第9話 ダーク・レッド
『始めまして♪ 虹野菫です。
メールどうもありがとう!
いっつもBBSへのカキコありがとね。
私が美人? ありがとー。
でもねぇ、画像修正結構してるから、本物の私見たらびっくりしちゃうかも。
なぁんてね。
また遊びに来てね。待ってます。
眞君へ』
正しくても正しくなくても、それでも俺はもう、ヴァイオレットなのだ。今更それをやめるわけにはいかないんだ。
菫が俺の中に来てから、俺は俺でなくなったのかも知れない。
俺は本気でネットアイドルだった菫に恋をし、本気だったからこそ彼女にメールを送り、最初は乗り気じゃなかった彼女と会い、会い、会い……。
会って、どうした。
恋に落ちた。
本当に?
「菫、僕はどうなった。あの日君と待ち合わせて、そうしてどうなった?」
菫は笑ったまま、何も応えない。最近は会話もままならない状態だった。
「どうして無視するんだよ、菫。俺はお前が必要なんだ。俺にはお前しかいないんだよ!」
「本当に?」
「ああ本当だ。本当だ。本当だよ……」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「嘘よ。何故なら今のあなたには私は必要じゃない」
パソコンの画面には一面にあの少女、日比野真由美の隠し撮りした写真が並んでいる。「嘘だ。嘘だ! うそだぁああ!!」
俺はこんなの知らない。急いでインターネット・エクスプローラをクリックする。現れたのは更新がストップされている菫のサイト。そこから写真館に飛び、菫の笑顔をクリックし続ける。
「菫、菫、菫」
君は今、どこにいるんだ。
「俺は今でも君を抱きたい」
幻の、君を。
「私としたいのならレイプ犯を殺しなさい」
「何故だ?」
「それはあなたの罪だから」
菫の手はそっとマウスに触れ、彼女は自分が作ったレイプ犯制裁依頼の掲示板を開き、その中にあるカキコみから一つを選んだ。
「次の仕事はこれよ」
僕は頭が混乱していた。自分が犯している殺人行為、存在が希薄になっていく菫、反対に肥大化する真由美、ダークレッドと名乗った悪の戦士……。それらが混沌と俺の脳内で渦巻いて、何かの答えを導き出そうとしている。俺がヴァイオレットになった本当の理由。そこにその総ての謎が集約されていると勘では判る。しかし今の俺はそこから踏み出せない。知ると崩壊する事もまた、知っていたからだ。
「行きなさい眞。あなたのとるべき道はそれしかないの。今は」
「今は。じゃあ、いつか」
「いつか。きっとこの意味が判る」
闘え。今の俺にはそれしかない。だったらそれをやるしかない。闘う。闘う。俺は深夜、ヴァイオレット・スクーターで戦場に出た。今度の敵はストーカーだった。掲示板のカキコはこうだ。
『最近仲良くなった男の子がいるんですけど、私にはその気がないのに何回か押し倒そうとしてくるんです。そのたびに逃げたり生理だからと断っているんですけど、正直、もうなんだか疲れちゃって、だから、もし今度押し倒されそうになったら助けてください。今夜彼と会う予定です』
その後は、場所と、時間、そして二人の写真が付属してあった。
そして俺はその場所にその時間に現れ、写真の二人を確認した。
公園のベンチで二人は意外と楽しげに喋っている。
俺は身を屈めそのベンチの背後へと向かった。
「でね、私、できたらもうあなたと会いたくないんだ」
丁度真後ろに来た辺りでふいに彼女が別れ話を切り出した。偶然だろうか。
「え。何でだよ。僕らこんなに仲良いのに」
「そう思ってるの、あなただけだよ」
「そうなの? 涼子ちゃんは僕のこと、好きじゃないの?」
「好きだけど、でもやっぱりダメなの」
「なんでさー」
「ダメなんだもん、なんか。だからごめん。私もう、行くね」
涼子と呼ばれた少女が立ち上がる。その腕を少年が掴んで、離さない。
「離して」
「待ってくれよ。僕、お前の事大好きなんだ。とても別れられないよ。それに僕たちまだ、何にもしてないじゃないか」
「なにもしてないから別れたいの」
「そんなの」
少年は強引に涼子を引き寄せ、すかせず頭に左手を回し、唇を奪った。涼子は驚いたようだがモゴモゴと手を動かし少年を引き離した。
「やめて!」
「やめない」
少年は涼子の両腕の手首を掴み、ベンチに座らせた。
「やめて!」
「やめない」
ここから確認は難しいが膝をスカートの下に入れ、弄っているようである。
「助けて!」
少女が叫び、それが俺の登場する合図となった。
「待てぇえい!」
いきなりベンチの後から飛び出した俺と向かい合う形となった少年は「ひえっ」と驚いた声を上げる。実際驚いただろうが。
「正義の戦士・ヴァイオレット登場! レイプ犯め、成敗する!!」
「お。俺がレイプ犯だって、ちょ、ちょっと待ってくれ」
「問答無用」
ヴァイオレット・パンチを少年の顔面に食らわせると、その体躯ははるか後方に吹き飛んだ。
「大丈夫か」
「本当に来てくれたのね」
「ヴァイオレットはいつでも女の子の味方さ」
俺はベンチをひらりと飛び越え、少年の前に仁王立ち。少年は泣いていた。
「なんでだ。なんでだよぉ。俺は、俺は本当に彼女が好きなんだ。それなのに、それなのに、レイプなんて、そんな馬鹿な。ただ、ただ純粋に彼女の事が好きだった、ただそれだけなのに」
そのまま少年は俺に縋った。
「どうしてだよぉ。何がいけないんだ。人を愛して、何がいけないんだよぉ!」
「何が人を愛するよ、きもい! あんたなんか死んじゃえばいいのよ!」
「涼子ぉ。俺、お前のために何でもしたじゃないか。送り迎えもしたし、その為に車だって買ったんだし、プレゼントだって、欲しいっていう物は全部買ってあげたじゃないか。それなのに、何で、何で俺よりあんな男の方がいいんだよぉ!」
「うるさいなー。ねぇ、ちょっと。早くこいつ、殺しちゃってくれない?」
何を迷っている。こいつはレイプ犯じゃないか。こいつはレイプ犯だ。今見ていただろう。この子は襲われていた。間違いない。だから、殺せ。
「君はもう行きなさい」
俺は少女にそう告げた。
「ヴァイオレット・ゴールデン・バット……」
少女が去って行く。
少年は泣いている。
「涼子ぉ……くそぉ。俺の人生、何だったんだ」
「トゥー・バッド!!」
死の葬らん、金属バットが少年の歯茎を折り、上顎を砕き、脳天を揺さぶった。血と脳漿の混じった液体が飛び散り、少年は死んだ。
「殺したのか」
振り返るとジョーカーが立っていた。
「何故殺した」
「レイプ犯だから」
「じゃあお前も死ね」
ジョーカーはケータイを取り出し、ダークレッドにメイル受身する。
「行くぞ。ヴァイオレット」
驚異的な跳躍でダークレッドは一飛び、俺の左肩に蹴りを見舞った。
「ぐわっ」
たまらずよろける。ヴァイオレット・メイルの装甲が一部砕けた。何ていう破壊力だ。回転し体勢を整える。ダークレッドの拳が、膝が、迫る。防戦一方、ガードするのが精一杯。それでも、更にダークレッドが上手、防御の隙をついて腹に、顔面に、蹴りや殴りが命中する。
「くそぉ!」
まったく歯が立たない。
「お前は何者なんだ。ダークレッド」
「俺はお前だ」
「答えになっていない」
「答える気はない。お前はもう知っている。ただ、知ろうとしないだけだ」
知ろうとしていない。そんな馬鹿な。こんなに知りたい事が他にあるか。菫もこいつも何を知っていると言うんだ。
「俺は知りたい」
知りたい。
「俺は知りたいんだ!」 ヴァイオレット・パンチをダークレッドに食らわせた。
「うぁ!」
突然の俺の奇襲に油断したのか、ダークレッドは直撃を喰らい、吹き飛んでしまった。俺は立ち上がり、
「知っている事を言うんだ」
「今は言えない。だが、時が来たら総てを話そう」
ダークレッドはジョーカーの姿に戻った。
「次に会うときが、最後だ。お前は心の扉を開き始めている」
ジョーカーは闇夜に消えた。
俺は立ち上がり、少年の死体を見た。少年は「愛」を説いた。彼の方法に問題はあったが、本来愛と愛し合う事は違う事なのかもしれないと、そんな事を俺はぼんやり、思うのだった。
次回予告
「ついにこいつらと闘う時がやって来た! 次回の敵は長谷田大学集団レイプサークル、ハイパーフリークス! 略してハイフリ!! これを書きたいがために『ヴァイオレット・ヴァイオレンス』を書き始めたといっても過言ではない入れ込みようで、ヴァイオレットも大活躍!
次回、『ヴァイオレット・ヴァイオレンス』。第10話『史上最大の死闘 前編』。ゼッタイ読んでくれよな!」