人こそが、最高の
■title:交国首都<白元>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>隊長・ラフマ
真白の魔神に対し、問いかける。
プレーローマの状況はタカサゴ経由で聞いていたけど、それも途絶えた。タカサゴは無事だけど、プレーローマの交国侵攻軍や本土の状況が確認できない。それほどの混乱がプレーローマ全体を襲っている。
攻め立てていたのはプレーローマ側だったはずなのに、人類側の反転攻勢によって一気に戦況が覆った。一連の騒ぎの中心には、どうやらこの真白の魔神が立っているらしい。
「どうぞ。ラフマ隊が混乱を作ってくれたおかげで、私の計画も通しやすくなった。お礼に質問に答えてあげる」
「どうも。交国計画、大した兵器ね」
もはや国家兵器……いや、世界兵器という規模だろう。
これほどの規模で騒乱を起こせるものなど、終末兵器でも聞いた事のない次元のものだ。
「交国計画を制御しているのは、あなた1人だけ?」
「そうだよ。本来は<太母>が担う予定だったけど、私も彼女と同じ最上位権限の持ち主だからね。交国計画は権限を魂で認識するものだから」
「数多の世界で軍団を動かす場合、1人では無理だと思うけど……」
「太母が完成させた統制機関なら可能なんだよ」
機関の支配下に置いた知的生命体を術式のネットワークで繋ぎ、その脳に様々な判断を代行させる。ただし、制御は真白の魔神が担う。
世界中に存在する端末に不正アクセスが行われ、その端末の演算能力を使ってさらなる不正アクセスが行われる。構築された巨大ネットワークは単なる不正アクセスに留まらない仕事をやってのける、という事か。
恐ろしいのは不正アクセスされている端末が、天使や人間の脳という点だ。知的生命体を操る神器や権能なら知っているけど、これほどの規模は知らない。
真白の魔神は私達と会話しながらチェスの多面指しをしているようなものだ。
億単位、あるいは兆単位の盤面に向き合いながら、世界を敵に回している。交国計画に繋がれた者達の演算支援があるとはいえ、恐ろしい相手だ。
けど、弱点を晒した。
「交国計画を潰すには、それに繋がれた者達を殺すのが1つの手になる」
「その通り。<夢葬の魔神>と同じようにね。でも……現実的に可能かな?」
「ほぼ不可能でしょうね」
交国計画の支配・指揮・兵器生産を担っているのは、大衆の「脳」だ。
彼らを殺せば殺すほど交国計画は弱体化していくだろう。ただ……とても現実的な案とは思えない。大衆を殺しきるのはほぼ不可能だ。
世界1つ滅ぼすだけでも足りない。数多の世界に存在する交国計画の端末を潰すのは現実的じゃない。源の魔神なら出来るだろうけど、それも「反撃を受けなければ」という条件が加わるだろう。
ただ、「現実的な勝機」は見えた。
私達の目の前に立っている。
それは向こうもわかっているはずなのに……何なの、この余裕は。
「しかし……どうやって大衆の脳を繋げたんですか?」
交国国民だけなら、まだわかる。
玉帝達がせっせと自国民の身体を地道にイジってきたなら、まだわかる。
けど、他国の人間は?
何でプレーローマの一部の天使すら、支配下に置けているの……?
「皆が<知恵の果実>を食べた影響だよ」
「<知恵の果実>……?」
「太母が作った『術式刻印ナノマシン』の名称だよ。交国計画は統制機関による支配が行き届かないと大した力はないからね。獅真君が昔、交国を強襲した時は交国計画が育っていなかったけど……今はもうすっかり大きくなっちゃったの」
「……水や食物に混ぜて、大衆を密かに改造していたって事?」
「その通り。……何か思い当たる節があるみたいだねぇ?」
中央政庁に来る前、聞いた話を思い出す。
交国の息がかかった企業がプレーローマ領内で見つかった。それらの企業を使って、交国計画に必要な術式刻印ナノマシンをプレーローマにも撒いていたのか。
プレーローマですらナノマシンという毒を撒かれ、気づいていなかったとしたら……人類文明の方はもっと広く浸透しているだろう。
交国は人類文明指折りの国家であり、数多の世界に自国企業を進出させている。それらの企業を使って、密かにナノマシンをばら撒いていただろう。
それだけでは済まない。
交国は後進世界への援助も積極的に行っていた。
交国製の食料を配布し、水道インフラの普及支援まで行っていた。交国の手が及んでいるところなら、全員が交国計画の支配下に置かれていてもおかしくない。
けど、こんなこと有り得ない。有り得ないと言いたい。
「誰かが気づいたはずよ! 自分達の身体が改造されていく事に。例えば、どこかの術式の専門家が――」
「何かおかしいと気づいた子もいるかもね。けど、実際、問題にはなっていない」
気づいたものの、世界に警告する前に消された者もいたのかもしれない。
交国計画無しでも、交国は人類文明で指折りの力を持っていた。玉帝が手駒を動かし、暗殺によって口封じを行っていた可能性はある。
ただ、それも完璧な方法じゃない。交国計画そのものが簡単には気づけないものとして作られていたのね。十分に支配が行き渡る前に気づかれたら、全世界を敵に回して袋だたきにされるから――。
「太母は大した奴だよ。自分の死後も<知恵の果実>が密かに普及する仕組みを構築していたわけだからね。あ、これ、自画自賛じゃないからね?」
「こんな、馬鹿な事が……」
「現実を見ようよ。実際、誰も止められていないでしょう?」
幼女の姿をした真白の魔神が妖しく笑う。
「ただ、気づく機会はあった。<蟲兵>って知ってる?」
「アレも交国計画の一部だったの……?」
「正確には交国計画のなり損ないかな? <蟲兵>も<知恵の果実>を利用しているんだよ。アレは蟲兵化した人間を操る程度の力しかないけどね」
つまり、蟲兵を作る薬そのものには大した力がない。
最初から「蟲兵になる適性」を持つ者達を起こすだけの薬、という事か。
……犬塚特佐の指示で蟲兵にされる予定だったレンズちゃんが「蟲兵にならなかった」ってカラクリは、そういう事か。
彼女には蟲兵化する適性がなかった。
つまり、少なくとも彼女は交国計画の支配外にいる。
彼女がそうであるなら、彼女と同じような存在は他にもいるはず。……その中の1人らしき子は、真白の魔神に撃たれて死にかけているようだけど。
「未成熟の交国計画では、ここまでの事は出来なかった」
「ここまでの事が出来るから、交国はオークの軍事利用なんてやってたのね」
「その通り」
オークの軍事利用は、いずれバレる。
けど、バレたところで交国計画ならゴリ押しできる。真実を知って交国政府に反感を抱いたオーク達も、交国計画の操り人形にして黙らせれば良い。
「太母の死によって交国計画の再始動は難しくなっていたけど、それでも玉帝は当初の計画を断行したのさ。太母が復活したら何の問題もないとしてね」
黙らせられるのは交国のオークだけではない。
オーク以外の種族も、一部の天使すらも支配下における。
その自信が、驕りが、交国を傲慢にさせたわけね。
「交国計画は、もはや兵器の枠組みを超えている」
「…………」
「コレは人が造り上げた新たな神だ。……キミ達は神に勝てるかな?」
「普通なら無理かもしれない。けど、あなたは大きな弱点を晒している」
ネットワークの末端を破壊したところで、交国計画は止まらない。
ほんの少し弱体化できるだけ。
でも、交国計画にも弱点は存在する。
「真白の魔神という存在が、交国計画の急所でしょう!?」
私は既に権能を使っている。
私ではなく、部下を隠すのに使っている。
私が真白の魔神の注意を引いているうちに動いた部下達が、一斉攻撃を開始した。
その全ての攻撃が、真白の魔神に命中した。
命中したのに――。
「無駄だよ」
幼女の姿をした真白の魔神は、まったくの無傷だった。
肌に傷1つどころか、髪の毛1本欠けてない。
こちらの攻撃が全て無効化された。
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「対策してるに決まってるでしょ」
天使達はともかく、丘崎獅真がいるんだよ。
今日ここに丘崎獅真が来るのは計算外だった。【占星術師】の計画通り、丘崎獅真を武司天に始末させるつもりだったからね。
始末してもらうどころか、武司天が使者として送り込んでくるなんて……やぶ蛇だったかもしれない。けど、そこまで致命的な問題ではない。
成熟した交国計画の前なら、丘崎獅真にも勝てる。
「こちらの攻撃を無効化した……!? まさか、それは――」
「そう。白瑛の力だよ」
白瑛には、天使・アザゼルが加工して搭載されている。
交国の支配下に置かれた彼は、とっくの昔の交国計画の部品と化している。今の私は彼の力すらも使う事ができる。
■title:交国首都<白元>にて
■from:贋作英雄
『――まさか』
こいつか。
私の原典の世界を襲ったのは、交国計画か。
嘆きの巨人の正体は、交国計画の支配下に置かれた生命体達。
そして、攻撃を無効化していた力の正体は――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神・メフィストフェレス ver.17.1.0
「交国計画は部品達の……繋がれた者達の力も引き出せる。天使・アザゼルの権能は、私達を守る盾になってくれる」
「だったら、これならどうだ!?」
白瑛の力により、私どころか――交国計画の支配下にある――交国人達も無敵になっている中、天使達が動いた。
権能によって雷撃や炎を放ち、私に攻撃してきたけど――。
「無駄だって」
雷の針も、炎の舌も私達を汚す事は出来ない。
権能による攻撃以外にも弾丸が飛んできたけど、全て無効化。
「馬鹿な。その権能で防げる攻撃は、2種類だけのはず……!」
「普通ならね。でも、権能そのものを強化しているんだよ」
そもそも、天使・アザゼルの権能<カノン>は「2種類の攻撃を無効化する権能」などではない。「指定した種類の攻撃を無効化する権能」だ。
彼の処理能力では実質2種類しか防げなかっただけ。
交国計画の支配下に置けばもっと多くの攻撃を防げるようになる。統制機関の鎖に繋がれた者達の演算支援によって処理能力が格段に上がっているからね。
「プレーローマ本土にいる天使を乗っ取り、そこを足がかりにキミ達に与えられている権能も把握している。キミ達の攻撃は全て対策済み。だからヨモギ君、キミの権能<ゼナ>も私には通用しないよ~?」
「…………!」
自分の首にナイフを突き立てようとしていたヨモギ君に警告してあげる。
いや、警告しなくても良かったか。
彼は自傷を私に押しつけようとしたんだろうけど、単なる自爆になって笑える最期を迎えていただろうからね。まあいい、大勢にはまったく影響はない。
「キミ達の攻撃は一切効かない」
完全に初見の攻撃なら、防御指定できていないから通る。
通るけど、キミらにはもうそんなものないでしょ。
「私だけではなく、交国計画の全てに対してね」
「インチキにも程があるでしょ……!」
「そりゃあ、500年近くに渡って布石を打ち続けてきた計画だよ? キミ達にも500年近くの猶予があったのに、それを活かせなかったのが悪いよ」
そう言い、あざ笑ってあげると、玉帝が「ふざけるな」と言ってきた。
「交国計画は、太母が心血を注いで作り上げたものです! 貴様はそれを横取りしただけなのに……! 自分の功績のように語るな!!」
「横取りされる間抜けが悪いよね。あっ、これは自己批判か。特大ブーメランが突き刺さっちゃうよ。私も真白の魔神だからねぇ……」
計画の道具は認めてくれないけど、私も真白の魔神なんですよ。
魂は同じでも、記憶と思想は別物なんで個人的にも同一人物とは考えづらいけどね。そもそも、太母とかいうイカレと同じ扱いされても若干イヤ。
「ともかく玉帝、今までありがとう! キミがせっせと交国計画を維持・拡大してくれたおかげで、私は全知全能の神になっちゃった」
「貴様……! よくも、よくもっ……!!」
「ご褒美に、楽にしてあげるね」
中空に機兵の手を生成し、玉帝ちゃんをぺしゃんこにしにかかる。
けど、それは失敗した。艦橋の床は赤く染まらなかった。
「速いね、丘崎獅真。……そんなにその子が大事なの?」
「――――」
戦意を失っている天使達と違い、未だにギラギラした殺意をこちらに向けてくる丘崎獅真が玉帝を救っていた。
彼女を抱き上げ、守っていた。
「でもそれ、悪手だよ。その子も交国計画の部品だからね」
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神の使徒・玉帝
『一等権限者の命令受諾』
「――丘崎っ!!」
自分の頭の中で声がした。
交国計画の声が――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・丘崎獅真
「っ…………!?」
助けたはずのリンゴに突き飛ばされる。
その次の瞬間、リンゴが弾けた。爆弾として弾けた。
リンゴだった血肉が降りかかってくる。俺はほぼ無傷だが――。
「真白ォッ!!」
あの女、リンゴに自爆させやがった。
自分の都合で作った使徒を、一瞬で使い捨てやがった。




