過去は影なり
■title:交国首都<白元>にて
■from:ヴァイオレット
『今のヴァイオレットか? 助かった!』
「すみません、多分こっちに気づかれましたぁ~……!!」
丘崎さん達が神器に狙われていたため、ついつい介入してしまった。
「むしろ今までよく気づかれなかった方だよ。気にせずハッキングを続けて。真白の魔神が対応する前に、交国計画をズタズタにしちゃって」
護衛についてくれている泥縄商事の社長さんに「はい!」と答えつつ、端末に指を滑らせ続ける。交国計画への干渉を続ける。
フェルグス君やラートさん達が地上で戦ってくれているうちに、交国計画にアクセスして弱体化作業を進めていく。
とてつもなく大きく複雑なシステムだから、全体像を掴みきれないけど……弱らせていけば皆が動きやすくなるはず。
こちらの不正アクセスに気づいた真白の魔神が締め出そうとしてきたけど、こっちの権限を使って正当性を主張して弾く。
フェルグス君の権限を経由してアクセスしているから、交国計画も私を締め出す事が出来ない。一等権限者の権限でアクセスしている私を締め出してしまうと、一等権限者まで交国計画から締め出されてしまう以上、向こうも無茶は出来ない。
こちらとしては交国計画なんて必要ないから、両方締め出されて向こうを一気に弱体化するのが一番なんだけど……さすがにそれは対策されている。
「しかしヴィオラちゃん、交国計画への干渉方法なんてよく知ってたねぇ」
「完璧には理解できてません! でもさっき、頭にヒントが書き込まれたんです」
玉帝に書き込まれた<太母>の記憶の一部のおかげで、交国計画への干渉方法が少しだけ理解できた。交国計画そのものの記憶は書き込まれなかったけど、<太母>が造ったものの「クセ」は理解できた。
それとフェルグス君の権限を使って、交国計画に強引に切り込んでいく。真白の魔神を締め出し、交国計画を掌握できるほどではないけど、敵しか使えない交国計画を少しでも使う事が出来れば――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
ちょっと時間はかかったものの、対交国計画用の切り札2つが機能し始めた。
何故か最高位の権限を持っているフェルグス君と、交国計画へのアクセスに成功させたヴィオラちゃんが反撃の取っかかりを作ってくれた。
ただ、こっちの動きを察知されたのはマズいんだよなぁ~……。
真白の魔神はヴィオラちゃんより、丘崎獅真やフェルグス君への対応を優先していた。けど、ヴィオラちゃんの脅威度が一気に跳ね上がった。
向こうはヴィオラちゃん捜索に大量の戦力を割きつつある。ウチの社員達に攪乱させているけど、ここも遠からず特定されるだろう。
けど、この状況は利用できる。
「獅真君、真白の魔神はいいからこっちの護衛に回ってくれる?」
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「キミも真白の魔神モドキになったか。ヴァイオレットちゃん」
魂は別物。
ただし、真白の魔神の技術の爪先ぐらいは手に入れたようだ。……<太母>の須臾学習媒体で反抗の取っかかりぐらいは掴んでいたか。
それだけでは大した脅威ではないけど、彼女はフェルグス・マクロイヒが持っている一等権限を利用し、交国計画に不正アクセスを行っている。
主導権は完全にこっちが握っているけど、肝心な時に邪魔されるのは鬱陶しい。さっさと排除しないと最悪の場合、交国計画の重要機能を破壊されかねない。
<太母>と<叡智神>、そして<蠱毒>という過去に邪魔されている現状は実に腹正しい。けど、主導権を握っているのはあくまで私だ。
過去の影如きで、私を止められると思わないでほしいね。
「交国計画から閉め出せないなら、本体をやればいい」
丘崎獅真が混沌竜と共に、首都の一角に向かっている。
<無尽機>が彼らに護衛を依頼したのを傍受した。
その要請通り、ヴァイオレットの護衛に入るつもりだろう。丘崎獅真が護衛の務めを果たすと、ヴァイオレットを殺すのが難しくなる。
けど、彼が護衛に動いたという情報は使える。
彼が向かっている先に、ヴァイオレットがいる。
丘崎獅真を足止めしつつ、交国計画の兵士達を先回りさせれば――。
「やっぱり地下でコソコソ隠れていたか!」
地下室に隠れていたヴァイオレットを見つけた。
泥人形達に護衛されているけど、こっちが差し向けた戦力を見て慌てて逃げ始めた。交国計画と正面からやり合える力なんてないから逃げるしかないよねぇ。
泥縄の泥人形達が足止めしてくるけど、無駄。
小型機兵で簡単に蹴散らせる。質も物量もこっちが圧倒している以上、そっちが何体泥人形を呼び出そうと圧倒できる。
泥人形達が自爆特攻してきて、地下道を塞がれようと――。
「位置は把握した」
標的の位置は捉えた。
巫術の眼で捕捉している。
標的のいる場所に次々と爆弾を生成し、一気に爆発させる。
丘崎獅真は彼女のところに辿り着いていない。
泥人形達では、ヴァイオレットを守れな――――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
「あはぁっ! 引っかかったねぇ、真白の魔神!!」
首都を揺るがす大爆発が起きた。
戦力が足りなくて困ってたんだよ。
でも、今の爆発のおかげで戦力が増えるよ。
それも、とびっきりの戦力がね。
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「偽者か……? 小細工を……!」
ヴァイオレットがいるはずの区画が盛大に吹っ飛んだのに、不正アクセスが止まらない。間違いなくヴァイオレットは生きている。
おそらく、見つけたと思ったヴァイオレットは偽者だ。
泥縄商事の泥人形の顔をイジり、「ヴァイオレットそっくりの偽者」を用意したんだろう。……丘崎獅真を偽者のところに向かわせる事で、私を釣ったんだろう。
けど、それがどうした?
その程度の小細工じゃ、大した時間稼ぎにもならない。
そう考えていると、首都のあちこちで「ヴァイオレット」が現れ始めた。交国計画が何十人ものヴァイオレットを見つけ始めた。
泥をこねて作った偽者を、何体も投入してきたようだ。
「同じ小細工に頼るとか恥ずかしくないの? まあいいよ、全部――」
『一等権限者による指示受諾。白瑛、移動開始』
「救済執行! いまの命令は取り消し! まったく……!」
ヴァイオレットが白瑛に対し、命令を送ってきた。
今度はバフォメットの統制戒言みたいにパッと外せるものじゃないから面倒だ。
でも大丈夫。余計な指示はこっちの指示で上書きすればいい。
交国計画の演算支援を使えているのは私だけ。速度と数で上回れば――。
「――――」
待った。
さっきの命令、何の意味があったの?
白瑛を移動させたところで、別に意味は――。
「しまっ――――!」
違う。今の単なる小細工じゃない。
あの女、こっちの急所を抉るつもりか!!
■title:交国首都<白元>にて
■from:ヴァイオレット
「いた……!」
真白の魔神の撤回命令を確認。
それを辿り、探していた相手の現在位置を見つける。
この距離なら追えるはず。
「丘崎さん、白瑛の現在位置を特定しました! 対応お願いしますっ!」
『でかしたァッ!!』
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「白瑛! その場を――――離れなさいっ!!」
フェルグス・マクロイヒと北辰隊副長の攻撃を回避しつつ、命じる。
こっちの命令から、白瑛の居場所を特定された。
白瑛に搭載している天使・アザゼルは、交国計画の「防御の要」だ。
アレを殺された場合、交国計画全体の防御性能が著しく低下する。
権能の防御を突破してみせた丘崎獅真が、白瑛が潜んでいる区画に走っている。混沌竜に自分を援護させつつ、獣の如き笑みを浮かべて全力疾走している。
でも、間一髪で退避が間に合う。
白瑛を逃がすための<海門>が間に合う。
丘崎獅真と混沌竜だけなら逃げ切れる。
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・丘崎獅真
「おいコラ待てぇッ!! 殺らせろッ!!」
敵の足止めを切り抜けつつ、白瑛に向かって走る。
まだ遠い。この距離だと殺し切れん。
野郎、方舟が開いた海門に向かってやがる。
俺達だけだとギリギリ間に合わんが――。
「止めろ、死司天ッ!!」
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「なっ――――」
海門に飛び込もうとしていた白瑛が、天使に蹴り飛ばされた。
舌を見せながら笑っている丘崎獅真に向け、白瑛が蹴り飛ばされた。
斬撃に対する防御も張っているというのに、丘崎獅真はそれを障子のように切り裂いた。白瑛内部に搭載された天使・アザゼルを一撃で殺した。
「権能が……!!」
アザゼルの権能が消えた。機能を停止した。
交国計画自体は無事だけど、防御の要が――。
「何で、ここに死司天が……!」
奴は<雪の眼>の史書官の護衛をしているはず。
いま、奴が小脇に抱えている金髪幼女の護衛をしているはず。
<雪の眼>の護衛である以上、今回の騒動に介入してくるはずがないのに――。
「死司天! キミ、雪の眼との契約はどうしたのさ!? この戦いに介入したら契約違反で殺されるでしょ!? というかさっさと死ね!! 邪魔するな!!」
『契約違反ではない。契約通りだ』
「ふざけ――」
『それについては! 私が! 説明しましょうっ!』
死司天の脇に抱えている金髪幼女が声を発した。
腹の立つドヤ顔を浮かべ、ペラペラと喋り出した。
■title:交国首都<白元>にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
「ところでお久しぶりです真白の魔神! 私を覚えてますか!?」
『知らんしどうでもいい!!』
「おやぁ……!! ではその辺の説明は省くとして、エノクがやっている事は契約違反ではなく、あくまで仕事の範疇なんですよ」
『どこが!!?』
「貴女先程、爆弾を使ったでしょう? 私がそれに巻き込まれかけたのです」
実際は巻き込まれたのですが、「今は」生きているので大丈夫。
しかし、私が危うく死にかけたので、私の護衛であるエノクは「護衛としての務め」を果たしているだけなのですよ。
「護衛対象に降りかかる火の粉をはらうため、エノクは危険人物と戦い始めたのです。護衛として私を守るために仕方な~く戦っているのです」
『さっきの爆弾はキミを狙ったものじゃない!』
でしょうね。
おそらく、どこぞの社長が攻撃を誘導したのでしょう。
雪の眼の護衛を戦闘に引きずり込むために、セコい手を使って私達を巻き込んだのでしょう。結果、結構乗り気なエノクは戦闘に参加したのです。
史書官の護衛としては微妙な行動なのですが、ギリギリグレーゾーンを動いている状態ですね。さすがにビフロスト全体が動く話ではなく、あくまで現場の者が勝手にやっている話なのでお気になさらず――と言っておく。
当然、「ふざけんな!」というお叱りの言葉が返ってきましたが――。
「エノク~、向こうもお怒りですし矛を収めては如何ですか?」
「これは護衛として必要な行動だ」
「ぬぬぅ。戦う気満々ですねぇ」
真白の魔神も矛を収める気はないでしょう。
天使・アザゼル様が殺されてしまった以上、交国計画の防御性能は著しく低下している。然れど、交国計画の圧倒的な展開能力は未だに健在。
交国計画を使えばエノクも屠れると確信しているのでしょう。まあ、確かにミカエル様よりは与しやすい相手だとは思いますが――。
「よっしゃ! 死司天ついてこい!」
「わかった。現地の人間と協力した方がラプラスを守りやすいと判断する」
「うわ~! やりたい放題! 始末書はエノクが書いてくださいね!?」
私は悪くないです! 止めたんですよ、一応。
もう「なるようになれ~」と思いつつ、エノクに背負われる。そのまま戦闘に参加する事になっちゃいました。まあここはここで特等席ですね。
真白の魔神側は戦闘能力低下。
相対する者達は、死司天の助力を得た。
状況は好転したように見えますが、おそらく勝てませんね。
真白の魔神が「保険」を用意していないとは考えられません。
問題がある以上、必ず対策してくるでしょう。




