エンディング
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『もういいんだよ』
「よくないっ!」
真白の魔神は倒した。
交国計画も停止した。
「おい、アル! お前……!」
「駄目だよ! 諦めちゃ!」
「座標を送る! 直ぐに来てくれ!」
ロッカもグローニャ、レンズも生きている。
ヴィオラ姉さんもラートも生きている。
全員無傷ってわけじゃないけど、命に別状はないみたいだ。
奥方様もメイヴも生きている。
桃華お嬢様は、助けられなかったけど――。
『僕は、もういいよ』
「いいわけないっ!」
「ふざけたこと言ってんじゃねえ!! しっかりしろっ!」
壊れた機兵のカメラ越しに、自分の身体を見る。
ネウロンから逃げた時のようにエレインが動かせるよう、流体甲冑で補修したけど……身体を治せたわけじゃない。
僕の身体は真白の魔神の攻撃により、致命傷を負っていた。何とか最後まで戦い抜けたけど、さすがにもう駄目みたいだ。
でも、それでもいい。
「くそっ……。俺がもっと早く駆けつけていたら――」
「違います! 私がもっと、フェルグス君を助けられていたら――」
『2人の所為じゃないって。気にしないで』
僕の身体に縋り付き、何とかしようとしているヴィオラ姉さんとラートには申し訳ないけど……僕は、これでいいんだ。
弟みたいに皆を守ることは出来なかったけど――。
「脳だけでも、なんとか治して……。義体の調達を――」
「いま探してもらってる。何とか延命を――」
『心配しないで。僕は、弟のところに行くだけなんだ』
僕は本来、7年前に死んでいたはずだ。
アルが守ってくれたから、ここまで戦ってこれたんだ。
アルが繋いでくれた命を、無駄にせずに済んで良かった。
『僕もアルと同じ場所に……地獄に行く』
追いかけないと。
アルを1人にしちゃいけない。
『だから、後はもう見送るだけで――』
「うるせえッ! 俺はこんな結末、納得しねえからな!?」
ラートが機兵の方を見て叫んだ。
2つの感情が溢れた顔で、僕を見て叫んだ。
■title:交国首都<白元>にて
■from:<北辰隊>副長のオズワルド・ラート
「お前、さっき言ってただろうが! 大丈夫だって! 信じろって!!」
本当は「大丈夫じゃない」と察していた。
機兵の損傷状況を見れば、フェルグスは直ぐに撤退させるべきだった。
それなのに、俺は――。
「お前がここで死んだら『大丈夫じゃなかった』ってことだろ!? それは、お前が嘘ついたって事だろっ!?」
『それは……』
「頼むから生き延びて、『大丈夫だった』って証明してくれよ!!」
『…………』
「頼むからっ……。1人で勝手に、納得すんなよぉ……!」
やっと再会できたんだぞ。
俺ら、まだまだこれからだろ。
皆で好きなところに行って、馬鹿騒ぎしたくねえのか?
何もかも解決したわけじゃねえが、皆で新しい生活を楽しみたくないのか?
俺はその「皆」の中にお前がいないの、やだよ。
お前まで行かないでくれ。
「お前だって、ホントは……本当は! こんな終わり方、嫌だろ!?」
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
イヤだよ。
本当は納得していない。
僕はお嬢様も、黒水守も助けられなかった。
師匠の事も、止められなかった。
きっと、もっと良い結末が存在していたはずなんだ。
お嬢様達だけじゃない。もっと多くの人を救えたはずだ。
黒水の人達だけじゃなくて、犬塚特佐達も……。
それが出来なかったのは、僕が弱かった所為だ。
本当は悔しい。
こんなのハッピーエンドじゃない。
でも、もう終わった事なんだ。
『……僕は、こういう終わりを望んでいたんだ』
もう手遅れなんだ。
『最後は弟みたいに勇敢に戦えた。それで、満足なんだ』
ヴィオラ姉さんやラート達に迷惑かけたくない。
『だから心配しないで』
巫術師で良かった。
巫術を使えば機兵に憑依できる。
機械の身体なら、最後までガマンできる。泣かずに済む。
2人を心配させずに――。
『もう見送ってくれるだけでいいんだ。もう、僕は――』
「よくない! 全然、よくないっ!!」
ヴィオラ姉さんが僕の身体に向けて叫んだ。
手を止めず、何とか治そうとしている。
誰の目から見ても、もう手遅れだとわかるのに――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:ヴァイオレット
「私も、こんなの……ぜったい! 認めないからっ!!」
身体のあちこちが焼け焦げ、壊死している。
義体の心肺も停止した。
脳も大きく損傷している。
けど、魂は無事。魂が無事なら命も記憶も、まだ救える可能性がある。
問題は、肉体をどうするか。
新しい身体を用意しないと。
脳まで全部、義体化するしかない。
無事な体細胞を核として、新しい義体を用意するしかない。
身体がないと、魂が消えてしまう。でも「死」を止める方法なら存在する。
界外に放り出された丘崎さんを救出し、神器を使ってもらえば身体がダメになっていても死ぬのだけは止められるはず。
問題は丘崎さんを直ぐに救出できないこと。救出できたとしても、神器を使ってもらうのも難しい。おそらく、真白の魔神に施された封印がまだ生きている。
それでもいま延命手段の望みとして考えられるのは、丘崎さんだけ。
何とか戻ってきてもらって、何とか命を繋いでもらっている間に身体を用意する。新しい身体を用意できたとしても、魂が定着する可能性は低いけど――。
「ヴィオラ。奥方様から通信だ」
レンズさんが通信機を持って来てくれた。
フェルグス君の「新しい身体」を確保するため、奔走してくれている石守素子さんとの通信を繋いでくれた。
『いま、ウチの医療班もそちらに向かわせておる。それと、玉帝が使っておいた人造人間の工房も再稼働させた。身体は急ぎ用意させるから、延命処置を頼む!』
「わかりました!」
交国なら、<エデン>よりずっと恵まれた設備がある。
可能性はある。
どれだけ成功率が低かろうと、それがゼロじゃない限りは望みがある。
最大の問題は……フェルグス君の魂が「手術まで持つか」という事。
フェルグス君はまだ死んでいない。
何とか、魂だけ持ちこたえている。
それも、あと何分持つかという状態。
でも、それでも――。
「私は絶対に諦めないから、フェルグス君も――」
「ヴィオラ……!」
ラートさんが私とフェルグス君を庇うように覆い被さってきた。
理由は直ぐにわかった。
フェルグス君が憑依していた機兵が――流体装甲を維持できなくなって――後ずさりしながら崩れていくところだった。
「フェルグス君!!」
『ごめん。そろそろ、限界みたいで……』
フェルグス君が最後の力を振り絞ったのか、機兵は私達を巻き込まないよう後退した。それから崩れていった。
まだ助けられる。
まだ諦めない。
絶対……絶対、助ける!
何か……何か方法が……!
「フェルグス! こっちに移れ! 通信機に!!」
ラートさんが崩れた機兵に駆け寄り、通信機を差し出した。
ひとまず通信機に憑依しろと言ったけど、フェルグス君は答えなかった。
ただ、通信機から声が聞こえてきた。
『うひぃ! 皆さんお元気ですか!? あっ! エノクそこ右!! ご存知、自称天才美少女史書官――ひぃ!! 獅真様後ろです対処して!!』
「ラプラスさん!?」
ラプラスさんは――エノクさんに背負われていたから――エノクさん達と一緒に混沌の海に放り出されたはず。
何とか無事みたいだけど、混沌の海に押しつぶされそうになっているらしい。
「丘崎さんは無事ですか!? 神器で――」
『獅真様の神器は現在使用不可! まだ封じられたままなので、界内に戻れたところで直ぐに神器を使う事は出来ません!』
「――――」
望みが潰された。
丘崎さんが戻ってきたとしても、フェルグス君の命を繋ぐことは――。
『これが希望に繋がるかは知りませんが、エノクから伝言です! スアルタウ様がまだ生きているのであれば、ネコを探せとの事です!』
■title:混沌の海にて
■from:史書官ラプラスの護衛
「意味? いや、私も知りませんよ!! エノクにそう伝えろと言われただけです! とにかく伝えましたからね!? うぉわァっ?!! エノク泳いで泳いで!」
ラプラスは向こうに例の件を伝えてくれたらしい。
後はフェルグス・マクロイヒと、「ネコ」次第だ。
本来、マクロイヒ兄弟は7年前にネウロンで死んでいたはずだった。
しかし、フェルグス・マクロイヒとラート軍曹は生き残った。スアルタウ・マクロイヒだけが死んでしまった。あの時点でおかしかったのだ。
7年前、本来は3人共死んでいたが、2人が生き残った。
何者かが介入し、彼らを生かしたのだ。
その何者かの正体について、ワタシの仮説が正しいなら希望は残っている。
伝えるべき事は伝えた以上、あとは護衛の務めに専念しよう。
「ラプラス、指示を。このままだと全員、混沌に潰されて死ぬぞ」
「わかってるから指示を――立浪様こちらに! 影に潜らせてくださいな!」
■title:
■from:死にたがりのスアルタウ
「…………」
ヴィオラ姉さんが何か言っている。
何かを……探せと。
その声も、直ぐに聞こえなくなった。
音も、光もなくなった。
感覚が失せていく。
何も感じられない。
けど……悪くない感覚だ。
眠りに落ちていくのと似た感覚。
自分が、溶けて消えてなくなるような――。
「――いたっ……?!」
何も感じなくなっていたのに、急に痛みを感じた。
手が痛む。
見ると、白くてフワフワの何かが僕の手を「あむあむ」と噛んでいた。
「お前……こんなところにいたのか。……マーリン」
白くてフワフワのネコに声をかける。
みぃ、と鳴いたマーリンが僕の手に身体をこすりつけてきた。
「結局……お前は何だったんだ? 僕にだけ見える幻覚なのか……?」
多分、そうなんだろうな。
僕はずっとおかしかったんだろう。
幻覚を見ていただけなんだ。
「幻覚ではないよ。ボクの魔術でキミを含む一部の人間の視界に取り憑いていただけ。見えない人にとっては、キミが幻覚と話しているように見えただろうけどね~」
「……幻聴まで聞こえてきたか」
マーリンが人間の言葉を喋っている。
いよいよ僕も終わりらしい。最期に見る光景がこんなファンシーなものになるとは思わなかった。けど、悪くないかもしれない。
まどろむように終わりを迎えようとしたけど、マーリンは何故か呆れた様子で「コラコラ、いまキミに死なれたら困るよ」と声をかけてきた。
「こんなとこで寝たら死ぬよ。いや、キミはもう実質死んでいるんだけどさ」
「いいんだ。僕はここで――」
「ここはダメだって言ってるじゃん! ほら、行くよっ!」
マーリンは、ふわふわ飛びながら僕に身体を押しつけてきた。
僕に立つよう促しているらしい。
「行くって、どこに……」
「ボクの上司のとこ!」
「もう放っておいてくれ。僕は……弟のところに行くんだ」
マーリンに触れつつ、やんわりと引き離す。
けど、マーリンはしつこくまとわりついてきた。
「僕の命は使い切った。僕の役目は……終わったんだ」
「んも~~~~っ! めんどい!! オジ様も何とか言ってあげて!」
『私が担いで行く。マーリン、案内を頼む』
「はいはい。こっちだよ~」
大きな手が――たくましいオークの手が、僕に伸びてきた。
どこかに行くらしい。
どこかな。
……地獄かな。




