手向け
■title:<プレーローマ・人類絶滅派>の管理領にて
■from:プレーローマ工作部隊の生き残り・タカサゴ
「あぁ、ひょっとして貴女、新しい子? 貴女も保護されたの……?」
「……ええ」
ヨモギ副長の関係者。「モチ」という人間の言葉に適当に応じる。
事前に聞いていた話によると、この人間はボケてしまっているらしい。子供の頃の記憶の中で生きているらしい。
副長が戦死した事を伝えたところで、伝わらないかもしれない。……伝わったところで直ぐに忘れてしまうだろう。
一応、人類絶滅派の管理領に逃がしてもらえた事は確認出来たから、このまま帰っても良かったんだけど――。
「良かったら座って。お話しましょう」
「はあ……」
何が楽しいのかわからないけどニコニコ笑っている人間に勧められ、椅子に座る。……副長の遺品は見つけられなかったし、雑談ぐらいは応じるよう。
モチという人間は、取り留めのない話を振ってきた。1つの話題を完遂する事もできず、ちょくちょく話題が飛んで行く。
相当、脳が弱っているんだろう。人間は脆い。
「とにかく、旦那様も奥方様も優しい方だから……安心してね」
「はい」
「ここは、世界で一番安全な楽園だから……。大丈夫だから……」
プレーローマは楽園ではない。
救世神の――源の魔神の負の遺産の上に立った偽りの楽園だ。誰も彼も表面上は取り繕っているけど、ここは楽園などではない。
この女の言う楽園も――過去の世界も、楽園ではなかったはずだ。だからこそ副長は苦しんでいたのだろう。
「私の事も皆の事も、自分の家族と思っていいからね」
「私の、家族は……」
あなた達なんかじゃない。
嫌悪感を覚えつつ呟くと……相手は私の言いたい事を勘違いしたらしい。
「家族がどこかに囚われているの? 旦那様達に相談してみましょう……。助けられるかもしれないから。親がいるの? それとも、兄弟とか――」
「……家族はいません。もう、いませんから」
母はいた。
けど、もう死んでいる。
その事実を改めて思い出していると、人間の手が伸びてきた。
私を慰めようとしているらしい。その手を払いのけようと思ったけど、出来なかった。……副長の笑顔が脳裏に浮かんで、手が動かなかった。
けっして、人間の弱々しい手が震えていたから加減したわけではない。
副長に義理立てしただけだ。
「大丈夫、私達がいるからね。それに、坊ちゃんもね。いるからね」
「…………」
「坊ちゃんはねぇ……しっかりもので、強くて優しい子なの。私の天使様なの」
「…………」
「坊ちゃんは、周りに『人間を大事にするなんておかしい』ってイジメられても……ぜんぜん、考えを変えない強い子なの……」
「…………」
「強いけど、すごく……すごく心配なのよぉ……」
人間の手が、私の手をキュッと掴んできた。
掴んだといっても、シャボン玉を手に取るような力しかなかった。……その程度の力しかないほど弱っているのか、あるいは――。
「私、坊ちゃんが……心配なの……。あの子が、いつか……現実にすり潰されて、泣いちゃうんじゃないかって……」
そう言っている人間の方が、泣きそうな顔をしていた。
枯れ木のような顔から、貴重な水分がこぼれ出しそうになっていた。
「坊ちゃんが私達を守るために、がんばりすぎて……壊れちゃうんじゃないかって、すごく……心配で、心配で……」
副長は壊れた。
副長は死んだ。
この女が心配した通りになったんだろう。
その事を伝えても、多分……伝わらない。
けど、おそらく、副長は「それでも良い」と言うんだろう。
「心配する必要は、ありません」
人間の手にそっと触れる。
人間のためではなく、副長のために触れる。
「坊ちゃんは、強い方です。壊れたりしません」
「ほんと……?」
「ええ。あの御方は現実に負けず、あなたを守り続けますよ。最後まで……」
そう語りかけてもなお、人間はまだ不安げだった。
焦点のあっていない目で、虚空を眺めている。
不安げどころか、少し……呼吸が乱れている様子だった。
「大丈夫かしら……。私達が、重荷なんじゃ……ないかしら……」
「…………」
「坊ちゃんは、私の所為で幸せに、なれなかったんじゃ……」
人間は胸に手を当て、それきり言葉を発さなくなった。
呼吸が乱れている。看護師を呼ぼうと思ったけど、その必要はなかった。向こうも計器で状態を把握していたらしく、直ぐに様子を見にやってきた。
面会どころではなくなったので、病室から出る。壊れた人間と無駄な話を続けずに済んだ。これで、部隊の皆の関係者と会う事は出来た。
全員に、報告を出来たわけではないけど――。
「…………」
病院から滞在先のホテルに戻る。
やるべき事は一応終わった。終わったけど……気づけば捜し物を始めていた。
プレーローマのデータベースから、副長の写真を探す。笑顔で写っている写真がないかと探したけど、そんなものはなかった。
仮にあったとしても、そんなもの必要ないから消されているんだろう。証明写真程度のものしか残されていなかった。
「……なにやってるんだろ」
自分でも自分の行動を説明できず、呟く。
それでも手を止める事は出来なかった。
数少ない写真を携帯端末に移し、それを持ってホテルを出る。
ホテルを飛び出すと、武司天につけられた監視がやってきて、「何か急用が?」と聞いてきた。
「絵描きを探してます」
「は……? 絵描き? なんで?」
「写真を、笑顔にしてもらうんです」
監視の協力を得て、絵描きを探し出した。
金を出して、副長が笑っている絵を描いてもらった。
これは本物じゃない。
それでも、これを「渡したい」と思った。
あなたを命懸けで守った天使は、副長だって説明を――――。
■title:<プレーローマ・人類絶滅派>の管理領にて
■from:プレーローマ工作部隊の生き残り・タカサゴ
「つい先程、息を引き取ってしまって……」
「そう……ですか」
病院を再訪すると、手遅れだった。
もう動かなくなった人間が、ベッドに寝かされていた。
元々弱っていたのが体調を崩し、そのままぽっくり逝ってしまったらしい。
「……あの、これも一緒に埋葬していただけませんか?」
偽りの笑顔が描かれた絵を看護師に渡す。断られるかと思ったけど、遺体に手向けられた白い花束と一緒に葬ってもらえる事になった。
ここでやるべき事はもうない。副長の事を伝える相手もいなくなった。だからもうこの場を後にしても良かったけど、最後まで見送る事にした。
人間ではなく、副長のために。
「私は好きでしたよ。副長の作った料理……」
隊の皆は「病院食みたいに薄い味付け」と言う事もあったけど、私は薄味の時でも美味しいと思った。丁寧な味付けだと思った。
副長の手料理はもう、食べられない。
もう、言葉も届かない。
「……母さんも、『美味しい』と言ってましたよ」
もっと早く伝えれば良かった。
そんな後悔を抱きつつ、届かない言葉を呟いた。
無意味かもしれないけど、それでも――。




