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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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恐怖の理由



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:不能のバレット


 朝。格納庫に向かう。


 格納庫の外で煙草を吸っていた整備長に挨拶し、機兵に触る許可を取り付ける。


 どういう目的で触るか聞くと、整備長は呆れ顔で「模擬戦の日に整備済みだろう」と言ってきた。


「そこまで根詰めて調べる必要あるかい?」


「自分は半人前なので……勉強させて欲しいんです」


「ハァ……。まあ好きにしな。あたしゃ、もう少ししたら会議室行ってくるから」


「はい」


 頼み込んで許可を取り付け、レンズ軍曹とラート軍曹の機兵に近づいていく。


 機兵は流体装甲が使えるから、損耗しやすい箇所は最初から流体装甲にしている。そうすることで毎回、新品同然の状態で出撃できる。


 ただ、全ての部品を流体装甲で賄うことはできない。


 流体装甲は何でも作れるわけじゃないから、特殊な部品は別途用意する必要がある。普通は流体装甲だけで自立させるのも難しいから、骨組みとしてフレームも必要になってくる。


 流体甲冑はフレーム無しでもいける特殊なものだが……あれは<巫術>という特殊な力ありきのものだ。


「やっぱりレンズ軍曹はいつも通り、丁寧に使ってるなぁ……。さすがだ」


 星屑隊で一番、丁寧に機兵を使ってくれるのはレンズ軍曹だ。


 優れた操縦技術を持ち、動きに無駄がない。だから機兵への負担も少ない。ポジション的な問題もあるが、レンズ軍曹が一番丁寧に使ってくれている。


 先日の模擬戦でも、被弾らしい被弾は無し。


 トイドローンの一撃で鹵獲されただけ。整備の必要も殆ど無かった。……それだけ無傷の状態で鹵獲した巫術師の力も驚くべきものだけど。


「ラート軍曹の方は……やっぱり、かなり負荷がかかってるなぁ……」


 ラート軍曹も操縦技術は優れている。レンズ軍曹並みと言っていい。


 けど、レンズ軍曹より前に出て戦う事が多いし、無茶もやる。その無茶のおかげで多くの敵を倒せているとはいえ、たまに「整備士泣かせだよなぁ」とは思う。


 ただ、今回はラート軍曹が悪いわけじゃない。


 この機兵を模擬戦で動かしていたのは、軍曹ではなく巫術師だ。


「あの走り方、フレームに相当の負荷がかかったんだろうな……」


 模擬戦で、ラート軍曹の機兵は四足歩行で疾走していた。


 あんな動き、通常の機兵では想定していない。普通は出来ない。


 出来たのは巫術によって流体装甲を完璧に制御したおかげだ。けど、想定していない姿勢で疾走していたからフレームに大きな負荷がかかっていた。


 結構な速度が出ていたけど、あの走り方は出来るだけ控えてもらおう。あんな走り方をしていたら搭乗者への負荷も大きい。


 事実、ラート軍曹は頭を打っていた。大事にはならなかったが……。


 ラート軍曹の機兵に関しては念入りに調べ、データを取っておく。今度、整備工場のある基地に寄った時によく見てもらおう。最悪、フレーム交換かなぁ……。


「しかし……アレは凄かったな」


 巫術による掌握。


 レンズ軍曹の機兵を一瞬で支配下に置いたのも凄かったが、俺が魅せられたのはその前だった。流体装甲のみで走っている姿に惹かれた。


 あんな無茶をやったからフレームに負荷がかかったんだが、速度は出ていた。実用性がある。それなら最初からあの動きに耐えるフレームを設計すればいい。


「いや、そもそもフレーム無しの機兵を作れば……」


 フレーム無しなら、機兵本体の軽量化を図れる。


 積載するのは混沌機関と、最低限の機器のみ。


 流体装甲の「骨」として使うフレームを取り除けるなら、機兵はもっと軽くなる。巫術による制御ならそれが可能かも――。


「よう、バレット。朝から精が出るな」


「あっ、先輩――いえ、副長」


 機兵を見つつ、考えに没頭していた所為で、副長が来たのに気づかなかった。


 いや、来たのは副長だけじゃない。


 格納庫に他の隊員達と……巫術師がゾロゾロとやってきて、何やら騒いでる。ラート軍曹の姿は見えない。


「……ネウロン人を連れて、何してるんですか?」


「昨日の祝勝会で、ウチの隊の『遊び』を教える約束をしたんだよ。んで、久しぶりに釣りでもするか~って話になったらしくて、オレも混ざりに来たわけ」


 副長やラート軍曹の仕切りで始めた事ではないらしい。


 模擬戦と祝勝会を経て、ネウロン人と距離を縮めた隊員が遊びに誘ったようだ。それで格納庫に釣具を調達しに来たみたいだ。


「ネウロン人はオレ達と違って舌が肥えてるから、魚が釣れればそれが食料になる。遊んで食料確保出来るのは悪くねえだろ?」


「そうかもしれませんね……」


 ネウロンでの遊撃任務は、大抵の時間を海で過ごす。


 副長達、機兵対応班は陸で戦う事もあるが、タルタリカがうろついている陸地で呑気に釣りをするのは危険だ。


 航行中、あるいは投錨中の船から釣り糸を垂らし、魚を釣って遊ぶ事もある。投錨中に照明をつけているとイカやアジが寄ってくるから、釣り大会を開く事もある。タルタリカも寄ってくるから中断し、機兵出撃となったりするが――。


 俺達(オーク)は味覚が無いから、釣った数やサイズを比べるぐらいしかしないが……本来、釣りは食料を得るための作業だ。


 ネウロン人が食べるなら、魚も無駄にならないかもな。


「……2人しかいませんね? ネウロン人」


 遠目に観察していて気づいた。


 格納庫に来ているネウロン人は2だけだった。特に騒がしい2人組……フェルグスとグローニャという子しかいない。物静かな残り2人の姿はない。


 ヴァイオレットは仕事中だろう。でも、他の子はどこに行ったんだろう。


「スアルタウはラートにべったりで、勉強会中。ロッカも誘ったんだが……『興味ない』って言って、部屋に引きこもってる。付き合い悪いよなぁ~」


 副長は肩をすくめ、そう言った。


 スアルタウはともかく、ロッカは参加しないだろう。


 過去の事件の影響で、水が怖いらしいから……断ったんだろう。


「…………」


 副長にその事を説明するか、迷う。


 かなりデリケートな話題だ。


 ロッカは俺相手に言うのも勇気が必要だっただろう。いや、言いたくなかったはずだ。俺みたいな交国軍人……ネウロン人は大嫌いだからな。


「バレット。お前も参加しろよ。別に急ぎの仕事じゃないだろ?」


「自分は――」


 もう一度、ネウロン人の方を見る。


 2人共、楽しそうにしている。


 隊員らが見せてくる釣具を興味深そうに眺め、触らせてもらっている。


「……すみません、遠慮させてください」


「そうか。……いや、スマン。祝勝会でネウロン人のガキと話をしていたから、少しは話せるようになったと思ったんだが――」


「すみません……」


 副長は微笑し、俺の背を叩きながら「気にすんな」と言ってくれた。


 でも、ネウロン人の子供相手にビビっている俺に失望しているかもしれない。


 俺は本当に「駄目なやつ」になっちまったから……。


「迷惑かけてばかりで、すみません」


「迷惑なんてかけられてねーよ。お前は整備士(おまえ)の仕事をキッチリこなしている。立派にやってるんだ。胸を張れ」


「…………」


「ただ……アイツらが模擬戦に勝った事で、『巫術師による機兵運用実験』が始まる事になった。あのガキ共が格納庫でウロウロする事も増えるから……気分悪くなることも増えるかもしれん」


「いえ……大丈夫です」


 多分、大丈夫だ。


 未だに、あの時の悪夢を見る。


 けど、これぐらい耐えないと……副長達に申し訳ない……。


「自分は、納得してラート軍曹達に協力したんです。納得したつもりで、未だビビってんのは情けないですけど……大丈夫になるよう、頑張りますから……」


 笑みを浮かべて言ったつもりだった。


 けど、副長の心配そうな顔から察するに、俺の頬は引きつっていたんだろう。


「何かあればオレに言え。オレが何とかしてやる」


「すみません、本当に……」


「おーい! 副長さんよ! さっさと釣り勝負しようぜ~~~~!!」


「しようぜぇ~!」


 子供2人がブンブンと手を振り、副長を呼んでいる。


 副長は俺の肩を叩き、「スマンな」と言い、子供達と隊員達と一緒に行ってしまった。……格納庫に静けさが戻ってきて、ホッとした。


「…………」


 作業に戻ろう。


 整備のために軍曹達の機兵のデータを取って、データをまとめて……それから雑務を済ませて……その後は勉強をするんだ。


 俺は役立たずの整備士だ。半人前だから常人の2倍頑張らないと。


 余計な事をしている暇なんて、無いんだ。


 ……ネウロン人のことなんて、考えるな。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:水が怖いロッカ


「…………」


 部屋のベッドに転がって、何とか時間を過ごす。


 眠れたら少しは楽になれるんだけど……寝すぎた所為で眠れない。


 ここはつらい。つらさを忘れる事もあるけど、「ここは海の上」って現実に引き戻されると冷や汗が出てくる。


 もう何日も海の上にいて、「ここは大丈夫」ってわかってるつもりだけど……どうしても落ち着かない。「もしも事故が起きて船が沈んだら?」「もし、海を泳げるタルタリカが出てきたら?」なんて考えると落ち着かない。


 夢の中に逃げたら、楽になる。


 悪夢を見たら怖いんだろうけど……今のところ悪夢なんて見たことがない。


 けど、それはそれでつらい事もある。


 最近、よく、家族の夢を見る。


 夢の中の家族は……父さんと母さんは生きている。元気に生きている。


 アニキも元気で、オレに優しくしてくれる。


 どっちも有り得ない。だから、夢だって直ぐにわかる。


 それでも夢の中は幸せな事だらけ。……現実に戻ってきたら打ちのめされる。


 何でこんな事になっちまったんだろう、と思うとつらい。


 ……オレはどこに行けばいいんだろう。


「ん……?」


 部屋の扉がノックされた。


 ラート軍曹じゃない。アイツはこんな控えめなノックしない。


「…………」


 明星隊の時の事を考えると、扉を開けるのが少し怖い。


 けど、星屑隊(ここ)は大丈夫だ。


 大丈夫のはずだ……と思いつつ、扉を開けた。


「あ、アンタは……。ええっと……バレット、だよな」


「ああ。……1人か?」


 扉の外には、星屑隊の整備士が――バレットがいた。


 少し気まずそうに視線を泳がせつつ、チラチラとオレを見てくる。


「何か用? ラート軍曹が呼んでるとか?」


「えっと……その…………」


「…………」


「格納庫の横に作業室があるんだが……良かったら、遊びに来ないか?」


「え?」


 何でそんな誘いをしてくれたのかわからず、驚いていると、バレットは慌てた様子で言葉を続けた。


「いや、嫌だったらいいんだ! ただ、そのっ……! お前達は携帯端末も支給されてないし、部屋にいても暇だと思ってさ……! 俺は作業室や格納庫で仕事してるから、そこでなら俺の端末貸してやれると思ってさ!」


「…………」


「漫画のアプリとか、流行りのゲームアプリとか入れてないけど! 最初から入ってるゲームなら遊べるから! そういうのとか……! ああ、あと、工作とかも出来るぞ! 工具とかあるし、ちょっとしたパーツも……!」


「ドローンもイジったり出来る?」


 そう聞くと、バレットはパッと表情を明るくし、「出来るぞ!」と言った。


「ラート軍曹がプレゼントしたトイドローンをイジれるし……。新しいドローンを作るのは難しいが……ああ、でも、俺が作業室にいる時なら、色々とアドバイスできると思うから! そのっ、色々と暇つぶしできると思って――」


「行く」


 釣りよりも、ずっと楽しそうだ。


 部屋にいるより、ずっと気が紛れそうだ。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:水が怖いロッカ


「なあなあ! このドローンについてるカメラって、撮影できるのか?」


 作業室でトイドローンを見せ、ドローンについてるカメラについて聞く。


 祝勝会で色々教えてもらったが、質問はまだまだいっぱいあった。この機会にたくさん聞きたいことあるし、ドローンもいっぱいイジりたい!


 バレットは仕事あるっぽいし、ほどほどにしなきゃだけど……。


「一応、端末に映像は送れるが……保存機能まではつけてないな。すまん」


 バレットは苦笑しながらドローンを起動し、端末を見せてくれた。


 オレが思ってた「撮影」とは違うが、こうやって機械越しに色々見えるって時点でスゴい。交国にはホント、色んなものがあるなぁ。


「写真とかは撮れないのか~」


「擬似的にやれない事もないが……ショボいカメラだから画質は悪いぞ。というか、カメラで撮影できることを知って……。ああ、そっか……」


 バレットは端末をちょんちょんとイジっていたけど、1人で勝手に納得した様子で呟いた。


「……ネウロンにも、カメラはあるんだよな」


「あるよ。交国が来る前から。ネウロン舐めんなよ?」


「すまんすまん……。いや、ネウロンって蒸気機関が普及し始めた程度って聞いてたから……カメラがあるのは意外でさ」


 まあ、交国から見たらネウロンの文明なんてショボいんだろう。


 だから「交国人(おれたち)はネウロンを文明化しに来てやったんだ」とエラそうに言うバカ共もいる。バレットは……そういう奴らとは違うみたいだけど。


「ネウロンのカメラって……アレだろ? 写真を紙に印刷するやつ」


「そうそう。交国はこの端末に保存されるんだろ?」


「そうだ。交国にも紙に印刷するタイプのカメラもあるが……今じゃ好事家が使っているぐらいだな。俺は味があって良いと思うけど」


 話をしながら何かしていたバレットが、「出来たぞ」と端末を見せてくれた。


 端末を見ると、映像じゃなくて写真が保存されてた。


 ドローンのカメラが撮った映像を止めて、写して、写真にしてくれたらしい。


 すげーすげー! って言って褒めると、バレットは頬を掻いて恥ずかしそうにした。それで「大したことじゃないよ……」と自信なさげに言った。


「スクリーンショットを撮っただけだ。これぐらい、誰だって出来る……」


「でも、オレはできない。やり方を教えてくれ」


 ねだって教えてもらう。


 確かに簡単な方法だった。オレでも出来たけど――。


「これを『誰でもできる』作りに出来るのがスゲえよな。バレット、そんなもんを作れるってやっぱスゲえじゃん」


「い、いや、俺は既にあるものを利用しただけだ。ヴァイオレットみたいに新しいものを作り出したりは……出来ないよ」


 交国人はエラそうなヤツが多い。


 ネウロン人を「後進世界の人間」とか言って、子供扱いしてくるヤツが多い。


 けど、バレットはそういう奴らと違う。


 ラート軍曹もエラそうにしたりしないけど……アイツとはまた違う。軍人のくせに、なんでこんなにオドオドしてるんだろ。


 交国の機械といい、交国人といい、わからない事が多い。


 交国人はどうでもいいけど、機械について知っていくのは楽しい。


 交国人についても……まあ、多少、気になることはあるけど。


「このソフトを使えば、映像の編集も――」


「なあ、バレット」


「うん?」


「オレを誘ってくれたの、オレが哀れだったからか?」


 わからなかったから聞くと、バレットは視線を泳がせた。


 わからなかったけど……まあ、「そうだろうなぁ」と予想してた通りだ。


「そ、そんなことは……」


「いや、いいよ。オレが釣りに参加しなかったから、心配して来てくれたんだろ? アンタには……不覚にも、オレが海苦手な理由、話しちゃったし……」


「…………。あの件は、誰かに話したりしてない」


「そりゃ助かる」


 哀れまれたのは、ちょっと傷つく。


 でも……悪気はないだろうしな。


 全部、オレのせいなんだ。


 海も河も、水全般が怖いのはオレが弱いせいだ。


 父さんと母さんが死んで、アニキに嫌われたのもオレのせいだ。


 バレットは何も悪くない。


「えっと……その……。気にかけてくれて、ありがと」


「いや、すまん……」


「マジで礼を言ってんだよ。謝るなよ」


 バレットを軽く肘でつく。


 すごく「ビクッ」とされたけど、申し訳なさそうな笑みを浮かべられた。


 マジでなんだコイツ。交国人のくせに、弱々しい。


 フツー、立場が逆だろ。


「正直……部屋に1人でいるの、キツかったんだ」


「…………」


「哀れみだとしても、バレットが誘ってくれたの……嬉しかった。こうして楽しいことしてると、少しは気が紛れるよ」


「……すまん。本当にすまん」


「だからぁ、そんな謝るなって」


 オレが悪いことしてるみたいじゃん。


 縮こまってるバレットの身体を叩き、気合いを入れてやろうと思ったけど……やめた。バレット、そういうの苦手そうな顔してる。


 そういうの、ちょっとわかる。


 オレもそういう暑苦しいの、苦手だ。


「……機械いじり、好きか」


「うん。めっちゃ興味ある。機兵とかドローンとか、ネウロンになかったものだし。こんな事なら、この間の町でも早起きして、方舟ってヤツが下りてくるとこ、見に行けば良かったな~」


「方舟を見る機会なら……またあるさ」


「そういえば、方舟って<混沌機関>を使って飛んでるんだろ? この船とか機兵にも混沌機関を積んでるのに、それじゃ飛べねえのか?」


「ああ、それはだな――」


 気になることは全部聞く。


 一度聞いても、わからないことばっかりだ。


 でも、少しずつ……少しずつでも理解していくと、楽しい。


 何より、気が紛れる。


 バレットをたくさん質問漬けにしちまった後、「やばい」と気づいた。


「ぉ、オレ、そろそろ黙るよ……」


「えっ……? な、なんでだ?」


「お前、仕事……あるんだろ? ジャマしすぎるの、悪いし……」


 バレットはこの船で一番エラいヤツじゃない。


 だから、仕事してないと怒られるかもしれない。


 オレのこと心配して呼んでくれたのに……ジャマして怒られちまうの、絶対ダメだ。バレットがかわいそうだ。


「あぁ……。いや……今日は大した仕事、ねえんだよ」


「ホントかぁ?」


「最近はタルタリカの群れとも、あまり遭遇しないしな。やっぱり戦闘が少ないと仕事も少なくなるんだよ、整備士も」


「ふぅん……」


 ホントかな?


 オレ、ホントにジャマになってないのかな?


「ジャマだったら……マジで言ってくれよ。オレ、今度から機兵に乗る事になったしさ。乗るっていっても魂だけだけど……整備士のアンタにも世話になるんだ。アンタにメーワクかけたくない」


「迷惑じゃないよ。……そうだ、おめでとう。機兵に乗れるんだよな」


 バレットは優しい目でオレを見つつ、そう言ってくれた。


「……機兵は好きか? ロッカ」


「結構好きだ! 正直、フェルグスが機兵に憑依してるの……いいな~って思ってた。ああいうデカい機械、オレ、結構好きみたいだ」


「わかるぞ! デカい機械は男のロマンだよなっ!」


「ろまん?」


「カッコイイ、好きだ、って感情があふれて止まらなくなる事だ」


「おぉ、なるほど! オレもそうだ!」


 流体甲冑は、正直ちょっとこわい。


 あの中に生身で入らないといけないから、自分が……タルタリカになっていくような気分がする。大丈夫だってわかってるけど、正直、怖かった。


 ……オレ、怖いものばっかりだな。


 振る舞いが弱々しいバレットのこと、ぜんぜん笑えねえや。


「……オレ、機兵をちゃんと操れるかなぁ……?」


「お前も巫術師だろ? 巫術があれば、簡単に操れるだろ」


「や、でも……。出撃する時、機兵って海を走っていったりするじゃん」


「それの何が――――あっ」


「オレ、海、怖いから」


 怖くて憑依、解けちゃうかも。


 ……フェルグス達についていけなくなるかも。


 オレだけ、落ちこぼれになるのかも。


「流体甲冑の時も……少しは水に入ること、あったんだ。その時も……ちょっと気絶しそうになる。こわくて、小便ちびったこと、ある」


 ヴィオラ姉、後で気づいてくれて、皆には内緒でパンツとか洗ってくれた。


 それが恥ずかしくて死にたくなったりした。


 ヴィオラ姉、オレが戦闘苦手で小便もらしたって勘違いしたっぽくて……海とかダメなのまでは、気づいてないっぽいけど……。


「オレ、結構、ダメなヤツなんだ……」


「そんなことない。大丈夫だ、ロッカ」


 バレット、またオレを哀れんでる。


 そう思ったけど――。


「流体甲冑の時は大丈夫だったんだろう? 気絶しなかったんだろ?」


「う、うん……。でも……結構、怖かった……」


「機兵は流体甲冑よりデカい。機兵に乗った時のこと、思い浮かべてみろ」


 バレットはそう言い、オレの手を取ってきた。


 目をつむって考えてみろ、と言ってきた。


 少し怖いけど……でも……。


「大丈夫だ」


「うん……」


「交国軍の主力機兵<逆鱗>は全高10メートルの大型兵器だ。お前の身長が7倍に伸びたようなもんだ。デカいだろ?」


「うん」


「デカいから大丈夫だ。機兵に乗ったお前にとって、海なんて水たまりだ」


 面白いこと言うな、コイツ。


 おかしくて、少し笑いながら目を開く。


 バレットは微笑したまま目をつむっている。それで、言葉を続けてくれた。


「タルタリカも敵じゃない。機兵に憑依したお前は無敵だ」


「でもさぁ、機兵に乗ってるのは魂だけだ。オレの身体は船にあるんだぜ?」


 ヴィオラ姉が作ってくれたヤドリギで、遠くのものも憑依できるようになった。


 でも、オレの身体は船に置き去りだ。


「船が沈んだ時は……どうすりゃいいんだ……?」


 機兵に憑依していたら、自分の身体は動かせない。


 船に水が入ってきて、沈んだら……オレ、何もできないまま溺れるんじゃ……。


「沈まねえよ」


 バレットが手を強く握ってくれた。


「オレが沈ませない。お前らが機兵に乗って命がけで戦ってくれてるんだ。俺だって……命がけで船を守るよ。整備士としての仕事を頑張って、守るよ」


「ホントか?」


「ま、まあ……俺、半人前の整備士だし……。船のダメージコントロールをちょっと手伝えるぐらいだけど……」


 バレットが苦笑しつつ、目を開いた。


 一瞬、目を泳がしかけたけど……オレの目をまっすぐ見つめてくれた。


「どうしてもダメな時は……お前の身体、担いで逃げるよ」


「オレだけじゃダメだ。グローニャとアルと、フェルグスも一緒に逃げなきゃダメだ。オレだけじゃなくて、アイツらも戦ってるだろうし」


「ああ、そうだな。もちろん、アイツらも助けるよ。……命がけで」


 バレットが手を解き、立ち上がる。


 立ち上がって、恥ずかしそうに頬を掻いた。


「……半人前のオレが、何言ってんだ……って思われるかもだが……」


「お前のどこが半人前なんだよ。お前、すげー整備士じゃん」


「いや……オレ、ホントはちゃんとした整備士じゃないんだ」


 オドオドしているバレットが、もっと不安げな表情になっていく。


 多分、なんか……嫌な事があったんだろう。


 だから止めようと思って、手を伸ばしたけど――。


「俺、元々は機兵乗りだったんだ……」


「えっ!? それって、ラート軍曹とかみたいな?」


「あの人達みたいに優秀じゃない。落ちこぼれの、機兵乗りだったんだ」


 機兵乗りは交国軍でも人気だって聞いた。


 危険もあるけど、デカい機兵で突っ走って道を切り拓く。


 バレットもそうしていたなら、それってすげえカッコいいじゃん!


「機兵乗りって、『えりーと』ってヤツなんだろ? エラいんだろ? バレットだってスゲえじゃん! ……あれっ? じゃあなんで整備士やってんの……?」


「……機兵に乗れなくなったんだ」


 怖くて乗れなくなった。


 バレットは、ポツリとそう呟いた。


「怖くなったんだよ……。機兵だけじゃなくて、人殺しの道具全般が……」


 バレットはそう言い、作業室にある銃に手を伸ばした。


 銃を手に取ったけど、その手は微かに震えていた。


「こ、この通り……。武器を手にするだけで、結構……ダメでさ……」


「ば、ばかっ……!」


 バレットに飛びつき、銃を取り上げる。


「怖いなら、無理に触るな! ばか!」


「でも、俺、これしかないんだ。交国軍にしがみつくしかなくてさ……」


 半笑いになっている。


 おびえている。……すごく虚ろな目に見える。


「機兵乗りとして任務につくことは、もう出来なくて……。整備士の仕事も、正直、ちょっと……支障が出る事もある。直接的な武器に触るのは、なかなか……。でも、触らないと仕事にならなくてさぁ……」


「もういい。わかったから」


「軍学校の先輩の副長がネウロンで拾ってくれなきゃ、こうして整備士として働くことも出来なかったんだ」


「いいって! 言いたくないこと、説明しなくても」


 十分わかった。


 オレは、わかっちまう。


「……お前も怖いもの、あるんだな」


「あぁ……。俺、弱くてクズだから……ダメなのにここに居座って……。ホントは、再訓練施設送りだったんだけど……」


「いいじゃん、別に」


 まだ微かに震えているバレットの手を握ってやる。


 ギュッと握って、震えを無理矢理止めてやる。


 ……オレも怖い時、こうしてもらってた。


 アニキが……こうしてくれて……そしたら、オレ、少し落ち着けた。


 今はこうしてもらえない。


 けど、こうしてもらって、心強かった記憶は残っている。


 記憶だけは……今でもちゃんと残っているんだ。


「バレットが星屑隊に来てくれたから、オレ達はドローンもらえたんだ。いま、ここで気晴らし出来てるのもお前のおかげだ」


「…………」


「オレは助かってる。お前は、軍人としてオレを助けたんだ!」


 だから胸を張れよ、とバレットの胸板を小突いてやった。


 こいつは正直、弱々しい。


 でも、体つきは軍人っぽいカタいものだった。


「でも、どうしても軍人がイヤだったら……やめればいいじゃん」


「……俺、軍人としての生き方以外、知らない。無理だよ……」


「今から覚えていけばいいし、それに…………そうだ!」


 机に近づき、そこに置かれてるものを手に取る。


 もらったトイドローンを手に取って、見せつけてやる。


「お前、こんなスゴいもの作ったじゃん! 軍人やめても、こういうもの作ればいいんだよ! お前、そういう仕事、絶対に向いてるって!」


「そう……かなぁ……」


「そうだよ。でも、オレ、お前にはまだ軍人でいてほしいかな~」


 一緒にいると、楽だ。


 エラそうにしないし、機械のこと詳しいし。


 ここが海の上ってこと、ちょっと忘れるぐらいだった。


 バレットが「遊び」に誘ってくれたおかげで――。


「その……。もうしばらく、仕事しながら考えてみろよ! 軍人をやめて、他の仕事探すことを。お前は良いヤツだけど、優しすぎて軍人向いてねえかもだし?」


「俺はクズだし、優しくもないよ」


「へっ! 照れるなよ! お前はオレを助けたんだぞ!」


 本心を教えてやったが、バレットの表情は暗かった。


 ずっと、泣きそうな顔をしていた。


 コイツも、オレらと似たようなものなのかな?


 オレ達は手段を選べなかった。特別行動兵になるしかなかった。


 コイツも……軍人以外に選べなかったんじゃないのか?


 そうだとしたら、コイツも結構、カワイソウなヤツだな。


「なあ、バレット。オレ、またここに遊びに来ていいかっ?」


「……ああ、俺がいる時なら、いつでも来てくれ」


「やった!」


 明星隊はろくでもない所だった。


 けど、星屑隊は悪くない。


 ラート軍曹はうるさいし、暑苦しいけど……悪いやつじゃない。


 バレットもいいヤツだ。


 ここなら機兵にも乗れる。


「…………」


 オレ、こんな恵まれてていいのかな?


 ……本当に、ここにいてもいいのかな……?


 オレ、地獄(バッカス)に行かなきゃいけないのになぁ……。






【TIPS:方舟】

■概要

 混沌機関を搭載し、一定以上の飛行・浮遊能力を有する全長30メートル以上の大きさの乗り物の総称。


 元々はプレーローマが異世界間の渡航用に使用し、最初期は武装らしい武装が積まれていない輸送船に過ぎなかった。


 プレーローマによる<人間狩り>に抗う人類の抵抗が激しくなり、<権能>持ちの天使だけでは対処が追いつかなくなった際に方舟に戦闘艦としての役割も求められていった結果、方舟の武装化が進んでいった。


 人類側で<流体装甲>が開発された事により、方舟はさらなる力を手に入れ、戦闘艦としての地位を不動のものにしていった。


 特に<星の涙>による運動弾爆撃は比較的安価な攻撃手段のわりに、絶大な戦果を残している。多次元世界の強国は大抵、方舟の艦隊を複数保有している。



■方舟の飛行方法

 方舟は重力操作によって巨体を浮かせ、飛行している。正確には混沌機関が重力操作術式を使用する事により、接続している方舟を持ち上げて飛行させている。


 機兵等に搭載されている混沌機関も重力操作は不可能ではないが、方舟に搭載されている混沌機関ほどの性能は無い。そのため交国の機兵の多くは実用的なレベルの重力操作は出来ない。


 出来るものもあるが、数は限られている。


 この重力操作も流体装甲と同じく混沌(エネルギー)を消耗するため、混沌の消費に供給が追いついていないと連続飛行は難しい。


 そのため、多くの方舟が混沌の消費を抑えるため、水上艦としての航行能力も備えている。混沌を多く貯めておきたい時は水上を移動し、作戦行動が始まると飛行し始める。


 自国での混沌機関生産技術を持つ交国は、高度な混沌機関を生産できるため、交国軍の方舟は流体装甲を展開したままでも連続120時間以上の飛行が可能。



■混沌の海での移動

 方舟は世界間を移動するために作られた船であり、世界と世界の間に存在する<混沌の海>での移動を最も得意としている。


 混沌の海には世界内部と違い、高濃度の混沌が大量に在るため、混沌に困ること無い。高濃度の混沌が自然と重力を操作してくれる事で、船の混沌機関を動かさずとも下方に落ちず、その場に留まり続ける事もできる。


 高濃度の混沌のおかげで、方舟以外も混沌の海を渡る事が出来る。混沌の海では混沌機関を搭載していない輸送船を利用し、界内に物資を運び込む時に方舟に荷を移し替え、運ぶという方法もよく使われている。




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