if:選択死
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「交国には頼らない。……オレ達だけで何とかしていこう」
交国の宗像に誘われたものの、その誘いを断る事にした。
エデンはもうボロボロ。マーレハイトの戦いでプレーローマに叩きのめされ、たくさんの仲間が死んだ。……総長である姉貴も死んだ。
オレも、かろうじて生き残っただけ。
神器は破損し、かつての力はもう出せない。神器自体は使えるが先進国の1艦隊に勝てるかどうかすら怪しいザコになっちまった。
それでも、全て失ったわけじゃない。
オレ達は生きている。オレの判断を間違っているのかもしれないが、かろうじて生きているエデンを交国なんかに売り飛ばしたくない。
これは、オレのワガママかもしれないが――。
「わかった。……どの道を選んでも苦しむなら、吾輩達らしく征こう」
ファイアスターターはどこかホッとした様子で支持してくれた。
「わ、私も……がんばるからっ! 神器使えないけど、オジさんを支えるから!」
まだ幼いナルジスまで、オレを励ましてくれた。
けどそれは、2人が特殊なだけ。
他のエデン構成員はガッカリした様子だった。
交国は多次元世界指折りの先進国。その庇護下に置いてもらえるなら、自分達は安泰だ――と思っていたんだろう。
その考えは……正しいと思う。
オレがお前らの立場なら、同じように考えるだろう。
他者より自分を大事にする方が正しいんだろう。エデンのやり方は……イカれていたんだと思う。だからオレ達は負けたんだ。
でも、オレは姉貴達のやり方を完全には捨てきれないよ。
「難しい話だと思うが、理解してくれ」
多くの仲間が、総長代行を責めるように見つめてきた。
無言の抗議だけではなく、「今からでも交国の要請を受け入れてくれ」と言う奴も大勢いた。けど、交国が求めているのは神器使いであり、オレもファイアも交国に下る気がない以上……オレ達についてきてくれ。
「他に行くアテがある奴は、可能な限り送っていく」
「無いから、テロリストのアンタなんかについて来たんだよ……」
「二度も期待させて、裏切ったくせに……。何の責任も取らないのか」
「責任は取るさ。納得してもらうのは、難しいと思うけどさ」
行くアテがない奴は、命懸けで守るよ。
オレの命が尽きるまで守るよ。
今までみたいなやり方は出来ない。自分達以外の弱者を救う余裕はない。
それでも生きよう。まだ足掻こう。
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「明日から食卓に<海獣>の肉を出す。……覚悟しておいてくれ」
そう宣言すると、あちこちから不平不満の声が飛んできた。
悲鳴すら聞こえる。
流民社会では一般的な<海獣>だが、エデンでは可能な限り避けてきた。海獣の血肉を食べると身体が変質し、一層、陸から弾かれるからな。
陸で暮らせる機会があれば、暮らせるように海獣の血肉を食べるのは避けてきた。ただ、もう……昔より厳しい状況なんだ。
海の祝福とやらに、屈するとしよう。
「ただし、海獣を食べるのは大人だ。大人が海獣を食べて、それ以外の食料は子供達に配給する。……子供達の未来のために、受け入れてくれ」
大人ならともかく、子供なら……まだ望みが残っている。
子供の深人化は避け、機会があれば……キレイな身体のまま陸に逃げてもらう。その機会すら簡単には巡ってこないだろうが、可能性はゼロじゃない。
「子供達のために協力してくれ」
そう頼んでも受け入れてもらえなかった。
数々の罵声が仲間から飛んできた。
だが、神器使いを押しのけられる奴はいなかった。
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「なぁ、頼むよ総長代行……。海獣の血肉なんて、もういやなんだ……!」
「こ、これっ、鱗じゃねえのか? オレら、どんどんおかしく――」
耐えてくれ。
現状を受け入れるしかないんだ。
「神器を使うつもりか……!?」
「暴力で解決しようとするなんて、強国の奴らと何が違う……!」
お前の言う通りだ。
だがオレは、エデンの理念を踏みにじってでも……この決定を押し通す。
「くそっ! どうせなら全員に食わせろよ!? 全員、地獄行きになればいいんだ! ガキだけ特別扱いするなんて――」
「要するにお前は、ナルジスを贔屓しているだけだろ!? カトー!!」
…………。
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「ニュクス総長が生きていれば、こんな事にはならなかった」
「お前が死ねば良かったんだ。総長の代わりに!!」
お前達の言う通りかもな。
けど、理解してくれ。
過去は変えられないんだ。今を受け入れていくしかないんだ。
「協力してくれ。少しでも……今の状況を変えるために」
「「…………」」
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「オオバコ、テメエ……!!」
「アンタが悪いんだ! カトー……!」
ナルジスの首元にナイフを突きつけた男が笑う。
エデン内に裏切り者がいた。ずっと前から、裏切っていたらしい。
一部のエデン構成員が……オオバコ達が、プレーローマと通じていた。いつから通じていたのかはわからない。少なくとも今はプレーローマの工作員として動いている。
「海獣の肉なんて、ふざけた事を……! 深人化しちまったらどうする!? お前の失態の尻拭いを、こっちに押しつけてんじゃねえよ!!」
「お前らまさか、マーレハイトの頃から裏切って――」
「ああ、そうさ! けど、お前とファイアスターターを処分し損ねたから、上からせっつかれているんだ!! 何とかしろと無茶を言われているんだよ!!」
本性を現したオオバコは、ナルジスを人質に取った。
ナルジスどころか、他の子供達もまとめて人質に取ろうとして……ナルジスに見抜かれて、苦し紛れにナルジスだけ人質に取ったらしい。
オオバコは「神器を捨てて自殺しろ」と言って来た。
オレ達の首と神器を手土産に、プレーローマに向かうつもりらしい。
「な……ナルジスの肌に傷つけたら、絶対に許さねえからな!?」
「ははっ……。無様だな、声が震えているぞ!!」
「オジさんもファイアさんも、私より皆を守って! エデンの正義を貫いて――」
「黙ってろ、ガキッ!!」
「ナルジス!!」
オレは、また失うのか。
姉貴達どころか、姉貴の子すらも――。
「わ、わかった……。従う! やめてくれっ!」
「オジさんっ……?!」
「オレの首だけで、勘弁してくれ……」
「駄目だ。ファイアスターター、貴様も降伏しろ!! 死ね!!」
「…………。貴様らは必ず、報いを受けるだろう」
ファイアスターターも武装解除し、オオバコの指示に従い始めた。
すまんと謝ると、「謝るな」と短い言葉が返ってきた。
オレ達の命を差し出したところで、本当にナルジスを助けられるかはわからん。
けど、もう、この手しか――。
「さらばだ、愚かな総長代行! お前は、結局何も守れな――」
オオバコの頭に赤い花が咲いた。
オレにナイフを向け、満面の笑みを浮かべたまま死んでいった。
オオバコ一味に対し、弾丸が飛ぶ。あちこちから不意打ちの弾丸が飛び、オオバコ一味がその場で踊り狂った。
「代行! 隊長!!」
「「――――」」
オオバコ達に不意打ちを行ったファイアスターター隊の隊員達が、オレ達に向けて叫んできた。その声に押されつつ、動く。裏切り者達を制圧する。
「ナルジスっ……!」
「オジさんっ……!」
危ういところだった。
オオバコ達が神器使いに注視している隙に、機を窺っていた仲間達のおかげでナルジスを助ける事が出来た。
助けてくれたのは、ファイアスターターの部下だけじゃなかった。
「……お前ら、なんで」
「…………。裏切り者に報いを与えただけだ」
何故か気まずげにしているエデン構成員達に話しかける。
よく見れば、オレに抗議してきた奴らだった。
何故、助けてくれたんだと聞くと――。
「アンタらに死なれたら、困るからだよ。……ただの打算だ」
「…………。ありがとう。助かった」
「オレ達が助けたのは自分自身の命だ。アンタが死んだら……オレ達も、行き場なくて困るから……動いただけ、だよ……」
それでも、ありがとう。
そう伝えた。
皆にそう伝えた。
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「カトー、吾輩達は限られた選択肢を選び続けてきた」
「……いつも選べていたわけじゃないだろ?」
「いや、選べていたさ。我々の前には常に『生』と『死』の選択があった」
「…………」
「そして、吾輩達は常に『生』の選択肢を選び続けてきた。その先に待っていたのが失敗だったとしても、吾輩達は常に足掻き続けてきた」
苦しい日々だった。
いまもなお、オレ達は苦しみ続けている。
今は少し……光が見える。闇の中に光が見える。
同じ光は何度も見てきた。
何度も何度も、その光が潰えるのを見てきた。
今度も駄目かもしれないけど――。
「そもそも……生きるのは『苦しい』のが当たり前なのだ、カトー」
「ははっ……。確かに、そうかもなぁ……」
「だが、いざとなったら死ねばいい。そう思えば、少しは楽になるぞ」
「なんだよ、宗教の勧誘か?」
「違う。吾輩達には常に2つの選択肢があるのだ。……もう頑張れないと思った時、吾輩達はいつでも『死』の選択を選べるのだ」
「…………」
「死が救いとは言わん。だが、いつでも苦しい生を終えられるのであれば……死を最後の切り札に生きていける。吾輩は近頃、そう思うのだ」
「なるほどな」
最後の切り札か。
逆転の切り札なんかじゃないが――。
「最悪、死んで楽になればいいって感じか」
「そうだ。いつでも死ねる以上、とりあえず生きれば良いではないか」
「…………。悪くない考えだ」
「少しは気が楽になったか?」
「うん」
皆に、その選択肢を受け入れてもらう自信はない。
けど、ほんの少しだけ……気は楽になった。
オレ達の前には、常に2つの道がある。
どれだけ苦しい状況でも、常に選択肢がある。
救われる選択肢じゃなくても、それでも――。
■title:暗い海の中にて
■from:ファイアスターター
「な……ナルジス、お前……」
食料の減り方がおかしいと思った。
想定より、ほんの少し……少しだけ、減るのが遅かった。
その理由について調べる中、ナルジスを見つけた。
海獣の血肉を食しているナルジスを見つけた。
「ご……ごめんなさい。でも、オジさんには言わないで……」
「自分が……何をしているのか、わかっているのか?」
わかっているはずだ。
わかっているからこそ、この子は自ら海獣を食っていたのだ。
エデンの苦しい台所事情に配慮し、密かに戦っていたのだ。
たった1人分の食料だとしても、それを節約するために――。
「わかってるよ。私、もう、子供じゃないもん」
「馬鹿な事を言うな。お前は子供だからこそ、海獣の血肉を食べては――」
「もう、手遅れだから」
そう言ったナルジスが髪を見せてきた。
巧妙に隠していたが、髪の一部が半透明になっている。
まるで、クラゲの触手のように――。
「私は大丈夫だけど、オジさんには言わないで……」
「お前……」
「馬鹿なことしてるって、わかってる。でも、私も……オジさんやファイアさんみたいに、皆のためになる事をしたいの」
「…………」
「でも、オジさんには知られたくないの……! オジさんをこれ以上、傷つけたくない。だから……お願いします。オジさんにだけは、言わないで……」
「…………」
■title:暗い海の中にて
■from:カトー
「…………」




