憑依の荒業
■title:交国首都<白元>にて
■from:三等権限者・宗像灰
『妹に自害命じてんじゃねえよ。クソ兄貴が!!』
ヒスイがこちらを罵ってきた。
叫んだのはヒスイだが、ヒスイではない。ヒスイはそんな言葉を使わない。
身体はヒスイだが、こちらの攘夷執行が届いていない。自害を命じたのに、しぶるどころか反撃の隙を窺っていた。
ただ、愚妹自身が私に反抗してきたわけではない。
「エデンの巫術師。ヒスイの身体を乗っ取ったな」
『巫術師は人間には憑依できませ~~~~んっ!』
「例外がある。人造人間には憑依できるはずだ」
ヒスイは一応、<玉帝の子>として製造された。
<太母>の器として利用出来ないどころか、能力的に認知できるものではなかったが、アレも人造人間だ。つまり巫術で憑依できる。
「貴様は先程、ヒスイの身体をペイント弾で撃ったな? エデンが<白瑛>を強奪した時のように小細工を使ったな」
■title:交国首都<白元>にて
■from:巫術師・バレット
「その方法まで把握してんのかよ……!」
『当たり前だ。何度も同じ手が通用すると思うな』
「くそっ……」
タマが敵側についていて、人造人間だって事はアルに聞いた。
だからもし敵として出くわした時は、巫術で身体を乗っ取って捕まえるのも手だと考えていた。タマの身体を使ってこっそり方舟に近づき、方舟も乗っ取ってやろうと思ってたんだが……そう簡単にはいかなかった。
敵の戦力は、大半がアラシア隊長と泥縄商事の方に割かれている。
今なら、強行突破出来るかもだが――。
『強行突破してくるなら、人質は殺させてもらう』
「クソ野郎が……。アンタ、ろくな死に方しねえぞ!?」
『大人しく降伏するなら殺さない。巫術師は有用だ。……我々の味方になるなら、お前にピッタリの戦場を用意してやろう』
「家族を大事にしない野郎の言葉なんて、な~んも信用できねえよ!」
降伏したフリをして方舟に近づくのも無理そうだな。
向こうは巫術を警戒している。タマ相手には――命懸けで――上手くいったが、宗像の野郎を騙すのは無理そうだ。
「そもそも、オレの乗っ取りに気づいたとしても言葉は選べよ! よりにもよって『自害しろ』はねえだろうが!!」
本気で殺す気がなかったとしても、タマが傷つくだろうが。
言葉だって……立派な凶器なんだぞ。
『降伏の意志無しか。では、人質を処分させてもらおう』
「おい、バカ――」
『まずは子供からでどうだ?』
「テメエ……!!」
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「兄上! やめろ!! 桃華に手を出すな!!」
助けに来てくれたエデンの者と話していたと宗像の兄上が、車椅子に乗せられた桃華に対して銃を向けてきた。
せめて庇いたいのに、命令で縛られて身体が……!
「撃つなら妾を撃て!!」
「子供の悲鳴の方が効果的だ」
兄上が早速、引き金を引こうとした瞬間――。
『わかった! わかったよクソ野郎!!』
通信機から「降参」と言いたげな声が聞こえてきた。
■title:交国首都<白元>にて
■from:巫術師・バレット
「オレの負けだ! ……子供で脅すとか、卑怯なことしやがって……!」
『効果的だからこそ「卑怯」と言うのだ。巫術師』
どうする。どうすりゃいい。
地下に湧いてきた魂も――泥縄商事も数を減らしている。さすがは特佐長官の手勢だけあって、数で勝る相手も制圧しつつあるようだ。
時間稼ぎしたところで泥縄商事が都合良く逆転に導いてくれる――なんて事はないだろう。かといって、他に方法も――。
『――何をしている!?』
「…………?」
万策尽きたと思った瞬間、宗像がやけに焦った声を出した。
どうも、向こうで何か起こったみたいだが――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:三等権限者・宗像灰
「――何をしている!?」
背後から呻き声が聞こえてきた。
器が――ヴァイオレットが動いていた。
玉帝が上書き作業を行う事で、まともに動けなくなっていたはずの女が玉帝に体当たりし、抵抗していた。
不意を突かれたらしい玉帝がふらついている中、器が玉帝に挑みかかっていく。それを止めようとしていると――。
「――ッがァ……?!」
下半身に激痛が走った。
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
「――――」
玉帝に反撃したヴァイオレット嬢に気を取られ、宗像の兄上が視線を逸らした。
妾達から視線を切った。
その隙に動こうにも、言葉で縛られた妾は動けなかったが――。
「――ッがァ……?!」
兄上に対し、音も無く駆け寄った者が蹴りを放った。
背後から股間を蹴り上げられた兄上は、さすがに呻き声をあげ、ふらついた。
兄上を蹴った者は柔術で兄上を転ばせ、手にしていた拳銃を取り上げた。兄上の頭に突きつけ、人質に取った。
拳銃を突きつけられた兄上は脂汗を流しつつ、口を開いた。
「貴様、桃華……!?」
「子供相手だからって、油断したね。長官」
兄上を制圧した桃華は拳銃の引き金を引いた。
両脚を撃たれた兄上が呻く中、ヴァイオレット嬢を押しのけた玉帝が「射殺しなさい!」と周囲に訴えたが――。
「全員、動くな。動けば玉帝の頭が吹き飛ぶよ」
桃華がそう脅すと、兄上の部下達は狼狽えながら動きを止めた。
完全に形勢逆転したわけではないが――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:玉帝
「馬鹿な……」
器が反抗してきた。
上書きで記憶を焼かれ、ろくに動けないはずなのに。
私に対して抵抗し、今はキッと睨み付けてきている。
しっかりと自我を保っている。器自身の自我が残っている。
この女……<太母>になっていない。
おかしいのはそれだけではない。
素子の娘が、灰を制圧した。
灰が使った攘夷執行で動けないはずなのに――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:巫術師・バレット
『バレット! 艦橋まで強行突破してきて! 早く!!』
「――――」
知らねえ女の子の声が聞こえてきた。
よくわからんが、宗像の野郎がいる場所で何かあったらしい。
宗像の部下から距離を取る。タマの身体に憑依したまま自分の身体まで戻る。
自分の身体はタマに撃たれて怪我してるから、このままタマの身体を使わせてもらうとして――。
『通してもらうぜッ!!』
流体甲冑発生装置を握り、タマの身体を流体で覆う。
流体甲冑の運動能力と防御能力で無理矢理、宗像の部下共を突破する。まだ泥縄商事の社員が暴れているから、方舟周辺は手薄になって――。
『うおッ?!』
急に目の前に現れ、顔面にフルスイングかましてきた敵の攻撃をのけぞってよける。流体甲冑を滑らせ、のけぞりつつも進む。
『玉帝の近衛か!?』
7年前、ネウロンから逃げる時に戦った輩の仲間。
権能を使って強襲してきた。近くまで来た魂が不意に高速移動したから気づけたが、あと少しで頭をブッ叩かれていた。
フツーにやったら勝てない相手だが――。
『テメエらの手品の種は、もうわかってんだよッ!!』
閃光手榴弾を使い、敵の影を操作する。
光で影を縫い付けて移動場所を限定し、小銃を撃ち続ける。
殺しきる事は出来なかったが、大怪我を負わせた。この隙に艦橋に走る。
そこに宗像がいるって事は、アレが出来るはず……!!
「宗像長官の身体を乗っ取って!!」
銃を持った小さい子に促され、両脚から血を流している宗像に組み付く。
負傷しているが問題ねえ。
敵がさらにやってくるが、何の問題もねえ。
宗像に憑依した時点で、オレの勝ちだ!
「オーダー! 武装解除!! 止まれッ!!」
宗像の口を使って吠える。
追ってきた敵が表情を引きつらせ、武器を手放し、止まった。
とりあえず、宗像の部下共はこれで止められる。従える事が出来る。
あとは――。
「オレに従え! 地下に入り込んだ泥縄商事を止めるぞ!!」




