小悪魔の影
■title:交国首都<白元>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ヴィオラ姉、大丈夫か?」
「…………」
「いや、オレだよオレ! バレットだよ……!」
「あっ……! な、なるほど……?」
宗像特佐長官が妙に優しい声色で話しかけてきたので身構えたものの、正確には宗像長官じゃないみたい。バレット君が乗っ取っているみたい。
どうやらタマちゃんの身体に憑依したバレット君が艦橋まで乗り込んできて、宗像長官を憑依で乗っ取った。
そして、宗像長官が使っている統制戒言のようなもので長官の部下達を支配下においた。
地下に別の敵が雪崩れ込んできていたようだけど、そっちは宗像長官の部下が何とかしたみたい。その部下も戻ってきたところで続々と支配下に置かれていき、鎮圧される事になった。
「まだ立ち上がらなくていい。そこで座って休んどけよ」
「う、うん……」
まだ、頭がクラクラする……。
何とか私自身の記憶は焼かれずに済んだけど、頭が痛い。
「……貴様、なぜ記憶を焼かれていない」
宗像長官が喋った。今のはバレット君の言葉じゃないみたい。
バレット君が「すまん、ちょっと操作し損ねた」と言っている。一瞬だけ宗像長官が喋ったって事だろう。
「記憶は……焼かれましたよ。けど、私自身の記憶は無事です」
玉帝による上書きは、確かに行われていた。
あのままいけば、私は「交国を作った真白の魔神のコピー」にされていただろう。半端なところで上書き作業終わったみたいだから、大丈夫だったけど。
「上書きは、古い記憶から順番に消えていくんですよね? だから、私が『私になる前の記憶』が……先に消されていったんです」
「そりゃあ……ひょっとして、スミレさんの記憶か?」
宗像長官のほっぺたを引っ張って懲らしめていたバレット君の言葉に頷く。
私は「ヴァイオレット」であって、「スミレさん」ではない。
けど、7年前にバフォメットさんが私にスミレさんの記憶を植え付けた。
それによってスミレさんの復活を図ったけど、失敗した。
アレのおかげで私はスミレさんの知識をさらに身につける事に成功した。さらに、スミレさんの記憶に守ってもらった。
スミレさんの記憶がなかったら、私はもう消えていた。
「私の記憶が消され始める前に、スミレさんの記憶が先に消えていったの。そのおかげで何とか自我を消されず、抵抗するだけの力も残ってたみたい」
「といっても、抵抗は簡単じゃなかったでしょう?」
宗像長官を制圧した小さな女の子が口を挟んできたので、苦笑しながら「抵抗ってほどの事は出来てないけどね」と返す。
私に出来たのは、玉帝の一瞬の隙をついて体当たりした程度。
私だけじゃ再度制圧されて、また上書き作業が始まっていただろう。そうなっていたらもう、ここに「私」はいなかっただろう。
宗像長官を倒してくれたお嬢さんのおかげだよ――と言うと、お嬢さんは微笑んで「お姉さんが隙を作ってくれたおかげだよ」と言ってくれた。
「まあでも、玉帝が手を抜いたような感じがしたような……?」
「どういう事じゃ?」
形勢逆転した事で、各所に指示を飛ばしていた石守素子さんが問いかけてきた。
私自身、よくわかってないから説明しづらいけど……。
「ええっと……私への上書き作業、途中から急に遅くなった……ような気がするんです。抵抗できたのはそれのおかげかも……?」
「玉帝が手加減するとは思えんが……」
「うーん……。ちょうど作業が難しいところに来たから、遅くなったとか~…………。もしくは、何か別の工程が割り込んで来たとか……?」
実際、何だったんだろうと思いつつ、玉帝を見る。
その顔色はうかがえなかった。仮面が邪魔だ。
拘束されたまま随分と大人しくしているし、ずっと黙っている。さすがにもう負けを認めてしまったんだろうか。
ちょっと違和感を覚えつつも、私自身よくわかっていないんですよ――と石守素子さんに説明する。説明になってないけど。
「まあ、それはいい。いいんじゃが――」
石守素子さんはお嬢さんをチラリと見つつ、言葉を続けた。
「お前は誰じゃ。桃華ではないな?」
「え~、わかりませんか? 奥方様~? あっ、バレット君、味方のとこ行ってあげな? 地下の泥縄商事は対応済みだけど、『アラシア』ってオークさんのとこ行ってあげなくていいの?」
「あっ……! ちょ、ちょっと行ってくる! 誰か知らんがさっきはありがとな」
「いえいえ~」
バレット君は宗像長官の身体を拘束してもらった後、自分の身体に戻っていった。状況がよくわからないけど、アラシア隊長もここに来てるみたいだ。
バレット君が自分の身体に戻っていった後、お嬢さんをジッと見つめていた石守素子さんが口を開いた。
「まさか、メイヴか!?」
「大当たり! お嬢様の身体、乱暴に扱ってゴメンナサイ。緊急事態だったので」
「それは構わんが、お前、いつの間に憑依を――」
「あっ、桃華ちゃんの身体で銃を撃った時、骨にヒビが入ったかも――――あ、うそうそ! ウソなのでお医者さん呼ばなくていいですよ」
お嬢さんは少しヤンチャな表情で笑いつつ、石守素子さんを止めた。
状況が呑み込めず首をひねっていると、お嬢さんが軽く教えてくれた。
「私、巫術師なんですよ。今は桃華ちゃんの身体に憑依しているだけ。要するにバレット君達のお仲間♪ ご理解いただけましたか?」
「は、はい。多分……」
憑依出来る身体という事は、このお嬢さんは人造人間なのかな?
石守素子さん側の巫術師が隙をついてお嬢さんの身体に憑依していた。子供を戦力外と見做していた宗像長官はそれに気づけず、不意を突かれたって事なのかな?
「詳しい話は後で。戦いはまだ終わってないですからね。お姉さんも、バレット君の手伝い……というか、負傷者の手当とかお願い出来ませんか?」
「は、はいっ……」
まだちょっとふらつくけど、死ぬほどではない。
私も手伝いに行こう。
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「…………」
桃華の身体を借りたメイヴの横で、ヴァイオレット嬢が艦橋を出て行くのを見送る。見送りつつ、部下に目配せして護衛を依頼しておく。
スアルタウの仲間が来てくれた事で、宗像の兄上の手勢は全て制圧出来た。泥縄商事はまだ首都で暴れているが、もはや大勢は決した。
かなり危ういところまで追い込まれたが、何とかなったな――と安堵していると、メイヴが桃華の身体を使って看過出来ない事をやっていた。
拘束した玉帝を椅子代わりにしている。
エデンの者が艦橋に来た直前、玉帝はメイヴに銃を突きつけられながらも動いた。メイヴを制圧しようとした。
じゃが、メイヴは桃華の身体で玉帝を返り討ちにし、気絶させて再び人質に取った。その後、椅子に縛り付け、玉帝を背もたれにしておる。
玉帝は敵とはいえ、少々――。
「これ、メイヴ。ウチの娘の身体を使って、品の無いことをするな」
「こいつ、家族の仇なんですよ!? 殺さないだけガマンしていると思ってほしいです」
「そもそもお前……どうやって桃華に憑依した?」
「桃華ちゃんも一種の人造人間ですからね。巫術を使えば人造人間に憑依できることは、今まで何度も見せてきて――」
「そうではない。いつ憑依した、という話じゃ」
メイヴは方舟の外で撃たれた。
兄上の早撃ちによって本体をやられた。
憑依する隙などないかと思ったが――。
「そこのカラクリを説明するの、結構時間が必要なんですよね」
「時間なら――いや、そうか。お前の身体が……」
「ええ。私、もう死ぬかもなので。本体ダメになったら巫術師も死ぬんですよ」
「そうはさせん。お前の身体は、船内の手術室に運び込ませた」
娘の命の恩人を死なせてたまるか。
正直、かなり危うい状態じゃが……何とかさせる、と誓う。
するとメイヴは――桃華の顔で――苦笑しつつ、「ありがとうございます」と言った。陰りのある笑顔じゃった。
「そんなこと言われちゃうと、ちょっと期待しちゃうなぁ~……! 生き残れたら、いいなぁ~…………」
「メイヴ……」
「とにかく、戦闘はまだ続いています。私も周辺警戒に加わるんで、桃華ちゃんの身体、このまま使わせてください。無茶はしませんから……!」
大勢は決したが、戦闘はまだ終わっていない。
妾達が関知していない不確定要素がいる可能性もある。
白瑛とバフォメットは巽が制圧してくれる。大事を取って方舟を離陸させよう。もちろん、助けに来てくれたエデンの者達の回収後に。
「首都の戦いはこれで終わりでしょうけど、前線はどうでしょうねぇ……」
「皆を信じるしかなかろう」
前線では今もプレーローマとの戦闘が続いておる。
交国本土は前線から遠いとはいえ、無関係ではない。
前線が完全に崩壊してしまった場合、ここも安全とは言えん。
何とか凌いでほしいが――――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:小人になったメフィストフェレス
「おやまぁ、地下も相当な修羅場になってたみたいだねぇ」
地下での戦闘は終わったみたいだけど、あちこちに死体が転がっている。
といっても、殆ど泥縄商事の泥人形みたいだけどねん。
戦闘のドサクサに紛れて玉帝のとこに行きたかったけど、こりゃ厳しいか。
巫術師の監視もあるから、簡単には――。
「おっ! いいものみっけ~」
担架に乗せられ、運ばれている怪我人に飛び乗り、懐に潜る。
重傷を負いつつも何とか生きているけど、サクッと殺す。殺した瞬間に巫術師が気づいていなければ、死体の魂と私の魂を見間違えてくれるかも。
運んでもらって運任せ! 失敗する可能性もあるけど、やるだけやってみよう。
上手くいけば総取りだ。
いやそもそも、<交国計画>は真白の魔神のモノだよ?
自分の遺産を回収するだけ。とても真っ当な事だねぇ~?




