未来:異なる時、同じ時
□title:楽獄都市・ヴァルポリチェッラにて
□from:石守桃華
「こっちよ」
地下監獄から地上に出て、眩しそうにしているアーロイの背を叩き、歩き出す。
アーロイと出会ったのは、もう何年も前の事だ。私にとっては十数年の話だけど、アーロイにとってはもっと前の話だろう。
交国本土で死んだ私が<根の国>で蘇生されたのはそこまで昔の話じゃないし、そもそも根の国は異世界との時差が大きかったから私達の過ごしてきた年月はとんでもない差があるはずだ。
それなのにアーロイは昔と変わらず、私を「石守家のお嬢様」として扱ってくれている。階段を登っていると、いつの間にか私の手を取ってくれていた。
実際その通りとはいえ「小娘」扱いされるのは気恥ずかしく、階段を登り切るとさりげなく距離を取る。「貴方はもう石守家の使用人ではないでしょう?」と言ったものの、アーロイは快活な笑みを浮かべて「お嬢様はお嬢様ですよ」と言ってきた。
そして、昔の事を謝罪してきた。
私が死んだ時の事を謝ってきた。
けど、あの時の事は貴方の所為ではないから気にしないでと言っておく。
この子……いや、この人は昔と変わらないのね、と実感する。随分とたくましくなったように見えるけど、根っこの部分は相変わらずみたい。
「わたくしは、こうして根の国で蘇生された。生きているんだからいいじゃない」
「しかし、何の影響もないわけではないんでしょう?」
「無い。後遺症の類いもないから安心して」
そう言って誤魔化し、話を逸らしていく。
「ところで、私は貴方を何と呼ぶべきなのかしら?」
「そう、ですね……。出来れば『スアルタウ』と呼んでください。本名は『フェルグス』ですが、人生の大半を弟の名で通してきたので」
そっちで呼ばれないと、パッと反応できない事もあるらしい。本名で呼ばれる事が減った所為で。「アーロイ」に関してはもっと馴染みがなさそうね。
「ところで、お嬢様はどうしてこちらに? 奥方様から……石守素子様から貴女が『根の国にいるらしい』という話は聞いていたのですが……」
「そのお母様から頼まれたのよ。『スアルタウが根の国に行くから、良くしてやってくれ』ってね」
お母様が「問題を起こす前に首根っこを掴んでおいてくれ」とまで言っていた事は、伏せておく。スアルタウは昔と変わらず「良い子」のようだけど、自分の中の正義に突き動かされて問題を起こす事もあるらしい。
根の国の大半を支配している<バッカス王国>の政府とは、一応コネがある。
けど、あの御方の手を煩わせるのは心苦しいし、問題は何も起きない方がいい。……問題が起きた後のようだけど。
檻に入れられていたスアルタウは、私が身元引受人となる事で何とか出してもらえた。しばらく王の使い魔が監視につくだろうけど、これ以上の問題行動を起こさなければ大丈夫でしょう。
「お願いだから、もう犯罪に手を染めないでね」
「いや違うんですよ!! 冤罪――じゃないとしても、不幸な事故だったんです」
「街中で女性を追いかけ回して、その過程で乱闘騒ぎを起こしたのよね?」
「マーリ…………いや、悪い猫がいたんですよ!!」
スアルタウは問題のある知人を見つけ、追いかけ回していたらしい。
怒りながら追いかけていたスアルタウが――婦女子を襲っている――と勘違いされたらしく、街行く人達がスアルタウを止めるために襲いかかったんだとか。
結果、乱闘騒ぎに発展し、その中心人物であったスアルタウは王の使い魔に捕まった。そこで私の客人だと政府の人が気づいて、スアルタウがこれ以上の問題を起こさないようにとりあえず檻に入れたらしい。
バッカス王国基準だと大事にはならなかったけど――。
「そもそも、貴方が追いかけていたのは知り合いじゃなかったんでしょう?」
「ええ、他人のそら似だったみたいです……。いや、ホントによく似てたんですけどね。人をおちょくるところとか、ふわふわ浮いてるところとか……」
「とにかく気をつけてね。この国の住人は血気盛んで乱闘も大好きで、生身でも機兵とやり合えるようなのがいるから――」
忠告を途中で止める。
この国の住民は特殊な人が多いけど、スアルタウはそれと渡り合える実力の持ち主のはずだ。事実、乱闘騒ぎでは元近衛騎士が出てきてやっとスアルタウを止められたほどだったらしい。
スアルタウは何年も多次元世界の戦場を渡り歩いてきたらしい。戦闘慣れしているんでしょう。非魔術師だろうと、魔術師相手に互角以上に渡り合えるほどに――。
「まあ、でも、ホントにすみません! お嬢様にご迷惑を……!」
「いいのよ。石守家は貴方に大恩がある。……貴方のおかげでお父さま達の名誉は守られた。私は貴方に恩返ししないといけない」
改めてスアルタウの手を取り、感謝を伝える。
お父さまは無事では済まなかったけど、お母さま達が無事なのは貴方の活躍のおかげ。その恩を返すためにも根の国では――バッカス王国では私が力を貸す。
スアルタウが根の国に来た目的は「人捜し」なわけだから、それぐらいなら私も手伝える。……さすがに絶対に見つけられるとは請け負えないけど。
「とりあえず、<入国管理事務局>に行きましょう。そこで貴方が探している人達の名前や特徴を伝えて捜索に協力してもらいましょう」
根の国には死者の魂が辿り着きやすい。
かくいう私もその1人。魂だけの状態で流れ着き、<転生機構>というもので復活し、以降ここで暮らしている。
それ以外にも死者と会うアテもある根の国には、多次元世界中から死者との再会を願う人々が殺到してきている。
だから、根の国を支配しているバッカス王国は死者との再会を支援するための<入国管理事務局>を作り、外国人の人捜しに協力してくれている。
全ての死者が根の国に辿り着くとは限らないから、絶対に直ぐ会えるとは確約できない。けど、可能性は十分にある。
「けど……その前に公衆浴場に行きましょうか。貴方、臭いわ」
「えっ!! そうですかね……? ああっ! さっきの粘液の所為か!?」
「いや、それ以前の問題だと思う……」
スアルタウは自分の臭いに無自覚らしく、すんすんと鼻を動かしても平気そうにしている。けど、本当に臭いからお風呂に叩き込んでおきましょう。
いったい何日お風呂に入っていないの――と問いかけると、笑顔で「1ヶ月ぐらいですかねぇ」なんて答えが返ってきた。
曰く、根の国に来る途中で混沌の海で遭難していたらしい。同じ方舟に乗っていた人達も助けていたら1ヶ月近く混沌の海で暮らす事になったみたい。
そんな事があったのに生きてここまで辿り着いたと言うから、さすがに引く。強いというか……生き残るのが上手ね、貴方。
「まあ、お風呂に1ヶ月程度入らなくても死にませんよ」
「貴方は死ななくても、私や街の人達の鼻が曲がって死ぬの」
大人しくお風呂に入りなさい――と言い、しぶるスアルタウを個室のあるお風呂屋さんまで引っ張っていく事になった。
遊びたがりの大型犬を連れている気分……。




