夢:帋上の魚
□title:府月・遺都<サングリア>8丁目
□from:夢葬の魔神
「死ねッ! <夢葬の魔神>!!」
「…………」
フェルグス君を見送った後、瓶詰めにしておいた【占星術師】を呼び出す。
挑みかかってきたので首から下を一度吹き飛ばした後、直ぐに治す。それを二度繰り返すと自分の力が通用しないと悟ったらしく、態度を変えてきた。
「待て!! 待ってくれ!! 交渉!! 交渉しよう!!」
「あなたねぇ……」
「俺を生かしておけば、他の遊者の首を全部持って来てやる!! 俺に任せておけ!! そっ、そうだ……! お前の使徒になってやってもいい! 俺は……俺はっ、利用価値があるぞ!?」
「…………」
必死に命乞いをしてくる姿を見ていると、目眩がした。
どんな抵抗より、その命乞いの方が効果的よ。
弟の最期と今の自分を見比べたら態度を改めるだろうか? いや、もうその程度で心を動かすような状態じゃないか。
「仇討ちはいいの? あなたの弟を殺した私に、復讐しなくていいの?」
「俺は大局を見据えている! そんな些事、気にするものか!!」
「…………」
「お前は俺と――ボクと組むべきだ! 何でも……なんでも望みを叶えてあげましょう! ボクには未来が視える!! 臣下として導いてあげましょう!!」
「過去の押し売りは結構。それよりあなた、自我は残ってる?」
念のため問いかける。
【占星術師】から帰ってきたのは戸惑いの表情だった。
一応、自我は残っている様子だけど……。
「【占星術師】、良いことを教えてあげましょう」
「ボクを生かす気になったのか!?」
「違います。……あなたは毎回、誰かしらの手のひらの上で転がされている」
今の多次元世界だけではなく、今までの多次元世界でもずっとあなたは踊らされてきた。踊らされている自覚すらない事も多々あった。
あなたが勝利した多次元世界もあった。けど、それは真っ当に生きた結果、弟とその家族を助けて満足して逝けたというものであって……あなたが多次元世界を征服できた事など一度もない。
「今回も、あなたはあの子の手のひらの上で転がされ……敗北した」
「ま……真白の魔神に出し抜かれた事か!? あれは……あれは奴が卑怯な小細工を……! 状況は概ね、俺の支配下にあった! 些細な小細工にほんの少しだけ躓いているうちに、出し抜かれただけで……!」
「それ以前の問題なのよ」
【占星術師】を魔術で操り、自分の手で自分の皮膚を剥がしてもらう。
糊付けされた紙をベリベリと引き剥がすように、【占星術師】の肌が剥がれる。その悲鳴を無視し、引き剥がされた皮膚を見つめる。
その皮膚は【占星術師】の身体を離れると、虫食いだらけの黄ばんだ紙に変化した。悲鳴を上げていた【占星術師】は紙に手を伸ばし、泣きついてきた。
「やめろ。俺の希望を、俺の<予言の書>を取らないでくれっ!」
「…………」
「それは、俺にしか扱えないんだ!! 俺が苦労して手に入れたものなんだ!!」
「誰から手に入れたの?」
「【絵師】だ! 奴が、人類連盟を作った秩序の神を死に追いやった報酬として、俺に譲ってきたもので――」
「それでこんなものを掴まされていたのね」
やはり、【占星術師】が持っていた<予言の書>には問題がある。
【絵師】も問題を疑っていたからこそ、あえて【占星術師】に譲って様子を見ていたんでしょう。自分に危害が及ばないように気をつけて……。
「この予言の書は、汚染されている。改ざんもされている」
「汚染? 何のことだ!? 何の話をしている!」
プレイヤー達が持っている予言の書には「過去」が記されている。
別の世界の出来事が――並行多次元世界の出来事が記されており、それを参考にする事で未来に起こる出来事を予想しやすくなっている。
完全な未来が視えるわけではないし、書かれている内容も限られているから無敵ではないけど……有効活用する事で多次元世界の実権を握るのも不可能じゃなくなっている。
けど、【占星術師】が【絵師】から得た予言の書は「普通の予言の書」などではない。予言の書としての機能も備わっているけど、別のものが憑いている。
「あなたは、<紙魚憑きの予言の書>を掴まされたのよ」
「はぁ……? シミつき? 何の、話を……」
「自分の予言の書を、よく見てみなさい」
【占星術師】から引き剥がした予言の書。
それに対し、清めた水のしずくを垂らす。
すると、水で濡れた箇所に書かれていた文字が動いた。
文字達が紙上を虫のように這い回り、清水から必死に逃れようとしている。
【占星術師】は自分の持っている予言の書がこんな状態になっているのを本当に知らなかったらしく、しばし呆然としていたけど――。
「お前、ボクの予言の書に何をした!! 早く直せ!!」
「私は正体を暴いただけ。コレは、こういうモノなのよ」
【占星術師】が持っていたのは確かに予言の書だ。
けど、汚染されており、その汚染を行ったものに都合の良い内容に改ざんされている。……これにすがった者を自分の手駒にするための改ざんが行われている。
予言の書の内容は……<原典聖剣>という観測装置が数多の多次元世界を観測した結果の一部がまとめられている。
「その仕組みを悪用して、並行多次元世界に干渉している子がいるのよ。<原典聖剣>に術式を折り込んで過去に持ち帰らせ、新たに作られる予言の書に世界を害する虫を取り憑かせている子がいるの」
その術式及び虫を、私達は<紙魚>と呼んでいる。
<紙魚>達は一部の予言の書に取り憑く事で、その持ち主の思考を操作して支配しようとする。【占星術師】はそれに気づけなかった。
歴史の寄生虫が、別の寄生虫に踊らされていたというわけ。
「あなたはこの予言の書が汚されている事も知らず、これにすがった。『予言の書に書かれている事は正しい』と盲信し、虫達に操られていたのよ」
「嘘だ! お、俺は……確かに、自分の意志で――」
「<紙魚憑きの予言の書>は改変されているのよ。全て偽りとも限らないけど……<原典聖剣>の観測結果に基づかないそれっぽい内容に変えられ、あなたはそれに従ってしまっていた」
「ば…………馬鹿な……」
【占星術師】が特別に愚かだったわけではない。
紙魚達は予言の書を改変しているだけではない。
別のモノも改変している。
「誰がこんな穢らわしいものを……!」
「あなたが知っている名前で説明するなら、<真白の魔神>よ」
「なっ……!! 奴が!? いつの間に……!?」
「といっても、あなたが知っている魔神とは違いますからね」
アレは既に<真白の魔神>とは別の存在だ。
自分のいる多次元世界だけでは飽き足らず、並行多次元世界をも侵そうとしている貪欲な魔神だ。
「紙魚を仕込んでいるのは、別の多次元世界の真白の魔神よ」
あの子は他の多次元世界にも手を出したがっていた。
けど、並行多次元世界間の移動は通常行えない。私のような例外はいるけど、私はあの子に協力するつもりはないからどれだけプレイヤーの首を献上されようと並行多次元世界間の移動には手を貸さなかった。
だからあの子は「別の例外」に頼った。
それが原典聖剣。
多次元世界の観測装置である原典聖剣は、最終的に観測結果を過去に持ち帰る。観測結果は予言の書に反映され、プレイヤー達はそれを手に新たな多次元世界で暗躍し始める。
あの子は「原典聖剣に取り憑けば別の多次元世界にいける」と考え――真白の魔神として持っていた原典聖剣への干渉能力を使い――原典聖剣に術式を仕込んだ。その術式によって、並行多次元世界に<紙魚>が生まれた。
「あなたも紙魚に蝕まれた結果、真白の魔神の手のひらで踊る事になったの」
あなたの世界の真白の魔神が有利になるよう、立ち回る事になったの。
紙魚を作り出したのは別の真白の魔神だけど、同類を支援しようとしたのかもね。あるいは……最終的には同類すら支配しようとしていたのかもしれない。
「俺がこんな虫に操られていただと!? 侮辱はやめろ!!」
「でも事実として、あなたはこの予言の書を盲信していたでしょう?」
「こっ……こんな事が、あっていいはずが……!! 俺がしてきた事は――」
「もう1つ証拠を見せてあげましょう」
指を振り、【占星術師】の頭を割る。
すると【占星術師】の悲鳴と共に、頭の中身がこぼれてきた。
中身は無数の文字だった。
紙魚に侵されたのは予言の書だけではない。その持ち主たる【占星術師】も紙魚に侵され、改変されてしまっている。紙魚達の宿主に変えられている。
「――――!!」
【占星術師】が発狂し、私に襲いかかってきた。
それは【占星術師】本人の意志だったのか、あるいは虫の意志なのか。
それを確かめるより早く、【占星術師】の影に潜んでいた影が無数の触手を伸ばし、【占星術師】を紙魚ごと叩き潰した。床の染みに変えて抹消した。
守ってくれた使徒に感謝を言葉を伝えつつ、【占星術師】が運んでいた紙魚の生き残りを全て封印しておく。
この多次元世界に撒かれたあの子の端末はこれで全てではない。
予言の書と人を介して広まり、一種の厄災として密かに世界を侵している。
『……るい。ズるいよ、魔術王』
『だしてェ~……』
『自分ばっかりサァ、他所に干渉して――』
「はいはい、大人しくしてなさい」
封印した紙魚達を保管庫に転移させる。
【占星術師】には利用価値はないけど……これはこれで使えるからね。
「しかし……諸悪の根源は何をしているのかしら」
原典聖剣を使って観測を続け、予言の書を作っている輩。
そいつも紙魚の存在は知っているはずだけど、ず~っと看過し続けている。
紙魚もまた1つの変数になるとでも言うように――。




