと思っていても他の人も同じとは限らない。だが変とはなんだ変とは、もう少し良い言い方があるじゃないか。堀田は続けて、
「いつも男子とばっかつるんでたりでめっちゃ遊んでそう、なんか何考えてるか分からない」
「確かに男友達は多い方だと思うけど、そこは必ず線引きをするタイプだと思うぞ?俺は」
「ふーん、まあそう思うならそう思っとけ。ていうかお前は亜稀菜が好きなの?」
「正直、すごく好きでこれから仲を深めていきたい、彼女の笑顔を沢山見ていたい。」
「俺は反対だな」
「なんでだよ」
「亜稀菜男友達多いって言ったじゃん?しかもアイツかなり男子からの人気も高いから付き合えても浮気されるかもよ?」
「うーん、まだ知り合って間もないからよく分からないな。まずはちょっと友達として親交を深めていく。」
「そうか、それなら頑張れ。はいこれ」
堀田はスマホを取り出しマップアプリである地点を示した。
「何処ここ?」
「亜稀菜の家この辺だから行きたかったらどうぞw」
「いいってwストーカーじゃないかw」
そう言っているうちに電車は俺たちのいた中学の最寄り駅まで到着した。俺は自転車で堀田は徒歩だったので俺達はそこで解散した。
「じゃあな堀田」
「おう、またあした」
家に帰ってしばらくして俺は亜稀菜と話した。
「どうも、俊介だ」
「どうも、亜稀菜だ」
「よろしく」
「よろしく」
「固くねw」
「だって俊介があまりにかしこまりすぎて面白かったから笑」
「いや〜まじで何話したら良かったか考えた結果これなんだよ笑」
「もうちょっとフラットに!」
「そうだな笑」
スマホの中でも俺と亜稀菜は変わらず話が弾んだ。何を聞いてみようか、せっかく彼女と繋がれたんだからここは誰か好きな人とかいるか聞いてみよう。
「ねえ亜稀菜、今好きな人とかいるの?」
「えっ、急にどうしたの?」
「ちょっと気になってね」
「今はいないよ〜。なんなら彼氏も今はいない」
「そうなんだ、」
良かった。今彼女は誰とも付き合っていないことは確定した。胸の内が盛り上がって身体中の血液が炭酸水のように泡が弾けるような感覚を覚えた。だがこれで終わりじゃない、堀田も言った通り彼女は非常にモテる。いつ誰かに取られてもおかしくないのだ。ここはさり気なく自分が亜稀菜を気にかけていることをアピールしていこう。
「俊介は誰か好きな人いるの〜?」
「一応いる」
「えー!?誰誰?ここの学校の人?」
「まあそうだな」
「誰だろ〜、えっ私たちと同じ学年?」
「うん、なんなら最近結構話してる笑」
「えー待って笑、すっごい気になるんですけど」
「私達と同じ2組?」
「そこまでは言えないなw言っちゃったら誰かわかるやん?」
「えー」
こんな感じで少し好きな人の存在をチラつかせておいた。この調子でゆっくりとその好きな人が亜稀菜自身であると気づかせていけば成功するかもしれない!明日また沢山話せることを祈ろう。
俺はウッキウキで布団に入り眠りについた。亜稀菜と話す時間こそ人生1番の幸せ、そう胸に刻んだ。
次の日、風邪を引いてしまった。頭が痛い、喉が痛すぎる、だが熱はそこまで高くなくめまいもなかったのでそこまでしんどくはなかったけど親は念の為休めと言われ今日は学校を休んだ。
やっぱり亜稀菜と話したい。そう思い俺はスマホを取り出し亜稀菜に連絡した。
「すまん、今日は風邪引いたから休むわ」
「えっ大丈夫?元気でいてね」
「うん、ありがとう」
「私は今ちょっと電車が止まってて駅で立ち往生してるの」
「立ち往生?何があったの?」
「今天気が暴風警報が出ててしばらく動かなくて」
「そうだったのか」
「でもあと15分くらいしたら動くから大丈夫!」
「それなら良かった。でもその間暇でしょ?俺と話していようよ」
「いいよ!」
「昨日ね?俺が自転車漕いで家に帰っている途中に面白いおじさんがいたよ」
「おー笑、どんなのどんなの?」
「なんか上裸でコサックをしてたw」
「えーw何それ笑新種じゃん!じゃあそのおじさんはコサックおじさんと名付けよう笑!」
「良いなそれ笑」
やはり彼女との話で1番盛り上がるのは変な人に関することだろう。周りが嫌悪感を示す中で亜稀菜だけは面白がってくれる、沢山笑ってくれる。俺にとって彼女はただ好きなだけでなく、自分を理解してくれる大切な存在だった。そこには言葉にできない、なにか特別感を持っていた。この人とは気が合う、一緒にいたい。
「亜稀菜って、ほんと可愛いな。」
「いつも沢山笑ってくれるし、俺の話を聞いてくれるし」
「どうしたの急に笑?私が可愛いとか天地がひっくり返るよ?」
「いやこれは本当!亜稀菜笑ってる顔凄く輝いていてとても可愛く幸せそうな顔してるから」
「ありがとう笑」
彼女から言われるありがとうほど心が温まる言葉はない。こんな言葉言われたら風邪のしんどさなんて完全に忘れてしまう位亜稀菜に夢中だった。
「あっもう電車動いたから学校行くね。お大事に」
「おう、明日には元通りになって戻ってくるから待ってろよ!」
「うん!」
会話が終わった。話しているうちに風邪のしんどさよりも亜稀菜と話している時の幸せな感情の方が強くなり、風邪を引いていたことをすっかり忘れていた。
だがもう頭も痛くない、喉の痛みはまだ残っていたがさっきより酷くない。亜稀菜が俺の風邪を治してくれたのか?そんなことあるのか、俺が彼女に向ける好意は病気すらも打ち負かすとても強いものだった。
「あ〜、早く会いたい。」