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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.1章:天獄の住人達
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過去:独り、ふたり


■title:<癒司天>の管理領にて

■from:アルヴィエル


「モチ。俺を信じてくれ」


 握れば折れてしまいそうな手を、そっと触り、語りかける。


「俺はお前を絶対に守る。……どんな手を使ってでも、お前を守るから」


 ラフマ隊長はおっかない天使だが、約束は守ってくれた。


 約束通り、モチが十分な医療環境のある場所に移してくれた。コソコソ隠れずに住む場所を用意してくれた。


 この状況は「人質に取られた」とも言えるだろう。だが、俺がプレーローマを裏切らなければ大丈夫。ここにいればちゃんとした医療と介護を与えてもらえる。


 俺がいなくなったとしても、モチは生きていける。


 隊長が、約束を守ってくれれば……。


「それじゃあ、モチ。俺、行ってくるから」


 ベッドの上のモチから、手を離す。


 名残惜しさを胸の奥にしまいながら離れようとすると、モチはボンヤリとした顔のまま語りかけてきた。


「あらぁ……。坊ちゃん、お友達と遊びに行くのですか?」


「いやいや、仕事だよ、仕事。今回、ちょっと長くなるけど……でも、大丈夫」


 念のため、ここの奴に賄賂も渡している。


 大丈夫のはずだ。ラフマ隊長も必ず、約束を守ってくれる。


「お医者さんと看護師さんと、仲良くするんだぞ」


「でもねぇ、坊ちゃん……。あの人達、坊ちゃんの財布を盗んで隠すの。でも、モチがお願いして、ちゃんと取り返しておきますからね……」


「ははっ……。財布ならちゃんとここにある。大丈夫。安心してくれ」


 お前はただ健やかに生きてくれればいいんだ。


 お前が、俺の唯一の希望なんだ。


 逃がすのが無理でも、せめて……最期ぐらいちゃんと――。


「あぁ、坊ちゃん。坊ちゃん! どこに行くんですか……?」


 看護師に頭を下げて頼んでいると、モチが泣きそうな声で話しかけてきた。


「危ないですよ。ダメよ……。独りになっちゃ……」


「大丈夫だよ、モチ」


 俺は独りじゃない。俺にはお前がいる。


 俺は、お前のためなら何だってできる。


「必ず帰って来るから」


 お前は俺の家族だ。俺の姉さんだ。


 種族は違っても、違う時の流れの中にいても、それでも……。


 皆が人類とわかり合う事なんて出来ない。


 ペット扱いして誤魔化して、絶滅させてなかった事にする。


 宥和を説きながら家畜として使い潰す。


 多くの人間が穢れている。プレーローマで生まれた純血の人間だけが穢れていない。穢れている人間は殺処分するべきだ。


 そんなクソッタレな考えが、プレーローマの「常識」として存在している。


 それを変えるだけの力なんて、俺にはない。


 この常識(せかい)の中で、モチだけでも守っていくしかない。


 これ以外の選択肢はない。……弱い俺には、こんな道しか選べないんだ。




■title:とある先進世界にて

■from:プレーローマ工作部隊<犬除(けんじょ)>副長・ヨモギ


『ヨモギ、殿よろしく。彼らが逃げる時間を稼いで』


 必ず帰る。


「了解です。護衛対象が逃げ切った後は、俺も逃げていいですか?」


『もちろん。ただし、その前に逃げたら彼女のこと、覚悟しておいてね』


「わかってます。隊長の命令は絶対ですからね」


 守る。


 それぐらいしか、俺には出来ない。


 俺は無力だが、独りじゃない。


 モチが待っているんだ。こんなところで――。




■title:とある先進世界にて

■from:プレーローマ工作部隊<犬除>副長・ヨモギ


「お疲れ。立てる?」


「……置いて行かれると思ってました。まさか、迎え付きの殿だったとは」


 へたり込んでいたところに、ラフマ隊長の筋肉質な手が伸びてきた。


 俺の手の方が大きいが、力は隊長の方が上らしい。「ひょい」と軽々と起こされた後、隊長は語りかけてきた。


「迎えに行くと確約は出来なかったからね」


「危ない橋を渡りましたね……」


「貴方は命令を忠実にこなした上で、自分が生き残るために最善を尽くした。最低限の事が出来る部下を使い捨てるほど、私も恵まれていないのよ」


「恩に着ま――いたたっ……!」


「しっかりしなさい。向こうはもう、私達を見失っている。あと10時間もあればここから脱出できるはずよ」


「重傷の天使相手に、無茶を言うなぁ……」


「隊長の命令は?」


「ハァ~…………! ……絶対、です」


「よろしい。では撤収しましょう」


 ラフマ隊長の事は、正直、苦手だ。


 苦手だが、今まで付き従ってきた上官の中では一番マシだ。


 隊長の命令と厳しい状況の所為で、酷い目にあった。だが、隊長の助けもあって生き残る事が出来た。……今回も生き残る事が出来た。


 また、モチに会える。


 約束を守れる。




■title:<癒司天>の管理領にて

■from:アルヴィエル


「まだ完治してないでしょ? どこへ行くつもり?」


「直ぐに戻ります。ちょっとモチの様子を見に行くだけです」


「…………。やめておきなさい」


 隊長は俺を止めてきたが、俺は必死に頼んで見逃してもらった。


 今は作戦行動中じゃないんだ。


 そうだ、花束を買っていこう。


 モチには、少しでも明るい場所にいてほしい。


「モチ!」


 花束を抱えて、病室に駆け込む。


 モチがいる。老いて痩せ細っているが、血色はそこまで悪くない。


 モチも元気そうで良かった。


「あらぁ……新しい子?」


「…………」


「貴方も、旦那様と奥方様に……保護されたの……?」


「……モチ?」


「ひどいケガ……。貴方もたくさん、イジメられたのねぇ……」


「いや、俺は……」


「大丈夫だからね。ここには、貴方を守ってくれる優しい天使さんがいるからね……。大丈夫……。あとで、坊ちゃんの事も紹介するから――」


 老いはモチから俺を奪った。


 俺からモチを奪った。


 モチは生きている。そう長くないが、それでも生きている。


 モチはモチだ。別人になったわけじゃない。


 生きてくれているだけで、十分だと思うべきだ。


 つらかったもんな。


 ……さびしかったもんなぁ。


 一緒にいてやれなくて、ごめんな。


 守ってやれなくて……ごめんな。




■title:<癒司天>の管理領にて

■from:アルヴィエル


「あら、おにいさん。この家にはもう慣れた?」


「……うん。皆、良い奴ばっかりだからなぁ」


 新しく買ってきた花を花瓶に飾りつつ、モチと談笑する。


 モチをこの病院に入れてもらえて良かった。体調はずっと良いみたいだ。


 モチの時計は、昔に戻っちまった。でも、それで良かったんだ。


 皆がいた頃の方が寂しくねえもんな。後はもう、つらい想い出だけだもんな。


「なあ、モチ……さん。散歩にでも行かねえか?」


 そう誘うと、モチは笑顔で応じてくれた。


 昔から俺に向けてくれていた笑顔。


 でもそれは、別に特別なものじゃない。


 誰に対しても同じ笑顔を向けるほど、モチは良い奴なんだ。


 車椅子を持って来て、モチを乗せる。


「どこに行きたい? モチさんの行きたいところに行こう」


「じゃあ、今日は貴方を案内してあげましょう。あまり家から離れると危ないから、庭を見て回りましょう。家から離れなければ、ここは楽園よ」


「ああ……」


 俺は何も出来なかった。何もしてやれなかった。


 守るどころか、奪ってばかりだった。


 これはその報いなんだろう。


「…………? おにいさん、どうしたの? 目が痛いの?」


「大丈夫」


 まだ大丈夫。


「俺は大丈夫だよ。……モチさん」


 まだ戦える。


 だって、まだモチは生きている。


「モチさん、俺、また来ていいかな?」


 散歩から帰り、病室に戻ってから問いかける。


 モチはニコニコと笑顔を浮かべながら、「坊ちゃんの財布を知らない?」と言ってきた。跪き、手を取って「また来るから」と語りかける。


「財布を、返してあげてね? 坊ちゃんは、貴方を守ってくれて――」


 声を振り切り、走る。


 病院を出てもなお、走った。


「――――!!」


 走っても、走っても……何も変わらなかった。


 変わらない以上、俺は戦い続けなきゃいけない。


 モチを守る。周りが変わっていっても、俺は変わりたくない。


 モチを守り続けよう。何があっても、命懸けで。


 弱い俺でも、それなら……出来るはずだ。




■title:<癒司天>の管理領にて

■from:プレーローマ工作部隊<犬除>隊長・ラフマ


「またあの女のところに行くつもり?」


「はい」


 ウチの副長はそれなりに優秀だ。


 ただ、あの女が絡むと途端に駄目になる。


 これ以上、性能が落ちると困るから悪徳看護師の件は片付けたけど……あの女に関しては手出ししようがない。アレを壊したら、ヨモギが壊れる。


「もう行く必要ないでしょ。彼女はもう、貴方の手を離れたのよ」


「…………」


「もう貴方がいなくても、彼女は生きていけるのよ」


 誰かに世話をされないと生きていけないが、その誰かはコイツじゃなくていい。


 アレは荷物だ。


 ただの荷物だ。財産でも、希望でもない。


 捨てた方が、楽になれるのに――。


「諦めた方が、楽になれるはずよ」


「それは上官としての命令ですかい?」


「…………」


「隊長。俺が欲しいのは、救いじゃねえんですよ」


 ヨモギはそう言い、また休暇をあの女のために費やしにいった。


 空虚な笑みを浮かべたまま、白い花弁の花束を手に行ってしまった。






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