長女について。
食卓にはすでに大皿の料理が並べられていた。父や凛花はまだ帰っていない。母の料理は洗い物が億劫であるという理由で基本的にいつも大皿のシェア形式だ。シェア。うう、苦手な言葉。今日は、煮物とグラタン?変な組み合わせだ。そのうえ白いごはんまである。私はグラタンをおかずに白米を食べることに不満を覚えたことはないが、凛花は自分の体重やプロポーションにものすごく囚われているので、料理の具材を選り好みしてほじくり出したり、食べなかったりすることが多い。
席に着いて黙々と食べ始める。母はもう自分の料理に手をつけていた。「おいしい?」などと訊かれることはない。
「凛花は、友だちとご飯済ませて来るのかしらね」
と、母。知らん。
「さぁ…」
目を伏せる。凛花のことばかり気にかける母から。あんなに身勝手な奴でも母の中では一番まともに育っていることになっているらしい。長女はひきこもりだし、次女は自称泪ちゃんだからきれいな顔をした凛花がかわいくて仕方がないのだろう。
あれ、言ってなかったっけ。長女はひきこもりって。実はそう。あんまり顔をあわせないから気にしてなかった。そいつ、続柄的には私の姉だけど、私はその言葉、使わない。あんな屑みたいな人間を姉なんて呼べない。
高校に入ると、成績が落ち始めたらしくて、途中から学校に行ったり行かなかったりの生活になって、気付いたら部屋から出てこなくなった。ちっちゃな頃からあんまりお互いに興味が無かったから、悲しいと思うことは無かったけれど、その時期は両親がほんとうにうざったかった。長女の名は真智と言ったが、真智をなだめたりすかしたり、幼すぎる気持ちに寄り添うふりをしてみたりで、大変忙しそうだった。
愚かな真智の肩を持つつもりは無いが、あの時両親が演じた莫迦莫迦しい狂言が真智がひきこもる原因の一端を担ったことは否めないと思う。
真智の成績が下がったら、圧力をかけ、怒り、根性論を語った。真智が学校に行きたくないと言われたら、拒絶反応を起こし、そのあとちょっと優しくして、やっぱり根性論を語った。真智が学校に行けなくなったら、「ごめんね、マチの気持ちに気づけてなかったね」と話の分かる親のふりをし、娘の幼さに気づかず、保健室のカウンセラーのところに引っ張っていって、またもや根性論を語った。真智が部屋に籠もるようになってからは、学校に行かせることは諦めて、それでも時たま根性論を語った。いまは誰も根性論を語らなくなった。
真智は部屋から出ないので、いつも母が部屋の前まで食事を持っていく。昼は仕事に出るからしていないようだが、真智の部屋の近くにはものすごい量のスナック菓子の空き袋が散らばっているから、昼も食料にはこと欠いていないようだ。
夕飯を半分くらい食べたら父が帰ってきて、次いで凛花もすぐに帰ってきた。凛花は食事を見るなり、
「皆と食べてきたからいらなーい」
と言った。
2話の「約一人を除き」の除かれたのが真智ですねー。