見せしめ
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「何とかなった……のか?」
援護してくれた時雨隊の船と合流し、繊三号からひたすら距離を取る。
陸地に隠れ、繊三号は見えなくなった。
敵の追撃も、いつの間にかなくなっていた。アル達曰く、「波が引くようにスッと追ってこなくなった」らしい。
着艦し、格納庫に戻る。皆が忙しそうに艦内を走り回っている。
隕鉄は大きな被害は無いが、無傷じゃない。航行と作戦行動に大きな支障は無いのは幸いだったが……。
「あっ! レンズ!」
自分の機兵の傍でバレット達と話をしていたレンズに声をかける。
俺が無理矢理、操縦席から引きずり出したから大怪我を負ってないかと心配していたが、いつもと変わらない調子で動いている。
俺達は痛みを感じないから、大事になっている可能性もある。だから医務室のベッドで安静にしていろ――と言ったが、レンズは鬱陶しそうに「キャスター先生と同じこというな」と言い、医務室に戻るのを拒否してきた。
「オレは無事だよ。テメエのおかげでな」
「けど、機兵の方は――」
「整備長の話だと、何とか復旧できるらしい。オレらの機兵を好き勝手使ってきた敵巫術師に、復讐戦を挑むぐらい出来そうだ」
「…………」
相手が使ってきた技は、明らかに巫術だった。
しかも、アル達が束になってやっと追い出せたほどの強者。
こっちはダメージ負ったが、向こうは無傷。
あんな相手、どうやって勝てばいいんだか……。
とにかくレンズに「無理はするなよ」と言い、アル達を見舞うために医務室に行く。星屑隊と第8にも死者が出なくて本当に良かった。
「あれっ? でも、なんか1人足りないような……?」
いつもなら、なんかヒステリックに叫んでる人がいそうな……。
いや、気のせいか。
激しい戦闘で頭をどっかにブツけたのかもしれない、と思って頭に触ってみたが、前みたいに出血はしていなかった。頭を打った覚えもない。
身体の調子を確かめつつ、医務室に入る。
ヴァイオレットは隊長達と話をしているようで留守だったが、医務室のベッドには子供達がぐったりと寝込んでいた。
久しぶりにキツめの鎮痛剤を使ったうえに、薬無しの状態で死を感じ取ってもいた。何とか無事で良かったが……つらそうにしている。
「俺達が無事なのは、お前らのおかげだ。ありがとな」
「へっ……。これがオレらの実力だぁ……」
フェルグスが不敵な笑みを浮かべ、そう返してきたが……やはり元気がない。
心配だが、子供達の体調はキャスター先生に任せるしかない。
毛むくじゃらの獣人先生に「コイツらを頼みます」と言って頭を下げると、先生は重々しく頷いた。
「お前らはメチャクチャ頑張った。けど……アルはムチャしすぎだ……! 下手したら死んでたぞ、甲板で」
アルが寝かされているベッドの横に椅子を引っ張ってきて、どかりと座る。
「危うく、俺の操縦でお前を潰すところだった。スマン……!」
「あれっ……? 敵の操縦ですよね?」
「いや、お前に向けて手を振り下ろし始めたところで、俺に操縦権が戻ったんだ。一瞬だけだったが――」
敵は、俺に仲間殺しさせようとしたんだ。
クソ陰湿なことしやがる!
アルが上手く避けてくれたおかげで何とかなったが、本当に危なかった。
「ケガしてないか? ホントに大丈夫か?」
「ボクはぜんぜん、だいじょーぶです」
アルは力ない笑みを浮かべ、「でも、ラートさんのおかげです」と言った。
「ラートさんが声をかけてくれたから、潰されずに済みました」
「俺が?」
「うん……。まあ、でも、潰されても魂はしばらくは無事みたいだから、そこからでも憑依できたんで……そしたらラートさんだけは助けられたかなって――」
「バカなこと言うな……!」
笑顔でトンデモナイことを言うアルの額を撫でる。
少し熱い。熱があるみたいだ。
「俺は『来るな』って言ったのに……」
「え……? そうじゃなくて、『飛べ、兄弟』って言いませんでした?」
「えっ?」
そんなこと、言った覚えがない。
アルはベッドに寝たまま、ニコニコと笑い、「ラートさんがそう言ってくれたから、ピョンと飛んで何とかなったんです」と言った。
前にヴィオラが言ってた例の幻覚……いや、幻聴か?
そういうハッキリとした言葉の幻聴まで聞こえるって話は、初めて――。
「……………………」
「……ら、ラートさん……? お、怒ってるんですか……?」
「おい、アル。オレも怒ってるからなぁ……!」
「うぅぅ……。ごめぇん、にいちゃん……」
よくわからんが、いまはアルの無事を喜ぼう。
不思議とボンヤリする頭を撫でつつ、不安げなアルの頭もまた撫でる。
「まあとにかく……もう危ないことするな。いいな?」
「はい……」
「全員、無事で良かったよ。ホントに……」
グローニャとロッカは眠っている。2人も一応、大丈夫そうだ。
レンズといい、子供達といい、他の隊員といい、無事で良かった……。
「全員無事なのはいいけどよ――」
ベッドの上で上体を起こしたフェルグスが、表情を強ばらせながら口を開いた。
「あの町とか、全然無事じゃねえだろ。……交国軍の機兵が暴れて」
「繊三号か……」
死人が出たのは間違いないだろう。
アル達が死を感じ取っている。
あれだけ機兵が大暴れしたうえに、タルタリカまで出たんだ。
それなりの人数が死んでいるだろう。いや、それどころか、繊三号にいた交国軍人も一般人も全員死んだ可能性すらある。
「ああいう事って……その……。よくあるのか?」
「あってたまるかよ。さすがに普通じゃねえよ。……ただ」
「……ただ?」
「さっき報告があった。繊三号以外も襲撃を受けたらしい」
フェルグスが目を見開いた。
俺も、これを聞いた時はさすがにビビった。
少し落ち着いたら隊長から詳しい話を聞けるはずだが、どうなる事やら……。
これは単なる繊三号襲撃事件じゃねえ。
いったい、ネウロンで何が起こってるんだ……?
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
手の空いている人が会議室に集まってくる。
隊長から現在の状況を聞くために。
私は事前に少し、教えてもらえた。
ただ、それを聞いても「これからどうなっていくんだろう」という疑問は消えなかった。ほんの数時間でネウロンの状況が大きく変わったから……。
「ヴィオラ。隣いいか?」
「ラートさん……」
やってきたラートさんに「どうぞどうぞ」と隣の席を勧める。
医務室で子供達の様子を見てきてくれたらしく、その事について話をしていると――会議室に隊長さんもやってきた。
「皆、繊三号での戦闘、ご苦労だった」
隊長はそう言い、「残念な知らせだ」と言いつつ言葉を続けた。
「繊三号は陥落した。そして、ネウロンの都市の7割が敵の手に落ちた」
その事をまだ知らなかった隊員さん達が、ざわつく。
ネウロンでの戦いは、今まで交国軍が連戦連勝だった。
久常中佐が無茶をしなければ、損耗率ゼロを目指せるぐらい、交国軍にとって敵は――タルタリカは弱かった。
「襲撃を受けたの、繊三号だけじゃなかったんですか……!?」
「そうだ。敵はほぼ同時に動き、ネウロンにある交国保護都市を襲撃した。襲撃を受けた都市は全て陥落した」
「繊一号は?」
「繊一号は襲撃を受けていない。今のところはな」
久常中佐達がいる繊一号は――ネウロン旅団の本部は無事。
ただ、「対タルタリカ」なら無敵の海上都市だったはずの繊三号すら陥落した。敵は海上都市すら落としてみせた。
タルタリカが「大量の水」という弱点を克服し、海上都市を攻め落とした。
陸上都市である繊一号も、攻め入られたら……無事ではいられないかも……。
「1時間前、旅団本部に敵の犯行声明が届いた。敵は自らを<ネウロン解放戦線>と名乗り、『都市を襲撃したのは自分達だ』と語っている」
隊長さんがそう言うと、傍に控えていた副長さんが会議室の端末を操作した。
会議室のディスプレイに犯行声明の映像が映し出される。
その映像には、1人の交国軍人さんの姿が映し出された。
「ここに映っているのは、交国軍・ネウロン旅団所属荒星隊の隊長だったフォーク中尉だ。中尉は荒星隊と共に行方不明となっていたが……生きていたらしい」
フォーク中尉さんは自らの勢力を<ネウロン解放戦線>と名乗り、交国政府に対し、「ネウロン旅団をネウロンから撤退させること」「ネウロンに対する戦争賠償」を要求してきた。
この要求は真っ当なものだ。我々、ネウロン解放戦線は義によって立ち上がり、ネウロン人の代わりに交国軍と戦う事を決意した――などと言っている。
『ネウロン解放戦線の味方は、ネウロンの内外に数多く存在する。その証拠に今回の蜂起は全て計画通りに進んだ。交国政府よ、我々を侮るにゃよ……』
「こいつ、犯行声明を噛んでやがる……!」
「録画じゃなくてライブかコレ!」
「いま流しているのは録画だ。旅団本部にはそのまま届いたそうだが、本部側からの通信には一切応じず、一方的に語ってきたそうだ」
フォーク中尉さんはキリッとした様子で犯行声明を読み上げ続けているけど、星屑隊の会議室内は少し空気が弛緩した。
『今回の蜂起は、第一次蜂起だ。我々がその気になればネウロン旅団どころか、その他の交国軍も瞬く間に滅ぼす事ができる。我々の味方はそれだけ多く存在する』
中尉さんはキリッとした様子だったけど、一瞬、視線を泳がせた。
撮影をしているカメラじゃなくて、その横の辺りを見ているような……。
声明のカンペでもあるのかな?
『ネウロン全土で蜂起しなかったのは、多くの血が流れる危険性があったためだ。今回は手加減してやっただけだ。……我々の要求を受け入れないようであれば、血の雨が降ると思っていただきたい』
「…………」
『ネウロン解放戦線は……タルタリカを操る術も手に入れた。我々は交国軍に潜む同志以外にも、タルタリカという戦力を用意できる。抵抗は無意味だ』
「…………」
『……いっ、以上だ……。賢明な判断を求める……!』
「犯行声明は以上だ。……旅団上層部は今回の騒動を『一部の交国軍人が起こした反乱』と考えている」
実際、フォーク中尉さんのような軍人さんが蜂起に参加している。
繊三号以外でも、交国軍の機兵や船が都市を襲い、瞬く間に制圧している。
タルタリカも出てきているけど……戦闘は主に機兵が行っていたらしい。
「ネウロン旅団の半数近くが裏切ってるかもしれない……って事っスか」
「いや、実際はそう多くないはずだ。そもそも裏切り者などいないのかもしれん」
隊長さんはそう言いつつ、副長さんに目配せした。
副長さんはそれに応じ、先ほどの犯行声明映像を逆再生し始めた。
そして音声を消し、フォーク中尉さんの姿を皆によく見せ始めた。
「見ての通り、フォーク中尉の様子はおかしい」
「カンペ見て話してるように見えますね……」
「喋るの苦手なんだろ」
「顔色が悪い。なんか……脅されて喋ってるように見えますね?」
「その通りだ」
映像の一部が拡大される。
フォーク中尉の背後。
そこにあった窓ガラスに、銃を構えた機兵の姿があった。
その銃口は、フォーク中尉に向いているように見える。
「おそらく、フォーク中尉は脅されている。これが単なる反乱であると偽装するために、矢面に立たされているのだろう」
「何のために……?」
「理由はわからん。単に騒乱を起こしたいだけなのかもしれん」
隊長さんはそう言い、例を挙げてくれた。
「例えば……ネウロンにプレーローマの工作員が入り込み、交国軍同士の同士討ちを狙っているのかもしれん。あるいは別の勢力か……」
「けど、各地の蜂起は?」
仮に今回の事件の背後にプレーローマがいたとしても、ネウロンの都市の7割が1日と持たず陥落しているのはおかしい。
大半の都市が繊十三号のように脆弱だったとしても、複数の都市を一気に落とせる組織力は……単なる工作とは思えない。
「工作員だけで、ここまで大規模な蜂起が起こせますか? ネウロン旅団は全体的に『質が悪い』と言われますが……ここまで好き放題されるはずが……」
「そこはおそらく、大勢が蜂起に参加していると誤認識させているだけだ」
ネウロン各地の蜂起は、主に機兵が暴れている。
タルタリカも戦闘に参加していたけど、交国軍人が歩兵として蜂起に参加している姿は誰も見ていない。脅されているフォーク中尉が出てきたぐらい。
「繊三号での戦闘では、特別行動兵の活躍により敵機兵の操縦席にいた者達を捕まえることが出来た。だが、彼らは蜂起のことなど何も知らなかった」
でも、確かに機兵は暴れていた。
その身に2つ分の魂を宿して――。
「敵は巫術を使い、機兵や船舶、戦闘車両を乗っ取ることで各都市を占拠した。歩兵が必要な場面ではタルタリカで代用したのだろう」
「つまり、こういう事ですか?」
星屑隊の隊員さんの1人が、私の方を見た。
私の顔を見つつ、言葉を続けた。
「蜂起したのは巫術師。特別行動兵達が一斉蜂起し、交国の正規兵が反乱を起こしたように見せかけている……」
「おい、テメエ。ヴィオラ達を疑ってんのか?」
隊員さんの視線に応じるように、ラートさんが立ち上がった。
2人に対し、隊長さんが「結論を急ぐな」と声をかけてきた。
「この件、少なくとも第8巫術師実験部隊は関与していない」
「でも、敵は巫術を使ってきたんですよね? だから機兵や船の制御を奪われた」
「奪われた制御を取り返したのは誰だ?」
「それは……」
「第8の子供達、っスよねぇ」
別の隊員さんが口を開き、「第8が関与しているなら、繊三号の時点で敵側と合流しているはずだ」と弁護してくれた。
私達は、本当に何も知らない。
他の巫術師さん達と連絡を取ることも出来ない。裏切り防止のために「チョーカーに爆弾がついているから、裏切れなかった」なんて事もない。
特別行動兵はその証としてチョーカーをつけているけど、これは爆発物ではない。あくまで識別のためにつけている飾り。
「難しいかもしれないけど……信じてください。子供達も私も、今回の件は何も知らなかったんです……」
「……すまん。隊長の言う通り、結論を急ぎすぎた」
私達を疑ってきた隊員さんが、皆の前で頭を下げてきた。
わかってくれたなら良かった……。
「でも、敵が巫術を使ってきたのは確かなんだよな……?」
「第8以外の特行兵が裏切った? 第8は除け者にされてたとか?」
「それは無い。蜂起に参加できる巫術師の数が合わん」
隊長さんは本部に問い合わせ、巫術師の現在位置をある程度、特定してくれた。
ネウロン旅団は正規兵も特別行動兵も部隊単位で位置を把握しているため、「近場に巫術師がいないのに陥落した都市」も割り出す事が出来る。
行方不明――戦死が正確に把握できていない特別行動兵もいるけど、それを含めても「敵側にいる巫術使い」の数が合わないみたい。
どの都市も複数の機兵に制圧されているため、巫術師だけで7割もの保護都市を落とすのは不可能。もちろん解放戦線の言葉通り、交国軍の中にも裏切り者がいる可能性はあるけど――。
「解放戦線の動きがおかしいのはわかりますが……」
「じゃあ、誰が巫術使ってるんですか? ……まさか、交国が把握していない魔物事件の生き残りがいたとか?」
「その可能性もあるが、別の可能性もある。副長」
「はい」
会議室のディスプレイに、犯行声明とは別の映像が映し出される。
それは繊三号での戦闘記録。ラートさんの機兵が持っていた記録。
そこに偶然、「敵が機兵を奪った手口」に関するヒントが映っていた。
「これはダスト3が繊三号の整備工場付近で戦闘していた時、記録されたものだ。ここ……整備工場で待機中の機兵が起動したのが見えるか?」
「見えますけど……それが?」
「足下を拡大してくれ」
機兵の足下が拡大されていく。
くっきりと捉えられていなかった足下の映像が、拡大と共に処理され、ハッキリと当時の光景を映し出し始める。
拡大された機兵の足下には、黒い羊のような生物がいた。
「コイツ……! 小型のタルタリカですか!?」
「ああ。問題はこの続きだ」
一時停止していた映像が、再び動き始める。
小型のタルタリカが機兵に触れた次の瞬間、操縦席に誰も乗っていなかった機兵が流体装甲を纏い、戦闘態勢を整えた。
そのまま工場の壁を破って出てきて、レンズ軍曹さんの機兵に向けて襲いかかってきた。幸い、それは関節部を打ち抜かれて倒れていったけど――。
「まさか……タルタリカが巫術を使ったって事ですか?」
「その可能性がある。これなら、巫術師がいなくても機兵が乗っ取れる」
「機兵からタルタリカが離れても、憑依が続いているように見えましたが――」
「どうやら、敵はヤドリギを持っているらしい。繊三号での戦闘が始まる前から、ダスト2の機兵にグローニャ特別行動兵が憑依していた」
この船のヤドリギは機能停止していた。
憑依可能距離延長のため、ドローンに積載しているものも同じ。
おそらく、途中で繊三号に上陸してきた機兵が持っていたんだと思う。巫術が使える特殊なタルタリカを基地内に先行させ、騒乱を起こさせたんだと思う。
あの機兵が海中にいて、ヤドリギを装備していた。
そのヤドリギにより、グローニャちゃんの遠隔憑依が成立したんだろう。
「この短期間でこんな映像、よく見つかりましたね!?」
「隊長が見つけたのさ。タルタリカ共の動きがおかしかったからな」
副長さんが笑ってそう言った。
曰く、隊長さんが「まだ動いていない機兵が映っている記録」をピックアップし、早送りで確認して直ぐに見つけたらしい。
「これは単なる反乱ではない。交国軍の同士討ちを狙ったテロの可能性がある」
いま暴れている敵を全て鎮圧しても、それで終わりとは限らない。
巫術が使えるタルタリカを何とかしない限り、別の機兵が乗っ取られる。
交国軍は機兵を主戦力としているため、下手に「反乱」を鎮圧しようとすると、次々と機兵を奪われる可能性すらある。
「繊三号で捕まえた機兵乗り2人は、無実だったって事ですか」
「おそらくな。フェルグス特別行動兵達も、繊三号で暴れていた機兵のうち数体は魂が2つ見えたらしい。無実の機兵乗りと、巫術で憑依したタルタリカの魂が見えていたという事だろう」
「何で敵がヤドリギ持ってるんですか? アレを作れるのはヴァイオレットちゃんだけなんじゃあ……」
「わからん。だが、ヴァイオレット特別行動兵が作成したものが流出したのは有り得ん。ヤドリギの出処は、今後わかるはずだ」
ヤドリギは私が開発したものじゃない。
なぜか、作り方を知っていただけ。
敵が使っているのが「オリジナルのヤドリギ」なのかも。
だとすると……私、記憶を失う前はあっち側にいたのかも……?
「<ネウロン解放戦線>の犯行声明は、我々が去った後の繊三号で撮られたものだ。そこには奇妙な機兵も現れた」
アル君が憑依していたドローンが捉えた映像。
そこに山羊のような頭部を持つ、異形の機兵が映し出されている。
周囲の機兵やタルタリカの反応から、あの機兵がリーダー格という可能性は高い。……この「反乱」の真実を、全て把握している人が乗っているのかも。
「この機兵と目が合った直後、星屑隊のドローンが巫術で奪われた」
「巫術の憑依って……接触が大前提じゃ……?」
「し、視線だけで憑依して来たって事ですか……!?」
「その可能性はある。あるいは、別のカラクリがあるのかもしれん」
機兵戦において、巫術は攻撃面でも脅威になる。
巫術憑依による強奪。その恐ろしさは模擬戦だけではなく、先ほどの戦いでも示されていた。……相手は随分と慣れている様子だった。
「今回の敵、下手に手を出すとマジヤバいって事ですね」
「若者言葉で言うと、そうだな」
「じゃあ、とりあえず逃げ回るしかねえかぁ~……」
隊員さんの1人が頭の後ろで手を組みつつ、苦々しい表情で「でも補給、どうするかなぁ……」と呟いた。
「都市が大量に陥落した以上、補給できる場所は限られますよ~……?」
「武器弾薬はともかく、ゼリーパン食えねえのは困りますね」
「繊一号は陥落してないんでしょ? まだ敵に乗っ取られていない部隊は、一度繊一号に集結。本国から増援が派遣されるまで防戦ですかね」
「……繊一号への帰還は許されていない」
「は?」
どの部隊も、繊一号への接近が許されない。
繊一号にいる交国軍人ですら、動きが制限されているみたい。
「久常中佐のご命令……ですかぁ~……?」
「そうだ。中佐達は、今回の件を『反乱』として処理するつもりだ」
「隊長達が、ここまでの証拠を見つけたのに!?」
「そうだ。まあ、推測混じりの話だからな。確たる証にはならん」
「けど、敵がおかしいのは事実でしょ。繊一号で守り固めて慎重に動くべきだ」
「ひょっとして、星屑隊も解放戦線側に見られてるんですか!?」
「星屑隊だけではない。ネウロンにいる全ての交国軍人が疑われている」
解放戦線は「交国軍内にも協力者がいる」と言っている。
実際、交国軍の機兵や船が「反乱」に加担している。
隊長さんは「巫術を使うタルタリカの存在」も上に説明したらしいけど……まともに取り合ってもらえなかったらしい。
繊三号で「敵」と戦闘した星屑隊も例外ではない。
隊長さんの話だと、「解放戦線と敵対したフリをして、繊一号に近づこうとする間者」として疑われている素振りすらあるみたい。
上の人達も、巫術をちゃんと理解してくれていれば……こんな事には……。
「現在、星屑隊を含めて多くの部隊が繊一号への接近を禁じられている。下手に近づくと『反乱の兆しアリ』とされ、先制攻撃されるだろう」
「信用ねえなぁ~……!」
「オレ達も久常中佐のこと信じてねえし、お互い様だろ」
「こっちはわざわざ中佐に刃向かったりしねーし!」
ざわめき始めた会議室に、手を叩く音が響く。
音で皆の注意を引いた隊長さんは、「ともかく、今は待機だ」と言った。
「しばらく時雨隊と行動を共にする。海上でも、常に敵襲を警戒しろ」
「海を克服したタルタリカもいたからですか……」
「そうだ」
「繁殖で数が増えます。巫術も使えます。海も泳げますって……タルタリカの評価が一気に上がってきましたね」
「だがおそらく、全ての個体が巫術が使えるわけではない」
全てのネウロン人が巫術を使えたわけではないように、タルタリカも「巫術が使える個体」は限られる可能性が高い。
そもそも何でタルタリカが巫術を使えるのかって事に関しては……ネウロン人の影響かもしれない。
タルタリカはネウロンにいた人達が変質したモノみたいだから、ネウロン人の「遺伝的な巫術適正」を受け継いだのかもしれない。
今は、わからない事だらけ。
殆どの都市を押さえられたうえに、敵は強力な巫術も使う。
タルタリカ込みなら、交国軍の増援が来ない限り、数でも大きく負けている。
その上、味方のはずのネウロン旅団本部にすら疑われている。
……このままじゃ私達、孤立無援で……。
「…………」
「大丈夫だ、ヴィオラ」
「ラートさん……?」
不安で暗い気持ちになっていると、ラートさんがそっと手を握ってくれた。
「お前も子供達も、俺が絶対に守る」
「あっ……ありがとうございます」
「あー! ラート軍曹がなんかカッコつけてる~!」
「イチャイチャすんなー!」
「いっ、イチャイチャとかしてねえ! 戦友のヴィオラを激励してたんだよっ!」
「えー! 今のが戦友への態度ですかぁ~!?」
皆が子供のようにキャイキャイとからかってくる。
恥ずかしくて赤面してしまい、あたふたしていると、副長さんの怒鳴り声が響いた。騒いでいる人達に対し、「ガキみたいに騒ぐな!」と叫んだ。
「隊長の話がまだ終わってねえんだよ! 黙れボケ! ……さっ、隊長どうぞ!」
「いや、先程の話で概ね終わって――」
副長に言われ、口を開いた隊長が何かに気づき、懐を漁った。
どうも隊長の端末に通信が届いたらしく、会議室に集まった隊員さん達に「少し待て」と言うように手のひらを見せた。
どうも、ネウロン旅団本部から通信が来たみたい。
星屑隊を遊ばせておく余裕は無いみたいだけど、どんな指示をするんだろう。
……私達だけで、繊三号を奪還しろとか……言わないよね? さすがに。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:星屑隊隊長
「放送は――」
「艦内放送にも繋ぎました。船の全員に届いています」
ネウロン旅団から、ネウロンにいる全ての兵士に向けて放送があるらしい。
各部隊の責任者宛の指示ではなく、全兵士への放送。
一体、何を言う気だ?
『私はネウロン旅団・旅団長の久常竹中佐だ』
放送には久常中佐1人だけが出てきた。
厳しい顔つきのまま胸を張り、淡々と言葉を紡ぎ始めた。
『ネウロンにいる全ての兵士に告ぐ。この放送は、私を裏切っている愚か者にも届けている。これから私を裏切ろうとしている者も、よく聞け』
「…………」
『解放戦線とやら。貴様らがどれだけの戦力を揃えていようが、どれほどの裏切り者を生み出していようが……この私を倒すことは不可能だ』
「…………」
『貴様らは方舟を奪えていない。ネウロン最強の戦力は、未だ私の手中にある! 貴様らが数を頼みに攻め入ってこようと、方舟で蹴散らしてやる!』
「――――」
おい。
貴様。
正気か……?
『直ぐに! 私の真の力を見せてやる! これより、<星の涙>を使用し、繊三号を占拠した反乱軍を、跡形も無く消し飛ばしてやるッ!』
敵は単なる反乱軍ではない。
単なるタルタリカの群れではない。
おそらく、繊三号の住民はまだ生かされている。
そんなところに星の涙を落としたら――。
『これは見せしめだ! よく見ておけ!! 私に――交国軍に逆らった愚か者がどうなるか、貴様らはこの一撃で理解するだろう!! さっさと降伏――』
中佐のような立場のある人間が、こんなことを公然と行うのは言語道断。
交国の公式な発言と取られたら、交国軍は……単なる虐殺者になってしまう。
それはマズい。
「――――!」
「隊長っ!?」
指揮所に走る。
直ぐに……直ぐにでも、ネウロン旅団に通信を!
誰か、あの久常中佐を止めろ!




