丘崎獅真と前衛的なオブジェ
■title:交国首都<白元>にて
■from:ヴァイオレット
「神器解放・絶命法度」
丘崎さんが神器を使用し、交国から借りた計器でそれを観測する。
真白の魔神との戦いで封じられていたものの、今は問題なく動作している。
封印自体はあの戦いから3日後には解除出来て、フェルグス君が死んでしまわないように寝ずに使って貰っていた。
神器を使っていない段階から何故かフェルグス君は魂だけで生き延びていたから、神器無しでも生き延びたかもしれないけど――。
「計器、問題無しです。丘崎さんの方はどうですか?」
「やっと本調子に戻った感じがする。悪いな、調整を手伝ってもらって」
「いえ。色々とお世話になったので、これぐらいは」
真白の魔神との戦いといい、フェルグス君を助けた時といい、丘崎さんにはお世話になりっぱなしだ。本人は「俺の尻拭いを手伝わせたわけだから、気にしなくていいよ」と言ってるけど――。
「念のため、このまま観測を続けてくれや。その間に坊主とやり合ってるからよ」
「て、手加減してくださいね……?」
「心配するな。今なら首が飛んでも死なねえからよ。おい坊主、やるぞ~」
柔軟をした後、軽く走っていたフェルグス君が丘崎さんに呼ばれて戻って来た。
フェルグス君は――多次元世界指折りの剣士である――丘崎さんと戦える事を楽しみにしているようだけど、さすがに不安。
今のフェルグス君は子供の身体。急いで新しい身体を用意したから、ひょろひょろで可愛い身体しか用意してあげられなかった。
そのままだとさすがに、武器を持つ事すらままならないけど――。
『よしっ……! 準備できました! よろしくお願いしますっ!』
フェルグス君は流体甲冑を纏い、流体で大人並みの体躯を作り上げた。
これなら大人相手でも戦う事が出来るけど……さすがに相手が悪い。
流体の刃を作ったフェルグス君は、果敢に挑んでいった。けど、生身の丘崎さんはそれを軽くあしらい始めた。
フェルグス君が素早く刃を振るっても、丘崎さんはそれ以上の速度で動いているようだった。私の目では追いきれないけど……どうも丘崎さんはギリギリのところで避けているらしい。
業を煮やしたフェルグス君は丘崎さんに組み付こうとしたけど、丘崎さんはフェルグス君の手や流体の縄を軽々と避けた。避けつつ、フェルグス君の足を引っかけて転ばせた。
「ふぇ、フェルグス君……! 無理しないでね!?」
『大丈夫! 見てて、ヴィオラ姉さん』
派手に転んでいたフェルグス君は飛び起き、私に手を振った後にまた果敢に挑んでいった。装甲車が突進するような速度で突っ込んでいって、逆に丘崎さんの掌底に勢いよく吹っ飛ばされちゃったけど……!
「もっと殺す気で来い! テメエの本気をぶつけてこい!」
『っ…………!!』
吹っ飛んだフェルグス君は流体の鞭を地面に伸ばして衝撃を殺しつつ着地し、再び丘崎さんに突撃していった。
ただ、今度は単なる突撃ではなく――。
『露と滅せよ――虹式煌剣ッ!!』
真っ直ぐ突撃すると見せかけておいて、直前で進路を変えて大剣を振った。
刃が飛んだ。その一撃は、確かに丘崎さんを捉え――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:弟が大好きだったフェルグス
「悪くねえ」
相手の不意を衝き、虹式煌剣を振るった――つもりだった。
けど、丘崎さんは不敵な笑みを浮かべながら剣を振るった。
俺が振るった剣の軌道をなぞるように剣を振り、虹式煌剣を消した。
『なっ……?!』
消すどころか、俺の流体装甲を切り裂いた。
流体の繋がりが断たれ、運動性能が維持しきれずに転ぶ。
勢いよく転んでしまい、呻きながら体勢を立て直そうとしていると――背後からスッと首筋に刃が当てられた。
巫術の眼も使って警戒していたのに、10メートル近い距離を一瞬で詰められて背後を取られた。首は流体甲冑で守っているけど……多分、守り切れないだろう。
負けを悟って身体の力を抜いてしまうと、丘崎さんは剣でペチペチと俺を叩きつつ、「死に物狂いで来いよ」と言ってきた。
「首が落ちても、巫術で流体甲冑を操れば短時間は動けるだろ。自分の命を捨てて俺の命を取りに来いよ」
『い、いやあ……。またヴィオラ姉さんを心配させてしまいますから』
いま首を落とされても――丘崎さんの神器により――死ぬ事はないらしいけど、ヴィオラ姉さんに「無理はしないでね」と言われたから無理できない。
だから言い訳をすると、丘崎さんは鼻を鳴らして「負けたのはお前の責任だ。ヴァイオレットを言い訳に使うな」と言ってきた。反論できない……。
「だが、さっきの一撃は悪くない。初見なら間合いの外からの奇襲になるからな。俺相手には通用しないが、そこらの奴らなら致命傷だろうよ。我流の業か?」
「いえ、これはエレインに教わったもので――」
流体甲冑を解きつつ、説明する。
エレインの名前を出して、「でも説明しても伝わらないか」と口をつぐむと……丘崎さんは「どうした? 続けろよ」と促してきた。
不思議に思いつつ、丘崎さんとヴィオラ姉さんにエレインの事を説明する。どこかの誰かが俺とアルのところに遣わしてくれた恩人について話す。
ペラペラと喋っても――。
「あれっ……? 俺の説明、伝わってます……?」
「おいテメエ、俺が理解力皆無のバカって言いたいのか? んっ?」
「い、いや……そうじゃなくて。この話をしても、誰にも伝わらないはずなんです」
エレインの存在は俺とアルぐらいしか認識できない。
皆にどれだけ説明しても、認識が操作されて伝わらなかったはずだ。
けど、今はちゃんと伝わっている。
エレインだけじゃなくて、認識操作もなくなってる……?
「なぁるほど。お前が防御権能を突破したのは、それのおかげか」
「認識操作がなくなったって事は、通用しなくなったかもですけど……」
<白瑛>の防御を抜けたのは、認識操作によってエレインの業が延々と「初見のもの」になっていたからだろう。
認識操作が何故か機能しなくなった以上、同じ手は通用しない。けど……エレインの事を皆に伝えられるのは嬉しいな。
エレインは幻覚なんかじゃない。ちゃんといたんだ。説明するのは大変だったけど、実際に俺がエレインから教わった業を見せると、丘崎さんは「確かにそいつがいたんだろうな」と言ってくれた。
真白の魔神に勝てたのは、エレインのおかげでもある。
エレインの功績を皆に誇れるのは嬉しい。
「お前がそのエレイン? とかいう奴に教わった剣術は面白い。まだまだ磨く余地がある。具体的にどう磨く余地があるか教えてやろうか?」
「ほ、ホントですか!? それは是非……!!」
多次元世界指折りの剣士に教えを請えるなんて、またと無い機会だ!
ヴィオラ姉さんが何故か「やめておいた方が……」と言いたげな目つきをしている気がするけど、この機会を逃す手はない!
■title:交国首都<白元>にて
■from:丘崎新陰流開祖・丘崎獅真
「つまり、バーッ! といってギュ~ン! でドパァでダンダンッ! とやれば、お前の剣術はさらに磨きがかかるんだよ!! わかったか!?」
「ま…………まったくわかりません」
「お前、才能ないわ!!!!」
「どう考えても丘崎さんの説明がおかしいんですよ!?」
俺が散々指導してやってもまったく理解してくれない坊主に怒鳴ると、ヴァイオレットが目を剥いてキレてきた。俺の指導能力に問題があると言って来た。
そんなことねえもん、と反論しようと思ったが――どうにもこいつと話しているとスミレの事を思い出す。あんまり強く言えず、「俺は悪くねえもんっ!」と言ってそそくさと逃げ出す。
「チクショウ、どいつもこいつも俺の教えが伝わらねえ! 認識操作か!?」
よくよく思い出してみれば、大体いつもこうなんだよな。
ネウロンで暮らしていた頃も、俺の教えが上手く伝わったことはろくにない。バフォメットの野郎も「お前は教えるのが下手クソ」とよく貶してきた。
でも、俺は<丘崎新陰流開祖>だぞ。弟子もまあまあいる。……新弟子の指導なんて大体弟子に任せているから「俺が育てた」と自信を持って言える相手なんて片手で数えられるかどうかってぐらいだが……。
考えれば考えるほど俺に問題がある気がしてきて、軽く落ち込んできたので腹いせに庭石を蹴って真っ二つにしてやる。
蹴って蹴って蹴りまくって岩を賽子状にしてやっていると、女軍人が「ちょっと、何やってるんですか」と呆れ顔で話しかけてきた。
「交国政府管理の邸宅で何やってるんですか。弁償してください、弁償」
「か……加工して価値を上げてやったんだよ。これはぁ……」
適当に積んで「偉大なる丘崎獅真が斬った石」って書いた看板を立てとけ。
名前使う許可ぐらいはやるから。
「まぁ、些細な事だ気にするな……! それより俺を探してたんじゃねえのか?」
少し前から人が近づいてくる気配はしていた。
それが女軍人だったんだろう。
ただ、名前を忘れたから頑張って思い出していると――。
「炎寂です。炎寂操」
「おう、それだ! 確か交国の特佐だったな」
何の用か改めて聞くと、「居間に行きましょう」と誘われた。
そこで交国の報道を見つつ、話したい事があるらしい。
十中八九、事件の後処理絡みだろうなぁ。




