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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
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夢:旅の終わり



□title:府月・遺都<サングリア>8丁目

□from:贋作英雄


『…………』


 夢葬の魔神に導かれ、懐かしい場所に誘われる。


 懐かしいといっても、私が知っている場所と似ているだけ。


 ここは違う。


「そういえば……私は貴方を何と呼ぶべきなのかしら?」


 私のために酒を用意してくださった魔神は、そう問いかけてきた。


「『エレイン』という偽名より、馴染みのある名前も知っているけど……それすらも本来の名前ではないでしょう?」


贋作(わたし)に真の名などありません』


 原典(オリジナル)には真の名があったが、彼も長く偽名を名乗っていた。


 流れ着いた世界で親から与えられた名もあったが、親から離れた後は……別の名を名乗っていた。その名を頼りに長い時を歩いて来た。


 だが、私は苦し紛れに「エレイン」と名乗っただけだ。原典の師であり、妻であった人の名前を借りただけだ。兄弟達に正体を隠すために。


『好きな名で呼んでください』


 そう言うと、夢葬の魔神は微笑んで「じゃあ、私にとって一番馴染みのある呼び方で呼ばせてもらうわ」と言った。そして空になっていた私のグラスに、魔術を使って新しい酒を注いでくれた。


「貴方はもう直ぐ消滅する。……後悔はない? 自分に残された時間の殆どを、マクロイヒ兄弟のために使ってしまって――」


『貴方の知る「私」は、そんな事で後悔する男でしたか?』


「ごめんなさい。愚問だったようね」


『まあ、正直、後悔がないわけではありません』


 兄弟達を手伝っていたのは、自分の意志だ。


 自分がやりたい事をやっていたに過ぎない。


 だがそれでも「後悔なんてない」とは言えない。


『夢葬の魔神。貴女は……数多の多次元世界(せかい)を見てきた』


「ええ」


『となると、私の原典がいた多次元世界の事も……よくご存知ですよね?』


「一応ね。貴方が知らない事も沢山知っているつもりよ」


『では、教えてください』


 真実を知りたい。


 私の原典がいた世界で、本当は何が起こったのか。


 何故、あの人が……我々に刃を向けてきたのか。


 推測は可能だ。兄弟と共にいた事で、推測に必要な材料は得た。


 しかし、私は……ハッキリとした答えを知りたい。


『私の原典がいた国は、何者かによって壊滅的な打撃を受けました』


「既に察していると思うけど、その何者かとは<真白の魔神(メフィストフェレス)>よ。あの多次元世界(せかい)では真白の魔神が交国計画を掌握し、多次元世界の大半を征服してしまったの」


 やはりそうだったか。


 あの世界の真白の魔神は勝利者となった。


 交国首都で死んだりせず、交国計画を使って多次元世界を統べた。


 交国計画を使っても時間はかかったが最終的に多次元世界の底に到達し、そこにあった国を襲撃した。


 敵に対し、攻撃がまともに通じなかったのは<白瑛>の防御が健在だった所為だろう。此度は何者かの認識操作により、敵の防御を掻い潜ったが――。


『……あの時、私の原典は三つ葉型の植毛を持つ人間に襲われました』


 その正体を聞く。


 推測が正しい事を信じながら――。


「その人物は、貴方の兄弟よ」


『――――』


「彼も真白の魔神に敗れ、交国計画の支配下に置かれたの」


『では、あの人が私を襲ってきたのは――』


「もちろん、彼の本意ではない。彼は操り人形になっていただけ」


 そうか。


 やはり、そうだったのか。


 私を嫌って、殺しに来たわけではなかったのか。


 後悔の棘が1つ、抜けていくのを感じた。


 機兵に潰されて死んだ私を「役立たず」と恨み、嫌っていたわけではないのだ。


 そんな事はわかっていた。


 あの人が、そんな事を考えたりしない事は……わかっていた。スアルタウ亡き後のフェルグスを見守っていれば、そんな事……簡単に理解できたのに――。


『私の原典が死んだ後、あの世界は――』


「一時は真白の魔神が制圧した。けど、最終的に真白の魔神は討たれ、封印された。それを成した人々の中には……あの日、貴方が逃してくれた希望の姿もあった」


『そうですか。…………良かった。本当に、良かった』


 全てを守れたわけではない。


 大勢の命が散っただろう。


 だが、ほんの少しでも希望が残ったなら「良かった」と安堵せずにはいられなかった。サングラスを外し、目元を押さえ、嗚咽を堪えるほどに――。


「…………。夢葬の魔神(わたし)はあの世界でも何もしなかった。真白の魔神により、世界が大変な事になっているのに、あの国が滅びるのを黙って見ていたの。その事について恨み言を言ってもいいのよ」


『私と貴女は……赤の他人です』


 私は貴女が誰か知っているが、貴女が辿ってきた道を知らない。


 どのような経緯があって、魔神なんてものになったのか知らない。


『ましてや私は単なる幻。貴女に何かを言う権利などありませんよ』


 真実を教えてもらえただけで十分。


 本来いてはならない贋作(わたし)の存在を看過してくださり、兄弟達を助けてくれた事に礼を言っても、罵る事など有り得ませんよ――と伝える。


『感謝します。……夢葬の魔神』


「……これで後悔なく逝けそう?」


『お陰様で。大分、心が楽になりましたが……心残りはまだあります』


 兄弟達の事が心配だ。


 だが、彼らは彼らで上手くやっていくだろう。


 府月(ここ)での事を忘れたとしても、上手くやっていくはずだ。


『フェルグスはまだまだ経験不足ですが、強い男です。彼は大丈夫でしょう。ただ、スアルタウの方は……心配ですね。彼は本当に弱虫ですから』


「まあ! 知ったような口を利くのね」


『それはそうですとも。私は彼が征く道を知っていますから』


 スアルタウは死んだが、<転生機構>によって復活する。


 だが、それで救われるわけではない。彼は<根の国>を支配する神に記憶を奪われ、姿形も別人にされ……望まぬ形で復活する事になる。


 数多の敵と裏切りが待ち受ける戦いの日々に身を投じる事になる。泣き虫の彼が征く道には、たくさんの困難が待っているだろう。


 最大の障害たる「真白の魔神と交国計画」が挫かれたとしても、その他の苦難が彼を襲うだろう。ひょっとすると、別の形で真白の魔神と相対するかもしれない。


 彼の魔神も同じ世界に転生してくるかもしれない。


「けど、貴方は彼の人生に待ち受けているのが、苦難だけではないと知っている」


『ええ! 良い人生でしたからね』


 私はあくまで贋作。


 だが、私の原典は自分の人生を良きものだと考えていた。


 数多の苦難に道を阻まれても、それ以上の幸福があったがゆえに――。


『兄弟達のことは心配ですが、私は信じます』


 たとえ苦難だらけの人生であっても、乗り越えてくれると信じている。


 彼らの善因が善果を呼ぶと、信じている。


 そして、彼らが――。


『いつの日か再会できる事を、私は信じます』


「記憶を失い、姿が変わっていても……再会できる日が来るかしら?」


『大丈夫ですよ。きっかけ(・・・・)は渡しましたから――』


 酒を一気に呷る。飲み干した後、手に持っていたグラスが落ちた。


 手が灰のように崩れ、消えていく。


 終わりが来たようだ。


『おさらばです。魔王様。……お世話になりました』


「……お世話になったのは私よ。ありがとうね」




□title:府月・遺都<サングリア>8丁目

□from:夢葬の魔神・ベール


「おやすみなさい。……フェルグス君」









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