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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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覚悟の時間



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狂犬・フェルグス


 なーにが「信じてくれ」だ。


 なーにが「最後の命令」だ。


 テメエらだけで決めて、気持ちよく死のうとしやがって。


 キモいんだよ、星屑隊(てめえら)


「そういう大事な話なら、オレ様抜きで決めてんじゃねえよ。舐めやがって」


 ネウロンに勝手にやってきて、勝手に支配するだけじゃ足りないのか。


 何もかも交国軍人だけで決めるつもりかよ。


「アル達を逃がしてくれることは助かるよ。そこはありがとな!」


 今回の敵が「クソやべえ」ってことは、町から逃げる時によくわかった。


 アイツは……あの巫術師は格上だ。


 多分、この中の誰より強い。桁違いの強さの術式使いだ。


 ひょっとしたら……あの明智先生よりずっと強いかもしれない。


「けど、オレ様は逃げねえぞ! 残って戦うに決まってんだろ!?」


「な……なに言ってんだよ、フェルグス」


 さっぱりした顔していたクソオークが、困った顔になってる。


 コイツ、オレが言いたいこと何もわかってねえのか。


 オレらをガキ扱いして、自分は大人扱いするのに――。


「残って戦ったらヤバいのは、お前だってわかるだろ!?」


「だからこそ残るんだよ。お前らだけに任せておけるか。クソオー……」


 副長がこっち見てる。


 怖っ! はいはい、わかった。わかりましたよ!


「クソラート(・・・)! あっ、残るって言ってもお前らのためじゃねえからな」


「じゃあ、誰のために――」


「家族のためだよ! 決まってんだろうが!」


 いま戦ってる敵は、単なるタルタリカじゃねえ。


 交国だって焦るほど、強い相手だ。


 そこら中で「今回はやばい」という声を聞いた。オレらをガキ扱いして、「子供達だけでも逃がせねえか?」なんてことを言ってる声も聞いた。


 オレが思ってることを説明するため、椅子の上に上がる。


 椅子の上に立ち、バカ共を見る。


「いま、ネウロンにある町の殆どは、敵に取られてんだろ? つまり、敵を何とかしねえと、町の人達が人質に取られてるってことだ!」


「あ、ああ……。確かに、そうだが――」


(そこ)には、オレ達の家族がいるはずなんだ」


 どこにいるのか、正確に知ってるわけじゃねえ。


 けど、父ちゃんと母ちゃんは、ネウロンのどこかにいるはずなんだ。


 ロッカとグローニャの家族も、どこかの町にいるはずなんだ。


「敵を何とかしない限り、どこかの町にいる家族が危ない。繊三号には敵の一番エラいヤツがいるんだろ? そいつブッ倒して敵を降参させない限り、オレ達の家族が危ないんだ。だからオレは残って戦う」


 家族を守るために戦う。


 2つ(・・)の敵から守るために。


「ヤバいのは今回の……ネウロンかい……かいほー……」


「ネウロン解放戦線?」


「そう、そいつ! 解放(かいほー)戦線だけじゃねえ。交国もやべえだろ!?」


 皆が「きょとん」としている。


 コイツら、オレの言うことがわかってねえのか。


 副長は――わかってるらしく、アゴをさすりながら「なるほど」と呟いた。


 わかってるみたいだから、副長に向けて聞く。


「ネウロンにいる交国軍は、軍全体のほんの一部なんだろ?」


「まあ……百分の一にも満たない末端の存在だ。ネウロン旅団は」


「交国軍は最終的に勝つんだろうよ。お前らが無駄死にした後、ネウロンの外から新しい交国軍がワンサカやって来るんだろ?」


 それはマズい。


 めちゃくちゃマズい。


 解放戦線よりマズい。


「お前らの後から来る交国軍は、ムキになって戦うはずだ」


 仲間の仇討ちだ~! とか言いながら、ムチャクチャな戦い方をするはずだ。


 ネウロン人なんてお構いなしに戦うはずだ。


 交国軍が本気で暴れたら、クソやばいって事は知っている。


 いま以上に機兵を出してくるだろうし、例の<星の涙>ってやつをバンバン撃つはずだ。あんなの何発も撃たれたら、ネウロンに人が住めなくなる!


 住む場所だけじゃなくて――。


「解放戦線と交国軍がガチの戦争やったら、ネウロン人は守ってもらえるのか?」


「そりゃ当然……。交国軍は人類を守るために戦う――」


「解放戦線が、オレ達の家族の喉元にナイフを突きつけて人質に取ってても、守ってくれんのかよ!? 死体になった後、生き返らせてくれるのか!? えぇ!?」


「それは――」


「ぜってー、交国軍はムチャをする! 町ごと砲撃とかするだろ!?」


 バカ共も心当たりあるのか、顔を見合わせている。


 お前らも敵なんだよ。


 侵略者(おまえら)は何にも信用できねえ。


 信じて、期待して、裏切られた時がキツいんだ。


 オレ様の敵は2ついる。


 ネウロン解放戦線と交国。両方が敵なんだ。


「戦いが長引いたら、交国軍がムチャする可能性が上がる。ってことは、敵の一番エラいヤツの居場所わかってる間に……さっさと倒すのが一番だろ!」


 そいつ捕まえて、解放戦線を脅すんだ。


 テメエらの指揮官は倒してやったぞ! さっさと負けを認めろ! って。


 それで家族を守れるかは賭けになるが……交国軍に丸投げよりマシのはずだ!


「オレは、ネウロン(おれたち)の平和をブッ壊した交国軍なんか信用できねえ。だから自分で戦う! 家族を守るために戦うんだ! 文句あるか!?」


 交国軍はマジで信用ならねえ。


 信用してないからこそ、さっさと戦いを終わらせないと。


 オレ達の世界(ネウロン)は……戦いを投げた。


 交国にヘコヘコと頭を下げて、侵略を受け入れちまったから……魔物事件なんて事が起きて、ネウロンがメチャクチャになったんだ。


 オレは家族以外にも、ネウロンの主権(ほこり)を守らなきゃダメなんだ。


「オレには守りたいものがある。……お前らにも、そういうのあるだろ」


 星屑隊の奴らを見つつ、言葉を続ける。


「けど、オレとお前らは違う。お前らが死んだところで、お前らが『本当に守りたいもの』は……別の交国軍が守ってくれるんだろ」


 交国軍には、沢山の仲間がいる。


 だから強い。だからムチャを通せる。


「でも、オレ達は……お前らほど恵まれてねえんだ。お前らみたいに、意志を継いで戦ってくれる仲間が出てくるとは限らねえ……」


 オレ達とお前らは違う。


 お前らはいいよ、後を託せる仲間がたくさんいる。


 オレ達にはいない。


 ……オレは、ここで逃げてちゃダメなんだ。


「オレは自分(ネウロン)のケツは自分で拭く。自分の家族は自分で守る」


「…………」


「敵はクソ強い巫術師がいるだろ。お前らだけで勝てるのかよ!?」


「……じゃ、じゃあ、お前なら勝てるのかよ……フェルグス」


 上目遣いでオレを見てきた星屑隊の隊員に「勝つさ!」と言ってやる。


「オレ様は……最強の巫術師だ! 当然、勝てるさ!」


「どうやって?」


「船を乗っ取ってきたヤツ、巫術師4人がかりでやっと追い出せたんだろ?」


「しかも、向こうは無傷だ」


「そ……そりゃあ~……まあ……。……気合いは負けてねえっ!」


 皆が呆れ顔を向けてきた。


 くっそー……! ここはカッコよくキメたかった!


 けど、マジでわからねえんだ。


 勝ち方がわかんねえ。


 模擬戦の時からそうだ。素人(オレ)じゃ、勝ち方がわからねえ。


「…………」


 悔しいが、力を借りる必要がある。


 こいつらの力を。……信用できねえが、いまは頼らないと。


「だ、大体さぁ……! お前ら、オレらを何も知らねえガキ扱いしすぎなんだよ! オレらが何もわかってねえと思ってさあ!」


 確かにオレ達は、お前らより年下だよ。


 クソラートとか他の奴らも、歳は大して変わらないらしいけど。


「お前らと比べたらオレ達はチビだけど! わかってんだからな!? ニイヤドで生き残れたのは、誰のおかげとか……」


 クソラートをチラッと見る。


 名前までは言ってやんねー。


「ケナフで最終的に歓迎してもらえたのは、お前らの誰かが手を回してくれたんだって事とか――」


 副長や他の隊員を見る。


「オレらのメシが、ちゃんとしたものになった事とか――」


 隊長を見る。


 毛むくじゃらのキャスター先生は、ここいねえが……アイツも関係してるって聞いたんだぞ! ヴィオラ姉に!


 メシだけじゃねえ。


 他のことも色々……気遣われてるの、オレだってわかってんだ!


「オレらが退屈しないで済むよう、釣りに誘ってくれたり……! マンガとかアニメってもんを見せてくれたの、忘れるほど薄情じゃねえからな!?」


 コイツらは、明星隊とは違う。


 コイツらは、他の交国軍人とは違う……かもしれない。


 交国人だから信用してねえけど、それでも――。


「オレだって……! 多少の恩義は感じてんだ! まだ借りを返してねえし、家族のこともあるのに……お前ら置いて逃げたりしねーぞっ!」


 オレは逃げない。


 けど――。


「あっ。アルとヴィオラ姉とロッカとグローニャは逃げてくれよ」


「いや……私も残るよ。フェルグス君」


「ばか! ヴィオラ姉は戦えねえだろ~……!?」


 戦えねえのに、戦ってくれていた。


 ずっとオレ達を守ってくれていた。


 交国軍人にケンカ売ったり、交国軍人に殴られたりしていた。


 オレ達みたいな力、無いくせに。


 ……自分がどれだけ傷ついても、ずっとオレ達を守ろうとしてくれていた。


 無理して笑って、「大丈夫だよ」って言ってた。オレ達なんかのために。


「いい加減、黙ってもらおうか。フェルグス特別行動兵」


 隊長が口を開いた。


 オレを睨んでくる。


 そ、そんな顔しても……怖くねーからな!?


「立場をわきまえろ。命令に従――」


「立場をわきまえるのは、アンタだろーがッ!」


 身を乗り出して叫ぶ。


 身を乗り出し過ぎて、前に向かって倒れかけたが――星屑隊の奴らが慌ててオレを支えてくれた。倒れないよう、身体を支えてくれた。


 負けねえ。


 確かに、隊長(コイツ)は強い。無表情で怖い。


 けど、敵の親玉に比べたらマシのはずだ!


 少なくとも、敵より話は通じる!


「アンタはなんだ!? 隊長だろ!? 星屑隊の指揮官なんだろ!?」


「…………」


「指揮官のくせに、戦う前から負け方の算段つけんな!! ばか!!」


「――この件は、上も了承済みだ。今更……」


「ぼ、ボクも! にいちゃんと戦いますっ!」


 隊長の言葉を遮って、アルが叫ぶ。


 立ちながら叫んで、オレを見上げてきた。


「ばか! お前、にいちゃんの話を聞いてたか!? お前は逃げるんだよ! ヴィオラ姉達と一緒に……!」


「やだ!!」


「お、おまっ……! にいちゃんの言うこと聞きやがれっ!」


「やだもんっ! にいちゃん、言ったもん!」


 泣き虫スアルタウがこっちに来る。


 オレの足に抱きついてきた。


「ボクら兄弟、ずっといっしょにいれるって! どこまでもどこまでも、ずっといっしょに行けるって!」


「あっ! うっ……。そ、そりゃあ、言ったけどさぁ~……」


 マーリンが星屑隊の船に追いついてきた日、そう言った。


 ウソを言ったつもりはない。


 けど、アルが逃げないのは困る。


 助かるけど、困る。


「――――」


 助かる?


 オレ……いま、アルのこと、頼りにしたのか……?


 敵の巫術師は強い。オレだけじゃ……勝てないかもしれない。


 アルは弱虫で泣き虫だ。


 いまもちょっと泣いてる。オレが守ってやらなきゃダメだ。


 でも……アルは、オレ抜きで模擬戦で勝った。


 泣き虫だけど……いつまでも、弱虫じゃないのかも。


 ずっと……オレが守ってやる必要も、ないのか?


 いつか離ればなれになっても、大丈夫――――。


「ちぇっ! 仕方ねえ……。じゃあ、お前も頼りにするからな!?」


「…………! うんっ!」


 アルが笑う。笑ってくれた。


 涙で顔が濡れてるけど、それをゴシゴシ拭って笑ってくれた。


 心強くて信用できる仲間が増えた。


 最初からいたけど、ここでも頼りにできるのは心強い。


「一応、お前らも頼りにしてるからな! 星屑隊!」


 オーク共に向かって叫ぶ。


 オレだけじゃ勝てない。


 けど、もしかしたら、コイツらと一緒なら――。


「お前らの事も、頼っていいんだよな!?」


「――当たり前だ!」


「俺達は最初から戦うつもりだったんだ。テメエに言われるまでもねえ」


「前線で戦う事になるのはお前らだろうが……後ろは任せておけ!」


 オーク共が立ち上がる。


 皆が揃うと狭い会議室が、もっと狭く感じる。


 隊長は相変わらず覚悟が出来てねえ様子で、「待て」「ふざけるな」なんて言ってるが……他の奴らは大体大丈夫だ! 一部以外は大丈夫だ!


 その一部の「大丈夫じゃないやつ」が、オレの手を引いて話しかけてきた。


 クソラートが話しかけてきた。


「フェルグス……! お、俺達を信じて逃げてくれ! アル達と一緒に!」


「うっせえ! オレがテメエを信じてやるわけねーだろ!?」


 侵略者のくせにさぁ……!


 お前達は、他の侵略者とちょっと違うのは認めてやるけど!


「つーか、別にいいだろ!?」


「はっ? な、なんで――」


「お前、終わったら迎えに来てくれるんだろ? それってつまり勝つってことじゃん! 勝つ気があるなら、オレらついていっても問題ねえよなぁ!?」


「それは――」


「それとも、またウソの約束か!? アル相手に、出来ない約束したのか!?」


「うっ……」


「敵の巫術師は、オレ達が何とかしてやる!」


 クソラートのハゲ頭を叩きつつ、そう宣言する。


 むっ! コイツの頭、結構、いい音するじゃねえか……!


「フェルグス」


 副長の声。


 やべ、また怒られるのかな。


 そう思ったが、副長はニヤニヤと笑っていた。


「勝算、あるのか?」


「わかんねえ!」


「わかんねえのかよ……」


「いや、だってオレ達、少し前までフツーのガキだったんだぞ!?」


 保護院でタイクツな生活を送る巫術師のガキだった。


 タイクツだけど、平和だった。


 戦って勝つ方法なんて、フツーに考える機会なかった。


 大人は皆、「戦いはおろか」「競ってはいけません」「ケンカするのは野蛮」とか言ってばっかりで、オレが虹の勇者ゴッコするのも止めてきたからな……!


「戦いの素人だ、オレ様は! でも……お前らは違うんだろ!?」


「……ああ、オレ達は戦いのプロ……軍人だ」


「じゃあ、逆に教えてくれよ! どうやったら勝てるか!」


 胸を叩き、笑ってる副長に向けて言葉を続ける。


「オレとアルの力を貸す! それで勝ち筋を考えてくれ!」


「待てよ」


 副長やクソラートとは別の声が聞こえた。


「オレも混ぜろ。フェルグス」


 ロッカが立ち上がり、そう言ってくれた。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:水が怖いロッカ


 勝てないかもしれない。


 船を襲ってきた敵は、誰も勝てなかった。


 ただ、追い返しただけだ。


 負けて殺されるかもしれない。


 けど……フェルグスの言ってる事は正しい。


 オレ達が直ぐになんとかしなきゃ、ネウロンはもっと大変な事になる。


 解放戦線と交国軍の戦争で、さらにたくさんの人が死ぬかもしれない。


 そうなると、アニキが危ない。


 それに――。


「敵が巫術師なら、巫術師多い方がいいだろ」


 チラッとアイツを見る。


 整備士のバレット。……会議室の隅で、縮こまって震えてる。


 アイツはオレ達と違って逃げ道がない。


 戦わないといけない。怖いのに、危険な戦場に行かなきゃいけない。


 他の交国軍人はさっぱりした顔してたけど、アイツは青ざめていた。


 あんなヤツを放って逃げるほど、オレは恩知らずじゃない……つもりだ。


 参戦を告げると、フェルグスは真面目な顔したままオレを見つめ、「いいのか?」と口にした。頷いて、「いいんだ」と返す。


「オレはここでいい。星屑隊(ここ)がいい」


 ここは、明星隊とは違う。


 コイツらは、他の交国軍人とは違う。


 守らなきゃ。


 星屑隊の奴らだけじゃない。自分自身の居場所のためにも、戦わなきゃ。


「グローニャも戦うよっ!」


 ワケわかんねーって顔してたグローニャも立ち上がり、そう言った。


 フェルグスと顔を見合わせ、同時に「やめとけ」と言った。


「さすがにグローニャは逃げろよ」


「そうそう。お前が一番ガキだから、ヴィオラ姉と一緒に――」


「でもみんな、グローニャより射撃ヘタじゃん」


「「うっ……!!」」


 それは確かにそうだ。


 けど、さすがにグローニャは……。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:甘えんぼうのグローニャ


「グローニャ、戦えるもんっ! 機兵があれば――」


 フェルグスちゃん達、グローニャのこと子供扱いしてくる。


 でも、グローニャだって……わかるもん!


 なんかこう、要するに……パパとママと、じっじとばっばが危ないんでしょ!?


 あと、星屑隊の皆も危ない!


 ……ぬいぐるみ作ってくれたレンズちゃんも危ない。


「グローニャも戦うのっ! 戦って、星屑隊の皆も守るのっ!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「ヴィオラ! お前も言ってやってくれ! こいつらを止めて――」


「フェルグス君達の言う通りだと、思います」


 私の肩を揺すり、子供達を止めるよう言ってきたラートさんに、言葉を返す。


 隊長さん達の厚意に甘えて、逃げた方が安全だと思う。


 けど……それだと問題の先送りになる。


 フェルグス君が言うように、このままだと皆の家族も危うくなる。交国軍はネウロン人に構わず、星の涙や爆弾を使い、一般人を巻き込むかもしれない。


 私達が逃げた先に、星屑隊みたいな「優しい部隊」がいるとは限らない。


 雪の眼のラプラスさんも……ずっと私達を守ってくれるとは限らない。


 ラートさんは、子供達のために行動してくれた。他の星屑隊の人達も第8が時雨隊に移って逃げるって話を聞いた時、喜んでくれた。


 星屑隊を見捨てたら、私達はさらなる苦境に立たされるかもしれない。


「私は、皆さんと一緒に勝ちたいです。皆揃って生き残りたいです」


 私にとって、ここはゴールじゃない。安住の地じゃない。


 けど、「子供達を安全な場所に連れて行く」というゴールを目指すなら、ラートさん達にいてほしい。


 楽園(エデン)を目指す旅の仲間として、一緒にいたい。


「けど、危ないんだよ! マジで!」


 ラートさんが私の両肩を掴み、必死の様子で語りかけてくる。


「たったの6部隊――いや、時雨隊抜きの5部隊と、お前達で繊三号を取り戻すのは難しいことなんだ! そうですよね! 隊長!?」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:星屑隊隊長


 巫術師無しで敵に勝つのは不可能だろう。


 私は、部下達に「死んでこい」と命じなくてはならない。


 私も一緒に逝くからついてこい――と言うべきだ。


 第8巫術師実験部隊は、雪の眼に託すしかないんだ。


 雪の眼は信用できないが、目的を達成するためにはこれしか――。


「隊長。覚悟、決めましょうや」


 副長はそう言いつつ、フェルグス特別行動兵の傍に歩いて行った。


 傍に立ち、微笑しつつ私を見ながら言葉を続けた。


「勝つ覚悟をしましょう。オレは、ここで終わりは嫌っスよ」


 副長はそう言った後、フェルグス特別行動兵に向け、拳を突き出した。


 フェルグス特別行動兵もそれに応じ、2人は拳と拳を軽くぶつけた。


「…………」


 全員の視線が私に向いている。


 先ほどまで殆どの隊員が納得していたのに、今は別の期待を込めた視線を向けてくる。……副長は私の意を汲んでくれると思ったが、甘かったか。


 ラート軍曹は、まだ完全に向こう側についたわけではない。


 だが、額に手を当てて諦めつつある。向こうに付きつつある。


 他の者達も――。


「隊長。戦う以外に道がないなら、第8の手も借りましょう。コイツら自身が戦う気になっている以上、全力で挑みましょう」


「…………」


「隊長! 戦闘のプロとして、オレ達を導いてください」


 いま選べる最善手を選んだつもりだった。


 私が死んだところで、目的は達成できるつもりだった。


「貴様ら……現状を正しく理解しているのか?」


「敵には、クソ強い巫術師がいる!」


「水を克服したタルタリカと、巫術が使えるタルタリカもいます」


「繊三号は基地としては脆弱ですが……」


 パイプ軍曹まで向こうにつき、言葉を紡ぎ始めた。


「方舟として使える高品質の混沌機関を搭載しています。繊三号を飛ばすのは不可能ですが、流体装甲があるので様々な武装を展開できます」


「あと繊三号は海門を開けるけど……これは今回、考慮しなくてもいいか」


「敵は方舟持ってないみたいだしな」


「だが、敵は多数の機兵と水上船も強奪してる」


「火力だと、完全に負けてるなぁ……」


「火力だけじゃねえ。質も負けてる」


「無理ゲーのクソゲーだな。さて、どうやって勝つか……!」


 他の隊員達も、向こうについて言葉を紡いでいる。


 意見を交わし、研ぎ澄ましている。


「逃げる時は、敵もまだ完全に繊三号を掌握できていなかったはずだよな?」


「巫術で一瞬で掌握したんじゃないのか?」


「いえ、アレほど大型だと巫術だけでは操作しきれません。……けど、繊三号の守備隊の人達をタルタリカで脅しつつ、繊三号を操作させれば……」


「繊三号だけでも、機兵大隊以上のクソ火力を放ってきそうだな」


「繊三号奪還するとなると、海戦でも勝たなきゃダメなんでしょ? 巫術師とやり合う前に、繊三号や他の船の砲撃をかいくぐるんですかぁ……? 5隻だけで?」


「解放戦線って、裏切り者募集してないんですか?」


「バカ! 交国軍の方が恐ろしいわ! 久常中佐のネウロン旅団はザコだが」


「せめて、敵に弱点があれば――」


「――弱点はある」


 話し合っていた隊員達の視線が、再び私に向く。


 つい、口を挟んでしまった。


 自分で自分を「阿呆が」と思いつつ、つい言ってしまった。


 ……雪の眼に頼る策は、正直、博打だ。


 こんな事ならドライバ大尉達を暗殺し、雪の眼をこちらで護衛すると言っておけば良かった。それならまだ状況をコントロール――いや、さすがに無理か。


「隊長、敵の弱点ってなんですか!?」


「そんなのあるんですか?」


「ラート軍曹。レンズ軍曹。貴様ら、敵機兵をどう感じた?」


「どうって……」


「繊三号の上で戦った機兵の群れだ。船上で戦った巫術師以外は、どうだった?」


「――弱かったです」


 レンズ軍曹がそう言い、「だよな」とラート軍曹に同意を求めた。


 ラート軍曹もハッとし、「確かに、そこまで強くなかった」と言った。


「フェルグス達と同じです。近接戦闘はそれなりに驚異でした。巫術の憑依も怖いから、斬り合うのは怖いっスけど――」


「射撃戦なら、そうそう負けないと思います」


「基地の機兵を乗っ取っていたのは、巫術を使えるタルタリカの可能性がある。巫術が使えても、射撃に関しては素人って事ですか……」


「そういや、戦い方がちょっとケモノっぽかったな」


 そこが敵の弱点だ。


 敵は第8の巫術師のように、憑依は出来ても「技術」を持っていない。


 端的に言えば「射撃が下手」なのだ。


 グローニャ特別行動兵のような「天才」は、そうそういないだろう。


「数の優位は向こうにあるが、質に問題を抱えている。第8の巫術師が貴様らの機兵に憑依したら敵の憑依も怖くない。……ラート軍曹、貴様は敵と斬り合ったな」


「はい! でも、機兵を奪われたのは船に戻った時だけでした」


「一瞬、流体の刃が触れる程度で乗っ取れるほど器用ではないのだろう。フェルグス特別行動兵、貴様は敵が操っている機兵を憑依で奪ったな?」


「うん。ちょっと抵抗されたけど……こっちが押し勝った。船に乗り込んできた奴は1人じゃ無理だったけど……他はオレらより格下だと思う」


「船に乗り込んできた巫術師以外は、巫術対策さえしたら容易い相手だ。繊三号に乗り込んでも、木っ端の機兵なら貴様らで対処可能だろう」


 上手くやれば、機兵無しでも対抗可能だ。


 スアルタウ特別行動兵とラート軍曹は、既にそれを証明している。


 問題は船に乗り込んできた巫術師だ。


 アレは巫術師として強い以上の力を感じた。


 他より圧倒的に戦い慣れているように見えた。


 ラート軍曹並みかそれ以上の機兵操縦技術と、第8が束になってかかってようやく追い出せるだけの巫術の使い手だ。


 ただ、それ以外にも警戒すべき相手がいる。


「繊三号基地や、殲滅作戦参加のために繊三号にいた機兵乗りが敵に回っている可能性もある。そいつらは素人ではない」


「軍人は裏切ってないんじゃあ……?」


「いや、技術少尉経由の情報で、敵側についた軍人もいる事がわかった」


 一部の軍人は、敵側についている。


 否。無理矢理、敵側に組み込まれている。


 その件を皆にも伝える。


「は、背嚢型のタルタリカっスか……」


「もう何でもアリですね」


「エグい手を使うなぁ~……!」


「彼らはあくまで脅されているだけのはずだが、命惜しさから敵側の指示通りに動く可能性がある。機兵乗りの『裏切り者』がいた場合、その者達は後方から射撃してくる危険性がある。これも警戒すべきだ」


 ただ、そこも対策はある。


 チャンスに繋がる可能性もある。


 どうやって活かすべきかは、後で巫術師達によく説明して――。


「……………………」


「た、隊長……?」


「どうしたんですか、そんな苦々しい顔を浮かべて……」


「貴様らに、乗せられた。巫術師参加前提の作戦を……提案しそうに……」


「だから、参加するって言ったじゃん!」


 フェルグス特別行動兵が椅子から飛び降り、駆け寄ってきた。


 他の巫術師達も、それに続いてきた。


「隊長! どうすりゃ勝てるんだ!? 教えてくれ!」


「ボク、何でもします!」


「グローニャもがんばる!」


「絶対に勝てる策、あるんですか?」


「そんなものは無い」


 必勝の策など無い。


 そんなものがあるなら、最初から貴様らに頼っている。


「…………いいんだな? 第8巫術師実験部隊」


 5人の特別行動兵に対し、問いかける。


「貴様らを使うぞ。酷使してもいいんだな?」


 5人が頷く。


 5人共、覚悟を決めているようだ。


 まったく……。この歳になって、こんな子供達に説教されねばならんとは……。


 無様に生き残り続けた罰だな……これは。



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