夢:7年前の真実
□title:府月・遺都<サングリア>88丁目
□from:死にたがりのスアルタウ
「…………!!」
走る。川辺まで走る。
知らない女性の傍に、僕がよく知るネウロン人がいる。
丘から駆け下りる途中、脚がもつれて転げた。転んでも直ぐ立ち上がり、再び駆け出す。向こうも僕の方に向け、とてとてと走ってきてる。
動いている。生きている。
いま、確かに目の前にいる!!
「アル……! スアルタウっ!!」
「にいちゃ……!」
見間違うはずがない。
忘れたことなんてない。
傍にいなくても、その存在は――名前は――ずっと寄り添ってくれていた。
お互いに駆け寄る。7年前と同じ姿の弟を……小さな弟を抱きしめる。跪き、ギュッと抱きしめる。確かに抱きしめられる。ここにいる。
生きている。生きていたんだ!
「アルっ! これっ……夢じゃないんよなっ!? アルが、生きて――」
「夢よ。けど、幻ではない」
アルの傍にいた白髪の女性が、ゆっくり近寄ってきてそう言った。
血のように赤い瞳で僕達を見つつ、夢だけど夢じゃない事を教えてくれた。
□title:府月・遺都<サングリア>88丁目
□from:夢葬の魔神・■■■
<府月>は異界。皆の夢の欠片を使い、造り上げた夢の世界。
ここは現ではなく夢の世界だけど、偽物ではない。
「ここにいるスアルタウ君は本物。貴方の弟本人よ」
「何で、アルがここに……?」
「フェルグス君と同じだよ。魂を保護してんの。7年前からずっとね」
少し離れたところからマクロイヒ兄弟を見ていたマーリンちゃんが説明してくれた。彼女の言う通り、私達はスアルタウ君を保護していた。
<府月>は私の胃の中みたいなものだから、耐性のない子の長期滞在は危険。私にその気がなくても、魂を溶かしてしまう可能性がある。
「けど、スアルタウ君も貴方も溶かさないよう保護しているから、安心して頂戴」
スアルタウ君に関しては、府月でしばらく眠らせておいた。
ちょっと退屈だったかもしれないけど、その方が安全だからね。
眠らせておいた関係で、スアルタウ君も現の状況はよくわかっていない。ただ、簡単な事情説明は先程やっておいた。
さして重要な話ではないから、フェルグス君にはさらに簡潔に説明しておく。貴方にとっては府月の事情より、再会の方が重要でしょう?
「アルを匿ってくれていたのも、『プレイヤー』って人を捕まえられたご褒美ってことなんですか?」
「うん。まあ、そういう事にしておいて」
実際は少し違う。
そういう理由もあるけど、スアルタウ君を保護していた理由は別にもある。……貴方達の親御さんが命懸けで保護を頼んできたから、それを聞き届けただけ。
フェルグス君を保護しているのは、貴方が【占星術師】の捕縛に協力してくれた報酬でもある。貴方のおかげで彼を捕まえやすくなった。
交国計画は頓挫し、【占星術師】の野望も打ち砕かれた。
真白の魔神に関してはまだ問題が残っているけど、そちらに関しては貴方達の父親が手を打っているから安心していい。……根本的な解決にはならないけどね。
真白の魔神は今後も世界を彷徨い続ける。そしていつか、根の国に辿り着くでしょう。この世界でも、おそらくそうなる。
「大人の事情なんてどうでもいいでしょ? それより家族との時間を大事にして」
7年前、貴方達は突然別れる事になった。
「スアルタウ君が遺言を遺していたけど、ちゃんとお別れできなかったでしょう? フェルグス君の身体が準備できるまで、ここで一緒に過ごしなさいな」
そう告げると、フェルグス君はいっぱいお礼を言ってきた。
瞳を潤ませ、幼いままのスアルタウ君を抱きしめながらお礼を言ってきた。
「…………」
その汚れなき瞳から、視線を逸らさずにはいられなかった。
私はあくまで、一時的に「保護」しているだけなのだから。
□title:府月・遺都<サングリア>88丁目
□from:兄が大好きなスアルタウ
「お姉さん、にいちゃんと会わせてくれてありがとう」
魔神のお姉さんにもう一度お礼を言って、にいちゃんと手を繋ぐ。
手をぎゅ~っと繋いで、にいちゃんにちょっぴり甘える。
「にいちゃんといっぱいお話したい。ボクがいなかった時のこと聞きたいっ」
「ああ、そうだな! 僕も、話したいことが沢山ある」
にいちゃんは目元を指で拭いつつ、そう言ってくれた。
お姉さんがにいちゃんと座って話せる場所を作ってくれたから、そこに行こうと思ったけど……その前にエレインさんに声をかける。
エレインさんも一緒にいこ! と言ったけど、エレインさんは苦笑を浮かべながら「私は遠慮しておく」と言った。
『兄弟2人、水入らずで話してきなさい』
「うーん……。でも~……」
『私は私で、マーリン達と話があるのだ』
□title:府月・遺都<サングリア>88丁目
□from:贋作英雄
『…………』
気にする必要はないのに、チラチラと振り返ってくるスアルタウに手を振る。
気兼ねせず、家族の時間を過ごしてきなさい。
残された時間は限られている。
『…………。初めまして、と言うべきだろうか?』
「ええ、そうね。貴方とは『初めまして』ね」
2人を見送った後、夢葬の魔神に声をかける。
そちらは私が何者かよく知っている様子だ。私も……知っている。知っているからこそ驚いたが、私が知るあの御方と夢葬の魔神は別人なのだろう。
多次元世界はいくつも存在する。ゆえに私達のような者がいるのだろう。
『7年前、彼らを助けてくれたのは貴女ですね? ……夢葬の魔神』
「その件に関しては、スアルタウ君に口止めされているの」
『でしょうね……。ですが、何とか教えていただけませんか?』
スアルタウが口止めした理由は、察した。
フェルグスに知られたくなかったのだろう。
しかし、「私」なら口止めの対象外なのでは――と言うと、夢葬の魔神は困り顔を浮かべながら7年前の真実を教えてくれた。
「7年前。フェルグス君もスアルタウ君も……そしてラート君も死ぬはずだった」
バフォメットのところから逃げた後、彼らは交国軍に襲われた。
あの時の戦闘によって、フェルグス達は死ぬはずだった。
いや、実際に死んでいた。
フェルグスとラート軍曹は即死だったはずだ。
「けど、私が2人を蘇生したの」
『何故……?』
「以前、マクロイヒ兄弟の父親に頼まれたの。……彼もプレイヤーの1人でね。自分の命を捧げるから、子供達を守ってほしいと頼んできたの」
夢葬の魔神はプレイヤーの首を対価に、願いを叶える。
その願いによってフェルグス達には「蘇生権」が与えられていたらしい。夢葬の魔神の力によって死の重力からすくい上げられ、救われていたらしい。
ただ、スアルタウは蘇生されなかった。
その理由は――。
『スアルタウ自身が、蘇生を拒んだのですね』
「ええ。私がマクロイヒ兄弟に与えたのは『2回分の蘇生権』だったの。それを使えば2人共生き残れたけど――」
『あの子は……自分の蘇生権を、ラート軍曹を助けるのに使った』
7年前、夢葬の魔神は瀕死のスアルタウを府月に招いた。
憑依中のため、何とか魂だけは生きていたスアルタウを府月に招き、スアルタウとフェルグスを蘇生する事を伝えたらしい。
だが、スアルタウは自分の蘇生を断った。
自分に与えられた外付けの命を、ラート軍曹に使うよう懇願してきたらしい。夢葬の魔神は「誰を蘇生するか」を厳密に決めていなかったため、スアルタウに懇願されて押し切られてしまったらしい。
かくして2人が生き残り、1人は死んだ。
寄る辺となる肉体も失われ、魂だけ府月で匿ってもらっていたようだ。
フェルグスとラート軍曹だけでも救ってもらえた事は、感謝したい。夢葬の魔神の助力がなければ彼らはあそこで終わっていた。だが――。
『夢葬の魔神。もう1度だけ……蘇生を行っていただけませんか?』
もう1人、蘇生が必要な人物がいる。
その者に対しても蘇生の魔術を使っていただけませんか。
そう懇願したが、夢葬の魔神は首を横に振った。
「スアルタウ君はもう助からない。あの子の肉体は、もう失われている」
『…………』
助けられないではなく、「助けなかった」だろう。
そんな言葉が喉元まで上がってきたが、飲み込む。
この御方にはこの御方なりの考えや決まりがあるのだろう。
ただ、それでも、完全には納得できなかった。




