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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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智の女神



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 会議室にて、整備長と隊長、そして巫術師代表として来てくれたスアルタウと一緒に「巫術師による機兵運用」についての意見を交わす。


 ヴィオラにも参加して欲しかったが……技術少尉が呼びに来た所為で、出ていっちまった。


 技術少尉、少しはマシになった気がするが……ヴィオラには相変わらず雑用を押しつけているみたいだ。


 ヴィオラ不在とはいえ、それなりに意見がまとまって来た中、隊長が「休憩でも入れるか」と言ってくれた。熱心にノートを取りつつ、意見も聞かせてくれていたアルの事を気遣ってくれたのかもしれない。


 ひとっ走りして食堂に飲み物を取りに走り、戻ってきた後、気になっていた事を隊長達に問いかけた。


「お二人に相談があるんですが……記憶喪失って、どうすれば直るんですか?」


「ああ、ヴァイオレットの件かい。アンタも聞いたんだね」


 整備長の言葉に頷きを返す。


 記憶を失っていてもヴィオラはヴィオラだが、記憶を取り戻さないと色々と支障があるだろう。記憶が戻った方が何かと便利なはずだ。


 ヤドリギとかの謎もあるし――。


「記憶が戻れば、アイツの心配の種も1個減らせるかな~……と思いまして」


「じゃあ、頭でも叩くか」


 整備長は工具を振るような動作を見せつつ、とんでもない事を言ってきた。


 アルもビックリして目をまん丸にしている。


「整備長……子供の前でなに言ってんスか。暴力反対!」


「さすがに冗談だよ。あの子はアンタらと違ってか弱いし、殴ったら死ぬよ」


「で、ですよね~……。機械叩いて直すノリで言うから、ビビりましたよ」


「さすがに機械相手でも殴るのを第一手段にしないよ。どうしようもない時に殴る時はあるが、それは単なる腹いせさ」


 合成珈琲の入ったカップに両手を添え、お上品に口にしているとは思えない乱暴な発言だ。


「ただ、あの子は殴られた事で壊れたのかもしれない」


「へ? どういう事っスか?」


「記憶を失ったって事は、失うキッカケがあったんだろ。誰かしらに頭でも殴られて、そのショックで記憶喪失になったのかもしれないよ」


「ああ、なるほど……」


 確かに、キッカケがあったはずだ。


 ヴィオラはそのことも忘れてるみたいだが――。


「あの子の記憶は、タルタリカが暴れ始めて以降しか残ってないんだろ? タルタリカに襲われて逃げてる時、頭をガツンと打ったのかもしれない」


「いや、おそらく違う」


 否定の言葉を吐いたのは隊長だった。


 隊長はヴィオラに聞いたらしい。


 目覚めた当時、外傷が無かったか聞いたらしい。


 ヴィオラの話だと、身体のどこにも傷らしい傷は無かったそうだ。


「頭部にも、特に痛みは無かったそうだ。痛みが残らないように殴られたという線はあるが……わざわざそうした者が、彼女を放置した理由はわからん」


「じゃあ、別の原因かねぇ」


 整備長はそう言いつつ、「試しに殴ったら戻るかもしれない」とまた言い出した。必要なら工具を貸すよ、なんて事まで言ってきた。


 アルがビクビクしつつ、「ヴィオラ姉ちゃんに乱暴しないでください……」と言ったので、俺も「そーだそーだ!」と同意しておく。


「ヴィオラはか弱い女の子なんですから、そんな事しちゃ駄目ですよ」


 そうだ。か弱くて華奢な女の子なんだ。


 あんな細くて、柔らかい身体。整備長に殴られたら死んじまう。


 整備長もそこまでガタイ良くないが、性格はおっかないからなぁ……。


「ラート。アンタ、いま何か失礼なこと考えたね?」


「いえいえ別に! とにかく、ヴィオラを殴るとかやめてくださいね。アイツは機械みたいに頑丈じゃないんですから」


「なに言ってんだい。機械より、人間の方が頑丈だよ」


「そうですかぁ?」


 ヴィオラはともかく、俺達(オーク)は頑丈だ。


 けど、機兵や流体甲冑の方が強い。


 俺達は痛みが無いとはいえ、機関銃でババババ! と撃たれたらさすがに死ぬ。


 機兵なら機関銃程度弾くからな。機械の方が頑丈だ。


 俺はそう思ったが、整備長はエルフの外見的特徴である長耳を指で弄びつつ、持論を教えてくれた。


「機械は燃料やっても、ちゃんと整備してなきゃ直ぐにガタがくる。性能の良い兵器は精密だからデリケート。動かしていると色んなパーツが直ぐ摩耗する」


 だから整備士がいる。


 逆に言えば、整備士がついていないと直ぐダメになっちまう。


「その点、人間は便利だよ。飲食物(ねんりょう)を与えておけば、数十年はメンテ不要で自立稼働する。最低限の教育と命令を与えておけば、事細かに指示を与える必要もない」


 整備長はそこでフッと笑って、「命令通り動くと限らないから、機械の方が素直だけどね」と言いつつ、言葉を続けた。


「何だかんだで人間が便利だからこそ、未だに人間が戦場に駆り出されているんだ。まるで兵器みたいにね」


「なるほど……」


「いや、人こそが最高の汎用兵器なのかもね」


 多次元世界には自立駆動する兵器もある。


 けど、人間ほど柔軟に対応できない。


 人間の肌は機械の装甲みたいに硬くないし、普通の人間は大砲みたいな一撃は放てない。でも兵器を開発し、装備し、立ち向かっていく事は出来る。


「過酷な戦場に投入された兵器は、直ぐ摩耗する。人間も肉体や精神が摩耗していくが……兵器より柔軟に適応していく」


「確かに……。人間なら銃弾で穴が開いても、多少は再生して塞がりますし……。骨が折れてもそのうち直る。機兵のフレームなんかは折れたら交換しなきゃいけないから……そういう意味だと人間って丈夫だなぁ」


「流体装甲みたいな例外もあるけどね。アレは混沌で再生するから――」


 そう言った整備長は、「ああ、そういえば」と言いながら言葉を続けた。


「混沌といえば、ヴァイオレットが妙なこと言ってたんだよね」


「妙な事?」


「うん。まあ、言ったというか、『やった』というか――」


「ヴァイオレット特別行動兵が何かしたのか?」


 しばし黙っていた隊長が、整備長に向けて問いかけた。


 整備長は頷き、隊長を軽く指さしつつ、口を開いた。


「アンタには言っただろ。ウチの混沌機関の混沌貯蓄効率が落ちているって」


「ああ」


「作戦行動に支障ない範囲だけど、そろそろ新しい機関に交換してもらわなきゃね~って話をしてただろ? アレ、必要なくなった(・・・・・・・)


「どういう――――まさか、彼女が直したのか?」


 隊長の言葉に対し、整備長は指を鳴らし、「そのまさかさ」と返した。


「機関の交換について検討していたら、あの子が『何してるんですか?』って聞いてきてね。隊長にもした話をしたのさ。そしたら『ちょっと見てもいいですか?』なんて言ってきたからさ」


「見せたのか」


 隊長の言葉が、少し、鋭くなる。


 さすがに整備長も気まずそうな顔を浮かべたが、直ぐに笑みを浮かべて「事後報告になって悪かったって……」と返した。


「壊すことも出来ないし、理解もできないと思ったのさ。……けど、あの子は機関を万全の状態に戻した。新品同然とは言わないけどさ」


 整備長曰く、端子を混沌機関に差し、端末でちょちょいと操作し始めると混沌機関が蠢き出し、機関が自己修復を開始したらしい。


「貯蓄効率どころか、伝達率も改善されてたよ」


「そういう事って、整備長や機関士がいつもやってるんじゃあ……?」


 ヴィオラは賢いし、整備長達がやってるのを見て覚えたんじゃ――と思ったが、整備長は「馬鹿言うんじゃないよ」と言った。


「あたしは整備屋だが、混沌機関は専門外。機関士も混沌機関そのものは専門外。機関から供給されるエネルギーが船にちゃんと供給されているかどうかチェックして、機関自体は『がんばれがんばれ~!』って応援の言葉をかけてやってるだけだよ」


「そうなんですか!?」


「うん。中にはガラガラ使って機関をあやしたり、ご機嫌取りにお供え物するヤツもいるね。現場の人間は『お祈り』するぐらいしか無いのさ、混沌機関相手には」


 そ……そんな状態だったのか。


 混沌機関相手だと、宗教家と大差ねえな……。


「機関の調子はわかるが、修理は出来ないよ」


「修理は普通、交国本土等の限られた場所にいる専門家でなければ出来ん」


「え~、じゃあ機兵の混沌機関も?」


「同じだよ」


 ブッ壊れた混沌機関を現場で直すのは難しいと聞いた事はある。


 それは確かに工場に持って行くしか無いだろう……と思っていたが、簡単な整備すら出来ない状態だったなんて……。


「それだけ難しい代物なんだよ、混沌機関は。あたしも興味本位でイジろうとした事はあるけど、アレはもう……機械の範疇にない別物さ」


 曰く、交国の混沌機関は外装を外すと、中にはスライムみたいなものが入っているらしい。それが変形を繰り返し、機関としての役目を果たしているんだとか。


「機械生命体みたいなもんだよ。アタシ達の手には負えない」


「機関の整備、普段はどうしてるんですか? 専門家に来てもらうんですか?」


「新品もしくは整備済みの混沌機関を<アップルカンパニー>に送ってもらうんだ。それと交換で古い機関を送り返す。結構面倒なんだよ。手続きとか」


「ヴィオラは、現場で古い混沌機関を蘇らせたって事ですか?」


「そうさ。ちょっと端末イジっただけで直してみせた。必要な工具や設備は……殆ど、流体装甲でまかなっていたように見えたねぇ……」


 混沌機関から流体があふれだし、それが工場設備の代わりを果たしたらしい。


 整備長達も「混沌機関をどうやって整備するか」がわからないから、実際にどんな設備が必要になるか詳しく知らないそうだが……ヴィオラは直してみせた。


 隊長はいつもの無表情のまま、「本人は何と言っていた」と問いかけた。


「直している途中は、そこらの電球を変えるようなノリだったよ。混沌機関が自己修復始めた時は、あたしも機関士達も大慌てだったんだが、『大丈夫ですよ~、この子が自分で自分を直してるだけですから~』って言ってて……」


「…………」


「で、実際、あの子の言う通りになった。『何で修理できたんだ』って聞いたら……本人はキョトンとしながら『直せると思ったので……』って言ってたよ」


 普通は出来ない事なんだよ、と言われると、ヴィオラも困惑してたらしい。


 自分がなぜ、混沌機関を直せたのか。


 それすらわかっていないみたいだった。


 ただ、直し方は理解していた。


 整備長達は詳細を聞いたが、整備長達ですら理解できなかったらしい。


「混沌機関は、一種の術式だからね。あたしゃ機械工学なら多少わかるが……」


「へー……。アル、お前は混沌機関のことわかるか?」


「えぇっ……。わからないと思います、けど……」


 アルは困り顔を浮かべつつ、「憑依したら、状態ぐらいはわかるかも?」と言った。巫術師には憑依対象の状態を把握する力あるからな。


 でも、ヴィオラは巫術師じゃない。


 巫術なんて使えないはずだ。


 となると――。


「ヴィオラって、交国の混沌機関の専門家とか……?」


「ありえん」


「そりゃ無いだろ」


 整備長と隊長、両方から否定された。


「何でですか? ネウロンに混沌機関を直しに来て、魔物事件に巻き込まれて記憶喪失になった……ってのはありそうな話じゃないですか?」


「ネウロンくんだりに、混沌機関の専門家が来るわけないだろ」


「基本的に、彼らは工場近辺の区画から出られん。一生な」


「一生!?」


 それだけ重要な技術だから、交国政府も厳重に管理しているらしい。


 技師が住んでいる区画は、外部の人間の出入りも厳しく管理される。厳重な警備が敷かれている上に、警備の関係者さえも厳しく管理される。


 整備が必要な混沌機関も、そういう立ち入り禁止区域に運び込まれ、修理後に持ち出す。技師が出てくる事はそうそう無いらしい。


「死んだ後以外、出られないって話だよ。誘拐されて連れ出されただけでも、誘拐犯ごと殺す体制になってるらしい」


「げぇ~……!」


「交国の混沌機関はプレーローマ製ほどじゃないけど……性能良いし、他国に技術が流出して勝手に作られないよう、厳しく管理されているのさ」


「混沌機関の自力生産が出来ない国家は、交国を含む生産国から購入しているからな。生産が出来ないなら、整備すら自国で出来ん」


「そこらの小国が混沌機関を解体・分析して、自力で作れるようになったって話は聞かないねぇ……。仮に作れちまったら交国含む強国に睨まれて、侵略されるのがオチだろうが――」


「おっかない話してる……」


「それだけ重要なモンなんだよ、混沌機関は。方舟や機兵みたいな兵器を使うには欠かせないものだからねぇ」


 ともかく、ヴィオラは交国の混沌機関技師ではない。


 その可能性が高い。技師がわざわざネウロンに来るはずがない。


 隊長達はそう結論づけた。


「工場近辺の立ち入り禁止区画は、玉帝ですら出入りを厳しく管理されるからね」


「えっ? 交国(ウチ)で一番エラい人なのに?」


「本人が言い出した事らしいよ。役職だけで検査をパスさせていたら、偽者が出た時に大変な事になるからね」


「へ~……」


「玉帝は交国の政を取り仕切り、交国軍の指揮権を握っているだけじゃない。研究者としても深い見識を持ってる方だからね。交国制の混沌機関の開発にも携わっているから、ちょくちょく出入りしているらしいよ」


 ウチって結構、ちゃんとやってんだなぁ。


 ネウロンの兵士の質や、管理体制は何故か酷い気がするけど――。


「じゃあ、ネウロンの混沌機関技師って可能性は……?」


「そんなヤツいないだろう。ネウロンにいる機関の技師と言ったら、蒸気機関の技師ぐらいだよ。あたしゃ、ネウロンで混沌機関が生産されていたなんて話、聞いたことがないし見た事もないよ」


「ですよねー……」


 そう言いつつ、チラリとアルを見て話しかける。


「なあ、アル。ネウロンで混沌機関を見かけた事ないか?」


「無いです。交国の人が持ち込んだのを見たことあるぐらいです」


「……お前らのいた保護院に無かったか?」


 アルはキョトンとしている。


 当然、シオン教団の保護院で見たことも無いらしい。


 シオン教団はヤドリギの研究をやっていた可能性もある。何か怪しい。実は混沌機関の研究もしてましたー、って言われても不思議じゃない。


 いや、十分不思議だが。


「…………」


 マジで研究して、自力生産出来ていたとしたら?


 混沌機関の生産・整備技術は国家機密。交国にとっても重要な秘密。


 隊長達曰く、交国は混沌機関の販売・整備でも外貨を得ている。重要な装備だか外交カードにもなる大事なものだ。


 それをネウロンが生産できるようになっていたら……それが目障りになって……適当な大義名分振りかざして支配し、秘密裏に生産をストップさせたとか……?


 いや……そりゃあ、さすがに考えすぎだよなぁ?


 ヴィオラは交国の技師じゃない。


 ネウロンの技師でもない可能性が高い。


 でも、混沌機関をホイホイと整備してみせたのは事実。


 ヤドリギなんてモノを作ってみせたのも事実だ。


 それ以外の勢力だと、プレーローマとか……。いや、それこそ有り得んだろ。


 プレーローマの技師だとしても、ネウロン来る理由なんて無いだろ。戦闘員とか工作員ならまだわかるが、なんで技師がわざわざ来るんだよ。


「交国以外の国の技師が来ていた可能性は……」


「それも無いだろう。余所も交国と似たようなもんさね」


 ヴィオラの記憶喪失をなんとかする話をしていたつもりが、なんか話が大きくなってきた。でも、「混沌機関の整備が出来た」ってのはかなり重要な話だ。


 整備長とウンウンうなりながら考えていると、アルが遠慮気味に手をあげた。


「あのぅ……『おかしいなぁ』って思う事があるんですが……」




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