キミのおかげ
■title:交国首都<白元>にて
■from:プレーローマ工作部隊<犬除>隊員
「ハァ~~~~? じゃあちょっとボコすわ」
隊長と副長がやけに警戒している剣士が動く。
相手が神器使いだったとしても、勝つのは不可能じゃない。
実際、オレ達は黒水守を殺してみせた。
剣士如き、ちょっと弾丸を当てれば簡単に倒せる。
そう思った。
「無駄だ」
「…………!」
剣士がオレをチラリと見つつ、無駄だと言った。
引き金を引こうとして空を切る手元を見ると、銃の引き金が床に落ちていくところだった。銃本体が真っ二つになっていた。
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・丘崎獅真
「ここに来た時点で全員斬った。武器だけな」
「…………」
敵の隊長格は大人しく負けを認めてくれたらしい。
天を仰ぎつつ、部下達を手で制した。完璧説得完了!
大人しく帰ってくれるなら助かる。天使共だけ首を飛ばして殺すと、後片付けが面倒だからな……。俺はやらんが文句を言われるのが面倒くさい。
まあ、「帰れ」と言っても帰りづらいだろうが――。
「ミカエルの旦那から書状を預かってる。これ言い訳にして帰れ」
旦那から受け取っていた書状を投げて渡す。
敵の隊長格がそれを読んでいる間に、言葉を続ける。
「お前らも黒幕の手のひらの上で踊らされている役者だ。それが舞台から下りて命が危うくなるなら、ミカエルの旦那が保護してくれるってよ」
コイツらは旦那が率いている人類絶滅派とは別派閥所属だろう。
任務放棄してノコノコ帰れば派閥の奴らから粛清されかねないが、<武司天>がケツ持ち務めるなら何とかなるだろう。
オーク顔してる天使が「隊長」と呼びかけ、まだ戦おうとしていたが、敵の隊長格は書状を見ていた顔を上げた。俺に視線を向けてきた。
「私達が取れる選択肢は2つ。武司天のところに逃げるか、あなたに殺されるか」
「元上司のところに逃げてもいいぞ。どうなるかは保証しねえが」
「……降伏する。あーあ……美味しいとこいただいてやろうと思ったのに」
「生きてるだけ儲けもんだ。生きてりゃ失敗も、良い思い出になるさ」
オーク顔の天使はまだやり合う気の様子だったが、隊長格が「ヨモギ。やめなさい」と明確に制止した事で、表情を歪めた。
「私達が敵う相手じゃない。権能を封じられていなくてもね」
「しかし、隊長……!」
「いいから。あの子のことなら、私が上手くやるから」
「くっ……!」
天使達の方はこれで良し。
問題は、もう片方だな。
「つーわけで、コイツら逃げてもいいよな?」
交国の奴らを見つつ、そう言うと重い沈黙が返ってきた。
不倶戴天の敵である天使を見逃せというのは、交国政府としても難しい判断だろう。犠牲覚悟にしたらコイツらを殺す事も不可能じゃないが――。
「見逃す事に同意しなければ、貴方が敵に回るのでは?」
「敵に回るけど、さすがに今回は不殺で撤退するよ。そっちの攻撃を凌ぎつつ、天使共を引きずって帰るよ」
「その天使達が、こちらの大事な存在を殺したと聞いても――」
「俺には関係ない話だ」
外にいる竜相手にはやや手こずるだろうが、まあ何とか誰も殺さず撤退できるだろう。天使共が弾丸の1つや2つ食らうかもしれんが、死ななければいいだろ。
着物を着た交国人は無表情のまま、「わかった。見逃す」と言った。納得いってない様子だが、こっちの提案を受け入れてくれた。
良かったよ。これでミカエルの旦那に「見逃してやったのに仕事しないで帰ってきやがった!」とか嫌味言われずに済む。
俺としても天使のために働くのは不本意だが、怪しい奴を止めて、なおかつ交国本土で鉄砲玉にされてる天使がいたら撤退支援してやるって約束しちゃったからな。約束破りはよろしくない。
とりあえず、天使の方はこれで片付いたとして――。
「あと、コイツもこっちで適当に処理しとくぞ」
屈んで手を伸ばし、床をチョコチョコ走っていた鼠に手を伸ばす。
正確には鼠じゃない。
鼠の皮を被った小人だ。
■title:交国首都<白元>にて
■from:小人になったメフィストフェレス
「どわあああああ~~~~っ! ちょっとぉ!! あとちょっとだったのに!!」
あとちょっとで玉帝に辿り着けたのに、摘まみ上げられちゃった!
誰に掴まれたのかと思えば、よりにもよって丘崎獅真!?
なんでここにいるのさ!!?
「離してっ! 離してっ!! ボクは可愛いネズミだよぉ!?」
「ネズミが人語を喋るもんか」
「いるとこにはいグェーーーーっ!」
丘崎獅真に軽く握りつぶされる。く、苦しい~~~~っ!
あとちょっと。本当にあとちょっとだったのに!!
いや、まだ――――。
「玉帝!! 助けて!!?」
呼びかける。
アレは真白の魔神の使徒のはず。
丘崎獅真のような特殊な例と違って、統制戒言に縛られているはず。真白の魔神の命令を聞くはず――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「…………」
あの天使達は黒水襲撃にも睦月殺しにも関わっておる。
ここで見逃したくない。じゃが、あの丘崎獅真に勝てるだけの戦力もおらん。
握っていた拳を解き、鼠の皮を被った小人と戯れている丘崎獅真を見つめていると、妾に言葉を投げてきた。
「それと、ミカエルの旦那から伝言だ。『借りを返してくれ』だとさ」
意味はわかるか? と問われ、頷く。
妾自身は武司天に借りなどない。
ただ……睦月がカヴンから「ロミオ・ロレンス殺し」の容疑をかけられた時、逃げるために武司天の支援を受けたと聞いておる。
その時の貸しを返せという話じゃろう。
散々やってくれた天使達を見逃す事と、睦月を助けてくれた恩は……正直、釣り合いが取れておらん。死んだのは睦月だけではない。何の罪もない黒水の住民が多くやられてしもうておる。
じゃが、ここは見逃すしかない。
丘崎獅真相手に無傷で勝てるとは思えん。
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・丘崎獅真
「こらこら、暴れるなドブネズミ」
手中の鼠が抜け出さないよう、しっかり保持しつつ、目当ての人物のところに行く。どう話しかけるか迷ったものの、咳払いして声をかける。
「よ……よう、玉帝。久しぶりだな。……元気にしてたか?」
何故か拘束されているリンゴを軽くゆすり、話しかける。
真白の魔神の仇である俺を睨むでもなく、俯いて黙り続けている。俺とは話したくないか。まあ、そうだよな。まだまだ恨まれてるよな。
ただ、少しは喋ってもらわねえと。今回の騒動、リンゴは色々と知っているはずだ。不審者をボロ雑巾にしただけで終わる騒動だとは思えん。
後処理のために、しばらく交国に滞在する必要があるかもしれん。
ただ、先に天使共を逃がしておこう。ミカエルの旦那に頼まれている以前に、コイツらを交国に拘留したままだと問題が起きかねないからな。
「玉帝なら気絶させておる」
「お前ら交国の人間同士だろ? 味方じゃねえのか?」
「それは……」
「まあいい。今の交国の代表者はアンタか? 名前は?」
「石守素子」
「色々と納得できねえと思うが、ここは俺の顔に免じて勘弁してくれや」
「天使を見逃す代わりに、しばしこちらに協力していただきたい」
交国側も、今回の騒動に調査を望んでいるらしい。
それに協力してほしいようだ。こっちにとっても都合の良い話だから受け入れる。……上手くやればバフォメットも見逃してもらえるかもしれんしな。
「天使共を逃がしたら直ぐに戻る。適当な方舟くれ」
「方舟も用意せずに……。ああ、わかった。その代わり、高くつくぞ」
「わかってるわかってる。その代わり、泥縄の残党狩りも手伝うからさ! もちろん、こっちの天使共にも手伝わせる。俺の監督下で」
そう言うと、天使達が露骨に嫌そうな顔を浮かべたが、「死ぬよりマシだろ!?」と言っておく。嫌と言っても戦わせてやる。
とりあえず、艦橋から出よう。
「おい、行くぞクソ野郎」
「ギャッ!!!」
再生して逃げようとしていた不審者にサクサクと剣を突き立て、腱を切っておく。悪さしねえようにコイツも連れて行こう。
再生するし、鈍器の代わりぐらいにはなるだろ。
「くそっ! おーだー! ボクを助けろよぅっ!」
「何言ってんだコイツ」
手中の小人がリンゴに向け、ギャアギャア騒いでいる。
そもそもコイツは誰だ? 一般人にしては怪しいんだよなぁ。
「キミ、真白の魔神の使徒でしょ? じゃあ命令に従ってよ!!」
「ハァ? 俺は統制戒言に縛られてねえよ」
俺は真白の裁定者を任されていた。
統制戒言で従わせる事は出来ない。俺には仕掛けられていないしな。
それに、リンゴの統制戒言も随分前に破壊した。
完璧に壊せたわけじゃねえが、少なくとも真白の魔神を殺せる程度には――。
「いや、ちょっと待て。お前マジで何者だ? 何故、統制戒言について知ってる」
「…………ひみつ!」
「泥縄商事を片付けたら、詳しい話を吐かせる必要があるみたいだな」
「ひゑ~~~~!」
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「や~ん! 離してぇ~! 痴漢!! 殺される~~~~!!!」
「バカ! お前まで俺を不審者にするつもりか……!?」
丘崎獅真と小人が騒ぎながら艦橋から出て行った。
天使達も不請不請といった様子でそれについて出て行った。
納得できない結末となったが、ひとまずこの場は凌いだ。……丘崎獅真の助力も得られるなら、泥縄商事の掃討も直ぐに終わるじゃろう。
ただ、丘崎獅真が妾達の味方とは限らない。よく警戒する必要がある。……もしこちらに仕掛けてきたら全てひっくり返る可能性もある。
泥縄商事掃討に走っている巽に「こちらに来てくれ」と要請しつつ、警備を見直す。丘崎獅真の横槍と、スアルタウの巫術がなければ玉帝も妾達も殺されていたかもしれん。これ以上の騒動は無いと信じたいが――。
「……ヤバいのはどっか行きましたか?」
「何とか話がついた」
艦橋の物陰に隠れていた桃華が――いや、桃華の身体に憑依したメイヴが「ひょっこり」と顔を出した。
胸を撫で下ろし、「さすがにヒヤッとしましたよ」と言いながら出てきた。
「ここまで上手くいったのに、全部ひっくり返るとこでしたよ」
「そうじゃな」
「……お嬢様?」
スアルタウが桃華の方を見て、不審げな目つきをしておる。
そうか、此奴は知らんのか。
「桃華の身体にメイヴが憑依しておるんじゃ」
そう言った瞬間。
手を引かれた。
■title:交国首都<白元>にて
■from:使徒・丘崎獅真
「あ~~~~んっ! 白状するよぉ! ボクだよぉ、真白の魔神だよぉ!」
「はぁ?」
「真白の魔神・メフィストフェレス! キミの主だった魔神だよ!」
「嘘を言うな。お前は真白じゃない」
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「おわっ……?!」
「――――」
奥方様の手を引き、背後に庇う。
お嬢様が目を丸くしている。
「誰だ、キミは」
「な、なんじゃ。スアルタウ。それはさっきも説明して――」
「メイヴの魂は、医務室に運ばれたメイヴの身体にあったんです!!」
メイヴは特佐長官に撃たれた。
その後、地下の端末等に憑依し、魂だけ体外に逃れていた。
そして僕らの支援をしてくれていた。そう思っていた。
けど、ひょっとしたら最初から――。
「スアルタウ。私は、【占星術師】の情報を教えてあげたでしょ?」
「何でキミが知っていて、奥方様が知らないんだ!」
そうだ。
そこもおかしい。
奥方様はさっきの不審者を知らない様子だった。
けど、「メイヴ」はあの人の情報を知っていた。能力まで知っていた。
黒水守一派の一員の「メイヴ」が、何で奥方様より情報を持っているんだ。
それに――。
「キミがメイヴなら、お嬢様の身体に2つの魂が観えるはずだ!!」
いま、お嬢様の身体には1つの魂しか観えない。
誰も憑依していないはずだ。メイヴは自分自身の身体で眠っている。
コイツはお嬢様じゃない。
それどころか、メイヴですらない。
「キミは、何者だ……! いつから、お嬢様と入れ替わって――」
「キミは、それを知っているんじゃないの?」
目の前にいる少女がうっすらと笑った。
桃華お嬢様の顔で、お嬢様らしからぬ笑みを浮かべた。
「――――」
お嬢様はレオナールに毒薬を打たれた。
レオナールが「毒薬」だと言っていた。
けど、本当に「毒薬」だったのか?
レオナールがそう言っていただけでは?
でも実際、お嬢様は苦しんでいたはずだ。
苦しんで、魂が消える瞬間も僕は目撃して――。
「あの時か」
「理解した? 賢い子ね。ご褒美は、これでいいかな!?」
笑顔のお嬢様が小銃を奪い、僕に向けて――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「スアルタウ!!」
スアルタウが――妾達を庇うように――両手を広げた。
そして、全身に弾丸を受けた。
流体甲冑を出そうとしておったが、それより早く弾丸に貫かれ――。
「誰じゃ。お前は」
ヴァイオレット嬢が悲鳴を上げ、スアルタウに駆け寄るなか、問いかける。
口角を吊り上げている桃華に――桃華に見える「何か」に問いかける。
「妾の娘を、どこにやった!?」
「ここにいるよ。身体だけはね」
桃華の姿をした何かは小銃片手に、胸に手を当てた。
そして、たおやかに唱った。
「救済執行――傅きなさい、交国計画」




