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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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誰が敵で、誰が味方なのか



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:星屑隊隊長


 時雨隊のドライバ大尉に新情報を伝えると、「朗報だな」と言い、ディスプレイ越しに微笑んできた。


『キミ達の仮説が正しかったわけだ! これが単なる反乱ではないという証言を伝えれば、久常中佐も慎重に動いてくれるだろうね』


「だといいのですが……」


 我々の最善は「増援が来るまで繊一号に逃げ込むこと」だ。


 繊三号に捕らえられている技術少尉や一般人には悪いが、我々に彼らを救う力はない。質でも数でも敵方に劣っている。


 幸い、敵は直ぐに一般人を殺すつもりはない。


 本国から増援が来るまで持ちこたえた後、繊三号を含む都市の奪還に挑むのが最善だ。まともな指揮官なら、この状況でいたずらに戦力を減らさないだろう。


 まともな指揮官なら――。


『繊三号は繊一号方面に向かっている。このまま繊一号に攻め上がるのかな?』


「敵の狙い次第ですが……」


 姿勢を正しつつ、言葉を続ける。


「敵の言う事を鵜呑みにした場合、敵の狙いは『ネウロンの解放』です。繊一号を落とせば、それは一時的に達成できるでしょう」


 ネウロン旅団の主力は繊一号にいる。


 舞鶴が落ちたとはいえ、一応、まだ方舟はある。


 残る方舟の破壊、あるいは奪取を行いつつ、繊一号を落とせば<ネウロン解放戦線>の勝利は決定的になる。


 交国本国から神器使いを含む増援さえ来たら、一気にひっくり返されるだろうが……あくまで「ネウロン解放戦線」と「ネウロン旅団」の戦いに限れば、繊一号陥落が1つの決着になるだろう。


「ただ、繊三号で直接攻め上がる必要はありません」


『確かに。途中で主力を下ろし、別ルートで繊一号に攻め入る方が効率的かな』


 繊三号は移動が出来る海上基地だ。


 だが、過信できるほど頑強ではない。


 星の涙が当たらずとも、誘導弾や砲撃の雨を降らせてやれば倒せる。


 タルタリカはそのような戦術を使えないが、我々は使える。久常中佐のように一般人の犠牲を考慮しなければ、繊三号を破壊するのは不可能ではない。


 繊三号はハリボテの移動要塞だ。


 だが、ハリボテだからこそ、厄介でもある。


「敵が主力を下ろしたら、繊三号の住民に『繊三号は解放されました。でも敵が戻ってくるかもしれないから、繊一号で保護してください』と言わせればいい」


『そして、そのまま繊三号を繊一号に向かわせる』


 ドライバ大尉は、こちらの言いたい事を理解しているらしい。


 粗野な笑みを浮かべつつ、言葉を継いでくれた。


『小心な久常中佐の事だ、繊三号にまだ大軍が潜んでいる可能性を怖がり、一般人を満載している繊三号を攻撃するかもなぁ!』


「偵察を向かわせ、確かめる事も出来ますが……敵は妨害するでしょうね」


『繊三号が完膚なきまでに破壊され、虐殺が発生したら敵はさらなる大義名分を得る。交国軍がネウロン人を虐殺した! 交国はネウロンから出て行け! などと声高に叫ぶだろうね』


 交国政府に対する交渉カードを作る事ができる。


 敵が本当に「ネウロン解放」を狙っているなら、国際社会に交国の悪行を晒す事ができる。無抵抗の一般人を虐殺した悪逆非道の軍隊として。


 ただ、そこまで強力なカードではない。


 交国軍による虐殺(・・)は珍しい事ではない。今更の話だ。


 上は隠蔽しているが、ネウロン魔物事件でも虐殺は発生していた。


 タルタリカによる虐殺ではなく、交国軍による虐殺も発生していた。タルタリカという「未知の存在」に怯えた現場が暴走していたのは確かだ。


 面の皮の厚さに定評のある交国政府は、「繊三号に一般人はいなかった」「解放戦線が虐殺していた」などとのたまうだろう。


 国際社会もその主張を受け入れざるを得ない。


 今の人類文明は交国のような「悪逆非道の国家」が幅を利かせているため、心ある人間が声を上げても交国を含む強国に握りつぶされるだけだ。


 強国の非道を批判した竜国のように、理不尽な目に遭うのがオチだ。


『しかし、キミの読みなら敵の「真の狙い」は別にある』


「正確にはわかりませんが……。敵がまとも(・・・)なら、今回のような形で交国に反抗しても叩き潰されるとわかっているはずです」


『そうだなぁ……。残念ながらネウロン旅団は弱小軍団。しかし、余所の世界で活動中の交国軍は我々ほど弱くない』


 交国は軍事力も経済力も、多次元世界指折りの巨大国家だ。


 ネウロン1つ取られたところで、どうとでもなる。


 敵に神器使いがいたところで、交国軍側にも神器使いはいる。上層部がその気になれば3、4人の神器使いがネウロンに派遣されるだろう。


 あるいは交国の英雄「犬塚特佐」が部隊を率いてくるかもしれん。


 あの御方は神器使いではないが、そこらの神器使いより余程強い。


 犬塚特佐の乗機である<白瑛>なら、あの巫術師すら倒せてもおかしくない。


 おそらく、白瑛に巫術は効かない(・・・・・・・)


『となると……ネウロンで暴れている奴らは捨て駒(・・・)?』


「そうかもしれませんね。相手がプレーローマなら十分有り得ます」


 プレーローマ。人類の敵。


 交国を含む多くの人類文明が、プレーローマと戦い続けている。


 数の上では人類側が勝っているが、敵は質で圧倒してくる。


 単なる力押しに頼る相手ならまだ救いがあるが、プレーローマは――人類のように――姑息な手段を使ってくる事もある。


 人類文明の支配圏で反政府組織を支援し、内紛を発生させて政情不安を起こすことで人類の弱体化を図ってくることもある。


「今回の騒乱がプレーローマによる工作活動の一環で、ネウロンでの騒動が長引けば長引くほど交国は大きな影響を受けます」


『最終的に交国軍が勝つとしても、犠牲ゼロでは勝てないだろうなぁ……。ネウロンは絶海間際の辺境世界とはいえ、政情不安が長引くと市場への影響も怖い』


「国のメンツにも関わります」


 敵を直ぐに叩き潰せるなら、まだいい。


 交国軍が「それだけ強大」と喧伝できる。


 ダラダラと無駄な戦闘が長引けば、「なんだ、交国軍って大したことないな」と各地で反政府組織が事を起こしかねない。


 交国は強大な軍事国家だが、多方から恨みを勝っている。


 様々な大義名分(いいわけ)を仮面のように使い分け、侵略を繰り返して領土を広げてきたのが交国だ。国内にも不穏分子は大勢いる。


 プレーローマが喜ぶ火種は、いくらでもある。


 そもそも、「我々(・・)」の存在が交国最大最悪の火種だ。


『戦闘が長引くとマズいという意味では、久常中佐の判断も英断か?』


「何とも言いかねます」


 星の涙による虐殺が成功しても、交国政府はもみ消しただろう。


 もみ消せるだけの力はある。


 だが、いくら隠蔽したところで事実は消せない。


 交国政府が「都合の悪い真実」に後ろ足で土をかけたところで、歴史から完全抹消できるわけではない。誰かが真実を残すだろう。


 折悪く、いまネウロンには<雪の眼>がいる。


 それも繊三号の傍に――時雨隊の船に雪の眼の史書官がいる。


 奴らは交国政府に口止めされても、その場は「わかりました! 誰にも言いません!」と言いながら、大龍脈に帰ると嬉々として「繊三号で交国軍の虐殺行為があった!」と書く輩共だ。


 ドライバ大尉も雪の眼の厄介さは理解している。


 ラプラスという頭のおかしい史書官に交国政府がつけた監視と協力し、雪の眼が情報を握らないように努力してくれているが……。


「ともかく、敵の目的と正体についてですが……」


『うん?』


「私は、今回の騒動、プレーローマが起こしたものとは思えません」


『……ほう?』


 ディスプレイの向こうで身を乗り出してきた大尉に説明を続ける。


「プレーローマの工作活動にしては、敵の武器(・・)が強すぎる」


『それは……舞鶴を落とした武器の話か?』


「はい。あれが神器、あるいは神器に匹敵する武装の場合、それほど強力なものをこんな僻地の工作活動に投入するとは思えません」


 神器と、それを使える神器使いは貴重な存在だ。


 プレーローマでも慎重に運用するはずだ。


『神器ではなく、天使共(プレーローマ)の<権能>の可能性は?』


「その可能性もありますが、基本的に権能はプレーローマの力です。それがバレたら解放戦線側は大義名分を完全に失います」


 プレーローマに与している人類勢力は、人類の敵だ。


 どのような事情があろうと、国際社会の理解を得るのは難しくなる。


 国際社会の理解を度外視するとしても、人類側の味方を減らす行動だ。


 表舞台に出ない権能(ちから)なら、まだ隠蔽の余地がある。しかし宇宙にいる方舟を一撃で落とすほどの力となると……簡単には隠蔽できない。


「プレーローマの工作員が舞鶴を撃ち落とすだけの切り札を用意していたとしても、使用するのが早いかと」


『うぅむ……。確かに。奴らなら繊三号の被害に目をつむり、「交国軍が一般人を虐殺した」と喧伝するかなぁ。その方が効率的かもね』


 ねつ造ではなく、事実の虐殺だ。


 新しい火種として使える。


『では、ネウロン解放戦線は何者なのかな? んっ?』


「それは……」


『キミの言う通り、単なる反乱軍ではないんだろう』


 ネウロンにいる交国軍が裏切り、反乱軍になったのは敵の用意した嘘だ。


 実際は、巫術が使えるタルタリカで機兵を動かし、「交国軍人が裏切った」と久常中佐を騙しているだけだ。


 星屑隊(われわれ)は第8巫術師実験部隊と出会った事で、巫術への理解を深めた。だから敵が巫術を使っている可能性に気づけた。


『プレーローマの工作員でもないなら、奴らは何者なんだい?』


「……わかりません」


 さすがに言えん(・・・・・・・)


 旅団上層部どころか、その上にも、軍事委員会にも伏せている情報だ。


 ただ、政府上層部はある程度察しているはずだ。


 察するだけの情報を持っていないと、彼らはネウロンを侵略していない。


「ともかく、敵の動きはおかしい。何とか久常中佐を説得しましょう」


『そうだなぁ。あちらの想像以上に異常事態だと理解を――』


 ドライバ大尉が言葉を区切る。


 向こうで部下から何かを言われているらしい。


『噂をすれば影だよ』


「久常中佐ですか」


『ああ、そちらにも繋ごう。説得を手伝ってくれ』


 そう言われ、通信に参加する。


 久常中佐がドライバ大尉と内密の話をしたいなら、嫌がられるかもしれない。


 だが、中佐は少し顔をしかめただけだった。


 こちらの話はろくに聞いてくれる様子がなかったが――。


『時雨隊、星屑隊。貴様らに繊三号奪還(・・・・・)を命じる!』


「お待ちください。今回の敵は単なる反乱軍ではなく――」


『まだほざくか!! いい加減にしろッ!! 敵は薄汚い反乱軍だ! 元は交国軍人とはいえ、これ以上かばい立てするなら直ぐに貴様らを処罰してやるぞ!!』


「…………」


『中佐。繊三号に対する星の涙は――』


 話を聞かない中佐に対し、大尉が問いを投げかける。


 だが中佐は一睨みでそれを黙らせ、話を続けた。


『貴様ら、自分達の立場がわかっているのか……!?』


『はあ。と、仰いますと……?』


『白状しろ! 貴様らも反乱軍の一味なのだろう!?』


『違いますよ』


「誓ってそのような事はありません」


 中佐は、未だ私達を疑っている。


 敵が単なる反乱軍という考えに固執している。


 私達を疑っている以上、証拠や証言を並べたところで考えは変わらんか……。


 何を言っても「反乱軍が流した偽情報」という疑いが拭えないのだろう。


『安心しろ! ボクは寛大だ! 貴様らに信頼回復の機会を与えてやる! 繊一号に向かって移動中の繊三号を攻め落とし、敵の首魁を殺してこい!!』


「…………」


『そこまでしたら、信じてやろう! 貴様らは今も交国軍であると!』


 中佐が引きつった笑みを浮かべ、そう宣言した。


 この状況で、戦力を無駄に消費するつもりか。


 我々の繊一号への撤退を許さないのは、まあいい。


 中佐視点では我々も疑わしいのはわかる。我々が用意した証拠など、信じるに値しないのも理解できる。百歩譲れば理解できる。


 だが、そうだとしても、これは悪手だぞ。


『決定的な裏切りを確認したら、貴様らごと繊三号を消し飛ばしてやる!!』


『中佐。舞鶴は健在なのですか?』


『とっ――当然だ!!』


 この反応。舞鶴轟沈も決定的だな。


 最悪だ。殲滅作戦が行われている間に、例の件を片付けるつもりだったのに……敵が起こした騒乱の所為で、全ての予定が崩れた。


『繊三号への攻撃は、我々だけで……?』


『他の部隊も用意してやったぞ! 第十三次タルタリカ殲滅作戦参加のために繊三号に集結予定だった奴らの生き残りだ! 繊三号到着が遅れていた所為で、一応、まだ、交国軍の所属だ! 奴らも活用しろ!』


 久常中佐から作戦へ参加部隊のリストが送られてきた。


 少ない。


 殲滅作戦に参加予定だった部隊の、ほんの一部しかいない。


 舞鶴轟沈。繊三号にいた部隊は星屑隊以外、敵に鎮圧された。多数の機兵と水上船が敵に奪われ、謎の巫術師とタルタリカの群れが待ち受けている。


 現状の戦力で、繊三号を攻め落とすのは――。


「…………」


 参加部隊のリストをよく見る。


 そこで気づいた。


 久常中佐は、1つの部隊の存在を忘れている。


 おそらく、単なるミスだ。


 あるいは、戦力として期待していなかったのか。


 だが……これは、私にとって(・・・・・)最悪の状況は回避できるか……?


『中佐ぁ……。繊三号には殲滅作戦のために集まっていた機兵と揚陸艦があったんです。さすがに頭数が足りませんよ……? 海戦でも勝てません』


『戦う前から負ける理由を考えるな! ドライバ! 貴様それでも交国軍人か!』


『中佐、我々が信用できないのはわかります。わかりますよっ!? ですが、いま我々を特攻させると繊一号の防衛すら困難に――』


『繊一号防衛は貴様らの役目ではないッ! 貴様らは敵の首魁を……裏切り者を殺すことだけを考えていろ! 期限は3日! それまでに目的を達成しろ!!』


 通信が一方的に切られた。


 呆れ顔のドライバ大尉が「お互い、貧乏くじを引かされたね」と呟いた。


『軍事委員会に掛け合って、中佐の暴走を止めてほしいところだが――』


「ネウロン解放戦線が暴れ始めた事で、界外への通信が制限されています。いま軍人委員会本部に連絡を取るのは難しいかと」


 対タルタリカだけなら、ここまで警戒しなくて良かった。


 だが、ネウロンで「反乱」が発生したとなると、界外への情報流出を防ぐための措置が行われる。軍事委員会本部に訴えるにはネウロンに派遣されている交国軍の責任者を――久常中佐を通す必要がある。


「界外に暗号文を送れる御友人はいますか?」


『僕にそんなコネは無いよぉ。参ったねぇ……。命令に背けば反乱軍扱いされるが、解放軍は解放軍で僕らを受け入れる気はないだろうね』


「ひとまず、仲間の部隊と合流しましょう」


 話はそれからだ。


 ドライバ大尉との通信を終える。


「…………」


 敵の正体は不明。一応、不明だ。


 ただ、久常中佐は我々を「敵」と睨んでいる。


 我々にとって中佐は敵ではないが、中佐にとってはそうではない。


 そこは確定している。残念ながら。


「3日……3日以内か」


 久常中佐の暴走は、さすがに上にも伝わっているはずだ。


 だが、まだ止められている様子もない。中佐が上手く誤魔化しているのか?


 ともかく……界外と連絡を取る必要がある。


 念のため、事件が起こった後にこちらの状況は外部に伝えている。だが、3日で久常中佐を止めてもらうのは難しいな。怪しい動きを見せると特佐達に睨まれる。


 状況がさらに悪化した以上、それに関する連絡をせねば――。


 時雨隊と他の部隊との合流を指示し、副長に後事を頼む。


「すまんが、少しだけ仮眠を取らせてくれ。大尉達と今後の協議をする時に、頭が回っていないと話にならん」


「ええ、オレに任せてください」


「頼む。何かあったら、お前の判断で私を叩き起こせ。些細な事でいい」


 副長の肩に触れ、後を託して指揮所を出る。


 ひとまず部屋に戻って、睡眠を――。


「あっ……! 隊長さんっ!」


「…………」


 貴様……。貴様か。


 ヴァイオレット特別行動兵。


 ここで、来るのか。


「隊長さん、少しいいですか……!?」


「ああ、構わん。だが、少し座らせてくれ。仮眠を取るところだったんだ」


「ご、ごめんなさい……!」


 ヴァイオレット特別行動兵を部屋に入れ、扉を閉め、ベッドの縁に座る。


 つまらん用事ではなさそうだ。


「あの、敵の攻撃方法がわかったんです!」


「……………………どれの事だ?」


「ええっと、繊三号で戦闘した時の事なんですが――」


 持っていた携帯端末を渡される。


 そこにはウチの船が、敵の巫術師に襲われる直前の映像が表示されていた。


 スアルタウ特別行動兵が憑依していたドローン。それが奪われた時の映像だ。


 繊三号に上陸してきた異形の機兵を指さしたヴァイオレット特別行動兵が「ドローンはこの機兵の操縦者に乗っ取られたんです」と言った。


「間違いないか?」


「確実……とは言い切れませんが、おそらくこの機兵です」


「ドローンと敵機兵の距離は、かなり離れているぞ。接触憑依は不可能だ」


 ドローンが奪われる直前、敵機兵はドローンを見た。


 まさか視線だけで憑依したのか――と聞くと、首を横に振られた。


「敵は空気中の流体(・・)を経由して、憑依してきたんです」


「…………」


「敵機兵は、微細な流体を放ったんです。それこそレーザーのように……。ドローンと敵機兵の間に、流体で作った電流の橋を繋いで来たんです!」


「……電流(それ)経由で、接触憑依したと言うのか?」


「はいっ。でもこの技は敵本体(・・・)しか使えないから――」


 端末を操作し、今度は船上での戦いを見せてきた。


 星屑隊の機兵対応班の戦闘を見せてきた。


 あの時、敵はドローンの破片から船を乗っ取り、機関停止後は機兵に乗り移って暴れてきた。その光景を指さしつつ、ヴァイオレット特別行動兵は言葉を続けた。


「この時、相手は魂だけでした。魂だけでは電流による遠隔憑依は使えないようです。だからこそ星屑隊の船も機兵も、電流による遠隔憑依はされなかった」


「……なるほど」


 理屈は一応、理解できる。


 わからんが、この女が言いたい事はわかった。


 ドローンは直接触れて憑依されたわけではない。


 ドローンは空を飛んでいた。敵が直接触れる隙はなかった。


 だが、ヴァイオレット特別行動兵の仮説通りなら、手で触れる必要はない。


 魂の憑依した電流が触れた時点で「接触」されているが、アレは便宜上、遠隔憑依と言ってしまっていいだろう。


 だが、船が憑依された時、遠隔憑依は行われなかった。


 ドローンに憑依している時でも遠隔憑依できるなら、ドローンを船に突っ込ませる必要はない。空から船を視界に収め、電流による遠隔憑依を使えばいい話だ。


 そうしてこなかったという事は、ヴァイオレット特別行動兵の言う通り、その技は本体しか使えないのだろう。


「電流による憑依……。それは第8の巫術師にも出来るのか?」


「た、多分、不可能です……。アレは敵の特殊能力みたいなものなので……」


「対策可能か?」


「2つだけ、防ぐ方法があります」


 ヴァイオレット特別行動兵が人差し指と中指を立てた。


「1つは、巫術で抵抗する方法です。他の巫術師が憑依している物体なら、敵の遠隔憑依は弾けます。直接憑依は難しいですけど……」


「本当にそうか? ドローンの時は、スアルタウ特別行動兵がドローンに憑依していたはずだろう」


「あの時、アル君はうっかり、憑依を解いちゃってたので……」


 スアルタウ特別行動兵は、敵に何かを感じたらしい。


 本能的な恐怖を抱き、つい、憑依を解いてしまったらしい。


 だから敵の遠隔憑依が通った。


「つまり……機兵や船に巫術師を憑依しておけば、敵の遠隔憑依を防げる」


「はい。ただ、巫術師がたくさんいないと全ては守りきれません……」


「2つ目の方法は?」


「避雷針です。先手を取って、複数の避雷針を用意しておけば……電流がそっちに流れて遠隔憑依が不発に終わる可能性があります」


 ヴァイオレット特別行動兵は、流体装甲で作れる避雷針のプログラムまで作ってきたらしい。「データを入れたら直ぐにでも使えます」などと言ってきた。


 ヤドリギほど常識を覆すものではないが、やはりこの娘――。


「こちらのヤドリギを使って誘導も行います。これで敵の遠隔憑依を不発で終わらせる可能性が高まるはずです……!」


「…………」


「遠隔憑依を不発に終わらせても、相手は直ぐに本体に戻ると思います。でも、ほんの少しでも隙は生まれるはずです……!」


「…………」


「敵本体が直接接触してくる憑依を防ぎきる方法は……現状、ありません。同じ巫術師で抵抗するしかありません」


「なるほど。で、根拠は?」


「へ? 根拠?」


「どうして遠隔憑依のカラクリ(・・・・)がわかった(・・・・)


 思わず睨みつつ、問いかける。


 返ってきたのは困惑顔だった。


「え? えっ……? ええっと……その……」


「…………」


「そういえば、なんで……だろ……」


 こっちが聞きたい。


 貴様は何故、敵の事を知っている。


 貴様は何故、敵と同じヤドリギを作れたんだ。


 貴様は何故、そんな顔を――――。


「ええっと……私も、よくわかんないんですけど……」


「…………」


「頭に、急に思い浮かんできたんです。ヤドリギの時と、同じで……!」


 本人も理解していない。


 理解していないのに、敵の武器を1つ対策してみせた。


 これで完璧に対策できたわけではないが、それでも有用だ。


 真実ではない可能性もあるが、この女に賭けるしかない。


「わかった。直ぐに避雷針プログラムを実装する。船のデータベースに送ってくれ。他の部隊には私から話をつける」


「お願いします……!」


 この件を先に片付けよう。


 いつ、敵が襲ってくるかわからん。


 仮眠も急ぎたいが、後回しだ。


 この女は……本当に、何者なんだ……?




■title:時雨隊母艦<羽鉄>にて

■from:時雨隊隊長・ドライバ大尉


 やれやれ……中佐にも困ったものだ。


 そう思いながら眉間を掻く。


「どうしますか、ドライバ隊長。このままじゃ私達、生きて故郷に帰れませんよ」


「ふぅむ。困ったたねぇ」


 故郷に帰る必要性は感じない。


 ただ、死ぬのはヤダねぇ~。


 無能な上官を持つと苦労する。ネウロン旅団は特に酷い。


 だが、我々は運が良い。


「とりあえず、久常中佐に連絡しよっかぁ」


「えっ……。先程、通信を切られたばかりなのに?」


「中佐は重要なことを忘れている。記憶喚起のために連絡するだけさ」


 時雨隊(ウチ)には切り札がある。まだ何とかなる。


 星屑隊には悪いけどね。彼らには死んでもらおう!






【TIPS:権能】

■概要

 源の魔神が作成した異能。広義の意味で術式の一種。


 源の魔神は生前、いくつもの世界を作ってきた。そこに人類の種を撒き、文明が十分に成長すると滅ぼしてきた。世界ごと滅ぼしてきた。


 世界を滅ぼすと多数の知的生命体(にんげん)の大量死が発生する。


 死は強い感情を生む。その感情から大量かつ高濃度の混沌が発生するため、それらを活かして作成されたのが<権能>である。


 権能は世界を鋳つぶして作った力だけあって強力なものが少なくない。


 例えば「睨むだけで他者を殺す権能」「不死身の軍勢を作り上げる権能」「任意の対象を超強化する権能」「損害を分割払いする権能」など、幅広い性能の権能が存在している。


 源の魔神は作成した権能を自分で使うだけではなく、部下の天使達に貸与し、人類を罰するために使わせていた。


 源の魔神死後も多くの権能が現世に残り、プレーローマを支える力として運用されている。神器並み、あるいは神器以上に強力な権能も複数存在している。





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