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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.4章:遠い昔、俺達は名誉オークだった【王国歴513年】
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未来:きっかけは、その手の中に


□title:首都・サングリアにて

□from:弟が大好きだったフェルグス


「スアルタウ。ほら、これも食べなさい。これも」


「お、お嬢様……。そんな気を遣っていただかなくても大丈夫ですから……」


「我が家の恩人を飢え死なせたくないの。遠慮せず食べなさい」


 お嬢様に公衆浴場に叩き込まれた後、バッカス王国の首都(サングリア)の屋台市場に移動する事になった。そこで食事をする事になった。


 俺の腹が鳴ったもんだから、お嬢様が心配してアレコレと食べさせてくる。飢え死ぬほどではないんだけど……。


「お嬢様。貴女が俺に返すべき恩なんてありません。そもそも、交国の一件以降、俺は奥方様にお世話になりっぱなしで――」


 俺がそう言うと、お嬢様は唇の前で人差し指を立て、「しー」と息を吐いた。


「国名は出さないで。私、その件は伏せて偽名で暮らしているから」


「そうなんですか?」


「そう。なんというか……政治的な事情があるの」


 やんごとない生まれのお嬢様が担ぎ出され、政治利用される可能性があるって事か。バッカス(ここ)の政府はそんな事するんですか――と問いかけると、「政府にその気はなくても、面倒な人はいるのよ」という答えが返ってきた。


 まだ幼い頃にここに流れ着いたお嬢様を保護してくれた孤児院の人が、政府に「この子を政争に巻き込まないであげて」とお願いしてくれたらしい。


「ともかく、私の正体を知る人は限られているの。私が誰かバレてしまうと身動き取りづらくなって、お父様を探すの難しくなるし……当面は伏せておいて。その件は」


 わかりました――と言って頷いていると、近くにいた屋台の人が俺達に声をかけてきた。


 半ば押し売りのように屋台の商品を勧めてくるので、お嬢様は少し鬱陶しそうにしつつも支払いを済ませた。そして、受け取った商品を二度見して何故か呻いた。


「美味そうな腸詰め(ソーセージ)ですね」


「いる?」


「あ、俺はもう十分食べたので、お嬢様どうぞ!」


「あ~…………いや、せっかくだからどうぞ。これもバッカスの珍味だから」


「ありがとうございます。あれっ? この腸詰め、うねうね動いたような……」


「……気のせいよ」


 お嬢様は「そっ……」と視線を逸らした。


 逸らした先にあった屋台にある「腸詰めのような何か」がうねうねと蠢いていたように見えたけど、お嬢様は俺の頬に手を当ててそれを見せないように視線を動かしてきた。これ腸詰めじゃないな……?


 まあせっかくなので――とかぶりつくと、肉汁が口内にあふれてきた。けど豚や駝鳥、牛の類いとは思えない味だ。ちょっと不思議な味がする。


 謎の肉は口内でもビタビタと暴れ始めた。それをよく噛んで食べていく。ホントによくわからない肉だけど、味はそんなに悪くない。


 お嬢様にもどうですか――と勧めると、お嬢様はドン引いた様子で「セクハラよ。やめて」と言ってきた。そんなものを勧められた俺の立場は……?


「しかし……栄えてますね、この国は」


「多次元世界の最下層にある後進国家だと思ってた?」


「い、いえ。前から話題に上がってた国ですし、そこまで低評価してませんよ。けど、長年鎖国していたとは思えないほど活気がありますから」


「まあ、そうかもね」


 お嬢様と屋台を巡りつつ、根の国最大の国家である<バッカス王国>の街並みを見る。どこに行っても大勢の人がいる。


 根の国は長年に渡って鎖国を続けていた影響で、一応は「後進世界」のくくりに入るはずだけど……先進世界にない技術も存在しているようだ。


 都市間を一瞬で移動できる<都市間転移ゲート>なんて無茶苦茶なものはあるし、常人を遙かに超えた身体能力を持つ人達が当たり前に存在している。


 10年ほど前まで魔神(カミ)との戦争を続け、犠牲者も相当な数が出たと聞くけど……それを感じさせないほど明るい人々であふれている。


 この国に来たばかりの俺では、表面的なところしか見えてないかもだけど――。


「神代が終わって、色々な『縛り』が無くなったからね。それに、今はお祭り中だから余計にうるさいのよ」


「おっ。そうなんですか」


 祭りの本番は明日らしいが、既に多くの国民が祭りに夢中になっているようだ。


 そんな楽しい時に、お嬢様に俺の案内をお願いするのは心苦しいと思ったが……お嬢様曰く、「逆に助かる」らしい。


「貴方の案内を口実に出来るから、明日の<幼女競走(レース)>に出ずに済む」


「何ですか、その……幼女競走?」


「魔術で幼女になって大人達が、三輪車を走らせる競走よ」


 根の国ではよくわからないものが流行っているらしい。


 長年に渡って異世界の交流がなかった影響で、独自の文化が育まれているようだ。俺も色んな世界を渡ってきたけど、それでも物珍しいものがあふれている。


 色んなものが興味深いからよく見るためにフラフラしていると、お嬢様が俺の手を掴んできた。「迷子になるでしょ」と叱られてしまった。


「見たいものがあるなら言って。私もついていくから」


「はい。……あっ、でも、そろそろ本来の目的を果たしに行きたいです」


 俺が根の国に来た目的は、観光じゃない。


 見聞も広めたいけど、本来の目的は人捜しだ。


 お嬢様に色々食べさせてもらったおかげでパンパンになったお腹を撫でつつ、バッカス王国の入管に向かう。


 根の国最大の国家であるバッカス王国は、根の国に流れ着いて復活した人々の把握に努めているらしい。だから死者との再会を望むなら入管(ここ)に来るのが無難らしいけど――。


「直ぐに捜し人が見つかるわけじゃないから。誰々を探しているから教えてください、って聞きに来た人が悪意を持って探している可能性もあるから……」


「こっちが探している人に対して、『こういう人が貴方を探しているけど、その情報を知らせていい?』と確認取っているって事ですか?」


「そう。単に見つからない場合もあるけどね」


 入管で必要事項を知らせ、捜索依頼をかける。


 1ヶ月以内に報告をくれるらしい。


「…………」


「大丈夫よ。貴方の弟さんも、他の人も全員見つかる」


 じんわりと不安を抱いていると、お嬢様が俺の背を叩いて励ましてくれた。


 アル達が本当にここに辿り着いているかも不安だけど……再会を拒否されたらどうしよう。……まあ、いま心配しても仕方ないか。


 根の国には死者達が辿り着く。それは紛れもない事実らしい。


 それなら、きっと希望があるはずだ。


「とりあえず、今日のところはもう宿に行きましょう」


 お嬢様はそう言い、事前に取ってくれていた宿に案内してくれた。


 俺が根の国にやってきたのを聞いて直ぐに宿を取ってくれていたらしい。単に取るだけではなく、2ヶ月分の費用まで支払ってくれたようだ。


「2ヶ月どころか、何年でも面倒を見るから頼ってね」


「す、すみません、お嬢様……! 何から何まで……」


 根の国(ここ)に来るまでに色んな問題に巻き込まれ、旅費がつきかけていたからとても助かる。助かるけど、頼りっぱなしは心苦しい。


 滞在費を稼ぐためにも仕事を探したいんです――と相談すると、お嬢様は「貴方はお金の心配なんてしなくていいの」と言ってくれた。


「その厚意に甘えっぱなしだと、心苦しくて逆につらいんです。求人がある場所だけでも教えていただけませんか? 自分で探しに行くんで」


「うーん……。でも、この国は結構特殊だから……。ここだと皆が当たり前に使える魔術(もの)が使えないと仕事探しも簡単には――」


「どこかの食堂で、料理人を探してませんか?」


 そう言うと、お嬢様は首を傾げて「貴方そもそも黒水の食堂でクビにされてなかった?」と痛いところを突いてきた。


 あれから何年も経ったので、さすがに昔のような事にはなりませんよ――と説得していると、知らない人が話しかけてきた。


 どうやらお嬢様のお知り合いらしい。


 相手は相当焦っているらしく、俺が席を外す前に焦っている事情を話し始めた。


 曰く、もう直ぐ闘技大会が行われるが参加者の1人が痴情のもつれで出られなくなり、代役を探しているらしい。


「代役なんて直ぐ見つかるでしょ……。その辺の暇そうな元冒険者とか捕まえてくれば直ぐにでも――」


「それが『相手が悪いから出たくねえ!』って奴ばっかりで……! 時間をかければ見つかるだろうけど、時間ねえから焦ってんだ。マルちゃん代わりに出てくんね!?」


「嫌よ……。貴方が出ればいいじゃない」


「それなりに強い奴が出ないと興業的にマズいんだよ~~~~っ!! あぁっ! どうしよどうしよっ! 誰か直ぐに出てくれそうな暇人のアテないか!!?」


「あの、俺で良ければ出ましょうか?」


 軽く片手を上げつつ、そう申し出る。


 生身の戦いだろうと、そこそこはこなせる。数合わせにはなるだろう。


 お嬢様の知り合いが困っているんだから、手伝えば間接的にお嬢様への恩を返せるだろうと思って申し出る。


 軽く実力を見せて、「異世界から来た謎の戦士とでも言っていただければ、多少は箔が付くかと」と言うと相手は直ぐ乗り気になってくれた。


「じゃあ、お前さんで出場登録しておく! 頼んだぜ!」


「あっ、ちょっと……!」


 お知り合いがバタバタと去って行くと、お嬢様はジト目で俺を見てきた。勝手に出場を決めた俺を叱りつつ、心配してくれた。


「大丈夫ですよ、お嬢様。この国には治癒や蘇生の術式があるから、大怪我を負おうが死のうが復活できるんですよね?」


「そうだけど、私の客人でもある貴方に怪我をさせるのは……」


「根の国の……いや、バッカス王国の実力に興味があるんです」


 今日、既に3人も実力者と斬り結ぶ機会はあったけど、あれがこの国の頂点ではないだろう。それならこの国はとっくに滅んでいるはずだ。


 個人的な興味もあるから闘技大会に出られるのは願ったり叶ったりだ。怪我をしても直ぐ治せる見込みがあるんだし、是非参加させてくださいと言うと――お嬢様は最終的に折れてくださった。


 俺の手をギュッと握り、「お願いだから無理はしないでね」と言った後、俺を闘技大会の会場まで案内してくれた。


 会場に着くと、先に来て出場登録を済ませてくれていたお嬢様のお知り合いの姿があった。その人の案内で控え室に向かう。


「いや、ホント助かった! ほどほどに盛り上がる程度に戦ってくれれば、最終的に負けてもいいから頼んだぜ!?」


「出場する以上、優勝を目指しますよ」


「いやぁ、さすがに相手が悪いと思うぜ……。1回戦からあの人だから……」


「そんなにお強い方なんですか」


「大英雄サマだぜ、大英雄」


 曰く、相当な腕利きらしい。


 根の国では有名なオークの戦士らしく、根の国外から来た腕自慢も何人も叩きのめされているそうだ。これは良い勉強になりそうだ。


 最初から全力で挑ませてもらおう。




□title:フラウィウス闘技場にて

□from:大英雄


「む? セタンタは出てこないのか?」


「らしいですよ。アイツ、また女と揉めたみたいで……」


 闘技大会に出場するため待機していると、初戦の相手が変わったと知らせが来た。


 久しぶりに本気でやり合おうと思っていた相手がいないのは残念だが、代役は中々面白い相手らしい。


 闘技の場に入場していくと、反対側の入場門から全身甲冑姿の戦士が入ってきた。「異世界から来た謎の戦士」との事だが、得物は私と同じ大剣のようだ。


「――――」


 得物どころか構えも同じ。それをサングラス越しによく観察する。


 真似をされているようにも感じるが、猿真似ではない。相手の動きには僅かな隙も存在しない。しっかり自分自身の技として使っている。


 同じ流派? そんな馬鹿な。不思議な相手だが、相手にとって不足は――。


「んっ……?」


 相手の構えが、少し乱れた。


 こちらをしげしげと眺め、不思議そうに首をひねっている。


 どうかされたか? と視線で問いかけると、「何でもない」と言う代わりに手のひらを見せてきた。ただ、その後も私を見て戸惑い続けている様子だった。


 向こうも同じ構えの私を見て、戸惑っているのかもしれん。


 だが、その戸惑いはやがて鞘に収められた。


 雑念は消えたのか、何事もなかったかのように得物を構えている。


「――――」


 こちらも相手の覚悟に応える。


 お互い、疑問を抱いているようだが些細な事だ。


 答えはきっと、剣戟の先にある。


 未知の相手とはいえ、猛者なのは確かだろう。


 ならば、初撃から全力で――。





「「――露と滅せよ」」





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