4人目
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
フェルグス・マクロイヒは真白の魔神と同じ魂を持っている。
別人だけど、交国計画は彼を「私」だと判定してしまう。一等権限者相手だからこそ、彼に危害を与える事が出来なかった。
ならば、「私達」に危害を与えられるものを作れば良い。
安全装置無しの危険な暴力装置を作れば良い。
そう考えてついさっき作ったのが<弐号交国計画>だ。
ヴァイオレットの言う通り、交国計画をもう1つ作ったんだ。弐号の方は安全装置を取っ払っておけば、フェルグス・マクロイヒ相手にも振るえる。
壱号交国計画から安全装置を取り外すのは、交国計画を使ってもなお時間がかかる。そんなの飛行機を飛ばしながら整備するような事だからね。
壱号交国計画を飛ばしながら、新しい弐号交国計画を作る方がずっと簡単だ。時間もかからない。
『いや、そんなバカな! 交国計画って、交国が何百年もかけて造り上げたものでしょ!? 数分で同じものを作れるわけが――』
「さすがに同等品じゃないよ」
<無尽機>が口を挟んできたから、そう説明してあげる。
壱号が機兵だとしたら、弐号は子供の玩具だ。
弐号は丘崎獅真にはまったく通用しないだろう。ただ、丘崎獅真相手には壱号を使えばいい。弐号はあくまで「フェルグス・マクロイヒを殺すための交国計画」に過ぎないんだよ。
超人と違って、凡人を殺すには1本のナイフがあればいい。
壱号と比べたら玩具程度のものでも、役には立つのさ。
『そっち戦闘してたじゃん! そんなもの作る暇なんて――』
『交国計画を使ったんですね……』
「正解」
表情を歪めているヴァイオレットの言葉に花丸をあげる。
壱号にアクセスしていた身として、「自分なら気づけたかもしれない」という後悔に襲われているんだろう。魔神を舐めるなと言いたい。キミに気づかれないようにやっていたんだよ、こっちは。
キミと違って、こっちはシステム全体を掌握していたんだ。
キミに気づかれないよう、裏でチマチマと弐号を作るぐらい出来るさ。
壱号の安全装置が弐号に影響しないよう作るのは苦労したけどね。おかげで予定よりも114秒も余計に時間がかかっちゃったよ……。
『さっきやられたのも演技か! こっちを油断させるための!』
「そこまでは考えてないよ。あの程度で油断してくれる馬鹿なら助かるけどさ」
弐号は保険として作っただけ。
弐号で勝負を決めにかかるつもりはなかった。
バフォメットの燼器で王手飛車を――フェルグス・マクロイヒかヴァイオレットのいずれかを仕留めるつもりで、「何故か」力負けしたのは予想外だった。
仕方なく保険として用意していた弐号を使っただけだよ。弐号は弐号でいずれ、別の機会に切り札として使えると思ったから使いたくなかったんだけどね。
「さて、種明かしも済んだしキミ達も始末しよう。無尽機、子機達を使ってヴァイオレット以外制圧しておいて」
『あー! あー! 聞こえナ~~~~イ! 命令なんて聞こえない!』
「耳を塞いだ程度で防げると? 馬鹿だね」
無尽機を流体の刃で突き刺し、骨伝導で命令を伝えてあげる。
すると悲鳴を上げつつも、大人しく私の指示を全体に伝えてくれた。
無尽機が一気にこちら側について戦い始めた。
親機であるパンドラが死なない限り、無尽機共は私の指示に従わざるを得ない。パンドラ死んだら復活するのは別のパンドラになっちゃうから命令がリセットされるけど、死なせなければいいだけだ。
「キミ達は後でしっかり交国計画に組み込んであげる。再び真白の魔神の下僕として働いてね」
『やだ~~~~っ!! デスマーチはやだぁ~~~~っ!!』
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『くっ……!! ヴィオラ姉さん、逃げて!!』
四方八方から来る攻撃に対応しきれない。
機兵が深刻なダメージを受けていく。交国計画では僕に危害を加えかねない攻撃は出来ないはずなのに、交国計画に攻撃されている……!
「アル! 何とかお前だけでもヴィオラのところに――」
ラートにそう言われたものの、それすらままならない状況だ。
敵機兵に組み付かれる。動きを止められる。大剣を奪われる。
もう、虹式煌剣も放てる状況じゃ――。
『届けっ!!』
苦し紛れに投擲を行う。
届け。
届いてくれ。
届けば、まだ勝ち目が――――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「無駄な足掻きだね」
フェルグス・マクロイヒの方から飛んできたモノを撃ち落とす。
壱号で撃ち落とそうとして、失敗した。
「――――」
すかさず弐号を使うと、今度は成功した。
今更何の役にも立たない物体は――フェルグス・マクロイヒの本体が収められた操縦席は荒れ果てた大地へと落ちていった。
「キミ達の負けだ。……けど、手こずったよ。お礼をさせてくれるかな?」
「っ…………!」
「ヴィオラ様っ!!」
ヴァイオレットの護衛がこっちに来ようとしたけど、泥縄商事と壱号交国計画に止めさせる。権能使いもいるようだけど、大した脅威じゃない。
機兵化したバフォメットの手を伸ばし、ヴァイオレットを捕まえる。掴み、軽く締め上げながら健闘を讃える。
「心配しないで……殺さないから。死んだ方がマシな目に遭わせるだけ」
「ぁ……あなたは、本当に……変わってしまったんですね」
「あははははははははは。なに言ってるの? 私は私だよ?」
真白の魔神も人類も本質は変わらないんだよ。
変わらなかったからこそ、キミ達が大嫌いになったんだ。
いや、最初から嫌いだったのかもね。それでも魔神に祭り上げられた身として義務感だけで戦っていたのかもしれない。
昔の事はもう忘れちゃったし、どうでもいいけどね。
そう、どうでもいいんだ……。
楽しいことだけやって生きていきたい。
誰にも脅かされず、苦しまずに生きていきたいんだ。
「安心して。とりあえず捕まえるだけだから。丘崎獅真達が混沌の海で抵抗しているからね。彼を牽制するための人質になってもらうよ」
「私には、人質としての価値なんて――」
「いや、あるさ。丘崎獅真はスミレの事を忘れられていない」
だからこそ、スミレそっくりの玉帝を殺せなかったんだ。
キミの事も、彼は見捨てられないよ。
「いっそのこと、キミを完全に『スミレ』にしちゃおうかな! 脳をイジって偽スミレを作るんだ。麻酔無しでやるから痛いだろうけど頑張って耐えてね!」
「ぅ…………」
「今からでも『スミレ』のフリをしてもいいよ? 助けて、獅真さ~ん。スミレ、殺されちゃ~う♪ 殺されちゃうから代わりに死んで助けてって叫ん――ぐぇッ」
「――――?」
■title:交国首都<白元>にて
■from:ヴァイオレット
「――――?」
真白の魔神の声が、急に濁った。
機兵の操縦席内で、何か起きている。
何が起きているかは見えないけど、苦しむ声が微かに――。
「えっ……?」
拘束が緩む。
私を掴んでいた手が緩み、私を地面にそっと下ろしてくれた。
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「な――――なっ、ナァッ…………?!!」
自分の喉から、血に濡れた刃が突き出ている。
背後から、流体装甲の刃で刺されている。
けど、背後には誰もいない。
ここは機兵の操縦席。
フェルグス・マクロイヒ達は弐号交国計画と戦闘中。
丘崎獅真達は混沌の海に追い出した。
他の有象無象共は、壱号交国計画であしらっている。
私に刃向かえる奴なんて、誰も――――いや、いる。
1人だけいる!!
『や……! やめろッ! バフォメット!!』
潰れた喉の代わりに、機械を通して命令する。
バフォメットは止まらない。
流体の刃が木枝の如く枝分かれし、私の身体を抉ってくる。
そのうえ、操縦席の壁まで私に向かってきた。私を圧死させようとしてくる。
不可能なはずだ!
使徒に、私を殺すことは出来ない。
だって、お前達には統制戒言という枷が――――無い。
外した。
フェルグス・マクロイヒへの攻撃を通すために、外したんだった。
いまつけているのは、簡易の操作権限に過ぎない。
統制戒言と違って、その気になれば抵抗も出来る。
けど、コイツには逆らえるだけの自我など無いはず……!!
『で……木偶の分際で、逆らうなぁッ!!』
交国計画で呼び出した機兵達に、バフォメットを破壊させる。
私を殺しにかかってくるバフォメットから距離を取って――。
『ッ…………?!!』
呼び出した機兵の1つが、流体の刃で私を殺そうとしてきた。
別の機兵に邪魔させ、何とか凌ぐ。
バフォメット、巫術憑依で抵抗して……!
『消えろ!!』
物量で圧倒する。
機兵化したバフォメットの身体も、バフォメットの憑依対象も物量で圧倒する。
鼻から下が上手く動かない。
神経が断裂し、手足もまともな形を保っていない。
落ち着け落ち着け落ち着け。身体の機能を交国計画で補い、回復させろ。
これぐらいの重傷、交国計画で補修できる。
即死さえ避ければ、何とでも――。
「――――」
身体を流体装甲で補い、逃げようとしている先に誰かいる。
甲冑を着込み、剣を手にした剣士がいる。
誰だ、コイツ――。
【認識操作開始:考察妨害】
まずい。
血が、酸素が、足りてないのか?
頭が、回らない。
バフォメットの巫術の眼を無理矢理使って観る。
フェルグス・マクロイヒじゃない。他の巫術師でもない。
そもそも、目の前の戦士は魂が観えない。
誰でもない戦士が、私に向けて大剣を――――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:贋作英雄
『露と滅せよ』
兄弟の身体を借り、剣を構える。
この身体はもう、まともに動ける状態ではない。
だが、兄弟が流体甲冑を使って動ける状態にしてくれた。
『――虹式煌剣』
真白の魔神は抵抗しなかった。
時が止まったように、呆然としたまま我が大剣を受け入れた。
主に追随するように、兵器群も動きを止めた。
機兵達は墓標の如く立ち尽くし、方舟はゆっくりと大地に落ち始めた。




