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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.3章:夢破れし者達
855/875

過去:孤星



■title:

■from:【占星術師】


「これが……これが俺達の新しい予言の書(ちから)……!!」


 【絵師】の依頼をこなした正当な報酬として、新たな予言の書を手に入れた。


 前の予言の書は<源の魔神>が覇権を握っていた事で、ほぼ役に立たないものと化していた。<重奏崩壊>が起きていれば話は別だったが、俺達は遊者(プレイヤー)でありながら、労働者(ノンプレイヤー)と大差ない存在だった。


 だが、今は違う。


 新たな予言の書が、俺達に明るい明日(みらい)を教えてくれる。


 これがあれば一発逆転も夢ではない……!


「これで……本当に良かったのかな? あの人まで裏切って――」


「もう後には引けないんだ。俺達は俺達の道を征こう」


 観測肯定派を裏切った事で、弟はずっとくよくよしている。


 【絵師】の口車に乗ってしまったと後悔し続けている。だが、もうやっちまったんだ。くよくよしても仕方ない。


 時計の針は戻らない。俺達は進む事しか出来ない。


 進み続けて、より良き明日を掴むしかないんだ。


 俺達の活躍により、新たな秩序の神は――真白の魔神(メフィストフェレス)は死んだ。どうせ転生するが、観測肯定派は大いに慌てている。


 自分達の計画が崩れた以上、裏切り者の俺達を許さないだろう。俺達はこの予言の書を使って、観測肯定派を打倒するしかない。


「まあ悲観するな。苦労してコイツを手に入れた甲斐はあったぞ!」


 新たに入手した予言の書には、重要な事が書かれていた。


「<交国計画>を手に入れよう。コレを手に入れれば、状況は一気に変わる」


 観測肯定派など、もう敵ではなくなる。


 <夢葬の魔神>などという化け物に悩まされ、安眠できない日々を送らずに済む。交国計画があれば、俺達が多次元世界の王になれるんだ。


 未来は明るいぞ――と説いても、弟の表情は曇り続けている。


交国計画(これ)は……人の手に余るものだと思う」


「俺達兄弟なら何とか出来るさ!」


 俺達は最強だ。2人揃えば何だって出来る。


 俺は、お前のためなら何だって出来る。


「人の手に余るなら、俺達自身が神になればいい」


 俺達はずっと虐げられてきた。


 観測肯定派の奴らは、ずっと俺の弟を苦しめてきた。


 奴らを消さない限り、俺達に明るい未来はやってこない。


「大丈夫だ。心配するな。俺は必ず、交国計画を正しく(・・・)使ってみせる」


 お前を守ってやる。


 全ての敵を滅ぼし、お前に明るい明日をもたらしてみせる。


 そのためなら、俺は――――。




■title:

■from:【詐欺師】


 兄さんは取り憑かれたように交国計画を手に入れようとしている。


 何度も何度も予言の書に視線を落とし、準備に奔走している。


 交国計画を手に入れれば、確かに状況は変わるはずだ。……観測肯定派を裏切った以上、何らかの対抗手段を手に入れない限り、僕らはいつか殺される。


 殺されるよりも、ずっと酷い目に遭う可能性も高い。


 他の選択肢はない。……兄さんが言っている事は、正しいはずだ。


「……ただいま」


 兄さんに言われた通りに準備を進め、隠れ家に戻る。


 すると、別行動をしていた兄さんが出迎えてくれた。何故か……満面の笑みを浮かべ、僕の手を引いてきた。隠れ家の一室に歩いて行った。


 そこは倉庫のはずだった。


 前の所有者の物品を押し込めていた倉庫のはずだったけど――。


「兄さん、これは……」


工房(アトリエ)だ! お前、絵本を描きたいって言ってただろう!?」


「――――」


 兄さんは楽しそうに笑いながら、部屋を案内してくれた。


 倉庫だったはずの場所は綺麗になっていた。様々な画材と、大きな作業机が置かれていた。本棚には美しい景色を収めた写真集や資料集が置かれていた。


「俺達の旅は、まだまだ続く。明るい未来を掴むのはまだまだ先だ。けど、ずっと苦労しっぱなしだと……お前も疲れてしまうだろう?」


「…………」


「息抜きも必要だ。ここを使って、絵本作りの夢も追っていいんだぞ」


 ありがとう、という言葉を絞り出した。


 感謝はしている。本当に嬉しい。


 嬉しいけど、偽りの夢(うそ)で騙し続けている事実に胸が痛んだ。


「兄さんは……」


「んっ? なんだ? 何か足りないものがあれば教えてくれ!」


「……兄さんの夢は、いいの?」


 そう聞くと、兄さんは照れくさそうに鼻をこすった。


「俺はいいんだ。お前が笑ってくれれば、それでいい」


「…………」


「俺は、お前が心の底から笑える世界を作る。必ず、作ってみせるからな」




■title:

■from:【占星術師】


『だから、ねぇ。交国計画がオススメだよ』


『おすすめおすすめ』


『明日が欲しいんでしょう?』


「そうだ。俺は……勝たなきゃいけないんだ」


 俺はずっと、弟に無理をさせてきた。


 ずっと、俺の判断に付き合わせてきてしまった。


 俺の所為でアイツは苦しみ続けてきた。……俺が間違った判断をしたかもしれないのに、ずっと俺についてきてくれたんだ。俺が悪いんだ。


 アイツのためにも、俺は……勝たなきゃいけないんだ。


 今のままじゃダメなんだ。


 今の生活は、必ずどこかで破綻する。俺達の敵に破壊される。


 絵本を描く事は出来ても、広く出版する事はできない。


 他の遊者を滅ぼさない限り、誰かが弟の幸せを脅かしてくる。


 遊者だけじゃない。遊者狩りも諸悪の根源も、何とかしないと――。


「俺が、アイツを勝たせてやるんだ。俺の力で、アイツを王に――」


『そう、そう。それはキミにしか出来ないんだ』


『やっちゃいなよぉー!』


『キャハハ!!』


「……兄さん? 誰と話してたの?」


『だれともはなしてないよ』


『いないいない。だよっ!』


『キャハハ!!』


「ん? あぁ、独り言だよ、独り言」


「…………」


「それよりお前、まだ起きていたのか。夜逃げしてきたばかりで、疲れているだろ。いまは寝とけ。俺が見張りをしているから」


「兄さんの方が疲れてるでしょ? 見張りなら僕が――」


「俺を信じてくれ。必ず、お前を守ってみせる。……俺が信じられないのか?」


 不安に駆られながらも、そう問いかける。


 すると弟は直ぐに「そんなことない!」と言ってくれた。


 とにかく寝ろ、と促す。


「……ごめんな。不甲斐ない兄貴で……」


 弟が寝た後、謝罪する。


 本当にごめん。また、隠れ家を引き払う事になって。


 お前が落ち着いて創作する環境すら、揃えてやれなくて――。


「俺は、どうすれば……」


『力だよ。力があれば、全て解決できる』


『力があれば、もう怯えて暮らさずに済む』


『敵がいなくなればしあわせになれるよ!!』


「そうだな。……俺に、力があれば……」




■title:

■from:【詐欺師】


 予言の書を手に入れても、全ての危機を回避できるわけじゃない。


 同じく予言の書を持っているプレイヤーどころか、プレイヤー以外の存在も脅威になる。


 けど、脅威から逃れるために危険地帯に踏み込まないといけない事もある。兄さんと共に逃げ続け、紛争地帯に足を踏み入れる。


 混沌とした状況に置かれたここにしばらく潜伏し、追っ手を撒かないと――。


「俺から離れるなよ」


 兄さんは必要以上に周囲を警戒しつつ、そう言って来た。


 兄さんは強い。そこらの兵士に倒される事はない。


 けど、僕は兄さんみたいに強くないから……兄さんは僕のために警戒してくれている。僕はずっと兄さんの足を引っ張り続けている。


「ごめん、兄さん……。いつも僕の所為で――」


「お前の力は直接戦闘向きじゃない。けど、お前の力は世界すら騙せる強力なものだ。今は出番じゃないってだけだから、気にするな」


 兄さんは笑って、「役割分担しているだけだろ?」と言った。


「もう少しの辛抱だ。ここを抜けたら新しい隠れ家がある場所に――」


「あっ……」


 先導してくれていた兄さんから離れ、荒れ果てた街路の端に向かう。


 そこに、ぐったりしたまま動かない子供がいた。2人いた。


 まだ生きている様子だけど、2人で寄り添ったまま動かない。


 近づき、荷物の中から食べものを出して渡そうとしていると――。


「無駄なことはやめろ。そんな事している余裕はないだろ?」


「でも、兄さん……」


「心配するな。オレ達が世界を掌握すれば、こんな弱者も生まれなくなる。オレ達が力を手に入れれば、飢餓も紛争も念じるだけでなくせるんだ」


「でも、それはずっと先の話だ」


 いま目の前で飢え苦しんでいる子達を助けられるわけじゃない。


 この命は、明日を迎えられない。


 この子達は、いましか救えない命なんだ。


 そう言い、僕は兄さんの手を押しのけて食べものを取り出した。


 愚かな行動をしてしまった。


 僕が取り出した食べものに釣られ、あちこちから餓えた住民がやってきた。


 僕の荷物を奪うため、発砲までしてきたけど――。


「これだから、労働者(ノンプレイヤー)は……!」


 兄さんが手を伸ばし、弾丸を受け止めてくれた。僕を守ってくれた。


 僕を守る代わりに、皆を殺した。


 僕が止めても、兄さんは止まらなかった。


「やめて! 兄さん、兄さんっ!!」


「目撃者は全員消す。こいつらは全員、オレ達の敵だ」


 兄さんはそう言って、力を振るった。


 その矛先は、寄り添っていた2人組にも――。




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■from:【占星術師】


「何で<蠱毒計画>なんてものに手を出して……!」


『ごめんねぇ』


『どうしようもないねぇ』


『だって、ねぇ! しかたないじゃん! おもしろそうだったんでしょ』


「計画を修正しなければ……。保険も、用意して――」


 まだ何とかなる。


 まだ、交国計画を手に入れられるはずだ。


「ネウロン……。ネウロンだ」


 ネウロンで器を殺して、保管させて保険も用意しよう。


 この計画ならいける。大丈夫だ。俺と弟なら、上手くやれる。


 アイツの力も使えば、誰にも気づかれる事なく扇動を――。




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■from:【詐欺師】


 ネウロンから真白の魔神一行(エデン)が退去していく。


 巫術師の反乱で――僕らが扇動した反乱の所為で、エデンが去って行く。


 物陰からそれを見上げている兄さんは、おかしそうに笑っていた。


 何がおかしいのか聞くと、笑顔をこちらに向けてきた。


「歓喜しているんだよ。俺達が……ずっと虐げられてきた俺達が、歴史を動かしているんだぞ? やはり、俺達が手に入れた予言の書は本物だ!」


「…………」


「これで器という保険を手に入れた。これで俺達の計画は盤石になった!」


「……本当に、これで良かったの? エデンの子達を犠牲にして――」


 そう聞くと、兄さんは笑顔で「必要な犠牲だ」と言った。


「犠牲といっても、ほんの少数の新人類が死んだだけじゃないか」


 違う。僕らの所為で、もっと多くの人が死ぬ。


 真白の魔神の保護を失ったネウロン人は――本来助かるはずだった命が――たくさん失われるだろう。牙を抜かれた彼らは弱くなり、いつか虐げられる。


 人類に裏切られながらも、人類を救おうと奔走している真白の魔神も死ぬだろう。……裏切られたことが彼の魔神を変えてしまうかもしれない


 その事を兄さんに言うと、兄さんは「真白の魔神はどうせ失敗する」と言った。


「奴の正体は、ただの人間だぞ。それが源の魔神との戦いで転生の力を手に入れ、観測肯定派の実験台にされていただけだ」


「…………」


「負け続きの魔神より、俺達が交国計画を有効活用してやった方がいいんだ。俺達が交国計画を使えば、世界はもっと良くなる」


「未来のために、目の前の命を犠牲にするの?」


「必要な犠牲だ。平和の礎となれるなら、奴らも本望だろう」


 大局を見据えたら、犠牲を厭うべきではないのかもしれない。


 兄さんが言っている事は、ある意味では正しいんだろう。


 でも、あまりにも身勝手な――。


「心配するな。命の帳尻なんてあとでつければいい。交国計画で全てを救えば、何の問題もなくなるんだ」


「――――」




■title:

■from:【占星術師】


「お――――おまえ、なんでっ……?!」


 腹部に痛みが走る。


 肩で息をしている男が――弟が、俺の腹にナイフを突き立てていた。


 この程度じゃ死なない。その事は、弟もよく知っている。


 その弟が携帯端末を操作している。何かやろうとしている。


「兄さんは、変わってしまった」


 変わってない。


 俺はずっと、お前の兄貴だ。


 今まで何度も助けてやっただろ?


「僕は……その責任を、取らなきゃいけないんだ!!」


「――――」




■title:

■from:【詐欺師】


「…………」


 兄さんと一緒に死ぬはずだった。


 不意打ちで刺し、さらに混沌の海を航行中の方舟を爆破する。


 そうする事で兄さんと一緒に死ぬはずだった。


 けど、僕は生きている。


 荒れ狂う混沌に方舟が潰されていく中、兄さんが僕に掴みかかってきた。


 迫り来る混沌から僕を庇い、抱きしめて逃げてくれた。


 その途中、離ればなれになってしまったけど――。


「兄さんは……どこかで、生きているはずだ」


 まだ、予言の書(かのうせい)に囚われているはずだ。


 止めないと。


 兄さんが、あんな風になってしまった責任を、取らないと――。




■title:

■from:【占星術師】


「どこだ……。どこにいる!?」


 弟を探す。


 生きているはずだ。


 アイツは俺と違って貧弱だが、くたばっているはずがない。


 守れたはずだ。アイツが、こんなところで死ぬはずがない。


『あきらめちゃえば?』


『うらぎりものをゆるすの!?』


『いなくなってよかったじゃん』


「アイツは、誰かに何かを吹き込まれただけだ!」


 弟が俺を裏切るはずがない。


 だって、俺は……ずっとアイツを守ってきたんだぞ!?


 アイツのために、多くのものをガマンしてきたんだぞ!?


 全て、アイツのためだったのに。アイツは――。


 そうか、わかった。【絵師】の所為か。あの女が何かを吹き込んだのか。


 あるいは【後援者】か? 観測肯定派が立て直すために、アイツに何かを吹き込んだのかもしれない。俺を殺せば復帰を許すとか、そんな事を――。


「どこだ。……アルっ! どこにいる!?」


『むだなことしてる』


『ふふ……』


『キャハハ!!』


「どこだ!! 何でこんな事を! なんで、俺を……」


 砂に足を取られ、転ぶ。


 腹立たしさから地面を殴る。だが、それでは何も変わらなかった。


 力だ。


 もっと力が必要なんだ。もっと説得力(ちから)が必要なんだ。


 俺は、俺の正しさを証明してみせる。


 今度こそ、お前を守ってやる。


 だって俺は、お前の兄――――。






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