睡死
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「ん…………?」
転がっている【占星術師】に歩み寄ろうとして、気づく。
ヴァイオレットちゃんとスアルタウ君がいない。
逃げた天使達が連れて行った?
いや、それなら気づけたはず――。
「…………」
交国計画の眼を使い、現在と過去を探る。
ああ、いたいた。過去の記録にスアルタウ君の姿が――。
【認識操作開始:考察妨害】
「あれっ……? 意外と元気じゃん」
彼はヴァイオレットちゃんを担ぎ上げ、スタコラ逃げていた。
おかしい。流体甲冑を纏う前に銃を使って致命傷を与えたはずだけど、しくじった? この身体だと上手く狙いをつけられなかったのかな。
彼らは監視カメラを壊しつつ、どこかに逃げて行った。
それにしたって、ここまで元気なのはおかし――。
【認識操作休眠状態移行】
「ま……いっか」
巫術師1人と使徒モドキを1人取り逃したぐらい、些細な話だ。
交国首都は統制機関の支配下に置いた者達だらけだから、統制機関の制御外にいる魂から絞り込んでいけば直ぐに見つけられる。
バフォメットの力も引き出していけば、それぐらいは――。
「いや……ノイズが多いな」
まだそこら中で泥縄商事の社員が暴れ回っている。
死ねば新造される彼らは<知恵の果実>をいくらかじったところで、かじっていない時の姿に戻ってしまう。
泥縄商事の泥人形達も含めると、統制機関の制御下に置かれていない魂はかなりの数が存在する。ここからヴァイオレットちゃん達を絞り込むのは面倒だ。
首都に爆弾落として消し飛ばしてやりたいところだけど――。
「<無尽機>は確保したいんだよねぇ~……。首都を消すのはやめておこう」
交国計画は<無尽機>より優れている。
けど、「生命の記録」においては無尽機の方が優れている。彼らは大龍脈のサーバーに自分達の記録を保存しておく事で、死んでも死んでも新しい自分を創造できる。
交国計画はそれが出来ない。末端の端末はもちろん、中枢を担う私自身も死ねば終わりだ。私は転生するけど、一度転生してしまえば交国計画との接続状態は外れてしまう。
無尽機を捕獲し、交国計画に組み込めばその問題を解決できる。
私が死んでも、直ぐに「私」を製造する事で交国計画はさらに強靱となる。
それを本当の「私」にしていいかは私としても悩ましいところだけど、何の備えもしていないよりはマシだ。無尽機は捕獲したい。
交国計画は真白の遺産、神器、権能等を取り込む事でさらに強くできる。
伸びしろはまだまだある。
「キミにも糧になってほしいんだよ。【占星術師】君」
「は…………謀ったな、メフィストフェレス……!!」
交国計画で創造した槍を使い、床に縫い止めておいた【占星術師】君に話しかける。槍が邪魔で再生できない【占星術師】君の顔が恐怖に染まっている。
「貴様、俺に協力するフリをして、利用していたんだな……!?」
「そこはお互い様でしょ? 出し抜きあって、キミが負けただけ」
私が、キミなんかに大人しく従う理由ないもん。
キミに尽くすだけの義理も感情もない。キミ自身が真白の魔神を利用していたんだから、ホントにお互い様でしょ。
「いや、キミが負けたのはスアルタウ君か!」
「なぁッ……?!」
「キミは舐めていた相手に瞬殺された。余裕ぶっこいて宗像長官達に丸投げして、詰めを誤った。もっと上手くやる方法があったのに――」
「おかしい。おかしいおかしいおかしい……!!」
縫い止められた【占星術師】が暴れる。
暴れるたびに傷口から血が噴き出しているけど、もうそれすらどうでもいいらしい。表情を丸めた紙くずのように歪め、「おかしい」と言い続けている。
「予言の書には、お前の裏切りなど書かれていなかった!!」
「参考書じゃなくて、現実を見ようよ。その紙切れを鵜呑みにした馬鹿なんだよ、キミは」
予言の書が全てじゃないって事は、歴史を振り返ればわかるでしょ。
それなのに【占星術師】は未だに「予言の書が間違うはずがない!」と喚いている。……ちょっとおかしいな。何でここまで盲信できるんだ……?
誰の仕業だ? 結果的に私の都合良く事が進んだけど、裏に誰かがいるのはキショいな。
「予言の書は絶対だ!! 私は遊者だぞ!? そして貴様は遊者ではない! 運命を変えられるのは、遊者だけだ!!」
「そんな理は存在しない。キミがそう思い込んでいるだけだよ」
百歩譲って、キミの理が事実だとしよう。
でも、プレイヤーという存在が「よぉし、未来を変えちゃうぞぉ★」と張り切り始めた時点で、キミ達の起こす波風が他にも影響するんだよ。
波風に翻弄された人々が動き回っているうちに、大きな嵐が発生する事もあるだろう。それがキミ達の企みを潰す事もあるんだよ。
「そもそも貴様、いつの間に黒水守の娘の身体を……!」
「明智光の時と同じだよ。あの時はキミが持っていた<毒林檎>で乗っ取ったけど、今回は先代の真白の魔神が作った<毒林檎>をレオナール君に渡して……彼に毒を盛らせたんだよ」
毒林檎なんて、ちょっと分析したら再生産できる。
かつての私が作ったものだからね。作成の癖は直ぐに理解できる。
私は真白の魔神の専門家であり、真白の魔神の天敵なのさ。
「彼自身は真白の魔神に協力している気は皆無だっただろうけどね。<叡智神>の事すらも理解出来ていない哀れな子だから――」
そんな話をしていると、渦中の人物が目を覚ました。
石守桃華の姿をしている私を見つけ、ギョッとした様子で飛び起きた。
床に転がっていた拳銃を拾い、それを私に向けながら――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:復讐者・レオナール
『一等権限者に対する攻撃を予測。危険行為を停止します』
「…………!?」
石守桃華に向けた銃の引き金が、動かない。
いや、動かないのはボクの指……!?
身体が……身体が勝手に動いて、勝手に銃を下ろして――。
「なんで!? なんで撃てないんだよっ!? なんでなんでなんでッ!!」
「おはようレオナール君。久しぶりだねぇ。正確には私が石守桃華の身体を乗っ取った時点で再会しているけども」
石守桃華が馴れ馴れしく話しかけてくる。
いや、コイツ……本当に石守桃華か?
雰囲気が全然違う。
ガキっぽい笑みではなく、大人の女みたいな笑みを浮かべている。ボクの事を嘲笑っているような笑みをしている。
「落ち着いて。私は占星術師。ゲットーでキミを助けたでしょ?」
「なに、言って……」
「石守素子を殺すための毒林檎も授けてあげたでしょ?」
何で、石守桃華がその事を知っているんだ?
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「ちがう!! 【占星術師】は俺だ!! さっきも会っただろう!?」
「【占星術師】君。キミはゲットーに行ってないだろう?」
私の言う「占星術師」とは、また別の話だよ。
「ネウロン魔物事件の後、私はゲットーに寄り道してたんだよ。そこでレオナール君に接触し、黒水に逃がして恩を売り……<毒林檎>を託したんだよ」
「馬鹿な……! バカなッ!!」
狼狽え、震えている【占星術師】から視線を切る。
統制機関で動きを止めているレオナール君に近づき、「博打だったけど、キミは私の目論見通りに動いてくれた」と告げる。
「ありがとう、レオナール君。お礼に<叡智神>に会わせてあげよう」
「ま、まさか、お前も叡智神様の使徒なのか!?」
「違う。私自身が叡智神……真白の魔神なんだよ」
「お、お前が……!? そんなバカなこと――」
レオナール君は私が「誰」なのか、未だにわかっていないようだ。
けど、周囲の惨状を見て、それを私がやったと気づいたようだった。そして私に対して少し、媚びるような目つきを向けてきた。
「叡智神様なら、皆を生き返らせて」
「皆とは?」
「ナルジス姉さんと、父さんと母さんだよっ! 叡智神様なら、死者蘇生だって出来るだろ!? してみろよ!! 自分が神だって証明してくれよ!!」
「叡智神は死者蘇生なんて出来ないよ。けど、まあ……私なら出来るかもね」
いずれ死者蘇生の奇跡に辿り着けるかもしれない。
例えば、レオナール君が復活を望んでいる人々にそっくりな泥人形なら作れるようになるだろう。それも1つの死者蘇生でいいでしょ?
「死者蘇生を願うなら、それ相応の生贄が欲しいなぁ」
「交国人を皆殺しにしてきたらいいんだな!? いいぞ、任せろ!! 白瑛とバフォメットがあれば、僕にだってそれが出来る!!」
「彼らはもう、私のモノだよ」
キミにはチンケな小銃で十分だよ。
そう告げ、交国計画で作った武器を渡してあげる。
「待ってくれ。こんな……こんなもので交国人を殺してこいと!?」
「いやいや、殺してきてほしいのは別の奴らだよ」
「汚れた交国人を見逃すのか!? 交国人は皆殺しにするべきだ!!」
「あはっ。交国人が汚れているなら、キミも汚れてるでしょ?」
愚かなレオナール君の頬を撫でつつ、告げる。
キミを使うために、キミの情報もある程度は調べたんだよ?
「キミの父親は交国人だよ? その血を継いだ影響もあって、キミは統制機関の管理下に置かれているんだよ」
「――――」
「交国人を皆殺しにするなら、キミも死ななきゃ」
「ウソだ。そんなのウソだ! ボクは……ボクはネウロン人だぞ!?」
「救済執行。とりあえず泥縄商事と戦っておいで」
「ウソだ! ウソだ!! ウソだあああああああああああっ!!」
レオナール君は叫びつつも、命令に従って戦いに行った。
最終的に全人類滅ぼすから、交国人も皆殺しにしてあげるよ~? その中には当然、キミも含まれるけどね。
「はい、お待たせ! そろそろキミを交国計画に取り込んであげようねぇ」
「やめろ! 触るなぁっ!! 汚らわしい化け物め!!」
「キミの運命操作、交国計画全体に付与できたら便利だからねぇ。それに再生能力以外にも切り札持ってるでしょ? 丘崎獅真には一蹴されちゃったみたいだけど、そっちも私が有効活用を――」
【占星術師】君に馬乗りになり、両手で顔を撫でる。
その時、気づいた。手遅れだったと気づいた。
「うわ……。キミ、ネコ憑き? これじゃ部品として組み込めないじゃん! くっそぉ~~~~っ……!」
「猫? 何を……何を言ってい――」
腹いせ兼ねて、【占星術師】君の眼窩に指を突っ込む。
神経ねじ切って眼を抉り出す。汚らしい男の悲鳴がうるさいけど、それはいい。もうどうでもいい。だってもう使い物にならないし!!
問題はこの目玉!! 視覚に潜んでいるネコだよ!!
「ちょっとキミぃ、困るよ~……! 私の獲物を横取りしないでよ!!」
「悪いね。真白の魔神」
【占星術師】の視覚に潜むネコは、悪びれもせず毛繕いをしている。
フワフワマンジュウネコの姿をした偽者が、ふとましい体を窮屈そうに動かして毛繕いをしている。
「まあ、早い者勝ちって事で」
「私の方が先にツバつけてた!」
「じゃあ奪ってみる? そっちが動くより早く<府月>に撤退するけど」
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・マーリン
「何でキミみたいな使徒がここにいるのさ」
「ボクらがプレイヤー狩りしてるのは知ってるでしょ。昔、情報提供があってね。ここに【占星術師】というプレイヤーが来るってわかっていたから、ず~っと網を張っていたんだよ」
嘘は言ってない。
【占星術師】を狙っていたのは事実。
他にも訳ありだけどね。
「キミの主が交国計画を脅威と考え、使徒を派遣して潰しに来たんじゃないの?」
「ボク達の標的はあくまでプレイヤー。プレイヤーでもないキミをわざわざ狩りに来るわけないでしょ」
真白の魔神の力も<予言の書>絡みではある。
大半のプレイヤーなど足下に及ばないほど、<予言の書>に……<原典聖剣>に関わっている。けど、それでもボクらの標的ではない。
「ボクは【占星術師】を府月に引きずり込みに来ただけだから、後はご随意に。どうぞ気にせず交国計画で遊んでていいよ」
幼女の顔をした真白の魔神が不満げにしている中、仮の姿から人間体に戻り、杖を振るう。【占星術師】に突き刺し、鍵として回す。
「ともかく逝こうか。<夢葬の魔神>がお待ちだよ」
「いやだ、やめろ!! 消えたくな――――」
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「いやだ、やめろ!! 消えたくな――――」
【占星術師】の眼窩から出てきた無数の触手が、【占星術師】を包み込んだ。
紙くずのように彼を丸め、眼窩に出来た黒い穴に引きずり込んでいった。
触手の1つがこちらに素早く伸びてきて、私が抉り出した目玉まで回収していった。嵐のように数千の触手が動いた後にはもう、何も残っていなかった。
【占星術師】という存在も、その視覚に憑いた夢葬の魔神の使徒も、夢幻の如く消えてしまった。あーあ……【占星術師】の異能を手に入れ損ねた。
アレがあればアザゼルの権能による防御に加え、いざという時の回避能力と必中化とか出来たんだけどね。仕方ない切り替えていこう。
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・マーリン
「さてさて……」
標的を府月に連行して直ぐ、現に戻る。
真白の魔神のところに戻ってきたわけではない。彼女に気づかれないよう、こっそり交国の地下にある一室を訪問する。
そこに1人の男の子が寝かされている。
ヴァイオレットちゃんが必死に助けようとしている。
けど、真白の魔神本人から与えられた致命傷により、彼の命の灯火は消えつつある。死の眠りに落ちようとしている。
「大勢は決したよ。まだやる?」
問いかけたものの、当然、答えはない。
でも仮に答えられたとしたら、何と言うかは想像がつく。
あくまで契約のためとはいえ、キミ達の事を見守ってきたからね。




