ワールドオーダー
■title:交国本土<帆布>にて
■from:エルフの少女・ミェセ
「これからどうなるのかな……」
「どうなんだろうねぇ……。全然、情報が入ってこないから……」
「首都までテロリストに襲われたって話だが――」
「プレーローマが首都に侵攻してきたんじゃないのか……!?」
「さ、さすがにそれは……。本土は前線から離れてるし……」
黒水が大変な事になった後、黒水住民は避難する事になった。
おかげで危ない目には遭わずに済んでいる。けど、町がムチャクチャになって……領主である黒水守様も亡くなられて、これからどうなるんだろうという不安で頭が痛い。
けど、それ以外にも心配事がある。
「……アーロイ」
私を逃がしてくれたアーロイは、無事なんだろうか……?
避難先を歩き回って探しているけど、アーロイの姿はない。
私と違って、強いアーロイならきっと大丈夫だと信じたい。
信じたいけど――。
「…………」
悪い考えばかり浮かんでくるのが嫌になってうずくまっていると、周りの人達がざわめき始めた。
まさかここも襲われ始めたの――と思ったけど、そういう事ではないらしい。
「どうかしたんですか?」
「交国人がおかしいんだよ」
「え……?」
「皆、『身体が動かない』『自分で動かせない』と言いながら、同じ方向を見ているんだよ。それが気味悪くてねぇ……」
確かに、交国の人達の様子がおかしい。
皆で同じ方向を見ている。けど、それは自分達で望んでやっている事ではないらしく、口々に「助けてくれ」「身体が変なんだ」と言っている。
皆が見ている方向は……確か、首都がある方向。
何で一斉に見始めたのかわからないけど――。
「だ――大丈夫ですかっ? 私に出来ること、ありますか……?」
身体がおかしいと言っている交国の人達に話しかける。
何が起きているかわからない。
けど、アーロイならこうする。それだけはわかる。
わからない事だらけでも、出来る事をしなきゃ……!
■title:交国首都<白元>にて
■from:影竜のタツミ
「チッ……! 泥縄商事か!?」
レオナール達を拘束し、お嬢と奥方様のところに行こうとしているとあちこちから弾が飛んできた。この程度じゃやられはしないが――。
「は――――? お前ら、どういうつもりだ?」
撃ってきたのは交国軍人達だった。
奥方様に従っているとはいえ、竜国の混沌竜である俺を殺そうとする馬鹿が紛れ込んでいるのかと思ったが、そうじゃねえ。
俺を撃ってきた奴の中には、素性をよく知っている奴らも混じっている。特佐長官側の工作員だったとしたら、裏切るのが遅すぎる。
「違うんです巽殿!! 違うんですっ!!」
「か、身体が……勝手にぃっ……!!」
「頭の中で声が聞こえたと思ったら、身体の自由が……!」
「そりゃ、どういう……?!」
機兵部隊まで一斉に襲ってきた。
方舟から砲撃まで飛んできた。味方を巻き込む形になろうが構わず撃ってきた。
機兵と方舟による総攻撃は、さすがにたまらず一時退くと――。
「あ……! くそッ!! 逃げるな!!」
味方であるはずの奴らの攻撃によって、<白瑛>に施していた拘束が解かれた。
拘束されていたはずのバフォメットがレオナールを連れ、白瑛に乗り込むのが見えた。おかしい。レオナールは口を塞いで、指示が出せないようにしてたのに!
■title:<ネウロン>の繊一号にて
■from:<エデン>ファイアスターター隊・隊員
「解放軍の様子がおかしい……?」
「ああ。何かやらかす気かもしれん。奴ら、武器や機兵に手を出している」
実質、<エデン>傘下に置かれた<ブロセリアンド解放軍>だったが、正確にはエデン傘下というよりカトー総長傘下の兵士だ。
カトー総長は裏でプレーローマと手を結ぶという愚行の末に交国本土で死んでしまった。カトー総長抜きでどうやって解放軍の手綱を握るか頭を抱えていた。コントロール不能になった解放軍が暴れ出すのは目に見えていた。
まさか、ここまで早く動き出すとは思わなかったが――。
「非戦闘員を避難させろ。エデンの内外問わずに。ここが戦場になりかねん」
「さすがに尻尾を巻いて逃げるしかないか……!」
「逃げるが勝ちだ。オレは整備長達を呼びに行ってくる!」
仲間と別れ、ネウロンの人間と交渉中だった整備長達を呼びに行く。
呼びに行ったものの――。
「少々マズい事になった。ひとまずここは逃げて――――整備長?」
「そっちもか。こっちもね。少々、マズいみたいだ……」
会議室から出てきた整備長が、スタスタと部屋から出て行った。
待ってくださいと制止したものの、「こっちも身体の自由が利かないんだよ……!」という声が返ってきた。珍しく焦った声だった。
妙なのは整備長だけじゃなかった。
たくさんの人間が一糸乱れぬ動きで行進している。動いている。
解放軍も今まで見た事がない水準で、統率の取れた動きをしている。
けど、全員が困惑していた。
動いているのは自分自身のはずなのに、全員が顔に恐怖を張り付けていた。
■title:<人類連盟>本部・第一議場にて
■from:<人類連盟>職員
「…………?」
プレーローマによる交国への大規模侵攻に関し、話を進めていたその時。
議場内で発砲音がした。竜国の代表が壁を壊して逃げた時から久しく、人連本部でそのような音が聞こえた事はなかったはずなのに。
「け、警備隊は何をしている……!?」
議場内に響き渡り始めた銃の乱射音と悲鳴に押され、机の下に逃げる。だが、こんなところに隠れていてもいつか殺される。
警備隊が対処してくれない限り、殺されてしまう。死の恐怖に震えつつ、必死に逃げ道を探していると――。
「貴様!! プレーローマの工作員だったのか!?」
「違う、ちがうぅッ!!」
「身体が勝手にぃ!!」
暴れているのは警備隊の隊員達だ。
それだけではなく、人連の職員や人連加盟国の人間も暴れている。武装していない者達は警備隊から武器を受け取り、それを乱射している。
皆、気が狂ったように暴れている。
そのくせ、皆が「違う違う違う」「身体が勝手に!」と叫んでいる。言動が一致していない。完全におかしくなってしまっている。
「こ、こんなとこにいられるかっ……!!」
一瞬の隙をついて、議場の外に飛び出す。
だが、そこには小銃を手にした職員の姿があった。
待ち伏せ。それに気づいた時にはもう、身体中に弾丸を受けていた。
「な、なぜ…………」
『失敗作の処分だよ! 私がさぁ、人連に対して何も思うところないと思う?』
廊下に置かれたスピーカーから、誰かの声が聞こえてきた。
誰だ? 失敗作?
人連を作ったのは…………誰だっけ?
■title:交国領<飯鶴来>にて
■from:<癒司天>傘下の天使
「奴隷兵の一斉蜂起だと?」
「は、はい……! 奴ら、一斉に仕掛けてきて――」
「首輪はどうした。機能しないのか?」
「反抗と同時に解除されたんです! 誰も触れていないのに……!」
奴隷兵が反抗してきた。それはそこまで珍しい事じゃない。
制圧するための装備も存在するが、それが何故か無効化されたらしい。
今までの反抗とは毛色が違うのは直ぐわかったが――。
「…………なんだ、これは」
刃向かってきたのはプレーローマ領から運んできた奴隷兵だけじゃない。
全ての人間が我々を襲ってきた。
四方八方から人の波が押し寄せてきている。首輪付きだった奴隷兵以外にも、占領地の人間達が収容所を脱し、押しかけてくる。
老人から子供、性別も問わずに人間共が一斉に刃向かってきている。
プレーローマの兵器が瞬く間に奪われ、こちらに牙を剥いてきている。敵の殆どは一般人のはずなのに、そこらの軍隊以上の動きでこちらに迫ってくる。
一糸乱れぬ動きをしているくせに、どいつもこいつも顔に恐怖を張り付けている。正気ゆえに恐れているのに、行動は正気じゃない。機械のようだ。
全員が「死にたくない」と叫びながら、死兵と化している。
「交国軍が、神器か何かで民衆を操っているのか……?」
「それにしては規模が大きすぎます! 襲われているのはここだけじゃないんです!! 世界規模――いえ、複数の世界で人類が一斉蜂起しているんです!!」
「なんだと……?」
あちこちのプレーローマ軍に人間が刃向かってきているらしい。
全員が示し合わせたように一斉に襲ってきている。そんな気配はまるで無かった。交国軍ですら、こちらの侵攻に防戦一方だったのに――。
「ま、まさか……。救世神が蘇ったとでも言うのか!?」
「軍団長! 敵方に多数の機兵と方舟が!! プレーローマのものを奪ったのではなく、虚空から多数の兵器が湧いて出てきています!!」
何を言っている。
何が起きている。
「我々は既に包囲されています! 直ぐに行動を……」
「くっ……。撤退だ! 包囲を突破する!」
単に人間が蜂起しただけなら、簡単に制圧できる。
だが、この状況は明らかにおかしい。敵の戦力も異常だ。
部下の報告通り、あちこちから敵側の兵器が湧いてくる。
<海門>を通って現れたものではない。
まるで、空気が兵器に変化しているように次々と――。
「軍団長! 交国軍の反攻部隊まで襲撃を……!」
「ここはもう持ちません!!」
「わかっている! だからこうして撤退を――」
背後で発砲音がした。
驚き、振り返るとそこに部下がいた。天使がいた。
私に弾丸を放ってきた天使自身が、驚き、目を見開いていて――。
■title:交国領<天泉>にて
■from:<武司天>ミカエル
「シシンめ。しくじったか?」
交国本土に天使を送り込んでも角が立つと思い、シシンを使者として派遣したんだが……どうやらアイツはしくじったらしい。
あるいは、間に合わなかったんだろう。
いま、多次元世界中で同時多発的に大事件が発生している。
人類連盟の本部では職員や各国の要人達が暴れ回り、同士討ちを行っている。人連加盟国の多くで似たような動きが報告されている。
主にラファエルのところの軍団が交国への大規模侵攻を行っているんだが、それも数分で形勢が逆転した。
交国軍側が反転攻勢に転じただけではなく、プレーローマが制圧した土地の一般人達まで一斉蜂起し、奴隷兵も一斉に裏切ってきたらしい。
異変は「人類」に留まらず――。
「ミカエル様っ! お逃げくださ――――権能起動」
「権能起動」
「権能起動」
「権能起動」
「権能起動」
「権能起動」
「貴方様に敵意があるわけでは無――――権能起動……!?」
「あー、うんうん。わかったわかった! お前ら、操られてるな!?」
多数の天使達が異常な行動をしている。
人類どころか、天使が天使を襲っている。おそらく誰かが何らかの方法で人類と天使を操り、無茶をやらかそうとしているんだろう。
操られている奴らと、操られていない奴の違いはなんだ?
俺は今のところ操られてないが――。
「ミカエル様!! お逃げください!!」
「ああっ、もうっ、待て!! いま色々考えてるとこだから!!」
仲間の攻撃を適当にいなしつつ考える。
1つの世界だけならともかく、いくつもの世界で一斉蜂起が起きているって事は……おそらく神器による扇動じゃねえ。単一の権能で出来る事でもない。
少なくとも1000以上の世界で異変が発生している。
ここまでの事が出来るとしたら――。
「救世神の仕業か……!? いや、さすがに違うよな!?」
救世神は――源の魔神はとっくの昔に死んだ。
復活している可能性はゼロじゃないが、今回はさすがに違う気がする。
この問題の震源地が交国本土だったとしたら――。
「しくじったのは俺もか……! シシンだけに任せなけりゃ良かった!!」
ここまでの大事になるなら、俺も行くべきだった。
交国軍とやり合って、ラフィに肩入れしすぎる結果になったかもしれねえが……ここまで酷い事になるなら俺も行くべきだったな!?
「まあいい! とりあえずかかってこい!! 全力で俺を殺しに来いッ!!」
ここでウダウダ考えていても何も解決せん!
とりあえずブン殴って切り抜けて、諸悪の根源もブッ潰す。
もう、手遅れかもしれんが――――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:森王八百八十八号のヒスイ
「だからなぁ、タマ。もっとオレらを頼ってくれても――」
「バレット」
おかしい。
「逃げて」
「へっ?」
おかしいおかしいおかしい。
拘束具が勝手に壊れた。
身体が、勝手に動く。
この感覚、さっき、バレットに憑依された時と同じような――。
「早く逃げて!!」
おかしいのは私だけじゃない。
バレット以外の全員が、一斉に動き出した。
宗像長官の部下に限らず、バレット側の人達も――。
「な、なんだよ。一体、何が起きて――」
「――――」
いきなり、手中にナイフが現れた。
私は、それを、バレットのお腹に――――。
「うッ…………?!」
「ばッ、バレット!?」
お腹にナイフが刺さったバレットが、私にしなだれかかってきた。
「バレット!! だ、だめッ!」
私、またバレットを。
「なんで!? わたし、なんで、いまさら……!!」
違う。これは、違う。
これは、私の意志じゃ……!!
「た…………タマ……。にげ……」
「いや……! いやっ! いやあああああああーーーーッ!!」
■title:交国首都<白元>にて
■from:真白の魔神の使徒・パンドラ
「やっばいな……。人事部長に、残業させるべきだった……」
久しぶりに冷や汗が垂れてきた。
この圧……あの人だ。間違いない。
間違いなく、多次元世界規模の術式が動いている。
<交国計画>が、ここまでの厄ネタだったなんて――。
「全社員に通達。撤収命令取り消し! 残業の時間だよ……!!」
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・丘崎獅真
「そっちが本命か……!?」
艦橋から銃声と、ヴァイオレットの悲鳴が聞こえてきた。
自分が何かしくじったのを悟りつつ、艦橋に戻る。
すると、ヴァイオレットが坊主にすがりついていた。坊主が銃で撃たれている。
坊主が脳天や胸から血を流し、倒れている。致命傷を負ってる。
それをやったであろう輩は――。
「間一髪だったよ、丘崎獅真」
幼女だった。
病衣姿の幼女が小銃片手に微笑み、歌った。
「救済執行・権能起動」
「誰だ、テメエ……!!」
■title:交国首都<白元>にて
■from:ver.17.1.0
「難しい問題だね。それは私自身、理解していないんだよ」
私自身、どこから来たのかわからない。
自分が何者かもわからない。
ただ、自分が持っている異能は理解している。
記憶に欠落はあるものの、自分が何故ここにいるのかはわかっている。
本当は石守素子の身体を奪う予定だったけど、それは失敗した。
失敗したけど、この身体も悪くない! 計画に支障はない。
なんせ、私は賭けに勝ったのだから!
「――おいで、バフォメット」
■title:交国首都<白元>にて
■from:小人になったメフィストフェレス
「あ~……! そっか、そういうことか」
理解した。全て手遅れだけど理解した!
【占星術師】君の手中で復活した時の「違和感」がわかった。
真白の魔神が、彼なんかに自分の身柄を預けるわけがない。
囮に釣られたのは、丘崎獅真だけではなかった。
彼女は、【占星術師】を欺くために――。




