朝の余興
平和だなあ。曇りの日の早朝、私は、寮の部屋で、鳥のさえずりで目を覚ますというおしゃれなルーティーンを味わっていた。そして、月光魔法を左手で、光魔法を右手で発動させ、両手で窓の中と外のちょうど中間あたりの空気に結界を張る。鍛練開始から3日。私は、二つの魔法を組み合わせて小規模な結界を張ることができるようになった。これを国境沿い全部に張り回らないといけないから大変だ。
「はあ……いいなあ」
私は思わず呟く。あと数年遅く生まれていたら、もっと別の道を歩めたかもしれないのに。聖女という責任を感じる役職じゃなくて、ただの王女。ただの王女でも多少の責任はあるが、聖女の比じゃない。むしろ、王族じゃなくて貴族が良かった。
<おや、聖女でいるのが嫌?>
脳内で語りかけてくるのは、よりによって最悪の聖女と呼ばれた三代目の聖女だ。無視してもどうせ半狂乱になって叫ばれるだけなので、
<いいえ、嫌ではないのですが、疲れただけです>
という当たり障りのない返事をしておく。
<そうかい。疲れたんだったら、辞めちまえば良いのさ。そうすればラアナが聖女になって、あんたはただの第一王女だ>
<ラアナには負担をかけたくないんです>
<おや、そうかい。でもね、あたしはラアナの方が聖女の素質があると考えてる。ラアナはじきに、あんたを超えるよ>
この人は、昔からこうだ。何かと理由をつけて私は聖女に相応しくないと難癖を着けてくる。だから嫌い。だから最悪の聖女と呼ばれる。
<嫌がらせのために話しかけてきたならさっさと帰ってください。良いことありませんわ>
<ふうん。じゃあ、メリラを連れてきてやろうか>
メリラというのは先代の聖女でお父様の妹である私の叔母だ。私が特になついている聖女の一人である。叔母は37歳という若さで他界しているため、面識はないが、お父様はかわいがっていたそうだ。そのため、聖女であることを羨ましがられる。お父様に会話させてあげたいけど、あいにくそんなことをする方法は知らない。虚しい特権だ。
<今はいいです。話したい気分ではないので>
三代目聖女の申し出を断り、私は着替えを始める。白い生地に縦線が入り、長袖の手首のあたりがレースになっている上の制服。深緑の地に裾に花の模様がついたロングスカートの制服。私のお気に入りの組み合わせだ。もうそろそろ時間だと思い、私はジェニファーを起こしに行く。
「ジェニファー、起きて!」
「うん……あと5分……」
「あと5分って言って一時間寝るのがオチでしょ!聖女の予言で分かるよ!」
私は寝に入ったジェニファーの顔の真上に両手の平でようやく掴めるくらいの大きさの水泡を作る。そして、光魔法で水泡の中に弱い光を宿し、月光魔法で固める。そしてそれをジェニファーの顔に思いっきり落とした。顔に着地する寸前に月光魔法を解除し、光魔法を最大限にする。水泡が弾けた瞬間に光が目を覚ます、という細工だ。ちなみに、さっきの聖女の予言、という点は嘘だ。さてさて、ジェニファーの反応はどうかな?
「うわああっ!びっくりした!やめてってば!」
ナイスリアクション!
「起きないんだったらもっと続けるよー?」
「嫌だー!分かった分かった、起きるって!」
「よろしい!」
私は胸を張ってそう言い、ジェニファーのクローゼットから制服を引っ張り出してくる。
「ほら、着替えて!遅刻するわ!」
「分かったってー!」
ジェニファーは寝癖がついてすごいことになっている長い黒髪を梳かし始める。それでも寝癖は直らず、余計酷くなった。
「水で濡らそうか」
「もう良いって!さっき水泡浴びたわ!」
おお!ナイスツッコミ!ジェニファーが現代に転生したら売れっ子タレントになりそう!売れっ子芸人だった私が保証するんだから間違いない!
「でも、寝癖がこのままなのも嫌だな」
「だったらやっぱり……」
私が手をわきわきさせると、ジェニファーが首をぶんぶん振る。
「ミ、ミハナの魔法は遠慮!森の泉にでも行く!」
森の、泉……?
「っ、待って、ジェニファー!私も行く!」
泉のある森……それは、女子寮の裏手にある光の森、ただ一つだ。だが、名前とは裏腹に、その森には魔獣がたくさん生息している。一人で行くのは危険な場所だ。
「万が一の時に、結界を張れる聖女がいれば心強いでしょ!」
心配していることを悟られないように、私は明るい声を出す。でも、少し掠れてしまった気がした。
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