第10話 史上最大の死闘 前編
友達のアコが「行こう」と言うので、私は彼に内緒で長谷田大学の人たちが作るサークルのパーティに行く事になった。
アコは何も知らないで、私を連れて行ったんだ。
いや、ちょっとは下心があったのかな、後から聞いた話、「かわいい人を連れて行けばそのサークルの人たちと仲良くなれる」みたいなのはあったみたいだし。
アコだって充分かわいいんだ、ただ、一緒にエントリーしたのにミス・キャンバスに選ばれなくて、私が選ばれちゃって、だからなのかな、時々彼女の事、判らなくなる。本当はどっちだったんだろう。
私のこと、嫌いだったのかな、好きだったのかな。
まぁ、どっちでもいいか。
とにかく、私はそこに行ってアコの思う壺、サークルの中心メンバーであろう人たちに声をかけられて、それで、パーティの後の2次会。
そこでたくさんお酒を飲まされて、飲まされて、気が付いたら眠ってしまっていて……ああ。もう。思い出しただけで、皮膚がぞくぞくとなり、眩暈と吐き気でどうしようもなくなってしまう。
目が覚めると私は全裸だった。
他の女の子たちも、アコもそうだった。
隣の部屋から男たちの笑い声が聞こえた。
陰部が不快なので手を当てると、陰毛の先に、陰唇の中に、膣に、どろりとしたザーメンの残骸、それが手に触れた。
「ああ」
何が起こったかはすぐに判った。
笑い声は止まない。
ワタシハれいぷサレタノダ。
それを意味する言葉が浮かんで、それは猛烈、後悔。後悔。後悔。悔しい。悔しい。気が狂いそうになった。
横を向くとアコがすすり泣いていて、
「ごめんね」
と言った。
アコも下腹部や顔がザーメンまみれだった。私はその時何故か冷静で、ザーメンが少しずつ濃さなど、色違いである事に気が付き、男の人の精液は個人個人で微妙に違うんだ。なんて思って、やがて、その意味の重大さに気が付いた。私もきっと、複数に犯られている……!
彼にはその事、相談できなかった。
相談したら最後、彼はきっと傷物になった私から離れていってしまう。そう思えたから。彼はかっこよくて体格も良くてお金持ち、別に私じゃなくても、ミス・キャンバスとかそういう人なら誰でも良くて、ましてやレイプされた女になんて、愛情を注いでくれるはずがなかった。
それが判っていたから、言えなかった。
私は孤独だった。
しかし、残酷な神様は私を孤独にすらしてはくれなかったのだ。
私は妊娠していた。
誰が父親かもわからない子供を。
翌日、私は自殺して19年という短い人生の幕を閉じた。
ただ最後に願ったのは、私のこの無念を聞き入れて、誰かが彼らを全員なるべく無残にぶち殺してくれればいいな、とそれだけ思った。
「え~、今日はね、ある情報筋から仕入れた情報によりますと、うちのパーティに大挙して他の大学のナンパグループが来るという事でね、うちらとしてはそういうの、徹底的に潰していきたいと思いますのでね、今日は皆さんよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!!」
グループのリーダーである僕には責任があった。
パーティを必ず成功させなくてはならない。
それはそういう種類の責任感だった。
果たして、そうか。実はそんな事ない。
こんなのは最初にみんなを集めて適当に檄を飛ばせば済むだけで、今こうして手に入れたこの地位は簡単。後は本番でDJの真似事でもしてればパーティに来た女なら誰でも思い通りにできた。
僕はただ、この世界を作り上げるためだけに勉強をしてきたのだ。
長谷田大学に入ったのは元々違う理由からだったが、それは嬉しい誤算だった。女は有名大学の肩書きがあればいくらでも寄って来た。長谷田大学のパーティという触れ込みさえあれば簡単。レイプされたのに喜んでいる馬鹿加減。女なんて男の精液を処理するトイレみたいなものだ。実際、そうだ。
僕のママを除いては。
他の女なんてみんな、屑同然だ。
「じゃあ塚本、後は頼んだぞ」
「はい。谷田さんはどちらに?」
「時間まで暇潰してくる。あ。そうだ。あの新人、どうだ?」
「高橋スか? ちゃんとやってます。VJで使うパソコンは任せて大丈夫じゃないですかね」
「そうか。でもあいつ18に見えねえな」
「そうスねー。なんか落ち着いてますね」
「塚本もしっかりしないと抜かれるぞ」
「はは。冗談でしょ」
「さあな。じゃああれだな。今夜あたり高橋も『2次会』に連れて行ってやるか」
「うわ。それって異例の速さじゃないですか?」
「役に立ってるんだからいいだろう」
『2次会』とはパーティの後に開かれる、レイプ会である。パーティにやって来た女は大抵主催者には心を開いている。それを利用して彼女たちを連れ込み、酒を飲ませて後は好き放題するのだ。
これが僕の作り上げた世界だった。
ママに内緒で作った世界だ。
「高橋」
「はい」
「お前パソコン詳しいんだな」
「ええ、まぁ」
この世界に入りたいと希望する奴らは多い。普通じゃ声をかけづらいような高嶺の花でも僕が神であるこの世界ではいとも簡単。犯りまくれるのだから。そして僕の手下どももそのお零れにあずかれる。憧れて当然だ。普通新人は小間使いだけさせられて『2次会』には最初連れて行かないのだが、最近入ったこの高橋という男はどこか昔の僕と雰囲気が似ている感じがして気に入ってしまった。口数が少ないのがたまに傷だが。
「VJで盛り上がりも変わるからな。パソコンの調子見といてくれよ。そしたら今日『2次会』に連れて行ってやるから」
「ホントですか?」
嬉しそうな顔の高橋。あんまりそういう事に興味はないと思っていたので意外な反応である。いや、案外むっつりスケベなのかも知れん。ますます昔の僕そっくりだ。
昔の僕。
ママの奴隷だった僕。
僕。
小さい頃から僕はママ一人に育てられて、パパがどういう人か知らない。ママはパパの事を「頭が良くてかっこいい人だった」と良く言うけど、僕はママを置いてどこかに行ってしまう様なパパは嫌いだった。
僕はママが大好きだ。
ママは眼鏡をかけていて、髪形も芋っぽくて、オバサンなのに雀斑があって、ガリガリに痩せてませた子供の僕から見ても色気なんてどこにもなかったけど、それでも僕はママが大好きだった。
ママはいっつも僕のそばにいてくれた。
たくさん勉強を教えてくれた。
「あなたは勉強をするの。勉強をして良い大学に入って、良い会社に入って成功して、そうしてママに楽な生活をさせてね」
僕はママが喜ぶから勉強をたくさんした。
テストで良い点数を取るとママはご褒美をくれた。
中学になると、多感な時期になって、僕のママは少しおかしいのかも知れないと思うようになっていた。友達から他の家の話を聞くと案外、そんなに子供を缶詰みたいにする親はいないみたいだった。
それでも僕はママが好きだったので学校から帰るとママと勉強をした。
おかげでテストは常に学校で一番だった。
「ねえ谷田君」
それは同じ学校のアコちゃんだった。
「谷田君頭良いね。どうやったらそんなに頭がよくなるの」
「ママに勉強教えてもらってるんだ」
「ママに教えてもらってるの? ふぅん。ねぇ谷田君。良かったら今度、私に勉強教えてくれない? 今度のテスト赤点だとやばいんだ」
僕は幼かったのでそれはそのままの意味だと思い、アコちゃんに勉強を教えてあげました。その日帰りが遅くなったのをママに問い詰められて、アコちゃんに勉強を教えていた事を告げると、ママはいきなり発狂したみたいになって、僕の顔面を平手でぶん殴り、
「いつからそんな不良みたいな事する子になったの! もう2度と女の子とそんな事しちゃいけません!」
そう宣告されました。
僕はママの言うなりで学校に行ってもマコちゃんを無視していました。しばらくするとマコちゃんがまた声をかけてきて、
「谷田君。もう勉強教えてくれないの?」
と言うので、
「ママにマコちゃんと会うのを禁止されているからダメだよ」
と答えました。
そしたらマコちゃんは真っ赤になって怒って、
「馬鹿じゃないの、マザコン!」
と言ってそっぽを向いて行ってしまいました。僕はなんでそうなったのか訳が判らず、女の子って変な生き物だなぁ、と違和感を覚えました。
それからしばらくして、学校の図書館で調べ物をして帰りが遅くなった日、忘れ物を取りに行こうと教室に戻ると中からアコちゃんの声、というか、叫びというか、どこか切なげな響きの声が聞こえてきたのです。何事だろうとそうっと、戸を開けて中を覗いてみると先生がズボンを脱いでその股間の辺りをマコちゃんの下腹部にあてがい、もそもそしているところでした。マコちゃんの下着が靴下に絡まっている事から察して、マコちゃんのスカートの中はノーパンだと思われます。
「せんせっ。せんせ」
「ああ。木下。木下。赤点なんかにしないからな。ゼッタイ。嗚呼、木下、愛しい、木下、木下マコ!」
僕はその行動があまりにも特異だったのでしばらく見入っていました。すると驚いた事に僕の下腹部もなんだか熱くなってきて、ペニスが膨らんできたのです。これは保健体育で習った勃起というやつではないでしょうか。何でしょう。この感覚は。何でしょう。何でしょう。抑えがたいものがあります。この僕のこれを、何とか、嗚呼、なんて破廉恥な。僕は思わず自分の陰茎を上下に擦っていました。
その時はそれが何なのか判らなかったのですが、コンビニや本屋で情報収集をした結果、僕が行った行為をオナニー、もしくは自慰。先生とマコちゃんがしていた行為をセックス、もしくは性交と呼ぶようです。
前にママに、
「お母様。セクウスって何の事でしょうか」
と当時学校で耳にした言葉を判らないなりに聞いたのですが、ママは怒ったのか照れているのか顔を赤くして、
「セクウスは愛し合う人たちの行為で、あなたにはまだ関係のない事よ」
と言われました。
そこで僕はママが喜ぶだろうと思い、
「じゃあ僕とママはセクウスしてもいいのですね」
と言ったら、
「ママとはセクウスできないのよ」
と笑って答えたのでした。僕は純粋でした。
純粋すぎて、知らなかった。セックスは愛し合う人たちの間でのみ行う事ではなかったのです。ちまたに溢れるエロ本の類、エロビデオの雑多さ、それらが物語っています。それに僕もマコちゃんが愛などなくただ赤点回避のためだけにセックスしているのを目撃してしまいました。最早明白です。愛なんてなくてもセックスできるのです。
とたん僕の頭の中は勉強が疎かになってしまうほどセックスの事でいっぱいになってしまったのでした。
次回予告
次回、『ヴァイオレット・ヴァイオレンス』。第11話『史上最大の死闘 後編』。ゼッタイ読んでくれよな!