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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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小さなうそ



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 第十三次タルタリカ殲滅作戦。


 タルタリカ殲滅のための合同作戦は、今まで何度も行われている。


 だが、今回は色々と事情が違うらしい。


 結構危険な作戦になりそうだが、幸い――。


「第8巫術師実験部隊は不参加で確定だ。そこは良かった」


「技術少尉は最後までゴネてましたけどね~……」


 甲板にヴィオラと2人で立ち、言葉を交わす。


 成果が欲しい技術少尉は第8も作戦参加できるよう訴えてきたが、隊長がしっかり止めてくれた。上の人達も説得してくれたらしい。


 内陸部での長期作戦となると、大量の鎮痛剤が必要になる。薬の過剰摂取や、巫術師の弱点の影響で、巫術師に大量の死者が出るかもしれない。


 実験部隊は交国術式研究所所属であり、軍部の都合で生還困難な作戦に投入して使い潰せば研究所の実験に差し支えが出る。


 そしたらネウロン旅団側の責任になりますよ――って感じで説得したらしい。


 久常中佐はこれ以上、責任を問われる事態は避けたいらしく、中佐の方から嫌がって巫術師参加を差し止めたみたいだ。


「第8はしばらく、繊三号で待機だ。仮に戦闘になっても繊三号の守備隊が動く。安心して留守番しといてくれ」


「はい……。でも、ラートさん達は大丈夫なんですか……?」


 人間のような動きをするタルタリカ。


 繁殖で数を増やすようになった個体。


 それを捕獲しろという追加注文(オーダー)


 何かあった場合、撤退は容易ではない内陸部の戦いは……正直、危ない要素だらけだ。けどまあ、軍人には危険が付きものだ。


 仮に死んだところで、家族には恩給が出る。


 今までだったら、何の気兼ねもなく死ににいける場所だったが――。


「大丈夫だ。まだヴィオラとの約束も果たしてねえし、必ず生きて帰るよ」


 俺にはまだ、やらなきゃいけない事がある。


 フェルグスに「口先だけのクソオーク」って言われないためにも、生きて帰ってきて……巫術師による機兵運用実験を再開する。


 そんで、交国政府に巫術師の重要性をよく理解してもらい、巫術師の待遇を改善してもらう。あるいは巫術師の無実を証明する。


 だから、まだ死ねない。


 ……死ねない理由が出来ちまった。


「…………」


「そんな心配そうな顔するなよ~。俺のこと、信じてくれよ~」


「信じてますよっ! 信じてますけど、心配はしていいでしょっ……?」


 笑って軽く肩を叩くと、ヴィオラは「むぅ」といった感じの顔で俺をポコポコと小突いてきた。心配してもらえるのは嬉しいが、ちと申し訳ねえなぁ。


「ありがとな。殲滅作戦に参加するのは機兵対応班だけだから、留守番中、困った事があったら隊長達を頼ってくれ。……技術少尉には気をつけてくれよ?」


「はい。ああ、そういえば――」


 ヴィオラが微笑しつつ、言葉を続けた。


「フェルグス君が珍しいこと言ってたんですよ」


「フェルグスが?」


「ラートさん達だけが殲滅作戦に参加するって聞いて、『ピンチの時は助けに行ってやるよ』『一応、借りがあるし』って。こっそり言ってました」


「え~……! そうなのか? 直接言ってくれりゃいいのに~!」


「さすがに恥ずかしいんでしょう」


 まあ、そうだよなぁ。


 でも、そう言ってもらえるだけ、少しは関係が良くなったのかな……?


 気持ちは嬉しいが、アイツらに出番を与えちゃダメだ。


 機兵対応班(おれたち)だけで何とかするんだ。


 気持ちを引き締めつつ、作戦区域の方を見ていると、ヴィオラに腰を叩かれた。


「ラートさん、アレって――」


「おっ! 見えたか。アレが繊三号だ」


 陸地から突き出た岬の向こうの海。


 そこに巨大な人工物が浮かんでいる。


「大きな船ぐらいのサイズと思ってたんですが、船どころじゃないですね」


移動海上都市(・・・・・・)だからなぁ」


 繊三号はバカデカい「浮島」だ。


 複数の大型船を連結したようなサイズで、万単位で人間を収容可能な浮島だ。ネウロンで最も大きな人工物と言っていいだろう。


「元々は移動せず、単なる街として使われてた場所なんだが……」


「交国が作ったものなんですよね?」


「ああ、さすがにな」


 ネウロンの技術じゃ、あんなバカデカい人工物は作れないだろう。


 ネウロンで魔物事件が起きた事で、ネウロンの大地は居住困難になった。


 あちこちの陸地でタルタリカが暴れ回るため、交国軍が防衛線をしかないと、生き残りを保護できない状態だった。


 交国は避難船を派遣し、ある程度は界外に脱出させたが……全員を避難させる余裕もなかった。交国だけじゃネウロン復興は出来ないから、ネウロン人の人手が欲しい事情もあって、全員は連れ出せなかった。


「常に防衛線を敷くのも大変だから、『タルタリカの来ない場所に街を作ろう』って話になったんだよ。そこで繊三号の建造が始まった」


 ネウロンに派遣されてきた工廠艦が、混沌の海で繊三号の「区画」を製造。


 海門を経由してネウロンの海に移動させた区画を連結する事で、バカデカい浮島――繊三号が完成した。


「交国軍は<移動式海上基地>って浮島を作って、たまに使ってんだ。色々と問題あるから方舟ほど使ってねえが……今のネウロンなら活躍できるものなんだ」


 移動式海上基地は、軍事利用するには問題も多い。


 移動速度が遅い。脆弱。通常の基地よりも維持コストがかかっちまう。


 利点もある。方舟より安価に作れる。移動可能。大人数を収容できる。


 けど、機兵や爆撃機を持っている敵が出てくる戦場で運用するのはちと怖い。


「だが、タルタリカは水に弱い」


 浮島に攻め入る手立てがないから、脆弱という弱点を踏み倒せる。


 タルタリカはまともな飛び道具も使えない。海上都市なら実質無敵だ。


 海上都市として使い、生き残りのネウロン人を収容しておけば、防衛も簡単!


「だから、交国は移動式海上基地を複数作って、界外に逃がせなかったネウロン人をそこに避難させていたんだ。作成した中で一番デカいのが繊三号だ」


「へー……。でも、何でそんな都市がここに……?」


「それは~……今回の殲滅作戦の拠点として使うためだな。場合によっては繊三号からも火力支援が行われる手はずになっている」


 繊三号が「避難場所」として使われていたのは、ほんの数ヶ月だけだった。


 久常中佐が「移動式海上基地は対タルタリカの前線基地に使える!」と言いだし、避難していたネウロン人の半数以上を追い出した。


 そして本来の使用方法――移動式の軍事基地として使い始めたんだ。


 そう話すと、ヴィオラはムッとした表情になった。


「久常中佐、そんな横暴なことしたんですか……」


「ま、まあ、その頃にはちゃんとした防壁を備えた陸上都市も整備されていってたしな……。海上都市だと畑作るのも一苦労だし、水の確保も手間がかかる。繊三号を追い出された人達はちゃんとしたところに移住してるよ」


「でも、タルタリカの脅威がある以上、海上都市の方が安全でしょう……?」


「うーん……そうだなぁ……」


 交国軍が本格的にネウロンの都市を保護し始めて以降、都市が陥落したって話は聞かない。けど、繊十三号(ケナフ)が危うかったように、危険はある。


 タルタリカを殲滅するまで、海上都市に避難させておいた方が安全なのは確かだ。対タルタリカだけ考えれば、その方が安全だ。


 でも、経済的な問題もあるらしいんだよ~……。


 陸地と違って開拓で広げていく事も出来ないし、海上だと水資源の調達も苦労する。浮島を維持していくコストの問題もあるんだ。


 交国はネウロンに対し、多額の支援をしている。


 だが、その支援も永遠には続けられない。


 ネウロンだけで「稼ぐ仕組み」を作り、独り立ちしてもらう必要がある。


「交国が漁船を用意して、界外出荷用の漁業を根付かせようと頑張ってるみたいだが……。交国の水上船の扱いはネウロン人にはまだ難しいみたいで……交国式の漁業を普及させるのも苦労してんだよ……」


「一応、保護してもらってる分際で、エラそうなことは言えませんけど……。保護するための都市を軍事拠点として転用するって、やっぱり横暴に聞こえます」


「ごめんな~……」


「ラートさんは悪くないでしょ」


「でも、繊三号の存在には、現場の俺達も助けられてるからよぅ」


 繊三号が前線基地として使えるようになったから、ネウロン旅団は活動しやすくなった。


 前線の補給拠点として使えるし、繊三号には整備工場もある。整備のための繊一号辺りまで戻る手間がなくなっている。


 軍事的には久常中佐の判断は間違っていなかった……と、思う。多分!


「繊三号には海門(ゲート)発生装置も設置されてるから、界外から来た物資を前線で受け取りやすくなってるんだよ」


「軍需物資も繊三号で保管しておけば、前線で戦っている方々は物資を取りに行きやすい……って事ですか」


「そうそう! 流体装甲と混沌機関のおかげで武器と燃料にはそこまで困ってねえが、全ての物資を流体で賄えないからなぁ」


「なるほど。混沌機関と海門どころか、流体装甲もあるんだ……」


 ヴィオラはそう呟いた後、「流体装甲までいりますか……?」と聞いた。


「繊三号が戦闘する事って、あるんですか?」


「たまにあるらしいぞ。アレだけの巨体を動かす混沌機関を積んでるから、それと流体装甲を使えば大型の武装をいくつも展開できる」


 例えば、巨大な砲台をいくつも生成できる。


「繊三号が全力砲撃したら、攻撃地点の地形が変わるほどだ」


「でも、今回の殲滅作戦に火力支援で参加する事は――」


「さすがに難しいかなぁ。流体装甲製の大砲の射程はほんの数キロだし」


 多数の誘導弾を積んでいたら、内陸部奥地への火力支援も出来るが、タルタリカ相手にわざわざ誘導弾を使うのもなぁ。


 今回は本部が別の火力支援を用意してくれてるし、繊三号はあくまで拠点として使うだけになるだろう。それだけでも有り難いけど。


「基地として使ってるけど、今も都市としての機能は残ってるんだぜ。保護したネウロン人も結構な数が乗り続けているから」


 半数は別の都市に移ったが、半数は残っているらしい。


 基地で働いたり、交国式の漁業を身につけるべく頑張ってるみたいだ。


「まあ……ネウロン人を完全に追い出しきらなかったのは、エネルギーの問題があったからなんだが……」


「……あっ! そっか、混沌機関があるから――」


「混沌を作る必要があるんだよ。人間の感情を使って」


 混沌機関を動かすには、混沌が必要になる。


 混沌は知的生命体の感情から生じるエネルギーだから、都市部では大量に手に入る。人間がたくさんいるほど手に入る。


 交国軍人だけじゃ繊三号を動かし続ける混沌(エネルギー)を用意できなかったから、ネウロン人も巻き込んでるわけだ……。


「移動しなければ混沌の消費も抑えられるんだが、移動式の軍事拠点として運用する以上は……どうしてもなぁ……」


「保護した一般人を利用してるんですね~……!」


 ヴィオラが「これだから交国軍は~……!」と言いたげな顔を浮かべていたが、ため息をついた後、言葉を続けた。


「まあ、海上なら危険はないですよね……?」


「そうそう! 相手はタルタリカだから。陸上より安心だよ」


 ヴィオラ達も繊三号で待機できるなら安全だ。


 ウチの船よりずっと広い場所だから、ノビノビできるはずだ。


「繊三号はケナフみてえな事は無いみたいだから、安心して過ごしてくれ」


「本当に大丈夫なんですか……?」


「ウチの部隊員に、繊三号に友達いるヤツがいてよ。事前に調べてくれたんだ」


 繊三号は色んな意味で治安の良い場所らしい。


 ケナフのような規則も無いし、住民間でのイザコザも大きなものは無いらしい。


「でも念のため、星屑隊の隊員と行動を共にしてくれ」


「はい」


「今日は俺、整備工場に機兵持って行ったり、ちまちました仕事あるから付き合えねえけど、他に身体空いてるやついるからさ。俺の方から頼んでおくから……」


「それなんですけど、もう隊員の方から話があって――」


 ウチの隊員から「繊三号に行く時は言え。護衛してやるから」という話が来ているらしい。というか、「一緒に遊びに行こうぜ!」という話もあったそうだ。


 祝勝会以降、隊員の誰かしらが子供達とちょくちょく遊んでくれている。


 皆でワイワイとゲームやってたり、動画鑑賞会もやっていた。


 殆どが俺が呼びかけたものではなく、他の隊員が主催してくれたものだ。


「俺の知らないとこで、結構仲良くなってるなぁ」


「そうなんですよ。よくしていただいてます。特にバレットさんがロッカ君に機械の事とか、よく教えてくれていて――」


「ああ、それは俺も知ってる」


 ロッカは船室にこもってる事が多かったが、最近はよく船室外で見かける。


 バレットと一緒にいるのを特に見かける。


 懐いている、と言っていいぐらいに。


 バレット、ネウロン人から距離取ってたのになぁ……。


 意外だけど、良いことだな。うんうん。


「グローニャちゃんとレンズ軍曹さんは……相変わらずですが」


「そこだよなぁ……」


 巫術師による機兵運用実験はそこそこ順調だが、ダスト2組は――グローニャとレンズペアの関係は相変わらず最悪のままだ。


 副長が目を光らせている事もあり、おおっぴらにケンカする事はない。ないんだが……お互いにコミュニケーションを拒んでいる状態だ。


「殲滅作戦で離ればなれになってる間に、レンズも頭を冷やしてくれるといいんだが……。難しいな、人間関係って」


「すみません……。苦労をおかけして……」


「苦労してるのはヴィオラもだろ。まあ、気長にやるしかねえかもな」


 一応、2人の仲を取り持つ策はある。


 けど、それを実行する場合……レンズの許可を取る必要がある。


 レンズは絶対、許してくれないだろうな~……。


 どうしたもんか……と悩んでいると、ヴィオラが袖をクイクイ引っ張ってきた。


「どうした?」


「ちょ……ちょっと耳を貸してください……」


 屈んでヴィオラの背丈に合わせると、コソコソと耳打ちされた。


「ラートさん、殲滅作戦参加でしばらく帰ってこないじゃないですか……」


「うん。そうだな」


「なので、例のアレで……スッキリ、させておきますか……?」


「おっ……!! マジ? またやってくれんの!?」


 胸が高鳴る。


 アレやってくれるのは、マジで嬉しい……!


 ヴィオラは恥ずかしそうにしているし、俺もちょっぴり恥ずかしいけど……。


「ラートさんにはお世話になってますし……。ねっ?」


「おっ、おうっ! 今回はどこでやろっか?」


「じゃ、じゃあ……ラートさんのお部屋で……」


 ヴィオラが少し頬を赤らめつつ、手をクイクイ動かし、言葉を続けた。


「夜にこっそり行きますね」


「おうっ……! すまねえけど、頼むな、耳かき」


「はいっ! 任せてくださいよ~! 前回でコツ、掴みましたから……!」


 2人でフフッと笑いつつ、内緒の約束をする。


 興奮してきた。夜が楽しみだな……!


 これから繊三号に上陸して、機兵を整備工場に運んで……細々とした仕事を終わらせた後、報告がてら耳かきしてもらおっ!


「前回いっぱい出したので、今回はそんなに出ないかもですけど……」


「すまねえな……二度もやってもらって」


「何度でもやりますよ。今夜も優しく――」


「ヴィオラ姉ちゃ~~~~んっ! ラートさ~~~~んっ!」


「「…………!?」」


 アルが甲板にやってきたので、慌てて耳かきの話題を打ち切る。


 子供にはまだ早い話だ……。


「ここにいたっ! 探して…………ん? 2人共、どうしたの?」


「せ、繊三号がデカいなぁ! って話をしてたんだ!」


「そうそうっ!」


「…………? あっ、ホントだ、アレ、デッカいねぇ!」


「だろっ!?」


 いぶかしげだったアルの肩を組み、意識を繊三号に向けてもらう。


 耳かきの件、フェルグス辺りにバレたらマズいからな。


 ヴィオラ姉のふともも、勝手に使ってんじゃね~~~~っ! って!


 ……ヴィオラのふともも、ひんやりしてるうえに柔らかいんだよなぁ……。


「ラートさん?」


「ぬあっ!? なっ、なんだっ!?」


「えと、ええっとね……」


 まずい! 不審に思われている!


 アルはモジモジしながら、何か言おうとしている。


 焦りつつ、どう取り繕うか考えていると――。


「こ、これっ! ラートさんにっ……!」


「おっ? 俺に……?」


 モジモジしていたアルが、植物の葉っぱらしきものを渡してきた。


 いや、これは葉っぱじゃなくて――。


「あれっ!? これ、お前の植毛じゃね?」


 アルが渡してきたのは、四つ葉型の植毛だった。


 アルをよく見ると、頭の植毛がなくなってる。


 その事について聞くと、アルは恥ずかしそうにしながら「お、お守りですっ……」と言い、どういう事か教えてくれた。


「次の作戦、ボクついていけないから……。ラートさんが無事に帰ってこれるよう、お守りを渡したくて、そのっ……」


「マジか! ありがとな!? 植毛むしって痛くなかったのか!?」


「これ、髪の毛の一部だから……全然。また生えてくるから、大丈夫です」


 まだモジモジしているアルの頭を撫でる。


 植毛が生えていた場所も親指で優しく撫で、感謝を伝える。


「ホントにありがとな。お前の植毛、四つ葉型だから凄く幸運になれそうだ」


「しょ、植毛だから……ニセモノの四つ葉だけど……!」


「ニセモノなんかじゃねえ。これは普通の四つ葉より凄いもんだぜ!」


 しかもこれ、単にちぎってきたわけじゃない。


 ガラスみたいに透明なものに入れられ、紐を通してネックレスとして使えるように加工してくれている。これなら肌身離さず持っていられそうだ。


 俺達のやりとりを笑顔で見守っていたヴィオラがアルに対し、「バレットさんに作ってもらったの?」と問いかけた。


 アルも笑顔で頷き、肯定した。


「バレットさんが、樹脂でキレイに包んでくれて……ネックレスにしてくれたの」


「へ~……。整備士だけあって器用だな……」


 バレットのやつ、軍人以外でもやっていけそうなほど器用だ。


 アイツ、最近はマジで子供達とも接してくれてるし……改めて感謝しないとな。


「アル、ありがとな。お守り、スゲー嬉しいっ!」


「えへへっ……。え、えとっ、ぜったい、無事に帰ってきてくださいねっ」


「ああ、約束するよ」


 危険な作戦だが、コレがあればきっと大丈夫。


 約束もしたし、ちゃんと帰ってこないとな。


 ……死ねない理由、また増えちまったなぁ……。


「…………。アルっ! これ、早速つけてもらっていいか?」


「はいっ!」


 屈んで、認識票と一緒につけてもらう。


 幸運のお守りだ。大事にしないとな。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


 まだお仕事のあるラートさんとヴィオラ姉ちゃんを見送る。


 見送った後、にいちゃんを探しに行く。


 次の町が――繊三号が見えたから、甲板で一緒に見ようと誘いにいこう。


 にいちゃん、最近……星屑隊の人と遊ぶこと多くて、いっしょにいないことが増えた。ちょっと……さびしいけど、仕方ないよね……?


 にいちゃん、ボクと違って元気だし……。ボクより趣味が合う人達といっしょに遊べた方が、楽しいよね?


「にいちゃ~ん……」


 小声で呼びながら歩いていると、にいちゃんの声が遠くから聞こえた。


 食堂から聞こえた。


 行ってみると、にいちゃんが食堂で星屑隊の人達と一緒にいた。


 皆で楽しい話をしているみたいで、にいちゃんも皆も笑ってる。


「えと……」


 いま、ジャマしない方がいいのかな……?


 でも、でもっ……にいちゃんと一緒に、繊三号を見たい。


 いま、ちょうどいい距離にいるし……甲板で見るの楽しいと思う。


 近づいていってるから、どんどん大きくなっていくの面白そうだし……。


 でも、にいちゃんのジャマしちゃったら……。


「ん……」


「ははっ! 交国って、そういう事して――あっ! アル!」


 食堂の机に座っていたにいちゃんが、「ぴょん」と飛び降り、こっちに走ってくる。じゃ、ジャマしちゃったかな……?


 でも、にいちゃん、怒ってる様子ない。


 どうかしたのか~? って言いながら、こっちに来てくれた。


 来てくれたけど――。


「にいちゃ……」


「…………!? アルっ!? おっ、お前っ……! 植毛、どうしたんだ!?」


「あっ……」


 にいちゃんがギョッとした様子で肩をつかんできた。


 久しぶりに見る顔。


 前の部隊が――明星隊の人達が、ボク達をイジメてきた時……よく見た顔。


「お前、まさか誰かにムシられて……」


「ちっ、ちがうよっ!? ちょ、ちょっと引っかかってちぎれただけ……」


「ホントか? 大丈夫なのか?」


「う、うんっ……。どうせ、直ぐに生えてくるし……だいじょうぶだよ?」


 どうしよ。


 にいちゃんが心配そうだから、ウソついちゃった……。


「うーん……。まあ、この部隊にはそういうイジワルするやつ、いないかぁ……」


「うん……」


「おーい。どうかしたのか?」


 にいちゃんと話をしていた隊員さん達が、こっちに近づいてくる。


「いや、アルが髪の毛をその辺で引っかけたみたいでよ……。頭、痛くないか?」


「だ、だいじょうぶだよっ」


 ラートさんが撫でてくれたところ、にいちゃんも撫でてくれた。


 いつものにいちゃん。心配そうなにいちゃん。


 ウソついちゃったけど……だいじょうぶ、だよね?


 ちぎられたわけじゃないし……あげたの、ラートさんだし……。


「お前の植毛、幸運の証だから……ちょっと心配だなぁ」


「そ、そう?」


「いまなんか賭け事とかすんじゃねーぞ。運気が落ちてるかもっ」


「そ、そうかなぁ~……」


「そうだよ! てか、どうしたんだ? なんか用事あったんじゃねーの?」


「あっ、ええっと……街が見えたから――」






【TIPS:繊三号】

■概要

 ネウロンにある交国保護都市の1つであり、移動可能な海上都市。


 交国の<移動式海上基地>作成技術により、2週間で作成された都市。航行速度は遅いが海上を移動可能。


 魔物事件によって危機的状況を迎えたネウロンで、生き残ったネウロン人を安全に保護するために使われていた。


 その際は繊二号近海に停泊し、有事の際は繊二号住民も収容してタルタリカの襲撃からネウロン人を守る予定だった。


 しかし、ネウロン旅団を任された久常中佐が繊三号の軍事利用を希望し、本来の移動式海上基地として利用されるようになった。


 軍事利用が決定した後、繊三号で保護されていた住民の約半数はネウロン内の他の都市に振り分けられている。久常中佐が軍事利用を急かした事情もあり、住民らの希望を聞かない強制移住が行われており、繊三号で暮らしていたネウロン人の家族がバラバラに移住させられる等のトラブルもあった。


 久常中佐は住民らの嘆願を無視し、繊三号の軍事利用を強行。交国軍上層部もこれを黙認。繊三号の住民達にとって非常に迷惑な形で事が進んだ。


 ただ、海門発生装置を備えている繊三号の軍事利用はそれなりの成果を出した。


 ネウロン旅団はネウロン各地で戦い、タルタリカの殲滅がある程度終わった地域に開拓街や拠点を築いているため、繊三号が前線にいると海門経由の補給がスムーズに進むという好影響があった。


 また、繊三号が前線基地として物資を蓄えておけば、前線部隊の補給も円滑に行える。軍事的には成果を出しているため、久常中佐はこれを何度も誇り、自慢している。


 中佐の側近達はその自慢話を何度も聞かされ、飽き飽きしているが、久常中佐の癇癪を恐れ、作り笑いを浮かべて適当に受け流している。



■繊三号のエネルギー事情

 繊三号は混沌機関によって航行と発電を行っている。


 移動しないのであれば、繊三号基地の交国軍人の感情だけで混沌を賄うことが出来るが、頻繁に移動するため軍人だけでは混沌の供給が間に合っていない。


 そのため、繊三号で保護されていたネウロン人の約半数をそのまま繊三号に住まわせ、その住民らの感情にも頼って混沌を得ている。


 それによって完全に混沌を賄えている――わけではない。繊三号が巨大すぎるため、計画停電と混沌貯蓄のための停泊を定期的に行わなければならない。


 ちなみに繊三号は混沌機関と海門発生装置を備えているとはいえ、自力で界外に出る事が出来ない。繊三号で展開できる海門は、繊三号が通れるほど大きくない。


 ただ、区画ごとに分解したら界外に出られない事もない。全ての区画に動力があるわけではないので、大半の区画が自律航行出来ない。



■繊三号の住民

 現在、繊三号は交国軍人が1割。その他の一般人が9割住んでいる。


 一般人の中で最も多いのはネウロン人。界外から連れられてきた異世界人もそれなりの数がおり、異世界人同士でコミュニティを築いている。


 繊三号で働いている交国軍人の半数以上は徴用されたネウロン人のため、軍人としてはあまり役に立っていない。


 繊三号の基地司令は役に立たないことを割り切ってネウロン人を使っており、主に雑用を任せている。海上基地がネウロンに襲撃を受けた前例がない事もあり、ネウロン人は軍人としてはあまり頼りにしていない。


 ただ、基地司令は「いつまでもタダ飯を食わせるつもりはない」と言い、繊三号で働いているネウロン人に対し、ある程度は厳しく接している。


 具体的には基地内部でも出来る職業訓練計画を立て、訓練を積ませている。


 本人らの適正や希望に合わせて「車両や小型船の扱い」「機械整備」「倉庫作業・物資管理」等を覚えさせている。


 繊三号内の風紀も厳しく取り締まり、交国軍人の横暴な振る舞いや、ネウロン人と異世界人同士の軋轢等も止めている。その甲斐もあり、繊三号はネウロンの交国保護都市のわりには治安が良い。


 繊三号では当初から交国式の漁業をネウロン人に覚えさせようとしていたが、ネウロン人が交国の機器に慣れていない事もあり、上手くいっていなかった。漁に出たネウロン人が事故死する事も珍しくなかった。


 それを知った繊三号の基地司令は、改善のために部下を使って調査させた。


 その結果、指導に当たっていた交国の役人が、ネウロン人達に小型船舶・機器・マニュアルだけ渡して丸投げしていた事がわかり、基地司令は呆れた。


 基地司令は役人達をたしなめつつ、「指導のための人手が足りていなかった影響もある」と一定の理解を示し、軍部を通じて交国政府と交渉。しっかりした漁業経験のある異世界人を派遣してもらい、指導者問題を解決。


 これによって繊三号の漁獲量は右肩上がりとなっている。交国政府が当初希望していた通り、界外向けの輸出が出来る日もそう遠くないほど事業が軌道に乗りつつある。


 厳しい基地司令だが鞭一辺倒ではなく、ほどほどに飴を用意している事もあり、繊三号の住民達は種族問わず、基地司令を慕っている。


 ただ、繊三号の基地司令は、久常中佐と非常に折り合いが悪い。


 元々、基地司令は繊三号に来る前は久常中佐の部下として働いていた。だが、他のイエスマン達と違い、諫言ばかり吐いていたため、繊三号に飛ばされてきた軍人である。


 繊三号に飛ばされた後も久常中佐に意見し続けているため、中佐から非常に嫌われている。


 そもそもネウロンに飛ばされてきた人間なので、今後の昇進はあまり見込めないが、基地司令は繊三号での生活にそれなりに満足している。


 繊三号が停泊中は高台から海に飛び込む高飛込に興じており、基地司令が飛び込むのに倣って他の軍人や住民が飛び込む姿も見受けられる。


 ただ、危険なスポーツなので「絶対に1人でやるな」「軍人の監督下で、なおかつ安全が確認された場所でのみ行え」とルールの厳守を求めている。


 本人には何者にも縛れず、1人で飛び込みたいが、他の者が下手に真似をして死んだら大変なので、示しのために自分もルールを守っている。



■工廠艦

 繊三号のような移動式海上基地は、交国でも時折、作成されている。


 繊三号の場合、交国政府の依頼で派遣されてきたアップルカンパニーの工廠艦<八雲>がネウロン近海の混沌の海で区画単位で作成。海門経由でネウロン内に区画を送り込んだ後、ネウロン内で組み立て作業を行っている。


 工廠艦は移動式海上基地の「区画作り」だけではなく、機兵や方舟の整備工場としても利用できる。後者の利用方法の方が圧倒的に多い。


 工廠艦<八雲>は全長2キロの大型方舟だが、流体装甲によって工場区画を形成することで、全長10キロ以上の超大型方舟になる事も可能。


 工場区画内部に方舟や機兵を収容して修理したり、大型兵器を製造出来る。つまり工廠艦は移動可能な大型工場でもある。


 工場区画を形成している時は航行困難なため、仕事が終わると工場区画をバラして通常形態に移行。次の任地に航行していく。


 工場区画の維持に大量の混沌が必要という問題があるが、それを解決するために混沌の海で作業を行っている。


 工廠艦・八雲は方舟整備は出来ても製造は出来ないが、方舟の整備と製造両方を行える工廠艦も存在している。アップルカンパニーも保有していたが、<泥縄商事>という犯罪組織に強奪された。



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