最後の命令
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「改めて、ネウロン旅団本部からの命令を伝える」
他の隊員と一緒に会議室に集まり、隊長の言葉を待つ。
「星屑隊は他部隊と連携し、繊三号を強襲。繊三号を占領したネウロン解放戦線を撃滅せよ――との事だ」
「…………」
「その際、繊三号にいると思しきネウロン解放戦線の中心人物……フォーク中尉を捕縛する。抵抗が激しい場合、殺害しても構わん」
隊長の読みだと、フォーク中尉は正体不明の敵に脅されているだけ。
だが、旅団本部はそう考えていない。
ネウロン解放戦線を単なる反乱軍だと考えている。
それにしたって……と思っちまうが、まあ、仕方ないか……。
俺達は軍人だ。軍人が上の命令を無視していたら、組織が成り立たなくなる。
組織が成り立たなくなったら、一般人を守れなくなる。世界も人類も守れなくなる。そいつは駄目だ。絶対に駄目だ。
家族を守るためには命令を守らなきゃ。
けど――。
「…………」
チラリ、と横目でヴィオラ達を見る。
ヴィオラやアル、そしてロッカの表情は少し青ざめているように見えた。
フェルグスは腕組みして、いつも通りエラそうにしている。グローニャはシャチのぬいぐるみを抱っこしたまま、「ぽかん」としている。わかってないんだろう。
こいつらを今回の戦いに巻き込むのは、嫌だなぁ……。
相手に巫術師がいる以上、第8の皆も無関係じゃいられないかもだが……それでも、今回の作戦には参加させたくないな……。
「命令に背き、作戦参加を拒む者はネウロン解放戦線の『味方』と見なされる。それはつまり交国に対する裏切りだ。厳しく処罰されると思ってくれ」
隊員らが「はい」「了解」と、まばらに返答した。
皆の士気は、正直高くない。
久常中佐の判断を疑っている。今回の繊三号攻撃作戦を「やめるべき」と言っていたウチの隊長の意見を、上が無視した事を不満に思っている。
それでも隊長が参加する以上、俺達も付き従う。
星屑隊はそれでいいんだが――。
「……んっ? あれっ!? た、隊長……!」
「どうした。ラート軍曹」
「作戦参加部隊のリスト……! 内容は間違いないんですか!?」
会議室のディスプレイに表示された参加部隊のリストを指さし、言う。
隊長はいつもの無表情のまま、「間違いない。上にも確認した」と言った。
「軍曹~……。参加部隊が少ないのは今更の話でしょ」
「艦艇6、部隊も6だけって少ないですけどねぇ……」
「そこじゃねーよ! 第8の名前が載ってない!」
俺がそう言うと、気づいていなかった隊員達がざわめく。
隊長や副長達は知っていたらしく、特に表情を動かしていない。
「これつまり、今回の作戦に第8巫術師実験部隊は不参加って事ですよね!?」
「そうだ」
第8は星屑隊と行動を共にしているが、一応、別部隊だ。
隊長の指揮下に入っていたが、第8はあくまで独立した部隊だ。
「子供達もヴィオラも、不参加でいいんだ……!」
「そうだ。ただ、久常中佐としては『星屑隊が参加する以上、第8も当然参加するもの』と思っていたのだろう。第8が不参加では納得すまい」
「――――」
「リストに名前は無いが、第8にも作戦に参加してもらう」
子供達を巻き込まずに済む。
そう期待して立ち上がり、声を出していたが……隊長の言葉を聞いて座る。
苦しい状況の中で見つけた、唯一の希望だったのに――。
「ただ、第8の配置は変更となった」
「え……?」
「本作戦より、第8は時雨隊に移る。……という事で久常中佐の了解も取れた」
話がわからず、困惑する。
何で星屑隊じゃなくて、時雨隊と一緒に戦うんだ……?
隊長は「第8について説明する前に、時雨隊について説明しておこう」と言い、作戦区域となる場所の地図を表示した。
「我々は他の部隊と共に、移動中の繊三号に接近。攻撃を仕掛ける。だが、時雨隊は機兵部隊のみを出撃させ、我々の後方で待機。後方を警戒する」
「へっ……?」
「第8も後方警戒に参加。つまり……時雨隊本隊と第8は実質、不参加だ」
作戦に参加するが、繊三号への攻撃には参加しないらしい。
今回の作戦、参加予定は――第8を含めなければ――6部隊だった。
ただでさえ戦力が足りないのに、何で時雨隊は実質不参加なんだ……?
「我々が失敗した場合、時雨隊はただちに撤退する」
「第8はともかく、時雨隊は何で……」
「時雨隊には『雪の眼の史書官護衛』という任務がある」
どうやらドライバ大尉が悪知恵を働かせ、「時雨隊が作戦参加すると、史書官殿が危険に晒されますよ」と久常中佐に吹き込んだらしい。
雪の眼は交国外部の組織。
一応、客人だ。
久常中佐も「それはマズい。外交問題になって、自分が責任を問われてしまう」と考えたようだ。だから時雨隊は「護衛」が優先となった。
時雨隊も機兵は出すが、船は安全圏で待機。
後方警戒という名目で動き、危うくなったら逃げる。
それに子供達も便乗させてもらえるなら、悪くねえ!
隊長の話を聞いたウチの隊員達は呆れ顔を浮かべ、「ドライバ大尉、セコくないですか!?」と言っているが……俺は別にこれでいい!
いいんだが――。
「隊長。久常中佐が、時雨隊の任務を護衛優先にしたのはわかりました。けど……第8が時雨隊の船に移る件は納得してもらえたんですか……?」
「そこは話がついている」
隊長はそこで一度、言葉を区切った。
会議室に集まった皆の顔を見渡した後、言葉を続けた。
「実は……雪の眼の史書官殿と交渉をした」
「あの……自称美少女と?」
「ああ。私の判断だ。責めるなら私を責めろ。……私は今回の作戦に第8巫術師実験部隊を巻き込むのは不適切だと感じた」
だから、第8も「史書官の護衛」という名目で逃がす。
史書官も巫術師に興味があるから、「第8の配置換えは、私から久常中佐に口添えしておきましょう」と言ってくれたらしい。
厄介な奴だと思ったが、ここでヴィオラも子供達も助けてくれるとは……! さすがの久常中佐でも「客人」である雪の眼はぞんざいに扱えないらしい。
「隊長……! 隊長も、子供達のことを案じてくれてたんですねっ!」
「……そういうわけではない」
隊長は少し眉間にしわを寄せつつ、否定してきたが……俺にはわかる!
隊長は、今までも何だかんだで子供達を救ってくれた! 技術少尉の横暴を止めてくれたし、キャスター先生の頼みを聞いて第8のための補給もしてくれた。
厳しい人に見えるけど、やっぱ隊長って優しいな……。
「ラート軍曹はともかく……。他の者達は私に文句の1つでも言ったらどうだ」
「第8だけ逃がす事について?」
隊長が無言で頷く。
そんな隊長に対し、皆が言葉を投げかけ始めた。
「いや、オレも隊長の判断を支持しますよ」
「もちろん私も――」
「まあ、今回ばかりはなぁ~……。ガチの戦争ですから……」
「特行兵とはいえ、ガキを巻き込んで良い話じゃないでしょ」
他の隊員も、第8を逃がす件を好意的に受け止めてくれている。
皆も、交国軍人としての誇りがある。
子供達が特別行動兵でも、守るべき対象という意識があるんだ。
ドライバ大尉に対してはともかく……第8の配置換えに関しては文句1つ言わない皆の言葉を聞きつつ、隊長は目をつむっていた。
目をつむったまま、「皆、スマン」と呟いた。
皆は笑って「気にしないでくださいよ」「良い判断です」と言ってくれた。
けど――。
「ぼ、ボクら、いらない子なんですか……!?」
アルが立ち上がり、そう言った。
不安げな表情で、皆を見渡してそう言った。
「アル、そういうわけじゃ――」
「ボクも戦います! ボクも、星屑隊の皆さんの役に立てます!」
「お前達の力は、あの史書官用に取っておきな? あと自分用に」
アルをなだめ、席に座らせる。
ずっと雪の眼の護衛でいられるとは限らないが……しばらくは大丈夫だろう。あの史書官を信用していいかは少し疑問だが、今回の作戦に参加させるよりマシだ。
久常中佐も時雨隊も、この子達をイジメたり出来ないはずだ。
史書官の傍にいる限りは――。
「コイツは正規兵の戦争だ」
「ガキは引っ込んでな!」
そう言う隊員の視線も、どこか温かい。
でも、でもっ……と言って涙ぐむアルの頭を撫でてくれる奴もいた。
「皆さんだけで、どうやって――」
「ヴィオラ」
アルに続いて声を上げようとしていたヴィオラの腕を掴み、座らせる。
お前が言いたい事もわかる。
敵は強い。
巫術師の加勢がなければ、俺達は繊三号から逃げ切れず死んでいただろう。
ただ――。
「優先順位を間違えるな。俺の言いたいこと……わかってくれるよな?」
「…………」
ヴィオラは悔しげに、あるいは申し訳なさそうに押し黙った。
それでいい。隊長が上手く交渉してくれたんだ。隊長の案に乗るのが一番だ。
ヴィオラはわかってくれたが――。
「敵は……巫術を使ってきました! ラートさん達だけじゃ……!」
アルは黙らなかった。
俺にすがりつき、涙目で語りかけてきた。
「敵の巫術で機兵も船も乗っ取られたら、ラートさん、どう戦うんですか!?」
「生身でやり合うさ。俺は機兵乗りだが、歩兵として戦うための訓練もしてきた」
「そんなのじゃ勝てっこない……! ボクらと一緒に逃げ――」
「信じてくれ。アル」
信じるのは難しいかもしれない。
俺達は侵略者だ。ネウロンにやってきた侵略者だ。
同時に、交国軍人でもある。
軍人である以上、軍人としての責務も果たさなきゃならねえ。
戦って死ねって命令されたら従う義務がある。敵に背を向け、退くことは許されない。命令を出した上官が誰だろうと、上官である以上は従わなきゃダメだ。
……なんて、隊長達の指示をよく破る俺が言っても説得力ねえか!
「大丈夫だから。信じてくれ」
「うぅ……!」
本当に大丈夫なんだ。
俺達が死んだところで、家族は――遺族は国が養ってくれる。
だから、俺達は安心して死地に赴ける。
俺達は幸せ者だ。
「大丈夫だから」
本当は、お前らのこともっと見守っていたかった。
お前らが無事に生きていけるよう、守ってやりたかった。
ヴィオラとの約束、ちゃんと果たしたかったなぁ……。
「俺達は……交国軍人だ! ガキの頃から訓練の日々を送ってきた! オマケに俺達はオークなんだ! 痛みを知らない無敵の軍人なんだぜっ!」
「やだ、やだっ……!」
「今回の敵も蹴散らしてきてやる! 終わったら……皆で迎えに行くから!」
フェルグスに言われた。
出来もしねえ約束すんなって。
アイツの言う通りだと思う。けど、今回は……今回は許してくれ。
これが最後だからさ。
「泣くな」
ボロボロ泣き始めたアルを抱きしめ、背中をポンポンと叩く。
黙って俺達を見ていた隊長に視線を向け、頷く。
話を進めてもらう。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:星屑隊隊長
「……第8巫術師実験部隊」
第8だけではなく、星屑隊隊員の視線も受けつつ、告げる。
「私からの最後の命令だ」
これが最善だ。
「荷造りをして、時雨隊の船に行け」
出来れば雪の眼に頼りたくなかった。
奴らは、気づいてはいけない事に気づく可能性がある。
だが、それでも……今は奴らを頼る以外に道は――――。
「…………ふざけんなよ」
声が聞こえた。
星屑隊の隊員ではない。
ウチの隊員達は、どこか安堵した表情をしていた。
第8が戦場を離れると聞き、嬉しそうにしていた。
だが、いま声を上げた彼は、眉間にシワを寄せていた。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:狂犬・フェルグス
「ふざけたこと、言ってんじゃねえ。
オレ様は、この船に残って戦うからなっ!」




