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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.1章:天獄の住人達
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過去:荷物



■title:プレーローマにある貧民街にて

■from:アルヴィエル


「くそっ……!!」


 急に来た女天使(ラフマ)に脅され、新しい部隊に参加する事になった。


 それだけならともかく、あの女に弱みを握られてしまった。


 とりあえずあの女の部隊に参加せざるを得ない。だが、参加したところでどうする。アイツは「保護」を約束してくれたが、あんな怪しい天使の言葉なんて信用できない。


 けど、逆らったところで詰んでいるし――。


「すまねえ、モチ……。やばい女に見つかっちまったみたいだ」


 表向きは愛玩人間(ペット)って事にしている同居人に……俺が命懸けで守らないといけない同居人に話しかける。


 俺と女天使が話している間に起きたみたいだが、まだボンヤリとしている。


「ただ、直ぐに捕まることはない。今回の誘いに乗れば……お前に、もっとマシな暮らしをさせてやれるかもしれねえ。だから……」


「坊ちゃん。お友達が、できたんですか?」


「いや、友達というか、新しい上官というか……」


 モチはニコニコと笑っている。


 もう結構な歳で、頭も大分弱っているから……俺の話を理解できていないんだろう。それどころか、自分が置かれた現状もわかっていない。


 なんと言えばいいか戸惑い、言葉を探していると……モチはニコニコと笑顔を浮かべたまま俺の頭を撫でてきた。


「坊ちゃんにお友達ができて、良かったです。坊ちゃんは……旦那様や奥方様と同じで、優しすぎて……天使(みんな)の中で浮いちゃってたから……」


「…………」


「お友達は、大事にしなきゃですよ。坊ちゃん」


「あ……あぁ……」


 枯れ木のように痩せ細った手が、俺の頭を撫でてくる。


 昔と同じように。……けど、もう昔とは違う。


 親父も母さんも、もういない。俺達を置いて逝っちまった。


 モチも、もう……昔のようには――。


「……わかってる。友達は、大事にするよ……モチ」


「この間みたいに、ケンカしちゃダメですよ? 人間(わたしたち)の悪口を聞いたからって、あんな風に……。私達のことなんて、気にしないで……」


「…………」


 モチは俺の事を、ガキだと思っている。


 大人になった俺の事すら、坊ちゃん(むかし)のままだと思っている。


 俺の所為だ。


 俺がモチの人生を壊したんだ。俺がもっとしっかりしていれば、モチに十分な医療を受けさせてやる事が出来た。こんな事にはならなかった。


 俺が不甲斐ないから、ずっと苦しい生活をさせている。


 それなのに、むかしを見ている時はずっと……笑っている。


「……ごめんな」


 モチは俺が物心ついた時からの付き合いだった。モチは俺の家の使用人だった。


 モチの方が2歳だけ年上で、俺は……モチの事を姉のように慕っていた。


 親父と母さんは人間を大事にしていた。天使と人間なんて大差がない。人類絶滅派のように彼ら(にんげん)を去勢するのはおかしいし、ましてや家畜のように扱うなどもってのほかだと言っていた。


 多くの人間を「使用人」として家で雇い、匿っていた。


 だから俺がモチを姉のように扱っても、優しく見守ってくれていた。俺にプレーローマの常識を無理に伝えなかった。


 けど、俺達は「異常者」だった。


 人類絶滅派ならまだ受け入れられる余地はあったかもしれない。法律は厳守するように言われたかもしれないが、それでもあんな事は起きなかっただろう。


 俺達の周りにいる天使達の殆どは、「人類とはわかり合えない」「人類は家畜である」「人類は下等生物だ」と言っていた。


 俺達が「そんなことない」「人類と天使もわかり合える」と主張しても、同調してくれる天使は殆どいなかった。……俺達は、妙な宗教にハマっている異常な一家だと見られていた。


 周りにどう思われていても、俺とモチは家族だ。


 モチだけではなく、ウチで保護している人間全員が家族だ。


 俺はそう公言していた。親父と母さんに倣ってそう言っていたわけじゃない。俺自身が、皆の事を大事だと思っていたんだ。……周りに何と言われても、家族の事で意見を曲げるのはおかしいと思っていた。


 本心で、そう思っていた。


 それなのに、俺は――――。


『父さんと母さんが、処刑された……?』


 俺が好き勝手言えていたのは、親の庇護ありきの事だった。


 親父達は周囲に「異常者」として見られていたが、それでもモチ達を守り、自分達の考えを主張出来ていた。それはそれなりの権力を持っていたからだ。


 けど、親父達は処刑された。


 どこぞの馬鹿天使がプレーローマ本土に人類の軍勢を――交国軍を引き込むため、交国政府と取引をしていたらしい。


 結局、その取引は上手くいかず馬鹿天使は交国に捕まったらしいが、その事件の影響が親父達にも及んだ。親父達も馬鹿天使と一緒になって交国をプレーローマ本土に引き入れようとしたという罪で告発された。


 アレはきっと冤罪だった。


 親父達は政争で敗れ、罪を着せられたんだ。


 親父達は人間を大事にしようとしていたが、同胞である天使達の事も大事にしていた。そんな親父達が交国軍なんて呼ぶはずがない。


 親父達は弁明も許されず処刑された。冤罪だったから……キチンとした司法の場に行く前に口封じをされたんだろう。


 親父達という大木に守られていた俺達は、厳しい日差しに晒される事になった。俺だけでは家を守る事が出来なかった。皆を守る事が出来なかった。


 俺も責められた。


 人類を保護しているのはおかしい。人類に洗脳され、プレーローマに仇なすつもりではないか――と責められる事になった。


『けど、キミは親に言わされていただけなんだろう?』


『お、おれは……』


『本気で人類を同胞のように扱うつもりなど、ないのだろう?』


 異常な主張を続けるつもりなら、キミも罰さなければならない。


 処刑しなければならない。そう言われた。


『死にたくないなら、プレーローマへの忠誠を示しなさい』


『どうやって――』


『愚かな両親が匿っていた下等生物(にんげん)を、全員殺しなさい』


 銃を渡され、それで全て片付けるように言われた。


 俺はガタガタ震えながら銃を手に取り、屋敷に戻った。


 俺には親父達みたいな権力はない。俺じゃ、皆を守れない。


『皆、ごめん。おれじゃ……みんなを、たすけられない……』


 そこで皆に全部話した。皆に謝った。


 親父達みたいに出来なかったと、謝った。


『でも、俺も死ぬから! 皆を守れなかった俺達を、許してほしい……』


 そう言って、命を断とうとした。


 だが、皆が止めてきた。俺から銃を奪い、償いの機会も奪った。


『坊ちゃままで死なせてしまったら、我々は旦那様に顔向けできません……!』


『生きてください。アルヴィエル様』


『貴方のような天使がいる事が、人類(われら)の希望になるのです!』


 生きてくれ。そう願われた。


 皆を守れなかった俺に、生きる価値なんてないのに――。


『こんな日が来ることは……覚悟していました』


『我々はもう十分生きました。旦那様と奥方様、そして坊ちゃんのおかげで……』


『ただ、この子は……モチはまだ若い。この子だけは、何とか……』


『アルヴィエル様。モチを……モチをよろしくお願いしますっ……!』


 親父達はいざという時のために、隠れ場所を作ってくれていた。


 けど、あまり多くがそこに隠れて生き延びると、周囲にバレかねない。プレーローマの外に逃がそうにも、俺にそこまでの力はない。


 全員は生き残れない。


 1人ぐらいは誤魔化せるかもしれない。


『坊ちゃまに……一番、つらい役目を背負わせる我らをお許しください……』


『待って、私……私も皆とっ……!』


『駄目だ。お前は生きなさい。モチ』


『やだ、やだっ! お父さんっ! お母さん!!』


 モチは皆と逝こうとした。


 坊ちゃま、やめて、と泣いて頼んできた。


 けど、モチは薬で眠らされ、隠し部屋に――。


『アルヴィエル様、これを……』


『…………』


 大事なものを渡すように、家にあった斧と槌を渡された。


 俺はその両方を使った。銃も使った。


 俺は「家族」を殺した。


 自分の言葉と共に、皆を殺した。


 銃と斧と槌を使って、徹底的に殺し……当局の天使達を呼びに行った。


『ず、随分と……派手に、やったな……』


『すみません。ずっと、こうしたかったんです』


 本当は人間なんて大嫌いだった。


 親に押しつけられたから、仕方なく人間に配慮していただけ。


 本当はずっと……こうしてやりたかった、と宣言した。


 そう言う以外の選択肢を、俺は持っていなかった。


『これで、俺のプレーローマへの忠誠心を……ご理解いただけましたか?』


『あ、あぁ……。だが、この屋敷も没収対象で……これでは、価値が……』


 俺は見逃してもらえる事になった。


 モチ以外の皆を集めた広間の惨状を見て、天使達も軽薄な笑みを消し、青ざめながら帰っていった。バラバラ死体をキチンと調べていかなかった。


 おかげで1人生きている事を誤魔化せた。


 俺は両親の友人の手を借り、モチを隠し部屋から逃がした。


 そのままプレーローマの外か、せめて人類絶滅派のところに逃がしてやりたかったが……それは出来なかった。


 親父と母さんが死んだ頃から「異常者」の摘発が苛烈になっていき、数少ない頼れる天使も一気に減っていった。


 あれからずっと、モチを匿い続けてきた。数少ない協力者の手も借りつつ守ってきたが……その協力者も今はもういなくなった。


 モチは、一度も俺を責めなかった。


 責めてほしかった。……楽にしてほしかった。


 けど、モチは……一度も、俺を……。


 …………。


 不甲斐ない俺は、モチを生かす事しか出来なかった。


 窮屈な思いをさせていた。時には1ヶ月近く、便所の個室で暮らさせてきた。匿うために、やむなく……。それでもモチは一度も俺を責めなかった。


 ずっと、俺に優しい笑顔を向けてくれた。


『坊ちゃん、貴方は自由になっていいんです。私なんて捨てて――』


『ひとりに、しないでくれ……』


『坊ちゃん……』


『お前まで、死んじまったら……。おれは、おれはっ……!!』


 オレは、自分のためにモチを生かし続けた。


 モチを生かすことが、贖罪になると信じて……。


 それが本当にモチのためになるとは、限らないのに……現実から目を背けた。


 俺は親父達のように誰かを救う事が出来なかった。


 誰ひとり、助けることが出来なかった。


 俺は人類の希望なんかにはなれなかった。


 モチを無理やり、生かし続けてきただけで――。


『アルヴィエル。お前、また勝手に殺したな?』


『あの下等生物は、まだ遊びに使えたのに……!』


『上の指示は、ここに人間を殲滅する事です』


 俺は俺のために、人間を殺し続けた。


 自分の罪悪感を殺すために、愚直に任務をこなした。


 現場の天使が捕虜(にんげん)で遊ぶ余地も、潰した。……自分が見たくないから。


『殲滅後は速やかに帰投する。そう指示されていたはずです』


『チッ……! あぁ、そうか、お前は人間殺すのが大好きだもんなぁ!』


『…………』


 何とか生きて帰れば……狭くてボロい家に帰れば、モチがいる。


 何年もまともに外に出せていないのに、それでもモチは笑顔で俺を出迎えてくれた。それが苦しかった。……人を殺す時よりも苦しかった。


 毎回、どのツラを下げて帰ればいいかわからなくなった。


 モチを逃がしてやる事すら出来ず、ずっと閉じ込めて生かしているだけ。それでも任務をこなしていれば、もう少しマシな生活をさせてやれると思っていた。


 思っていたけど、俺は結局、モチに何もしてやれなかった。


 モチから大事な人を奪っただけで、何も……。


『坊ちゃん……。私、どんどん物忘れがひどくなっているようで……』


『うん、うん。大丈夫だ。気にするな。俺が……俺がついてるから』


『坊ちゃんの重荷になりたくないんです』


『重荷なんかじゃない』


 本当は重い。


 苦しい。


 でも、それでも――。


『俺は、お前の存在に救われているんだ』


 大事だからこそ、重いんだ。


 大事だからこそ、救われているんだ。


 モチは俺の希望なんだ。


『殺してください』


 やめろ。


『死なせてください』


 やめてくれ。


『自分が、自分じゃなくなっていくのが……坊ちゃんにこれ以上、迷惑をかけて、苦しませるのが怖いんですっ! 嫌なんです……!』


 俺は大丈夫だ。


 モチはモチだ。昔と変わっても、お前はお前だ。


 俺の、大事な……家族だ。


 皆の事を「家族」と言っておきながら、あんな事しか出来なかった俺に……そんな事を言う資格はないだろう。けど、それでも……。


『もう、死なせてください……。苦しいんです……』


 俺を独りにしないでくれ。


 こわい。独りになりたくない。


 こんな狂った世界に、独り取り残されるなんて嫌だ。


「…………」


 モチはモチの言う通り、変わっていった。


 今はもう、自分が変わった自覚すらないんだろう。


「…………」


 モチの細い首に手を伸ばす。


 伸ばした自分の手を、自分で掴んで止める。


 だめだ。それだけはだめだ。


 でも、モチを楽にしてやった後、俺も後を追えば――。


「……もう、いやだ」


 もう、殺したくない。


 もう、家族を失いたくない。


 でも、自分だけ楽になる勇気もない。


 だったらもう、あの女天使にすがるしか――。




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