表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

眠り姫シリーズ

泣き虫姫君は年上宰相に溺愛される

作者: 橘 優月

これは短めでした。早熟過ぎて自主規制2となっていた話です。

14才よね? 一年足しても15才よね? どーなっているの私の指は。

という話です。いや、今のロマファンは行くとこまで行ってるけど。

これぐらいはたいしたことないよね?

というところです。

 私はアメリア。お姉様のクリスタと一緒に眠り姫をしていたの。そうしたら、王子様がやってきた。王子様は双子で、お姉様は兄のゲルトと。私は弟のゲアドの許嫁になったの。でもお姉様はゲルトお兄様の宮殿に行ったけど、私だけ王子様のお母様の宮殿に部屋を持つことになった。理由を聞けば年が幼すぎるから安全策よ、とお母様に言われた。たった一人のお姉様とも飼い犬のエルマとビアンカとも引き離されて私は、心細くてずっと泣いていた。

「姫。泣かないで。俺の宮殿には連れて行けないんだ。まだ、君は子供だ。結婚できる年齢じゃないんだ。ただ、婚約は申し込んだから俺の許嫁だ。返事はまだ聞けてないけど」

 ゲアドがなんとかしようと言ってるけどその側から悲しくなって涙がぽろぽろでちゃう。

「お姉様。アメリアを置いていかないで。エルマもビアンカもいない」

「エルマ? ビアンカ?」

「お姉様とお母様の飼い犬よ。私ももう少ししたら飼い犬をもらえるはずだったの。なのに。戦が・・・」

 私はあの怖い日を思い出して思いっきり泣く。人の気配がなくなって一層寂しくなって泣いていたわ。すると可愛い声でなく子猫がいたの。

「大丈夫? おうちに帰れないの? アメリアと一緒ね」

 抱っこして頬ずりしながら泣いてると、人の気配がした。顔を上げるとゲアドがいた。

「それは、俺からのアメリアへのプレゼント。好きに名前をつけて君の飼い猫にして。そしたら少しは寂しくなくなるだろう。姉君のところに行きたければ母上に言って手続きを取ればいいよ。兄は本当の所、皇太子なんだけど、魔皇帝の孫娘と結婚しないとなれないんだ。姉君はもう結婚できる年齢だから兄の宮殿に行ったんだ。そうでないと父王に奪われちゃうからね」

「奪われる?」

 しゃくりあげながら私は言う。

 ああ、とゲアドは言う。

「君はまだ知らなくていい言葉なんだ。その内に理解できるようになる。君は賢い子だ。泣いていてももうお城には戻れないことはわかってるね?」

 ゲアドの言葉にまた、涙がこぼれてきたけど、うん、と頷く。

「お父様もお母様ももうこの世にはいらっしゃらない。お姉様と私だけがここにいるの。それが眠り姫の約束だから」

 悲しくてまたわっと泣き出してしまう。お姉様に会いたい。そんな私の頬を子猫がなめる。

「慰めてくれているの? ネコちゃん」

「君の子猫だよ。今日から君はこの子のお母さんだ。泣いてちゃいけない。子供を持つと言うことはそういうことなんだ。この子に名前をつけて育ててあげて。この子のお母さんとして」

「ゲアド?」

「ほら。この国の名前辞典でも読んでつけてあげれば?」

 小さな本が差し出されていた。そっと受け取る。開いて見るけれど、わからない。読んだことのない字だった。

「ごめんなさい。この国の字を知らないの。だから、わからない」

 そっか、とゲアドは言う。

「この子は女の子だから女の子の名前をつけてあげればいいよ。エマ、なんてどう?」

「エマ」

 私はその言葉を舌で転がしてみる。いい響きに聞こえた。

「ありがとう。エマ、にするわ。エマ、お腹空いてるわね。ミルクをあげるわ。えっと・・・」

「猫のミルクならこれがいいわね」

 顔を上げるとゲアドのお母様がいた。

「ほら。飲ませてあげなさい」

 もらって器を置くと子猫は抱っこしていた所から逃げてぴちゃぴちゃ音を立てて飲み始めた。

「可愛い」

 私はエマをじっと見つめる。後ろでゲアドがお母様に何か言っていた。ありがとう、とかなんとか聞こえてきた。

「ゲルドはもうクリスタに夢中よ。一日中、ちゅーっていっては追い回しているわ。父親にそっくりなこと」

「いや、父上よりはましだよ。メアリ姫の事があるからそこをどう乗り越えるかだ」

「そうね。あの子の心はそれから凍っているから。様子を見ましょう。あの姫も何か氷を持っている気がしたわ」

 あの姫? お姉様のこと?

 後ろを見ているとお母様が気がついた。

「もう。ミルクは十分かしら? まだいるならもらってきますよ」

「エマ、もうお腹いっぱい?」

 見るとエマは私の腕の中に飛んではいると居眠りを始めた。

「あらあら。懐かれたわね。可愛がってあげなさい。あなたも食事を取らないと。泣いてばかりでほとんど食べていないではないですか」

 テーブルに置いてある異国の食事が目に入る。

「ゲルトが姫君の国の料理を作らせたと聞いています。今から聞いてきます」

「頼みましたよ。さぁ。アメリア。この子の寝床を作ってあげましょう」

 お母様がクッションを集めてくる。私はエマをそっと置く。うっすら目を開けたけどまた眠ってしまった。エマを見ていると心が落ち着く。心の中のさみしさも心細さも消えていくようだった。こうして私の眠り姫のおとぎ話は始まった。




 私がこの国に来て一年が経とうとしていた。その頃お姉様は病気になったり、旅に出たりと大忙しだったけど、ついにゲルトお兄様とご結婚された。幸せそうな二人を見ていると私も嬉しくなった。あんなに嬉しそうに笑っているお姉様は初めてだった。私の婚礼は三年後と決っていた。婚礼の準備も始まっている。でも、私はゲアドに恋をしていたけどゲアドは街の大人の女性と火遊びばかりしていた。

 所詮、異国のしかも古いおばあさんみたいな姫君だわ。私は。お姉様が不治の病にかかったとき、ゲアドは泣いている私をよく慰めてくれたけど、今ではそれも思い出の中。私はお母様の宮殿の中で、物語を書いていた。私が主人公の眠り姫の物語。でも、何度書いても納得が行かなくてゴミ箱行きだった。

 だって。私には恋する王子様はいるけど、王子様は大人の女性に夢中なんですもの。どう逆立ちしたって敵わないわ。私はしょせんお子様のお姫様なんだもの。まだ十四歳。婚礼まであと二年もある。よくそれぐらいは待つものよ、とお母様はいうけど、所詮お化けのお姫様には王子様は来ないわ。いくら待っても同じ。いいところで位の高いところにおいてあとは放っておくぐらいの感じの扱いだわ。厄払いに起こされただけなんだもの。なのに、お姉様とゲルトお兄様は本当の恋をして愛を育てられた。私もそんな素敵な恋がしたい。いっそお姉様のお話を物語にしようかしら。そんな風に部屋の窓を前にして頬杖をしていたら当の王子様がやってきた。

「アメリア。元気かい? ずっと部屋の中にいると聞いている。たまには散歩ぐらいしたらどうだい? 母上も心配している。クリスタ姫の婚礼の日から落ち込んでいると聞いた。何かあったのか?」

 何もないから落ち込んでるんじゃないのっ。この、すっとこどっこいっ。

 かみつきそうになったけど相変わらず、無視する。最近のゲアドと私はいつもこんな感じだ。大人に見えて格好良かった王子様はいつの間にか女たらしの遊び人に見えていた。百年の恋もいっぺんで冷めるわ。

「何を書いてるんだい?」

 頬杖している肘の土台の本を取ろうとする。私は肘を押しつけて手で固めて取られないようにする。

「また、その手? そしてだんまり? あの可愛いアメリアはどこへ行ったの」

「さぁ」

 やっと出た声は冷めていた。

「アメリア。何が面白くないんだい? エマもほったらかしてるじゃないか。散歩ぐらいしてあげたらどうなんだい」

「猫には散歩はいらないわ。出て行って」

 それからだんまりを決め込むとゲアドはため息をついて出て行った。

「エマ。おいで」

 私が優しい声で呼ぶとエマはすっと寄ってきて体をすりつける。

「エマは散歩にいかなくてもいいものね。だって。猫だもの。私はかごの中の鳥だし。どこへ行っても自由はないわ。いっそお姫様止めようかしら」

「そんなことしても何にもなりませんよ。アメリア。またゲアドとケンカしたの? がっかりしてましたよ」

「ゲアドには慰めてくれるあまたの彼女がいるからいいんです」

「まぁ、あの子も父親の血を引いてるものね。ゲルトぐらい身持ちが堅ければいいものを」

「妻にする気もないんですよ。きっと。その婚礼だけしてその辺に置いておいたらいい、ぐらいにしか思ってません」

「まぁ。アメリア。そんなにひねくれて。どこへ行ったのですか? あの可愛いアメリア姫は」

「お母様も同じ亊いうのですね。もう私は何も知らない異国の姫ではありません。字も読めるし料理も出来るし出来ないのは剣と馬。その辺で畑して生活するぐらいの知恵は持っています」

 私の趣味は読書。図書室の本を片っ端から読んでいる。お姉様も読んでいた時期があるけど最近はあまり読まれてないみたい。何か気がかりがあるのか、私の顔を見ては何か言いたげなんだけど、あいにくお姉様みたいに心の声を持っていないからわからない。お姉様の心の声はゲルトお兄様との間でしか通用しなくなった、と聞いてるけど。

「とにかく。本を読むなとは言わないですが、すこし、エマと外へ行ってらっしゃい」

 ペンもノートも取り上げられる。お母様は何が書いてあるか気にしない。書いて気が済むならお書きなさいとどんどん冊子をくれる。紙は貴重なのに。それでも最近は度が過ぎていたのかもしれない。反省してエマにリードをつける。久しぶりに外へ出られると知ったエマは足下に体をすり寄せて甘える。これぐら私も甘えられればいいのに。

「どうしたの? そんな悲しそうな目をして」

「いいえ。行って参ります」

 あたしはすっと部屋を出たけど、お母様の顔色が悪いのが少々ひっかかった。最近、お母様は辛そうになさっているときがある。おじい様に聞けたら何故かわかるのに。おじい様は医術の心得もあった。お姉様が命拾いしたのもおじい様の処方の藥のおかげ。

 やっぱり、気になる。部屋へ戻りかけたその時、ばたん、と派手な音がした。

「お母様!」

 床にお母様が倒れていた。

「お母様!」

 私はエマのリードを離して、駆け寄る。

「大丈夫。少し貧血でもでたのかしらね」

 そう言って起き上がる。

「まだ、横になられては」

「こんな所を息子達には見せられないわ。あなたも散歩に行ってらっしゃい」

 そう言う表情が一瞬険しくなった。お腹をそっと押さえている。

「胃が痛むのですか?」

「い?」

「臓器のことです。知らないのですか?」

「しらないわ。この国ではそんな医術はありませんよ」

「とにかく、私の寝台で横になってください。そうでなければ散歩には参りませんっ」

 あんまりきつく言うとアメリアは怖いわね、と言って寝台に横になる。

「楽ですか?」

「少しはね」

「いつから?」

「まるで医師のようね」

「医師であろうがそうでなかろうがそれは問題外です。私はおじい様に医術を少し教わっています。胃にできものが出来る事があるのです。それは早期に発見して早期に切り取らなければ命取りになります。この国の医師でも検査ぐらいは出来るでしょう。すぐにでも手続きを取ります」

 部屋を出て行こうとした私の手をお母様はつかむ。

「お願いだから。このことは黙っていて。自分の体の事は自分で知っています。医師からあと三年、と言われました。あなたの言うとおり胃にできものがあるらしいわ。それを切除する技術はこの国にはないとも」

「そんな・・・」

 私がもっと大人で医師の知識があれば。悔しさで唇を噛む。

「いけない癖ね。悔しいと唇を噛む。どなたかの癖かしら」

「母の、昔の母の癖です。母も父とケンカしたときはよく噛んでました」

「勝ち気なお母様だったのね」

「お母様ほどではありません」

 そう言うとふふ、と笑う。

「笑い事ではありませんよ。ガンがあるんですよ? 早期に発見できれば生き残れるのです。ゲアドが以前、ゲルトお兄様から封書があったと。何かの検査と医術の事だったと聞いています。お姉様の病気も予知なさっていたおじい様です。その封筒の中身を見て考えさせてください。あなたは私の母親なんです。孫を抱く目的があるんです。意に沿わない結婚でもあなたのためなら産みます。それが生きる希望となってくれれば」

「アメリア・・・」

 私の強い言葉にお母様が涙ぐまれる。

「孫は抱きたいわ。お願いね」

 それを許可と受け取った私は宮殿を走ってでた。ゲアドの宮殿へ急ぐ。

「ゲアド様はどこ?」

「アメリア様。ここへは第一妃様のお許しがなければ入れません」

「そのお母様の事でゲアドに用があるのよっ」

 衛兵と喧々諤々していると聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。

「アメリア? 何故、ここに?」

「お母様がっ」

「母上がどうなさった」

「胃にできものがあるの。早急に検査と手術をしなければいけないの。あの封筒はどこ? 誰が持っているの?」

 ゲアドの両腕をつかんで引っ張る。しばらく理解できなかったゲアドの目に強い光が宿る。

「この日のための封書だったのか。アメリア。ありがとう。封書を取ってくる。母上を見ててくれ」

「ゲアド?」

 ゲルトお兄様が仕事をしている方へ走っていく。それを確認するとあたしは宮殿に戻った。

「お母様?」

 寝台にはもういなかった。慌ててお母様の部屋へ行く。

「お母様!」

「はいはい。そう何度もお母様と言わなくても解ってますよ」

「勝手に動かないでくださいっ。ゲアドに話をすると解ってくれました。今、その治療方法が書かれた書簡を持ってきます。保管していたゲルトお兄様のところへ向かっています。すぐにでも来ますから、無理なさらないでください。私のたった一人のお母様なんですよ。この世で・・・」

 涙目で近づくと手を握る。力のない手だった。

「アメリア。泣かないで。あなたの涙は本当に綺麗ね。真珠のよう。あなたが泣くと皆が悲しむわ。その涙を拭いて頂戴」

「はい。お母様」

 ハンカチで涙を拭く。

「母上!」

 お兄様方とお姉様がやってきた。

「お姉様!」

「大丈夫よ。おじい様は未来が見えていたの。このときのために封書を用意してくれてるわ。解読を進めていたの。まだ解読し終わっていないけれど、魔力と魔術と医師の技量が必要よ。あなたなら魔力はあるわね。あの魔皇帝の直系の孫娘なんだから」

「お姉様? 直系って・・・」

「それは後でじっくり話してあげる。今はお母様の容態を安定させることが第一よ。ゲルト、少し眠り薬を飲ませてあげて」

「ああ。これは痛みが和らぐ薬だ。母上、しばらく眠ってください。体力が回復しないことには何も出来ません」

「ゲルト。あなたいつの間に・・・」

「最近、医術の事を勉強しています。医師に習って技術も。切るのはまだ無理ですが、大陸からそのような技術を持つ医師を探しておりました。もう少しです。三年などといわないで長生きしてこの子のおばあ様になってあげてください」

 そう言ってクリスタのお腹に手を当てる。

「クリスタ。あなた・・・」

 お母様の目が見開かれる。

「男の子ですよ。跡継ぎです。娘でなくて残念でしたわ。でも次は娘を産みますからそれまで元気でいてくださらないと」

 寝台の側にひざまずくとお姉様はお母様の手を握る。

「お姉様・・・。赤ちゃんが?」

 呆然と私は聞く。

「あなたの甥っ子よ。可愛がってあげて」

「お姉様!」

 背中にしがみつく。懐かしい香りに心が揺らぐ。泣きそうになるのを必死でこらえる。私が産まなくともお姉様の子がお母様の生きる力になれば。いらぬ妃となってもまだ希望はある。その事に安堵した私だった。



 私は久しぶりにお姉様とお兄様の居城の宮殿にいた。目の前におじい様の封書がある。なじみのある字に涙がこぼれそうになる。お姉様がそっと頭を寄せる。私は久しぶりに甘えて頭を肩にのせる。

「大丈夫。この処方の通りにすればお母様は命がたすかるわ。ただ、魔力がいるの。膨大な。その魔力を補えるのは、アメリア。あなただけよ」

「お姉様、さっきの直系の孫って・・・」

「黙っていて悪かったわね。あたしはおじい様の娘の血を引いていないの。お父様の親友の奥様の血をひいているの。私はお父様ともお母様とも血がつながっていないのよ。そんな私をまるで我が子のように育ててくださった。魔力もないの。あの屋敷にあった魔力が少し移っていた程度。でも、あなたには生まれ持っている魔力があるの。それを貸して欲しいの。お母様の胃を切除するには出血がともなうわ。それをあなたの魔力とゲアドの魔術で抑えるの。切除はゲルドが手配している医師にまかせるわ。三人の力が必要なの。おねがい。力を貸して」

「お姉様・・・その秘密を今まで・・・?」

 そんな重い秘密を抱えていたなんて。私はお姉様を抱きしめる。

「大丈夫。その事はもういいの。お父様もお母様も私の心を第一に考えてくださっていたわ。エルマを側につけたのもそう。私にはビアンカがいたのにわざわざエルマをつけてくださった。お母様の犬なのに。それでわかるわ。どれだけ愛されていたか。だからもういいのよ。心を痛めないで。私にはゲルトとこの子がいるわ。その子に恥じない母にならないとね」

「母になる・・・。ゲアドもエマをくれたとき、お母さんなんだよ、って言っていた。責任があると。私も母親になれるかしら」

「もちろんよ。エマの大事なお母様じゃないの。そういえば、エマを放り出してきたんじゃないの? 珍しいわね。いつもぴったりなのに」

「あれは、慌てて・・・。ってエマ、どこにいったのかしら。リードを放り出しちゃったわ」

「ここにいるよ。アメリア」

 ゲアドがエマを抱っこしていた。差し出されたので自動的に受け取る。エマは頬に顔をすり寄せる。

「エマ・・・。ごめんね。悪いお母様だったわね。もう離さないわ」

 ぎゅーっと抱きしめる。暖かい生き物の温度が私を癒やす。エマがニャーニャー鳴く。

「ああ。ご飯がまだだったわね。お姉様、ここの宮殿の台所って借りれますの?」

「一緒にエマのご飯を作りましょう。エルマとビアンカもお腹を空かせているから」

「お姉様、大好き」

「その笑顔、久しぶりね。ゲアドではダメなの?」

「それは内緒。さぁ。行きましょう」

 ゲアドの視線を感じていたけれど、知らない振りをして出る。

 何かゲアドが言ってるようだったけどいつものように無視した。心がざわつくけれど、もう、お姉様みたいな幸せな生活は送れそうにない。私は魔力をすべて差し出して死ぬつもりでいた。お母様のためならなんでもできる。初めてここへ来たときから愛して育ててくれた。たった一年ほどだったけれど本当のお母様のようだった。そのお母様のためになら何でもする気でいた。

「アメリア。声が聞こえてくるわよ。死ぬつもりはやめなさい。あたしみたいにゲアドを苦しめるわよ」

「ゲアドなんて苦しむもんですか。私をなんとも思ってないんだから」

「アメリア?」

「さぁ、飼い主の役目を果たさないと。ご飯を用意しましょう」

 私はお姉様の問いには答えず動き始めた。

 お兄様達は何か打ち合わせをしていたようで、私とお姉様は別の部屋でエマやエルマ、ビアンカにご飯をあげていた。

「最近、よく物語を書いてるんですって?」

「ええ・・・。まぁ。全部没だけど」

「何が書きたいの?」

「内緒」

「内緒ねぇ。恋する乙女は純情ね」

「お姉様?」

 意味深な言葉に思わず返す。

「わかってるわよ。ゲアドに狂いそうなほど恋しているのは。あたしより早く恋する乙女だったじゃないの。十三歳で」

「もう十四歳よ」

「三も四も大して変わりがないわ。それでうまく行ってないのね」

 はっとしてお姉様を見る。

「ゲアドは大人の女性が好みなのよ。お子様のお姫様なんていらないの」

「それは、どうかしらねぇ」

「もう。その話はお終いっ。心の声、お兄様だけだったんじゃないの?」

「あなたは家族だから時々、流れてくるのよ。泣いている声が」

「本当か?」

 突然、ゲアドの声が降ってきた。

「ゲアド・・・。ウソよ。お姉様がかまをかけただけよ。血がつながってないんだもの」

 その事実は重たかった。唯一の姉は血がつながっていなかった。ひとりぼっちだ。でも、まだエマがいる。お母様の手術が終わればこの宮殿を出ようと思いかけていた所だった。エマと一人と一匹で旅をして行くもいいかしら、と思っていた。

「アメリア」

「エマ。ご飯終わったわね。おうちに帰るわよ」

 エマにリードをつけると、何も言わず私はゲアドの横を通り過ぎた。

「待て。アメリア。俺が何をしたのだ? そんなに無視をしなくても」

「あなたには関係ないことだわ」

「アメリア!」

 ゲアドが腕をつかむ。強い力だった。胸に引き寄せられる。

「何か気に障ることをしたのなら謝る。だから、また名前を呼んでくれ。話してくれ。こんな生活はもう嫌だ。アメリアを私の宮殿へ連れて行く。いいな?」

 私は腕を振りほどいた。

「お母様の件が終わるまでは休戦するつもりだけど、その後にあなたの宮殿に行くつもりはないわ。期待しないで」

 そう言って私はお母様のいる宮殿に戻っていった。

「お母様、気分はどう?」

「ああ。エマも一緒なのね。いらっしゃい、エマ」

 お母様は体を半分起こして食事をしていた。エマが甘えた声を出す。

「そんなに素直になれればいいのにね」

 ふっと漏らした言葉にお母様が私を見る。

「ゲアドとうまく行ってないのね。あんなに仲が良かったのに」

「あれは偽りのゲアドですわ。本当のゲアドは私なんてどうでもいいんです。ただの厄払いの役目を背負ってるだけですから。側室でもなんでもすればいいのよ」

 最後は自分に向けた言葉だった。

「でも、エマをくれたゲアドは本当だった」

「泣き虫姫をなだめる方法です。きっと困り果ててお姉様のところにビアンカ達がいると泣いたからエマをくれたんです。私はエマさえ、お母様さえいてくれればなんの文句もありません」

「でも、私に孫を抱かせると約束したではないですか」

「側室でも気まぐれに夜伽をさせれば産まれますわ」

「アメリア。どうしたの? どうしてそんなに心が凍ってしまったのですか?」

「わかりません。自分でも解らないんです。エマとお姉様とお兄様とお母様しか信じられないのです。ゲアドはウソを重ねている。そんな人を信じられませんわ。お母様の容態が安定しているようなので私は戻ります。エマ。いらっしゃい」

 呼ぶとエマはお母様の腕から降りてついてくる。部屋の前にはゲアドが立っていた。

「何の用です?」

「私の宮殿に迎えに来た」

「絶対に行く気はありません。女性が欲しいなら他を当たるのね」

「アメリア、その事なのか? 火遊びの事が原因か?」

「ご自分の胸に手を当ててお考えになれば?」

「その馬鹿丁寧な敬語もやめろ。俺の妃はアメリアだけだ。側室にもする気もない。ゲルトと同じ、妃はたった一人にする。なぜ、俺を拒絶するんだ。あんなに打ち解けてくれていたのに」

「お子ちゃまな姫君だったでしたからだましやすかったでしょう?」

「アメリア!」

 ゲアドの声に怒りが含まれていた。頬を叩かれる、一瞬、びくり、とした。ゲアドは振り上げた手をそのまま下ろす。

「とにかく、明日にでも私の宮殿に来てもらう。話し合おう。ボタンを掛け違ってしまったようだな。どこかで直さねば」

「そんなことしても無駄よ。私の心はお母様だけのもの。他の人は入れないわ」

 ウソ、だった。心の底にいるのは出会ったときのゲアドだった。馬に乗せて私を緊張から救い出そうと笑わせてくれた。エマをくれた。あの時のゲアドが好きだった。そのゲアドはもういない。

 何回目かの涙がこぼれそうになる。それを抑えて部屋へ入ろうと扉に手をかける。そこをゲアドは妨害した。木のドアに手を突いて私に迫る。エマが、ニャーニャー鳴く。

「何もしないからか? 私は抑えているんだ。ゲルトみたいにふざけてキスを求めたりはできない。幼すぎてなにもできない。せめて十六までと思って今まで我慢してきた。もう限界だ。アメリアは私のモノだ」

 そう言ってゲアドは私の唇を盗む。

 真っ白になった。頭の中が。ゲアドへの想いがあふれる。それを抑えて逃げるように部屋に戻った。もうゲアドは追いかけてこなかった。部屋の中で座り込む。

 あれは偽りのキス。だまされちゃだめ。

 エマが、扉の向こうで鳴いている。また置いてけぼりにしてしまった。恐る恐る扉を開ける。ゲアドはいなかった。エマを引き入れる。

「未来の旦那様は何を考えているのかしらね」

 キスされた唇に触れる。名残が残っている。

「今夜は眠れそうにないわ。エマ」

 そう言って眠れない夜を私は過ごした。




 翌日お姉様から呼び出された。

「施術の時にも魔力が必要だけど、検査にも必要なの。医師の役目はゲアドとゲルトができるわ。魔力を貸して。こんなこと頼める義理はないのだけど」

「お姉様、それは言いっこなしです」

「でもゲアドと一戦交えてるんでしょ? 昨日のゲアドは荒れていた、とゲルトが言っていたわ。二日酔いの人に検査ができるのやら。でも早いところ場所を特定しないと。転移の意味はわかるわね。転移の前に施術が必要なの」

「ゲアドとのことはお姉様にも関係ないわ。そのまま健やかな赤ちゃんを産んであげて」

 はぁ、とお姉様がため息をつく。

「自己犠牲精神はお母様からしっかり受け継いだのね」

「自己犠牲精神?」

「死んででも周りを救おうとする気持ちよ。お母様も昔はその傾向が強かったの。あたしがお母様を拒否すればあっという間にあたしの心の中を読んで死にそうになったわ。あなたもそうなりそうな気がして怖いの。あなたを失ったら家族が一人経るわ。そんな辛いことしたくない。お願いだから、役目と自分の生きる力は残して。あたしを置いていかないで」

 お姉様が抱きしめる。肩が小さく揺れる。

「お姉様、泣かないで。ちゃんと生きてるから。死にはしないわ。ただ、そうね。この宮殿を出ることは考えているわ。一人で生きていきたいの。お母様にはもうお姉様の孫がいる。私が無理やり産む必要はないわ」

「アメリア? あなたそこまで思い詰めて・・・」

 お姉様があたしの目をのぞき込む。正視できなかった。まっすぐなその目は私には痛かった。

 数日して、お母様の検査が始まった。私は魔力をゲアドに預ける。ゲアドがお母様の体を魔術で見て行く。水鏡にその絵が映る。お母様はゲルトお兄様の作った眠り薬で眠っている。お父様まで心配してきてくれた。やっぱりお母様を愛しているのね。うらやましかった。愛のある家庭をみて。私も欲しかった。そんな事をつらつら思っている内に検査は終了した。私の体の中はまるで空っぽで力が入らなかった。意識ももうろうとしている。

「アメリア?」

 遠くでゲアドの声が聞こえる。お姉様もお兄様の声もする。段々それが小さくなって私は気を失った。 気づいたときには私は別の部屋で寝かせられていた。

 ここは?

「俺の宮殿のアメリアのための部屋だよ」

「ゲアド!」

 私はとっさに飛び起きた。

「帰る」

 寝台から降りようとするのをゲアドが止める。

「まだ、魔力が戻っていない。魔力のコントロールをしらないんだな。今度教える。そうでないとアメリアが死んでしまう」

 ひどく恐れた声にびっくりして私はゲアドの顔を見た。苦しんでいた。眉間にしわが寄っている。私は自然と手が伸びてその眉間のしわをなでる。

「眉間にしわがあるわ。そんなに苦しげな顔をしないで」

「もう少しでアメリアを失うところだった。施術までに回復すればいいが。こんな賭けはしたくない」

「回復しなくてもするわよ」

 私の強い言葉にゲアドが反射的に私を見る。

「それではアメリアが・・・」

「いいの。それで。もともとお母様の病気が治ったらここから出て行くつもりだったから」

「あめり・・・あ?」

 私の告白にゲアドは着いてこれてなかった。そして急に抱きしめる。

「出て行かないでくれ。私のアメリア。身辺整理ならいつでもする。もうアメリアしか見ない。だから。だから。出て行くのは止めてくれ」

 ゲアドの体が恐れで震えていた。心の声が聞こえなくてもそれぐらいは解った。

「どうして? 厄払いならすんだでしょう? 今更、私をおく必要はないわ。側室にもしないなら出て行くしかないのに」

「アメリア。君は勘違いしている。俺が城下町で女遊びに興じていたのはひとえに君が幼すぎたからだ。十三歳の子にキスなどできるはずはなかった。女遊びで気を紛らわせていたんだ。でも、女遊びで君の心を凍らせてしまったのなら謝る。身辺整理もする。君だけを見る。もう。その氷を溶かしてくれ」

「そんなこと一度に言われても・・・積み上げてきたモノは簡単には崩れないわ。私は人間不信で一杯なのに」

「俺のせいだ。もっと君と恋をすれば良かった。恋ならよかったのに。忘れていた。そんな大事な事も。お願いだ。初めて出会った君と恋をさせてくれ。やり直させてくれ。君にはもう婚礼の日までキスもしない。何もしない。ただ、手を繋いで散歩してお互いのことを語り合おう。幸運な事に君との婚礼にはあと二年ある。その間に街の恋人達がするように恋をしよう」

「ゲアド・・・。自分を責めないで。幼い私がいけないのよ。ゲアドにはもっと素敵な人がいるはずよ。ちょうど年も容姿もぴったりの人が。私に振り回される必要はないのよ?」

「君は悪くない。私がいけないんだ。自分を抑えきれない。ゲルトはうまくやっていた。そんな風になれないんだ。触れずにはいられない。抱きしめていたいんだ。いつも。君の体温を感じて鼓動を感じていたいんだ。仕事なんて放り出して君と愛を語り合いたい」

「あ・・・い? 愛って言ったの?」

「ああ。君を愛している。初めて出会ったときから。俺のたった一人の姫だ。誰にも渡したくない。失いたくない」

「ゲアド!」

 私はゲアドにしがみついた。もう離したくなかった。愛されている。それだけで良かった。これなら家出はないわね。ふっと安堵した心に私はびっくりしていた。私はこんなにもゲアドの側にいたかったんだ、と。それが今、叶っているのだ、と。

「ゲアド。私はあなたにずっと恋をしていたの。でもあなたが相手にするのはみんな年上の女性ばかり。幼い私は用済みだと思ってた。厄払いは終わったって。だからお姉様が孫を産むなら、用のない私は出て行ってどこかで農業でもしながら生きていこうって思ってたの。お母様には孫を抱かせてあげるから生きて、とお願いしたけどお姉様がもう産むもの。私の子はいらないと思ったわ」

「その、孫と子供の話はしばらく止めてくれ。男の理性を試していることになる。今でも押し倒したいぐらいなのだから」

 まぁ、と私はお母様の口癖がでる。

「十四の母でもいいわよ」

「アメリア!」

「何?」

「男の理性を試して遊んでるな? それより何か食べた方がいい。食べさせてあげる」

「いいわよ。それぐらい自分で出来るわ」

「俺がしたいんだ。させて欲しい」

「仕方のない旦那様ね」

「それも禁句。十六になるまでは男の理性を試さない。豆のスープだ。君はこのスープが好きだろう?」

 スプーンを口元まで持ってくる。

「食べてくれないと落ちる」

「本当に食べさせるの」

「ああ」

 真剣な眼差しに私は降参して口を開けたのだった。

 それからのゲアドはドが付くぐらい過保護だった。何から何までやってくれる。流石に湯浴みと着替えは出て行ってもらった。

 こんな所見せてどーするのっ。男の理性を抑えるんでしょっ、と怒鳴って出て行ってもらっている。そうでないと、一日中付き添っている。私の魔力はなかなか戻らなかった。だけど、まだよかった。大陸の医師がまだ手配できていない。手配まではうまく行ったけど、ここに来るに何週間もかかるときいてお姉様と私は思わず手取り合って心配した。それをゲルトが大丈夫だと肩を叩いてはげましてくれる。私達、姉妹にとっては大事なお母様。まだ亡くなる年じゃないわ。姉妹で手を取り合っているとゲアドが燃えるような目で見ているのにびっくりした。

「ゲアド・・・まさか、焼き餅妬いてるんじゃないでしょうね?」

「それがまさに妬いている。クリスタと手を取り合っているのもそうだが、ゲルトと一緒なのも気に食わない」

 その言葉にゲルトとお姉様が一瞬で離れた。

「なにもそんなに過剰に反応しなくても・・・」

 私が言っている間に、私はゲアドに捕まる。

「君は俺の姫だ。誰にも触らせない」

「って。お姉様とお兄様よ。奪いようがないじゃない。今や、あつあつの新婚カップルなのに。国の誰もがうらやむ皇太子一家よ」

「君もうらやんでいるのかい?」

「私にはゲルトがいるもの。うらやみようがないわ」

 その答えを聞いてゲアドが満足げな顔をする。あのクールなゲアドはどこに行ったのかしら?

 じっとゲアドを見ていると面白げな笑みが浮かんだ。

「君はクールな俺がいいのかい?」

「ちょっとっ。まささか、私の声が聞こえたの??」

「そのまさかのようだ。この間の魔術の共有で移ったみたいだね」

 意地悪げな微笑みが浮かぶ。

「これでもう、君は俺から逃げられないよ」

 ふん、とあたしはそっぽを向く。

「防御する方法おじい様から聞いてるもの。簡単よ」

「ちょっとっ。知ってるならどーして早く言わないのよっ。魔術かける必要がなかったじゃないのっ」

「お姉様、そこまで焦って何を防御したいの?」

「って・・・。それは・・・まぁ・・・」

 妙に歯切れが悪い。

「クリスタ。妹をいじめるもんじゃないよ。これは俺たちの問題だろう? それについては君も楽しんでいるじゃないか」

「ゲルト!」

 お姉様がゲルトを追いかけ回し始める。私は目が点になる。

「何が起きているの?」

「君が将来知るべき事だよ」

「将来?」

「君にはまだ教えられないんだ。それよりももう宮殿で静かにしていよう。本が好きなら持ってきてあげるから題名を言ってごらん」

 私は、目を通しておきたい医術書の名前を言う。ゲアドがあっけにとられている。

「君はそんな高度な書物まで読むのかい?」

「読むだけよ。実際には役に立たないわ」

「わかった。さぁ。俺の宮殿に戻ろう。ここは誰もがうらやむ皇太子一家の宮殿だからね」

「それ嫌味?」

「いや」

 お姉様がお兄様を追いかけるのを止めてあっけにとられている。

「あなた達、いつもこうなの?」

「ええ」

 お姉様の中で何かが崩れていったようだった。

「ゲアド、あたしの可愛いアメリアを帰して頂戴。こんな口の悪い子じゃなかったわ」

「あなたの口の悪いのがうつったんですよ。姉上。さぁ、アメリア行こう」

 すっと手を伸ばしてくれる。私はゲアドの手を取って宮殿に帰った。

 あたしは問答無用で寝台に放り込まれると、ゲアドはさっき言った本を取りに出た。

 お姉様達の間にはなんの問題があるのかしら? 私は不可解な姉と義理の兄に不思議で一杯だった。そうしている内にひたひたと眠気がやってくる。まだ、あの本を読んでないわ。そう思いながらも眠りに引き込まれる。私は眠りの中に落ちていった。



アメリア・・・アメリア・・・。誰かが私の名を呼んでいる。うっすらと目を開ける。そこは家、だった。ゲアド! 飛び起きるとカーテンがばっと広がる。眩しい朝日に誰がカーテンを引いたかわからない。

「もう朝よ。起きなさい。いつまでも寝てないの」

「お母様!」

 アリーナお母様だった。そこにいたのは。急激にあの国の思い出が消えていく。私は飛び起きると移転魔法が引かれている部屋へ飛び込んだ。その首根っこをお父様が捕まえる。

「お父様、離して。おじい様に聞かないといけない事がっ」

「おじい様ならもうこの館にいるだろう。今日はお前の十二歳の誕生日だ。お祝いにたくさんのプレゼントを持ってきてくれているぞ。さぁ、着替えて朝ご飯を食べるんだ」

「お父様! そんな悠長な事を言ってる場合じゃ・・・。ん? 十二歳?」

 じっと自分の手を見つめる。小さい。前見ていた手より小さい。時間が戻ったの?!

「お父様、今日は何日? 何年なの?」

 変わった質問をすると言いたげにお父様は日付を伝える。

 戻ってきちゃったー!!

 私の言葉は誰にも伝わることなく館の空に消えていった。

 私はひどく着にくい服を頭からすっぽりかぶって着替えるとダイニングルームへ突入する。お姉さまが無邪気な顔で私を見る。

「また、寝坊したのね。可愛いアメリア」

「もう。その呼び名はやめて。ただのアメリアでいいわ」

「どうしたの? いつもお姉様とくっついているのに」

 お母様が不思議そうに言う。

「お母様!!」

 私はお母様にしがみつくと泣き出す。

「どうしたの? 朝から変よ?」

「だって。だって。お母様もお父様もいるんですもの」

 しゃくり上げながら言う。

「不思議なアメリア。おいで。エルマ、ビアンカ。変わった妹を慰めてあげて」

 二匹の犬が私の元に寄ってきて顔をなめる。

「もう。エルマ、ビアンカ、くすぐったいわ」

「やっと笑ったわね。さぁ、あとはお母様と二人にさせてあげないと。今日はお誕生日だもの。思いっきり甘やかしてもらいなさい」

「お姉・・・様?」

 お姉様も戻ってきたの? 私の言葉は音にならなかった。

 私はお母様に抱きついて産まれた日の話を聞く。何度もお願いして聞いた話。もう、覚えている。それでも聞きたかった。もう一度、お母様の言葉で。

「あの日は大嵐の日でね。突然、陣痛が始まったのよ。助産師さんも間に合わないって事でお父様が医術の心得を持つおじい様に頼み込んだの。そしてあなたはおじい様の手で取り上げてもらった大切な娘。神の祝福という意味のアメリアという名前になったのよ。あの嵐の、大変な日に命を授かったという。奇跡の子なの。あなたもクリスタもお母様の大切な子。幸せになってね。さぁ、この話はお終い。もう何度も聞いてるでしょう? クリスタがお誕生日プレゼントを作ってるって言ってたから聞きに行きましょう。お姉さまのプレゼントは何? って」

「それじゃぁ、急かしていることになるわ。ちゃんとお姉さまがプレゼントしたいと言うときにプレゼントは頂きたいわ」

「そう? それじゃ、今夜のお楽しみにしましょう。賢い子ね。アメリアは。クリスタにそっくり。大好きなのね。お姉様が」

「ええ。お姉様とってもお優しいの。だから大好き。いつもアメリア、って優しく呼んでくれるの。まるでお母様が二人いるみたい」

「それはそれで素敵ね。お母様が二人いるって子はそうそういないわ」

 私はそこでにっこりする。

「私は世界一幸せな妹なの」

 そこへ、窓に雨が打ち付け始めた。びくり、として私はお母様にしがみつく。

「相変わらず、嵐が怖いのね。嵐の日に産まれているのに」

「だって。嵐は破壊するわ。何もかも」

「アメリア?」

 不思議そうなお母様になんでもない、と言う。そうだった。あの日もこんな嵐だった。この大陸に新たな侵略者が入ってきたという一報が入ったのも。そして眠り姫になった。

 私、なぜ、未来のことを? いいえ、今が過去なのよ。今すぐおじい様に聞かなきゃっ。お姉様の病とお母様の手術のことを!

 私はお母様にありがとうと言って部屋をでるとおじい様が好んでいる図書室へ向かった。

「おじい様!」

「ようやく来たか。アメリア」

「知って・・・」

「いるとも。何度も私もこうしてこの時間を過ごしている。少しずつ世界は改変されているのだ。こうして時間を飛び越える力を持っている者がふれあうと」

「おじい様も、そうなの?」

「ああ。これで誕生日を迎えるお前を待つのは何回目だろかね。さぁ、今、聞きたいことを聞いてごらん。おじい様が特別に未来のお前に手紙を書こう」

「お姉様の病気とお母様の、あの、未来のお母様の手術・・・」

「クリスタの病の事は大分前に聞いておる。それはもうこの冊子に記入済みだ。解毒剤もな。それと未来のお母様の手術とは?」

「胃にできものができているの。余命はあと三年と医師に告げられたそう。最近顔色が悪くてお兄様やお姉様と検査したところなの。切除する医師を手配は出来たけれどまだ遠くにいてこれないの。どうすれば切除できるの? 私には医術の心得はほんの少し。魔力が助けになる事は解ってるけど、その魔力もなかなか戻らなくて。あ。それに心の声って・・・」

「ああ。心の声の事はもう話してあるだろう? 自分で心を全開にしなければいい話だ。クリスタは素直だからな。クリスタは難しいが、お前は出来るはず。確か、それも書いたはずだ。その記述を参考に自分ですることだ。おじい様から自発的な声を制限する方法は教えたくない。心を閉ざすのは良くない。むしろ聞こえてくる方がいい傾向だ。そなたの夫となる王子との仲が悪いのかい?」

「え。まぁ・・・その・・・」

 歯切れの悪い私におじい様は大きな声で笑う。

「恋する乙女は大変だのう。うまくやることだ」

「それは・・・」

「さぁ。未来のお母様の手術のことをもっと聞かせておくれ」

 おじい様が手を広げて言う。私はおじい様の広い胸に飛び込んだ。




 アメリア・・・。アメリア・・・。

 遠くで声がする。お母様? 違う! 未来のお母様の声だ!

 私はがばりと起き上がった。

「もう朝ですよ。読書はいいですが、夜更かししてはダメですよ」

「お母様!」

 寝台から飛び降りてお母様に抱きつく。

「よかったぁ・・・。お母様だわ」

 そこで気がつく。

「今、何年の何月何日ですか?」

「奇妙な事を聞く姫ね」

 そう言ってお母様の言う日付を聞く。

 お姉様がもう少しで婚礼の式を挙げられる所だわ。お母様はやはり、胃に・・・。

「お姉様はもう病気が快癒なさったのですね」

「そうよ。それが何か?」

 お母様が奇妙な事を聞くわね、とばかり私を見る。

「いいえ。それならいいです」

 と言うことはおじい様の処方が書かれたものがこの図書室にある。そういえば、随分前に封書をゲアドとゲルトお兄様が調べていたわ。それね。ならもう安心。あとは医師さえいれば・・・。

「アメリア。朝食に行きますよ」

「はい」

 私はにっこり微笑んだ。

 そして、お母様が倒れられた。検査が行われ、私はお母様の宮殿からゲアドの宮殿に住まいを移動した。ここまでは記憶通り。エマもいる。そしてまた、冊子頬杖して物語を書こうとする。だけど、余りにも記憶がバラバラすぎて書けない。ただ、眠り姫の約束という言葉が頭から離れない。眠り姫の約束として過去と未来を何度も行き来している内にここにいることが眠り姫になる条件だと知った。それが眠り姫の約束。ゲアドに何気なく話していた言葉だったけれど、こんな意味を持つなんて。全てを知っているならあの戦争も回避できたのかしら。こんな未来にまで生きる事はなかったのかしら。でも、それじゃ、ゲアドに会えなかった。過去の家族と未来の家族の事で私は板挟みだった。どちらも大事。どっちも救いたい。どうすれば・・・。

 ぽろ、と涙がでる。声が出そうになって慌てて口を押さえる。その私にゲアドがぎょっとしたのか慌ててやってきて抱きしめる。

「どうしたんだい? アメリア。泣くなんて久しぶりだ。まるで最初の頃のアメリアだね。もう一匹子猫をあげようか?」

「ゲアド?」

「君が何かに悩んでいるのは解っている。だけど、心の声を封じたね? いつもの君の声が聞こえない。こんなに聞きたいのに。どうして心を閉じてしまったんだい?」

「心を閉じたわけじゃないわ。ただ、不自然な状況を改善しただけよ。ごめんなさい。最近、情緒が不安定なの。それだけよ」

 抱きしめる腕を押しやる。顔は見れなかった。あなたは私の国の民を殺した帝国の子孫よ、とはなじれなかった。そんな彼に恋しているのだから。そんな私も同罪だわ。多くの人の命の上にある命なんだもの。粗末にはできない。改めておじい様が築いた平和な国を思い出す。私が生れる前は戦争ばかりだったとお姉様から聞いていた。それもお父様とおじい様で終止符を打って平和が戻ったと。それなのにその数年後にはまた戦争になった。その子孫に恋してる。なんて罪作りなのかしら。また、ぽろっ、と涙がこぼれる。切ない行き場のない想いを持てます。

「アメリア・・・」

「あっち行ってっ。私の所へ来ないでっ。お願いだからこれ以上苦しませないで・・・」

「アメリア・・・」

 私の言葉にゲアドが絶句していた。苦しめる。その言葉は重たかった。ごめんなさい、と言おうとしたときにはゲアドはもう部屋を出ていた。

「ゴメン・・・なさい。ゲアド。許して・・・。あなたにはそぐわない姫なのよ」

 あたしは床に座って泣きじゃくった。

 とうとう。この日がやってきた。医師が到着した。私はまた魔力をゲアドに預ける。ゲアドが魔術をかけながら、医師がお母様の体に道具を入れる。見ていても気持ちのいい物じゃなかった。お姉様は力もないからあえて外で待っているように言われて国王様と一緒に待っておられた。目を背けながらも魔力は出し続けた。この日さえ終わればもう、何もない。ただの普通の退屈な日々に戻れる。そう信じていた。

 永遠に続くかと思われた手術は無事終わった。後はお母様が無事目を覚まされて安全を確認するだけ。私は、ずっとお母様の手を握って祈っていた。

 おじい様。未来のお母様の命を守って、と。また、眠りに引き込まれそうになる。また過去へもどるの? 今度は何があるの? 私はそう思いながら意識を手放した。

 光が眩しい。私は瞼をあける。ああ。また過去に戻ってきたのね。お母様がカーテンを開けるんだわ。そう言って身を起こす。

「え? お母様?」

「アメリア。目覚めたのですね。あなたも私以上に命が危なかったのですよ。ゲアドが魔力を半分削ってあなたに命を足したの。そうでなければ当に死んでいたと、魔術の医師が言っていたわ。何をしていたの? 魔力を、命を削ってまで」

「お母様?」

「あなたね。過去と未来を行き来する約束された眠り姫は。その姫は約束されたとおりに過去と未来を行き来して二つの国を救う。そう、ある神話に書かれていたわ。それもあなたの字かもしれないわね」

 お母様の言葉に体が凍り付いた。



 私はゲアドを探して宮殿をさ迷っていた、と思っていた。だけど、違った。なじみのある建物に、お母様の宮殿に戻されたのを知った。ゲアドに嫌われた。悲しかった。でももう、約束は果たしたわ。ゲアドに魔力を返さなきゃ。

 ふらふらと寝間着のまま外に出てゲアドの宮殿に向かおうとした。ふらり、と体が傾いた。それを誰かが受け止める。どこかで嗅いだことのある香。ゲルドの香。顔を上げるとゲアドが抱きしめていた。

「アメリア。そんな体で出歩くのはダメだ。ちゃんと寝ないと」

「ああ。ゲルド、会えたわ。あなたに返すモノがあるの」

「何を?」

「これよ」

 両掌の上にぽうっと小さな光の球ができる。それを見たゲアドが顔面蒼白になった。

「だめだ。アメリア。すぐに自分に戻すんだ!」

 それは私の命と同化したゲアドの魔力だった。

「もう。いいの。眠り姫の約束は守ったから。もう。いいの」

 そう言って光を飛ばす。ゲアドの中に入って消えた。ゲアドが焦る。

「アメリア! ダメだ! それでは君がっ」

「ごめんなさい。愛しているわ・・・。ゲアド」

 そう言って私は何度目かの気を失った。

 薄もやの林の中で誰かが泣いている。男の子? 小さな男の子が泣いている。ゲアド? 声をかけようとしたら、誰かに止められた。

「おじい様!」

「彼は今から死の淵から生に戻るところだ。そのまま見送ってお上げ」

「誰の命を・・・。おじい様が?」

「そうだ。おじい様の命は彼の中にある。その命を、アメリア、そなたが引き継ぐのだ。もう、魔力や命を削ってはいけない。もう後はないからね。幸せにおなり。あとはお母様の手紙を楽しみにしておきなさい」

「おじい様!」

 がばり、と私は飛び起きた。ゲアドが手を握っている。そこからおじい様の命が、いえ、ゲアドの命がつながっていることを感じる。

「君のおじい様だったんだね。ボクに魔力と命をくれたのは。ボクは一度、冬の水の中で溺れた。すぐに水から引き上げられたけれど、心肺停止だった。それが急に息を吹き返したときいている。あの天で出会った老人は君のおじい様だね。そしてその命を君に返してる。大丈夫。俺は俺の分があるから。君のおじい様の命と魔力は膨大だから、君が一部分を吸収してもなくならない。むしろ、君から引き出す方が悪いんだ。もう少しで君を失う所だった。アメリア。苦しかったね。秘密を抱えて。何度も悲しい思いをして時を渡って俺たちを救ってくれた。もう。大丈夫。何も起こらないよ。何かが起こっても俺が君を守る。もう、一人で泣かなくてもいいんだ」

「ゲアド・・・」

 彼は知ってしまった。眠り姫の約束を。知られた姫はどうしたらいいの? それはおじい様は教えてくれなかった。こんな異質な人間を誰が愛せるというの?

 悲しみの涙が伝う。

「アメリア。君は異質ではない。俺の妻だ。十六まで婚礼はだめだと言われていたけれど来年には結婚しよう。こんな危ない橋ばかり渡るのはごめんだ。俺が、君を守る。だから泣かないで。それにプレゼントを持ってきたんだ」

 ゲルドが抱えていた布から子犬をだししてきた。

「ビアンカの子だよ。クリスタはビアンカの子犬を君にプレゼントしようとしてたんだ。でも君の十二歳の時の誕生日には間に合わなくてどうしようって思っていたと言っていた。それがようやく叶えてあげられるって嬉しそうだった。どうか、受け取ってくれるね。俺と君の大事なお姉さんからのプレゼントだ。この子を育ててエマと一緒に散歩しよう。デートをしよう。恋人の時間を作ろう」

 最初、何を言われているのかわからなかった。ビアンカの子という子犬は理解できてもゲアドが婚礼を早めたいという理由もなにもかもわからなかった。

「ああ。俺は君に愛の告白がまだだったね。愛している。アメリア。俺の妃になって欲しい。妻になって欲しい。そして母上に孫を抱かせてあげて。母上も君が起き上がれるのを心待ちにしてるよ。君が命を救ったんだ。みんなの。解毒剤だってクリスタの薬だって全部、君が過去に戻っておじい様から教えてもらわなければ解らなかったんだ。君がみんなを救ったんだ」

 そう言って一旦区切るとまた何かを取り出してきた。

「ああ。もう一つプレゼントがあるんだ。この冊子とペン。この冊子に君の見てきたことを書き綴って。それを子孫に残そう。眠り姫の約束を綴ってくれないか? きっとそこから新しい眠り姫の物語が始まる。愛をしらない姫が愛を知る姫に変わる物語なんだ。君の心の中で起きたことを書いて」

「ゲアド」

 私の涙があふれる。そっとゲアドが拭う。顔が近づいてくる。私はゲアドの愛の洗礼を受けた。そしてすごく近い場所でゲアドは言う。

「俺はちゅーなんて予告めいた事はいわないからね。いつだって君にキスする。突然にね」

 そう言ってまたキスをする。何度も何度も。まるでそこに私がいるのを確かめるように。

 いつしか私はゲアドの腕の中で力が抜けたまま体を預けていた。

「ちょっと。やりすぎちゃったかな? 君にはまだ早かったね」

 その言葉に私は反応する。

「早くなんてないわっ。ずっと待ってたのにっ」

「アメリア」

 未来の夫はその言葉に吸い寄せられるように私にとびっきりのキスをプレゼントしてくれた。

 あれから数日して私は異様なスピードで起き上がれるようになった。命をまるまるゲアドに返して心肺停止になってまた、生き返ってまだまだ療養が必要と言われていたのに、もう立って歩くこともできる。きっとゲアドの魔法のせいだわ。ゲアドは近づくと突然キスをする。そこは元遊び人。コツは知っていた。私はそのキスに振り回される。文句も言えない。いつも陶酔してしまって言いたいことも忘れてしまう。まるで私の愚痴すら言わせないみたいに。

「ちょっとっ。ゲアドっ。今日こそはキスなしだからねっ」

 抱きしめられて顔が近づいてきたのをお姉様からもらった銀の盆で防ぐ。

「それはクリスタのちゅー避けだろう。返すんだ」

「もらったのよ。ゲアドが所構わずキスして困るって言ったら」

「クリスタに言ったのか」

「ゲアドが私にべた惚れっという言葉も付け加えてね」

「クリスタに弱みを握られたじゃないか」

「何が弱みなの」

「君にキスできなかったら中毒で死ぬ」

「死なないわよ。じゃ、命返そうかしら?」

「アメリアー」

「なに?」

 素知らぬ顔で聞く。

「俺の痛いところを突かないでくれ。俺の命と同じなんだ。君の存在は」

 キザねぇ、と返すと性格は変えられない、と言われる。

「もう。知らないっ」

「アメリアー」

 ばこん。

「ほう。俺のちゅー避けが役に立ってるな」

「お兄様!」

「ゲルト!」

「結婚までは盛大ちゅー遊びしてろ。ゲアドは遊び人だったから困るだろう。アメリアもけったいなヤツにひっかかったな。可哀想に」

「お兄様、自分の事を棚に上げてゲアドをいじめるのはやめて」

「俺を棚上げ?」

「お兄様だってけったいな王子様だったじゃないですか。お姉様とっても振り回されてましたわ」

「兄弟姉妹はよく似るのですよ」

「お母様!」

 すっかり元気になったお母様がやってくる。

「アメリアを取り上げられて寂しいからこちらに来ましたよ。さ。アメリア、あなたのあかちゃんのおくるみを作りましょうね」

「おくるみ!」

 私とゲアドは真っ赤になる。

「あら。早かったかしら。婚礼を一年縮めるのでしょう? 作るに越したことはないわ」

「母上、危ない発言は止めてください」

「何が危ないの?」

 はぁー、と私とゲアドは二人揃ってため息をつく。

「母上。この二人は純真なんです。きわどい発言はおやめください」

 お兄様が言う。

「あら。この二人よりあなた達の方が純真でしたよ。ねぇ。アメリア」

「それはまさにそうです。ちゅーなんて予告、ゲアドにはないですもの。避けようがありません」

「だから、クリスタが心配してそのお盆を上げたんだ。しっかり使って遊ぶように。あと、ゲアド、少し話がある。こっちに来てくれ」

 二人は部屋の外で何か話していた。なぜかゲアドの緊迫感が伝わってきた。

「お母様、また・・・」

 戦が、とは言わなかった。けれど、お母様はこくり、と頷いた。

「どうすれば止められますか? もう一度飛べば・・・」

 お母様は私の手にそっと手をかける。

「それはしてはいけません。あなたの命はもうギリギリの所まできているのです。普通の人と同じぐらいよ。魔力だってクリスタと変わりありません。もう余分に残っている魔力はないのです」

「そんな・・・」

「大丈夫。あなたはゆっくりして恋人の帰りを待っていればいいのよ。こうやって未来のことに思いをはせながら。作ってみなさい。あなたの子のものですよ」

 そう言って縫い物を渡す。それをじっと見る。この布を私とゲアドの赤ちゃんが使うの? 信じられなかった。まだ。婚礼だってまだ実感できないのに。

「さ。クリスタも来たわ。みんなでおくるみ作りよ」

「お姉様」

 お姉様は黙って頷く。お姉様も怖い。一度、この国も戦になったことがあった。その時は私は呑気にしていた。お姉様はどれだけ心細かっただろか。

 こてん、とお姉様の肩に頭を乗せる。

「どうしたの。私の可愛いアメリア」

「お姉様好き」

「私もよ。愛しているわ」

 そこへお兄様とゲアドが乱入する。

「クリスタ。俺の愛を売るな」

「アメリア。クリスタに言って私にないと言うことはないね?」

 ばこん。

 二枚の銀のお盆が音を立てたのだった。



「では、行って参ります」

 数日後、お兄様とゲアドは国王の代わりに戦に赴く。今度は小さいモノらしい。以前は、国王様も布陣を引いたらしいから。ゲルトお兄様が国王代理で危ない戦地へ行く。お姉様は毅然としていた。

「お姉様」

「大丈夫。ゲルトもゲアドも無事帰ってくるわ。二人とも無敵だもの」

 夫を信じ切っているお姉様の強い愛に私は驚いた。以前なら泣いていたのに。

「夫を持つと言うことは、子を持つと言うことは、そういう強さを持つのですよ」

「お母様」

「さぁ。アメリアは病み上がりなんですから、エーディトとエマの所に戻りましょう」

 ゲアドがくれた子犬はエーディトと名付けて世話をしていた。まだまだ小さな赤ちゃん。私の子供のようなものだった。猫なのにエマもエーディトを可愛がっていた。二人並んで居眠りしている。

「可愛い・・・」

 私は不安を胸にしまいながら二匹の頭を撫でていた。



 戦が始まって数週間、お兄様とゲアドはまだ戻ってこない。噂を聞こうにもお母様とお姉様が最大防御をはって聞かせてくれない。

「私だって王子の妻よ」

「一年したらね」

「そうそう。そんな心配をしてるひまがあったらエーディトのしつけをしてなさい」

 痛いところを突かれる。エーディトがあまりにも可愛くてしつけができない。甘えられるとつい、許してしまう。おかげで部屋は甘噛みで傷だらけ。枕もなにもかも取り替えないといけない、とお母様に怒られていた。

「ビアンカもエルマもしっかり言うことを聞くのにエーディトはどうしてそんなに甘えたさんなの?」

 今日も甘噛みしてモノを破壊したエーディトに文句を言っていると声が振ってきた。

「それは飼い主が甘えたさんだからだよ」

「ゲアド!」

 そこにはゲアドが立っていた。宰相の衣装が格好いい。思いっきりとびつく。

「俺の姫は本当に甘えただね」

 そう言って思いっきり甘いキスをしてくれる。久しぶりのキスに何もかも許してしまう。そこへ、こら、とお母様の声が入った。

「なんですか。帰るなりそれは。アメリアもやられるままにしてはいけませんよ」

「はい。お母様」

 あまりの恥ずかしさに顔を赤くして私は胸元を引き寄せる。気づけばもう少しで寝台だったというのが恐ろしい。結婚前には許されていない事なのだけど、ゲアドが遊び人過ぎて実際は、きわどい線をいっている。一線は越えてないけどそれまがいが・・・。お母様も薄々感じてはいるらしいけど、尻尾を出さないでいるのが精一杯。使用人達もそろそろ気づいているらしいけど、断定させてはいない。そんな事すればあっという間に婚約破棄だわ。今更、他の王子様に嫁ぐわけにも行かず・・・。必死でこらえているのが現状。ゲアドも頻度は抑えているらしい。でも、再会の喜びの余り、やり過ぎてしまった。ああ。恥ずかしい。

「しかし、君の部屋まるまる修理させないと行けないね。これじゃ、初夜どころじゃないよ」

 ああ、だからそんなあけすけなことを発言しないでっ。思わず持っていた銀のお盆でばこん、と殴る。

「痛いな。恋人が帰ってきたというのに。ああ。わかった。退散するから」

 お兄様ばりの素早さでゲアドが消える。

「あらあら。ゲアドもゲルト並に消えるのが早くなったわね。どうやら二人の関係はあなた達姉妹によって改善されてるみたいね」

「改善?」

「二人とも昔はちゃらんぽらんだったのよ。お互い、愛する者を持って変わったのね。いいことだわ」

「だからって所構わず、というのは」

「それはそっくりあなたにも返しますよ。あれでは婚礼の意味がありません。流されないようにしなさい」

「はい」

 真っ赤になってうつむく。

「それよりエーディトのいたずらの数々を直す算段をしましょうか」

「お母様?」

「婚礼が早まりましたよ。あと一ヶ月で婚礼の日ですよ」

 ええー!! 一ヶ月?!

 私の心の叫びがとんで行く。

「もう、待つのも限界みたいですからね。ゲアドもこうも待たされてはいつか爆発しそうなぐらいですから」

「って。私、まだ十四歳です。それはいくらなんでも早いのでは」

「の割にはすることをしてますよ」

「あ」

 バレてる。完全にバレてる。

「突っ立てないで壁紙など選びますよ。こっちにいらっしゃい」

 にっこり笑われて私はお母様の隣に座った。

「あら。エーディトは派手にしてるわね」

「お姉様。お腹が」

「結構出てるでしょう? 再度、医師の診断によると双子だそうよ。しかも、お母様、嬉しい報告がありますわ。女の子と男の子の双子ですって」

 その言葉にお母様の顔が一瞬固まった。かと思うと表情が輝く。

「まぁ。孫娘ができるのね!」

「そうです。念願の孫娘ですわ」

「すごい。お姉様。どうやって娘にしたの?」

「したのって、普通に授かっただけよ。魔法で性別なんて変えられないもの」

「あ。そういえば、魔術でも性別は変えられなかったわね」

「もう。恋人との再会で頭のネジが何本か抜けたんじゃないの?」

「それは言わないでー。もう。恥ずかしいわ」

「今更、何を。あのゲアドの妻になるのよ。それぐらいで恥ずかしがってる場合ではないわよ」

「あの、ってなんですか。あの、って」

 女三人寄ればなんとかって言葉があったかどうかも覚えていないけれど、お姉様とお母様と一緒にきゃいきゃい言って、その時の宮殿はまるで明りが灯ったかのように喜びでわいていた。

 戦が終わって婚礼の日が早まったある日、私は意外な物を渡された。それはお姉様が預かり、ゲアドがおじい様の魔法の上からさらに魔術をかけたものだった。急遽、お兄様とお姉様、そしてゲアドと私の四人の間だけで持った時間だった。お母様の宮殿の一室で私はそれを持っていた。お母様は薄々解っていたのか、宮殿から出ておられた。掌の中に産みのお母様の字で書かれた手紙がある。あと、一年以上開けることは叶わなかった手紙の開封が早められたのだ。ゲアドが封印解除の魔術を施す。

「一人で読む?」

 お姉様が気を利かせて言う。

「いいえ。お兄様やゲアドと一緒に」

 私は手紙の封を切った。

 私は読み終わった手紙を折りたたんだ。頬には涙が伝っていた。それをゲアドが拭ってくれる。私はゲアドの胸に顔を埋めて泣く。最後の一文におじい様の字があった。眠り姫の約束を終えて幸せにおなり、と。

「相変わらず、この開封はつらいな」

「ええ」

 お姉様も泣いていた。ゲルトお兄様の肩に頭をあずけていた。

「お母様、おじい様・・・」

 全てを知って受け入れてくれていた。私が眠り姫になるのは必然だった。お姉様の手紙には書いていない事実があった。そっと慰めるように書いてあった。それが一番つらい。いつかこの手紙をお姉様にも見せる方がいいのかしら。眠り姫の約束を黙っていていいのかしら。

「アメリア。私への手紙にない事が書いてるのでしょう? そっと心の中にしまっておきなさい。それはあなただけが知っていていい事実なの」

「お姉様?」

「お母様から、少し話を聞いたの。あなたの不思議な話を。それで十分よ。私にはあなたやゲルトやあかちゃんもいるわ。それで十分。それとお母様から聞いたけれど、子育てって大変らしいわ。あなたにも手伝ってもらいますからね。覚悟してて」

 えーっ。聞いてないっ。

「予行練習よ。まぁ、授かるのはすぐだろけど」

 ああ。お姉様にまで知れ渡っている。どれだけの人が私とゲアドの秘密を知ってるのっ。

「アメリア、心の声はしまっておきなさい」

「あ」

「アメリアっ。今、何考えたんだっ」

「あなたの責任よ。ちゃんと責任取ってもらいますからねっ」

「ああ~」

 ゲアドが撃沈している。あなたの責任だからねっ。思いっきり声を飛ばす。

「それで、行かないのか?」

 話を元に戻そうとしてゲルトお兄様が言う。

「どこへ?」

 私とゲアドが同時に聞く。それをお姉様はにまにま見ている。

「おじい様達がおられた土地よ。あなた達はもう解毒剤を飲んでいるから免疫力はあるわ。あの土地特有の病はもうかからないでしょ。結婚の報告いかないの? 婚礼まで日がないわよ」

「行って・・・いいの?」

 そっと言う。ダメ、と言われるわけではないけどとても大事な事で何かの拍子にパチン、と消えそうだった。

「もちろん。ゲルトを道案内にする?」

 いや、とゲアドが言う。

「俺とアメリアと一緒に行ってくる。姉上はもうすぐ臨月だ。夫を使ってまで行く旅ではない。アメリアは馬に乗れないんだったね」

「ええ」

「俺と一緒に乗ればいい」

「それなら少し、馬になれておいた方がいいわ。明日、馬番に言って少し乗馬しておきなさい」

「はい。お姉様」

 そうして手紙を保管箱に入れた。

 おじい様達が最後を過ごした土地。どんな所だろう。執事の子孫はもういないって聞いてるけど、会いたかったな。そんなことをつらつら考えながら私は眠りについた。



 翌日、馬に乗る練習をした。とことんダメだった。お尻がいたい。見ていたお姉様がため息をつく。

「だからお母様に馬の乗り方ぐらい教わりなさいって言ったのよ」

「ごめんなさい。今、猛烈に反省してます」

「相変わらず、本の虫だものね。物語は進んでいる?」

「少しずつ整理しながら書いています。どう説明すればいいか解らないことが多すぎて」

 そんな私の頭をお姉様はなでる。

「手伝ってあげたいけど、私はお勉強は不向きだからごめんね」

「お姉様こそ、いろいろ辛いことがあったんでしょう? 私はそんなことにも気づかないで延々と泣いていたんですもの。謝るのは私の方だわ」

 お姉様はにっこり笑う。

 その笑みが怖いんだけど・・・。

「エマをもらったと聞いてもう大丈夫と私は思ったわ。ゲアドはあなたにべた惚れですもの。泣いているのは気が引けたけれどあなた達は最初から仲良しだったわね」

「そうでもないんだけど・・・」

「あら。あたし達の一歩も二歩も先に進んでいるって思ってたわ。思ってるとおりだったみたいだし」

 ああ~。お姉様が~。自分の事が恥ずかしすぎる。楚々としたお姫様はしないのよ。お姫様落第だわ。

「そう、自分を責めないの。それはゲアドの責任だから」

「姉上! アメリアになに吹き込んでいるんですかっ」

「ゲアド、仕事は?」

「放り出してきた。案の定、ぺらぺらと」

「しゃべってないわよっ」

「心の声が飛んできた。全て聞いたぞ」

 ああ~。私の理想像が~。

「夫婦とはなべてそういうものよ。お母様とお父様だってそうだったんだから」

「そうなの?」

 きょとん、として聞くとお姉様は私の鼻頭をつつく。

「血は争えないってとこね」

 そうして不思議な笑みを残してお姉様は去って行った。

「強い。この世で一番強いのはお姉様かも・・・」

「恐ろしい、皇太子妃だ」

 私とゲアドは顔を見合わせた。

 翌日、早朝の旅立ちにお母様やお姉様が見送りに来てくれた。驚いたのは国王様まで。

「私達の祖先の犯した罪を謝ってきておくれ」

「国王様」

「お父様と呼んでくれないか。アメリア」

「おとう・・・様」

「ありがとう。アメリア。ゲアドしっかりな」

「はい。父上」

 そうして私とゲアドはおじい様達の最後の地へと旅だった。

「寒くないかい?」

 私は、ゲアドのマントにくるまれながら馬に乗っていた。馬は早駆けに向く距離ではないと聞いていたため、早足でかぽかぽと揺られて移動していた。もうすぐ春。暖かな風が髪をなでていく。この土地をこうして旅なんてするのは初めて。何もかもが新鮮で珍しかった。街道にでると旅人が歩いていたり行商人がいたりと目があちこちに移っていた。

「アメリア、そんなにあちこち見てると落馬するよ」

「え。ああ。そうね。全てが物珍しくてつい」

「婚礼をあげれば新婚旅行に行こう」

「新婚・・・旅行?」

 聞いたことのない言葉に私はゲアドを見上げる。

「そうだよ。ゲルトは行ってないけれど、俺は着実に仕事をこなしていたから休暇が取れる。南の方には暖かい地域がある。そこで君と熱い夜を過ごしたい」

「ちょっとっ。またそっち系?」

 ごん。

 思いっきり顔を上げるとゲアドの顎に直撃した。馬が止まる。

「ふん。そういうことばかり考えてるからよ」

「って、君は考えないのかい?」

 痛みから復活してまた馬を動かし始めたゲアドが言う。

「そういうお話は婚礼の夜ですっ」

 ひたすら心の叫びが聞こえないようにガードを固める。

「ここでも防御なのかい? 二人きりなのに」

 本当はエーディトもエマも連れて行きたかったけど二匹と二人の馬は流石にダメだったらしくエーディトはお姉様がしつけておくからとエマごと人質にとられた。

「馬さえ乗れればエーディト達も連れて行けたのに」

「帰ってから練習すればいいよ」

「それじゃぁ、遅いわ。せっかく報告に行けるのに」

「また、行けばいいさ。そうだ。新婚旅行の道中にそこも加えよう。みんなでお参りしよう。それなら満足だろう」

 どんなに手が早くてもいつも私の事を考えてくれるゲアドが大好き。ぎゅっと抱きつく。

「可愛いアメリア。今すぐキスしたいけどあいにく両手が塞がっている。君の気持ちを快く受け取っておくよ」

 そう言ってつむじにキスする。

「結局してるじゃないの」

「つむじなんてキスの一つにも入らないよ。俺が・・・」

「いいから前見てっ。事故が起きるわ。婚礼前に死んだら不吉よ」

「死にはしないだろう。腕の一本やニ本折れるぐらいで」

「って、そういう目に合った原因なんだか聞かれたらどうするの?」

「それは・・・難しいな、と。危ない。道が荒れてきたな」

 整備された街道から外れた道に入って道に石やらなんやらが落ちていて通るのが難しくなってきた。

「歩く?」

「いや。早いほうがいい。ゲルドと姉上はよく、こんな道を通っていったな」

「二人とも乗馬が上手だもの」

「確かに。宿もなさそうだ。野宿だな」

「不埒な亊考えないでよ」

「誠意努力しよう」

「それが信用できないのっ」

「俺も自分が信用できない」

 ひどく真面目な声に私はびっくりする。

「君を前にすると自分が抑えられない。どれだけリスクの高い挑戦か自分でも驚いているよ」

「ゲアド、無理しなくても・・・」

「いや。可愛いアメリアを安っぽく抱くつもりはない」

「そこ、可愛いじゃなくて愛しいじゃないの?」

 そう言うとゲアドが笑う。

「そういう君が好きなんだ。変なところにこだわる君が」

「あなただって相当な変態よ」

「それでは婚礼の夜にどれほどの変態か見せてあげようか」

「結構よ。ちゃんとした王子様として接して頂戴」

「なんだ。ダメなのか」

「ダメですっ」

 叫ぶと大きくゲアドが笑う。この人こんなに笑う人?

「君と二人だけで安心してるんだ。なにも怖い物がないんだから。姉上もゲルトの茶化しも母上の監視もないからね。君との自由なデートが新鮮なんだ」

「なら。宮殿に戻ってもまた遠乗りに出かけましょう。二人きりでデートしたいわ。私も」

「エーディトもエマもなしかい?」

 言われて少し考える。いない方がいいのかしら?

「君のその真面目な所も愛してるよ」

「ゲルド」

「と、夕闇が迫ってきた。この辺で降りよう」

 馬から下りてゲアドが私に腕を広げる。飛ぶようにして降りると上手に抱きしめてくれる。

「ありがとう。ゲアド。結婚相手があなたでよかったわ」

「?」

「こうして抱き留めてくれる人のお嫁さんになりたかったの」

「それじゃ、夢が叶ったんだ」

「まだ。その前よ。とりあえず何か食べましょう。お腹ペコペコ」

 そうして野宿の夜は更けていった。当然、ゲアドの考えていたような事はなかった。流石にこんなところでする気はないわ。ゲアドもそう考えたのか私を腕枕して眠ってしまう。戦地ではどこでも眠れないといけないからか、すぐに寝付く。眠りは浅いらしいけれど。私はあちこち痛いと思いながら満天の星を見ながら眠りについたのだった。

 翌日もそのまた翌日も悪い道を行く。私は、疲れてゲアドの胸に寄りかかりながら眠っていた。

 急に馬が止まり、はっと目が覚めた。

「ここ?」

 集落の入口にようやくたどり着いたのだった。

「さぁ。執事の家を探そう。肖像画がなくなっていなければいいが」

 私とゲアドは集落へと入っていった。

 道を歩いて行くけれど空き家が多い。人にも出会わない。寂しい所だった。この地でおじい様達は最後を過ごしたの?

 寂しい気持ちに形ながらお姉様に聞いた屋敷を探す。集落の一番奥にその屋敷はあった。

「もう、執事さんは住んでいないのかしら」

「何か、ご用ですか?」

 後ろから少女に声をかけられた。

「あの。ここで姉が手紙を受け取って墓参りをしてるのですが・・・」

 私が言うと少女は驚きの顔する。

「アメリア・・・様ですか? 父なら家の中に」

「執事さんのお嬢さん?」

「はい。どうぞ中へ」

 少女に案内されて行くとそこには過去の屋敷にいた執事とそっくりの男性がこちらを見つめていた。

「アメリア様! ここは危ない土地ですのに、姉君に続いて妹君様もいらっしゃるとは。手紙をお渡ししておりますが・・・」

 ゲアドは何も言わない。私の家のことだから私の好きなようにしていい、という意味合いだと受け取って話す。

「それは先日読みました。これがおじい様達の肖像画ですね」

 一面に飾られた立派な絵をみる。

「これが魔皇帝とその一族・・・」

 ゲアドもびっくりして見ている。まるで動き出してくるかのような迫力があった。

「あ。お姉様の絵。私もいるのね」

 懐かしさに切なさがこみ上げる。

「おじい様、ありがとう。お母様は無事、ご病気が治られたわ」

 おじい様の絵は壁の一番上にあって触れる事ができなかった。代わりに壁に手をつける。

「おじい様・・・。お母様。アメリアは無事、眠り姫の約束を果たしました。これからは一人の女性として唯一の人を愛し生きていきます」

「アメリア・・・」

 私の言葉にゲアドが名を呼ぶ。ありがとう、とその瞳は言っていた。

「私の方こそありがとう、よ」

 背伸びして頬にキスする。

「たまにはしてもらう方がいいものだな」

「ゲアド・・・」

 見つめ合っているとこほん、と咳払いが聞こえた。

「あ」

「あ」

 二人で顔を見合わせて笑う。お互い、その辺のいちゃつくカップルとかわりないわ。

「お墓は?」

「こちらでございます」

 別の扉をあけて案内される。

 墓標に刻印がされていたけれど風化して読み切れなかった。

「こちらから魔皇帝様、そしてエドウィン様、アリーナ様でございます。エレオノーラ様は別の土地に眠られていると聞いています。エリアーナ様はまだ目覚めておられないとのことです。クリスタ様がどこへでも行って良いという言い伝えを聞くとその通りに、と仰いましたが、私はこの土地で生まれ守ってきた身。今更どこへ行こうかと思っている矢先でした。無事、お越し頂いてよかった。これで本当に終わりなのですね」

 感慨深げに彼は言う。

「エリアーナ叔母様を待たなくていいの?」

「それは言い伝えに寄りますとかなりの年数が経つため特に待たなくてもよいとのことでした。それでもここに住むのでしょう。いつか子孫が絶えるまで。屋敷にお食事をご用意しております。アメリア様にとって懐かしく思い出になるような食事を用意しております。今夜はこの屋敷にお泊まりください」

「ありがとう。そうさせていただくわ。馬に乗りっぱなしであちこちが痛いんですもの」

 そう言うとゲアドがくすり、と笑う。

「そういうものとは違う筋肉痛をいずれ教えてあげるよ」

 そっと耳打ちして言うゲアドの足を思いっきり踏みつける。

「お下品よ」

 つん、とそっぽを向いて執事についていく。

 夕食は懐かしい物ばかりだった。黒いパン。固いトリ肉。サラダ。そしてお母様の得意料理だった豆のスープ。豆のスープを飲んで少し涙ぐむ。だけどメソメソ泣くもんか、と涙を拭いてスープを飲み干した。スープは涙の味がして少し切なかった。

「この豆のスープのレシピを聞いて帰ろう。私もおいしい。この料理を伝えていかないか?」

 誰に、とは言わなかった。もちろん、私達の子孫に。

「そうね。お願いがあるのですけれど、この豆のスープのレシピを教えてください。書くものは持っているので」

 そう言ってお下品にも荷物をあさる。ゲアドからもらったあの冊子とペンがでてくる。

「いつも持ち歩いているのかい?」

「ないと困るもの。じゃ、このスープを作った方は?」

 私です、と先ほどの少女が言う。

「台所へ行きますから教えてください」

 そう言って私は台所に。ゲアドはこの屋敷に住む執事の子孫の元でいろいろ話を聞いた。

「それでは、また」

「お待ちしております。クリスタ様にもよろしくお伝えください」

「ええ。お姉様にも伝えておくわ。これからもこの屋敷はずっとある、と。豆のスープまた作ってね」

「はい。姫様もお元気で」

 私達はまた来た道を戻り始めたのだった。途中、道を変える。執事の子孫に二人乗りならば、と教えてもらったのだ。

 木々が青々として気持ちいい景色。

「お姉様はあの悪い道を早駆けして帰ったのでしょう? 流石だわ。でも私はこちらの道が好き」

「お気に召してよかったよ。俺もこっちの方が安心だ。いつアメリアを落とすかヒヤヒヤしていた。この道ならエーディトもエマも来られる」

「私が一人で馬に乗れたらね」

「やはり、二人に二匹はきついか。でも、アメリアは馬が苦手ではないのか? クリスタが嘆いていた。素質が欠片もないと」

「これでもお母様の娘よ。馬でも旦那でも乗ってみせるわ」

「そのきわどい発言はやめてくれ」

「ん?」

「ああ。アメリアはまだ知らなくていい意味合いだ。そのままでいい」

「何がそのままなのっ」

 あたし達はいつもの痴話げんかをしながら宮殿へ戻ったのだった。

 宮殿に帰ると大騒ぎだった。

「どうしたのっ」

 走っている使用人の一人を捕まえて聞く。

「クリスタ様が産気づかれたのです」

「お姉様がっ?」

 急いで向かおうとする私をゲアドが止める。

「消毒をしておこう。病を持ち込むわけにはいかない」

「そうね。宮殿に戻りましょう」

 と戻りかけて、はて、私の部屋はどこ? となる。お母様の宮殿にもゲアドの宮殿にも私の部屋がある。

 どっち?

 考えているとゲアドが抱き上げる。

「君の宮殿は俺の宮殿だ」

 そう言ってかっさらっていく。お母様の姿を見て声をかけようにもゲアドがあまりの速度で走るものだから声もかけられなかった。

「アメリアは湯浴みをしておくといい。覗かないから」

「あたりまえよっ」

 かみつく私にまた笑ってゲアドは去る。

「もう。いつも何考えてるのかしら。ほんとむっつりスケベね」

 ブツブツ文句を言いながら体中を洗う。あちこちがホコリだらけでかゆい。石けんで洗ってやっとすっきりした。消毒できているのかしら。やはりお酒に手をつけた方が・・・。惑いながら着替えているとゲアドが来る。

 ぱこーん。

 風呂桶が命中。

「まだ、着替え中!」

「わかった。先に兄上の宮殿に行ってくる」

「ちょっとゲアド、お酒で消毒した方がいいわっ」

 大声で叫ぶと戻ってくる。

「それもそうだな。酒の力の方が強い。俺の奥さんはよく気がつく」

 上機嫌で言うとまた自分の部屋に戻っていく。

「奥さんって。まだ結婚してないわよっ」

 実質してるようなものだけど。そこはまだ内緒なの。私もお酒で掌を消毒する。酒臭いけど病を持ち込むよりいいわ。お姉様の赤ちゃんには免疫がないんだもの。

 私もお姉様のいるゲルトお兄様の宮殿へ急ぐ。この国ではまだ、産婆制度が残っていて男性は入れない。なのに、今日に限って王宮付き産婆さんがいない。たまたま転んで全身打撲なのだ。

 私は決心してお母様に言いに行く。

「私がお姉様の赤ちゃんをとりあげます」

「アメリア。あなた、できるの?」

「やったことはありませんが、知識はあります。ここでも医術の本を読みましたし、おじい様にも伝授・・・え? いつ?」

 一瞬頭が真っ白になった。いつおじい様から? 記憶がものすごい速さで巻き戻って行く。自分がおじい様に取り上げてもらったと聞いてある日、事細かに聞いていたのだ。私はへその緒が首に巻き付いて危ない状態で生まれた。おまけに逆子だった。そう。おじい様の言葉通り取り上げることができればいいのよ。

 私はまたお母様に向き直ると言う。

「私はへその緒が首に巻きいてさらに逆子で産まれました。医術の心得のあるおじい様に取り上げてもらい、その手順は何度も聞いています。普通の出産ならできます。双子だろうが逆子だろうがなんだってやって見せますっ」

「いいわ」

 お母様が落ち着いた声で言う。

「叔母の手で取り上げてもらうのもいい経験ですよ。ゲルド。あなたも着いてあげなさい。あなたは医術の心得がある。何かあれば助けてお上げなさい」

「はい。母上。行こう。アメリア」

「ええ」

 私は陣痛で痛がっているお姉様のベッドへ行く。

「お姉様。産婆さんの代りだけど私が赤ちゃんを取り上げるわ。おじい様に嫌というほど手順を教えられているの。安心して」

 そう言うと、お姉様は絶句した。

「あなたも女にしておくのはもったいないわね。お父様は息子を二人も持って大自慢できるわ」

 そう言っている間にも陣痛がやってくる。苦悶の表情でお姉様は耐えている。

「ゲルトを立ち会わせてあげて。父親がいるだけでお姉様には力強い味方になるわ」

「しかし・・・」

「ゲアドも男でしょうがっ。ゲアドが入れてゲルトお兄様が入れないなんておかしいわよっ。これで文句言うなら破談ですからねっ」

 殺気立っている私にゲアドはなだめるように肩に手を置く。

「わかった。兄上を呼んでくるから」

「それと産湯のお湯を用意させてっ」

 出て行こうとするゲアドに叫ぶ。

「わかった。指示があればその通りに動くよ。とりあえず呼んでくる」

「お姉様。力まないで。痛みを呼吸で逃すのよ。そう。息を吐いて。吸って。そう。上手よ。お姉様」

 おじい様から聞いた呼吸法を教えながら陣痛の間隔を図る。短くなってきた。その頃にようやくお兄様が入ってきた。

「遅いっ。お姉様の手を握ってあげて」

「あ、ああ」

 人格の変わった私にびびりながらもお兄様はお姉様の手を握る。

「ゲルト。来てくれたのね」

 お兄様に水で濡らした布を渡すと解っていたのかお姉様の額の汗を拭く。

「はい。お姉様、力んで。そう。頭が見えてきたわ。もう少しよ。はい、もう一回」

「んーっ」

 するり、と一人の赤ちゃんが出てきた。出てくるなりあらん限りの声で泣く。

「産まれたのね」

「まだ、もう一人残ってるわよ。お姉様。ほら。力んで」

 お姉様は残っている最後の力を振り絞ってもう一人の赤ちゃんを産んだ。二人の赤ちゃんの産声が響く。私はあかちゃんのへその緒の処理をして産湯につける。そして一人はお姉様の枕元に。一人はお兄様の腕に抱かせる。

「ふう。やった。おじい様最後の約束果たしたわよ」

 言うなり、私は意識を失った。



 お姉様の早産で宮殿は大騒ぎ。あと一ヶ月も妊娠期間はあった。でも多胎出産だもの。早まるのは当然。そして私は寝台の住人。甥っ子のクリストフも姪っ子のエリーゼにも会えない。文句を言うけどゲアドが出してくれない。また、どが着くほどの過保護でつきっきりの看病。

 別に気が高ぶって気絶しただけなのにみんなしてベッド! って言うんだもの。

「ねぇ。ゲアド、いい加減いいでしょう。外に出ても。もうなんともないわ。甥っ子と姪っ子に会いに行っちゃダメな理由があるの? 取り上げたのは私よ」

「婚礼の日を延期したんだよ。それぐらい君の魔力が減っていた。みすみす死なせるわけにはいかないだろう」

「魔力で取り上げたはずはないんだけど・・・。どうして魔力が減ったのかしら。おじい様の言うとおりに取り上げただけなのに」

「そのおじい様がわざと魔力を送ってくれていたとすれば?」

「使命を終えた魔力は消えるわね。まさか。おじい様、これも予見して?」

「そうかもしれない。君のおじい様の先見の明には感服するよ」

「でもエーディトの散歩ぐらいしていいでしょう? エマも退屈してるわ」

「そんな感じはしないけどね」

 エマは私の寝台の足下でぐーすか眠っている。エーディトはいつの間にかいい子になっていた。もう甘噛みで部屋中を荒らさない。お姉様はどんな魔法でしつけたのかしら。

「エーディト。散歩に行きたいわよね?」

 ワン、と一声鳴く。

「ほら。散歩させなきゃ。病気になっちゃうわ」

「他の人に頼めばいいだろう」

「そんな無責任なことする気は無いわ」

 私のわがままにゲアドがイライラし出す。

「君は命の灯が消えそうだっただぞ! みすみす死なせるもんか」

 ゲアドが立ち上がる。

「ゲアド?」

「頭を冷やしてくる」

 怒らせちゃった。ぽとり、と涙がこぼれる。何かゲアドはイライラしている。何が起こるの? 何があるの? 私の心は不安に駆られる。

 まだ、この国には平和が来ていない。海岸で艦船が待ち構えていると聞いている。ゲアドがいなくなったら・・・。急に怖くなって私は寝台から降りるとゲアドを探し始めた。

宮殿内を探して回る。

「ゲアド! ここにいたのね!」

 ようやく見つけたゲアドは宮殿のバルコニーで風に吹かれていた。

「アメリア。そんな薄着でここへ来てはダメだ」

 ゲアドの制止も聞かず、抱きつく。

「アメリア?」

 戸惑う声が降ってくる。

「怖いの。また戦に出かけるんじゃないかって」

「戦はもう終わった。大陸の海を隔てた国だ。そうそうこちらにはこれない。それに、協定を結ぶ運びになっている。それぞれの国に干渉し合わないこと、と」

「その調印式、ゲアドが行くの?」

 図星、のようだった。ゲアドの顔が一瞬固まる。

「心配しなくていい。ただの調印式だ。ゲルトは今、我が子で大変だし、こういう仕事は宰相がするんだ。そのための役職だよ」

「いや。ゲアド行かないで。嫌な予感がするの」

「アメリア・・・。君のカンはよく当たるのを知ってはいるけれど、もう行くことは決定事項なんだ。アメリアは婚礼の準備をして待ってて。帰ったらエーディトの散歩に行こう。だから。アメリアは元気にならないと」

 そう言ってゲアドは私を抱きしめる。こんなに離ればなれになる事はなかった。私は怖くてゲアドにしがみつく。

「大丈夫。大丈夫だから。さぁ。部屋に戻ろう」

 とぼとぼと歩く私にゲアドはいきなりキスをする。それも大人の! まるで婚礼の夜にするキスを私にする。

「これで、婚礼の夜が待ち遠しくなっただろう? それまでに体力を回復させておいて。朝まで眠らせないから」

 思わせぶりな言葉に肌が震える。まだ、一線は越えていない。それまがいの亊はあるけれど。でも婚礼前の花嫁が花婿ときわどいことをしてるとなれば大いにゲアドの名誉が傷つく。知られてはいけない二人の秘密。これ以上のことがあるの? 私の肌が熱くなる。

「さぁ。続きをしようか」

「もうっ。体力の回復を待つんじゃないの?」

「それは君次第だよ」

 耳元でささやかれて体が震える。

「もう。むっつりスケベっ」

 照れ隠しにぺちっと頬を叩く。

「奥様も相当なスケベですけど?」

「ゲアドー! お盆が欲しいのっ?」

 私が肌身離さず持っているお盆のミニを見るとゲアドは走って逃げる。それを私は追いかける。いつもの追いかけっこが始まった、と宮殿の使用人は見ている。

 私はゲアドを追いかけながら婚礼の夜、どんな意地悪を仕掛けようかと考え始めていた。




「じゃ、行ってくる」

 宰相の正装に身を包んだゲアドは馬に乗って言う。行かないで、という言葉を何度も飲み込む。

「おいで、アメリア」

 優しい声でゲアドが呼ぶ。私の目には涙がたまっている。馬から一度下りると私を強く抱きしめる。そして、キス。熱いキス。

「奥様、これで今はがまんしてくれ。じゃ、父上、母上、兄上、行って参ります」

 そう言ってゲアドは行ってしまった。

 ゲアドが行ってしまってから一ヶ月が過ぎようとしていた。毎日私は城門まで行って帰りを待つ。エーディトの散歩も許されても私は宮殿の周りの散歩はしなかった。短い距離の散歩ばかり。お姉様がやってくる。お兄様も。エルマとビアンカを連れている。

「今日もここで待つのかい? エーディトはもう少し歩きたそうだけど」

 ゲルトお兄様が言う。二人とも抱っこひもで一人ずつ我が子を抱っこしている。

「ほら。エリーゼも叔母様と一緒がいいって言ってるわよ」

 お姉様が慰めるつもりなのかエリーゼの小さな手を振る。エリーゼはあーやら、うーやら言っている。これが赤ちゃんの言葉なのだとお母様が言っていた。お母様もお父様も初孫にもうメロメロだ。ひまさえあれば会いに来ている。私は、ゲアドがいなくてそれどころじゃない。毎日泣いて過ごしている。見かねてお母様が自分の宮殿に私を連れてきていた。お姉さまと三人で赤ちゃんを見ていると気は紛れるけれど、いつもゲアドのあの優しい声が聞こえてくるような気がしていた。

 今日も、ゲアドは帰らない。そう思って夕闇の中とぼとぼとお母様の宮殿に歩いて戻ろうとしたとき、懐かしい声がした。ばっと振り向く。ゲアド!

 私は彼に向かって走り出す。エーディトのリードもいつの間にか離してしまった。

「ゲアド!」

 彼の胸の中で私は泣く。

「よかった。無事で。もう会えないかと思った」

「君のカンが初めて間違った時だよ。俺は五体満足無事だ。おい。エーディトが城門を通り越したぞ」

 焦った声に見れば、エーディトはもう見えなかった。

「エーディト! 戻ってきなさい!」

 私は城門の外に走り出す。ゲアドも追いついた。

「エーディト!」

「エーディト!」

 二人で愛犬の名を呼んで探す。

「エーディトは広い野原で追いかけっこしたがっていたのよ。でも、私は・・・」

 声が震える。恋をするとみんなこんなに弱気になるのかしら。

「行こう。あっちに野原がある」

 二人で愛犬の名を呼びながら行くと野原からエーディトが出てきた。何かを加えている。

「石? エーディト。石とボールは違うわよ」

 それを私の前に落とす。

「どうやらボール遊びならぬ石遊びがしたいようだな」

 ゲアドがけらけら笑って言う。

「笑わないでよ。あなたの帰りを待ちすぎてエーディトも欲求不満なんだからっ」

「犬がねぇ。こちらの奥様の不満なら解るけどね」

 そうしてゲアドがキスをする。私も久しぶりの熱いキスに腕を首に絡ませて堪能する。これが欲しかった。もう、遊びのキスはいらない。唇をようやく離してゲアドが悪態をつく。

「ゲアド?」

「これで我慢なんてよほどの聖人君子だ」

 熱い視線に私は身震いする。

「宮殿に帰ろう」

「ゲアド」

 私の手を引いてつかつかと歩き出す。エーディトがとことこ後ろをついてくる。

 見上げるとゲアドの目は真剣そのものだった。

「ゲアド?」

「今夜を婚礼の夜にする」

 !

「君の心の声も鉄壁の防御を通り越したか。仰るとおりだよ。奥さん」

 その夜は本当に婚礼の日の夜のようだった。甘い愛撫に身と心を震わせ、熱いキスを交わす。私はついにゲアドのものになった。起きると私はゲアドの腕枕で眠っていた。エマは足元に。エーディトは寝台の脇にひかえていた。私はついに夫となった人の頬をなでる。ぱちり、とその人の瞼が開いた。

「起きてたの?」

「愛する妻を腕枕する感触に浸っていたのさ」

「もう。おはよう。ゲアド」

 すねながらもこの状況に満足している私。こんないい朝を迎えられて私は幸せだった。

「おはよう。奥さん」

「ちゃんとアメリアって呼んで」

「アメリア・・・。続きをしよう」

 ちょっとっ。甘い声でささやいたかと思うと私はゲアドの下にいた。ゲアドの唇が首筋を這う。思わず、声がでる。

「奥さん。その声がもっと聞きたいな」

 元、遊び人の前で初心な私はいともたやすく陥落したのだった。

 遅い昼食を取っているとお母様が殴り、いえ、飛び込んできた。

「お父様に報告もせず、何していたのですか」

「父上にはこれからご報告に参ります」

 わーん、詮索されるのがこわいよー。私の顔を見てお母様が満足そうに頷く。

「そうだったのね。よかったこと。次は三つ子を産んでもらいますからね。あら。四つ子かしら。お父様と二人ずついるわね」

 あからさまなんですけどっ。

「そういうことなら明日、報告にいきなさい。私から言っておきますから」

「母上?」

 ゲアドもびっくりしている。

「まだまだ、なのでしょう? ゲアド」

 にっこり笑って言うお母様が強い。流石にゲアドも何もいえない。

「遊び人だったあなたがそう一夜で終わるものですか。アメリアも気にせずに」

 気にしますっ。

「まぁ、うまくおやりなさい」

 うまくって。うまくって・・・。

 絶句している私にゲアドがにやり、と不穏な笑みを浮かべる。

 た、助けてー。

「誰も助けないよ。アメリア。続きだ」

 また抱き上げられて寝台へ逆戻り。ゲアドの嬉しそうな顔を見ていれば反抗出来なかった。そうしてまた初夜のやり直しが始まった。




 鐘が鳴る。お姉さまの時と同じ鐘が。私とゲアドの婚礼の日だった。本当の婚礼の日はとっくに終わってたけれど、まぁ、区切りと言うことで表向きの婚礼の日だった。もう、実質の婚礼は終わっていることはお姉様にもお兄様にも知れ渡ってるけれど。お姉様に顔向けできない。お姉様は身持ちが堅かった。それにひきかえ、私は毎夜繰り返される婚礼の夜に観念するばかり。

 未来に来ても古代語と呼ばれる言葉は私の国のものだった。大僧正が神話を古代語で読む。天の神様の奔放ぶりになんとか自分はましだ、と思う事が出来た。まさか、わざとこの箇所選んだんじゃないでしょーね。

「大丈夫、兄上の時もこの言葉だった」

 ゲアドがそっと耳打ちする。それに反応してまたくすり、とゲアドは笑う。

 誰のせいでこーなったのよっ。

 足を踏んづけたくなるけれど、楚々とした花嫁はそんなお下品なことはいたしません。

 こほん、と咳払いされて私はまっすぐ前を見る。でもその手をゲアドがしっかり握っていてくれる。何時の夜だったか忘れたけれど、仕事以外ではもう私の側を離れないと約束してくれた。もう誰の所にもいかないと。私はゲアドを独り占めできるのだ。嬉しかった。だけど、それもすぐ終わるかもしれない。毎夜の婚礼にもう子を授かったんじゃないかって思うときがある。もうすぐ私もお姉様みたいに子を産むのかしら。

「だったら四つ子だね」

「ゲアド!」

 私の思考はまたゲアドに流れっぱなしになっている。閉じる方がむずかしいわ、おじい様。もう私はゲアドにべた惚れなんですもの。私の王子様。時を越えても何度でも出会った王子様。もう離れない。もう泣かないわ。王子様にふさわしい女性になるのだもの。

「アメリア。夢想してるところ悪いんだけど、婚礼の儀式は終わったよ。ほらバルコニーで国民に君の綺麗な姿を見せないと」

 ゲアドに手を引かれながらお姉様の時のようにバルコニーにでる。そこにはこの国の人々が集っていた。私の国を侵略した人々だけど、祖先に問題があるのであって、今、生きているこの人達には罪はないわ。それにおじい様は知ってたんじゃないかしら。戦がはじまり、自分達が終の棲家を追われることを。そして私が果たす約束を。魔皇帝の血筋は絶えない。その事が一番重要だったんじゃないかしら。未来に何かを残すために。この先の未来か、今のこの未来かはわからないけれど。

「アメリア。少し手でも振ってあげたら? みんな君を見に来たんだよ。新しい花嫁を」

「新しいも何ももうとっくの昔に花嫁よ。私は会った時からあなたに夢中だったんだから」

「そうか」

 そう言ってゲアドの顔に笑顔が広がっていく。その表情が愛おしい。私は背伸びして頬にキスする。

「それで満足?」

 熱い吐息をかけられてまた私の体がうずき出す。

「その後のことは旦那様にお任せするわ」

 素知らぬふりをしてるけど今の私の心は全部ゲアドに筒抜け。もちろん。今夜の期待も。

「心配しなくても大丈夫。とっておきはおいてあるから」

 何を置いてたのーっ。

「あれ? 期待してるんじゃないの?」

「もう。ゲアド、ここできわどい事は言わないでっ。銀のお盆出すわよ」

「え」

 ゲアドが固まる。そしていう。

「持ってきてるの?」

「ミニの銀のお盆をね。今、何かし出したらぶん殴るからね」

「もう、いいません。そういえば、兄上のちゅーがちまたで流行ってるって知ってた?」

「ううん」

「ついでに銀のお盆も飛ぶように売れているらしい。この国の女性がみんな銀のお盆で旦那をなぐるんだよ」

 まぁ、と私の開いた口が塞がらない。

「お姉様とお兄様も人気ものね」

「なんたって、世継ぎを産んでるからね」

「クリストフが元気に育てばね」

「また、未来に何か起こるのかい?」

「さぁ。でも未確定要素はこの世界に一杯あるわ。まだまだ未知の世界だもの」

「でも、眠り姫の約束は終わったんだね?」

 確認するようにゲアドはいう。

「ええ。でも、またおじい様のような人が現れないとも限らないわ」

 そこまで言って顔を見合わせる。

「まさか、君のお腹の中には・・・」

 二人で私のお腹を見る。

「まだよね? きっと」

「と。思いたい」

「そうなったら全部ゲアドの責任だからねっ」

 すちゃ、っと銀のお盆のミニを取り出す。

「俺の責任じゃないー」

「ゲアドの節操なさがそうさせるのよー」

 私とゲアドは狭いバルコニーでおかけっこを始める。

「ああ。私の可愛いアメリアが」

 お姉様の嘆く声が聞こえる。

「こうなったのはぜーんぶゲアドの責任です。お姉様っ」

 追いかけながらいう。大僧正様は額を抑えている。お父様とお母様はそれを止めるでもなく和やかに見てお兄様は面白そうに眺めている。お姉様は、元祖ミニの銀のお盆を取り出した。姉妹で夫となった人を追いかける。お転婆姫君の暴れぶりに国の人がやんやと歓声を上げている。この国はしばらく平和が続きそう。幸せの予感を感じていた。


 私とゲアドはエマとエーディトだけを連れて南の別荘に来ていた。ゲアドは約束通り新婚旅行というものを叶えてくれた。あの、館にも行って無事夫婦になったことをあの親子やお墓参りで伝えた後、この南の海辺に来た。部屋からは海が見渡せて、とっても綺麗な場所だった。エマもエーディトも気に入ったみたいで、朝の散歩に大喜びしている。そして元、遊び人の夫は私を捕まえて離さない。散歩してもその後でまた寝台に逆戻り。朝ご飯も自分達で用意する手はずなのにそのひまを与えてくれない。

「もう。ゲアド、餓死しちゃうわ」

 何度目かの婚礼の夜の後に私は訴える。

「せめて、豆のスープぐらい作らせて」

 言うと手を離してくれる。

「豆のスープならいいな。アレは本当においしい」

「しらないわよ。レシピしか知らないんだから」

「君の作ったものならなんでもいい」

 そう言ってまた手を伸ばしてくる。ぺち、っと叩いて寝台から出る。

「痛いなー」

「誰? 豆のスープならいいって言ったのは。こっちには本物の銀のお盆を持ってきてるの忘れてないでしょーね」

「わかりました。奥様、なんなりと」

「湯浴みでもしてて。私も後で入るから」

 その言葉が行けなかった。禁句だった。夫はいそいそと湯浴みの用意をし、豆のスープを作らんとする私をかっさらって浴槽に放り込む。そしてまた寝台の続きを始める。しまった。言葉が悪かった。反省するも夫はまた数時間お湯が冷めるまで離してくれなかった。くすん。まぁ、新シチュエーションで燃えたことは燃えた。真っ白に燃え尽きた。もうスープを作る気力もない私の代わりにレシピを見ながら夫がスープを作る。男でも料理ができるのね、とのんびり見ていた。

「できたよ。後は黒のパン」

 どこから調達したのかゲアドはパンを出してきた。懐かしい料理を二人きりで食べる。エマとエーディトはとっととご飯をもらっていて今、昼寝中だ。私も眠りたい。でも彼の目を見れば無理なことは明白だった。どれだけ体力あるのよっ。と思うもこれも全部筒抜け。私はもう防御をはることを諦めていた。別に隠すこともないし。

「期待してくれているのはありがたいが、俺も少し眠い。一緒に眠ろう。その後でご期待に添う努力をするよ」

 しなくていいっ。努力なんてっ。あらがえないのを知っててわざとあおるんだからこの人は。ほんと遊び人ね。

「お褒めにあずかり光栄だよ。せめて口で言って欲しいね」

「言えるわけないでしょーっ」

「ここには我々とペットしかいないが?」

「どこに目があるか耳があるか解らないじゃないのっ。ここ来るの初めてなんだから」

「俺も初めてだ。ここは婚礼前に売り出されていた家を買ったんだ。その後に少し手を入れたぐらいだ。だから、安心してきわどい台詞で俺をその気にさせてくれ」

「その気になんてさせるもんですかっ。もうこっちはくたくたよ」

「の割には楽しんでるじゃないか」

「それは。そうだけど・・・。夫の魅力にあらがえないのっ。何、言わせてるのっ」

 そう言って豆のスープをかっ込む。げほげほとむせる。それを面白げに見つめる夫。

「少しは介抱しなさいよ」

「やってもいいが、ご期待に添うことになる」

 もうーっ。

 ばこん、と派手な音をさせて銀のお盆でなぐる。それすら楽しんでるゲアドを見るともう何も言えない。

「もう。次は優しくしてよ」

 信じられないぐらい甘い声が出る。私、いつからこんなになったのっ。

「それが本当のアメリアだよ。俺の前では何時だってこうなんだから。もう可愛い。食べてしまいたい」

「食べてもいいけど、抱き殺さないでよ」

「わかった。寝台へ戻ろう」

 婚礼の夜がまた始まった。




 新婚旅行から数ヶ月。私は妊娠していた。あれだけされればそりゃ、授かるわよ。あまり激しく出来ないのがご不満らしいけど、赤ちゃん殺さない程度にはお貸ししてるんだから文句言わないで欲しいわ。その内またやってくる。仕事が終わるとお兄様もお姉様もすっとばして自分達の宮殿に戻る。夫も右にならえ。そのまま、ごー。毎回疲れる。どれだけ遊び人だったのっ。今日は二枚重ねで銀のお盆用意しようかしら。

「その危ない発想は止めて欲しいな」

「ゲアド!」

 文句は言うけど、帰ってきてくれると嬉しい。飛びついてキスを交わす。そして、と報告しようとしていたことを思い出す。

「赤ちゃん、男の子ですって」

「なんだ。四つ子じゃないのか」

「この国で四つ子なんて産めないわよっ」

「じゃ、まさか・・・」

 ゲアドのある推理が働く。

「まさか、かもね」

 眠り姫の約束はまだ続いているのかもしれない。未来を救うために行き来する子。姫でも王子でもいいわ。あの素晴らしい愛を与えてくれたおじい様なら。性別は変えたくないと言われそうだけど。


 眠り姫の約束。それは未来を愛する人たちのために交わされる約束。いつかそんな子が生れたら思いっきり愛を注いで教えてあげる。未来への道を。父親と一緒にね。私は夫の頭を胸元へ引き寄せながら愛する我が子を思っていた。

眠り姫の約束のおとぎ話が再び動き出した。




ここまで読んでくださってありがとうございました。

著者は出すのも恥ずかしいんですが、伏線回収ということもありまして。

あとは長女のエレオノーラです。

それもそれで怪しいけれど。最後の姫君はこのエレオノーラの隠し設定を生かせなかったのでできたしろもので長編となっております。別個にお読みください。

それではまた明日。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ