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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
795/875

天敵



■title:交国首都<白元>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


『それは、黒水守の……!?』


 白瑛の中から杖型の神器が出てきた。


 それがレオナールの叫びに応じて光を放った次の瞬間、あちこちから間欠泉のように水が噴き出してきた。


 黒水守の神器は流体への干渉が可能。水を操ることが出来るから、都市に張り巡らされた水道管から水を引っ張ってきているんだろう。


 近くにあった河の水も――鎌首をもたげた大蛇のように――起き上がった。無数の水の大蛇が鉄砲水のように襲いかかってくる。


 水だけじゃない。


 炎も生き物のように蠢き、飛びかかってくる。


 神器を使い、水どころか火も操っている。


 応援にかけつけようとしていた機兵部隊がそれに飲まれるのが見えた。


 砲弾すら跳ね返すはずの流体装甲が、バターのように溶けていく。


 流体への干渉能力で流体装甲を溶かし、解体しているんだろう。剥きだしのフレームだけになった機兵が荒波に揉まれ、砕かれていく音が聞こえる。


 アレに飲まれたら脱出は不可能。


 確実に殺される。


『――――』


 この機兵で逃げ切るのは難しい。


 機兵すら飲み込む圧倒的な波が、四方から襲いかかってくる。溝式煌剣(カレトヴルッフ)による打ち返しも難しい。僕に出来るのは――。


『捕まってください!!』


 交国の神器使い3人に飛びつき、空に投げた。




■title:交国首都<白元>にて

■from:虚口のジガバチ


「エデンの……!」


 神器使い(おれたち)を投げ、逃がしてくれたエデンの機兵乗りが波に呑まれた。


 10メートルを優に超える大波に呑まれ、機兵は一瞬で見えなくなった。


 ただの大波ではなく、黒水守の神器による大波だ。


 流体装甲なんて溶かし剥がされる。機兵にとって流体装甲は鎧と筋肉を兼ね揃えるもの。それが溶かされたら抵抗は不可能だ。


 運が良ければ生きているかもしれないが――。


「チッ……。テロ屋(エデン)のガキに生かされるとは」


 同僚達と共に、建物の屋上に着地する。


 周囲の建物が荒波に揉まれ、大きく軋んでいる。既に壊れ始めている建物もある以上、ここにいたら遠からず俺達も飲み込まれる。


 一度逃げたいところだが、周囲を大水に囲まれている。まだ周囲1、2キロ程度しか覆われていないが……黒水守の神器なら、もっと広範囲を水で飲み込む事も可能だろう。


 しかし、何で――。


「何で敵さんが黒水守の神器使ってんだよ」


 黒水襲撃事件で黒水守が死に、神器が奪われたのは知っていた。


 けど、神器は誰でも使えるものじゃない。適性が必要になる。普通、神器使いでもねえ奴が使えば神器に取り殺されるもんだが――。


「アイツ、まさか黒水守の隠し子か?」


「いや、それは無い。レオナールという男は普通のネウロン人だ」


「……まさか、白瑛の権能で神器の因子侵食に耐えているのでは――」

 

「それも無い。白瑛を使った神器対策は過去に実験されていたが失敗に終わっている。白瑛でも神器による侵食は完全には防げない」


「なら偶然、神器の新たな適合者になったとか……?」


「何億人に1人の確率だよ、それは」


 可能性はゼロではない。担い手本人ではなく、その血縁でもない人間が偶然、神器に適合した事例もあるにはある。あるが、普通は有り得ない事だ。


 それよりありそうなのは――。


「バフォメットって輩は、受肉した神器だったよな?」


 神器といっても、黒水守の<ヤーヌス>とはまったく別物。


 別物だが、元々が神器だから神器への耐性があるのかもしれない。


「バフォメットの耐性で、無理矢理耐えているのかもな」


「長期戦になれば勝手に自滅する可能性はあるな」


「長期戦が許されるか怪しいな」


 神器で操られた水の領域が、ジワジワと広がっていっている。


 交国首都が水没するか、向こうが倒れるかの根比べだ。そんじょそこらの神器ならともかく、向こうが持っているのが黒水守の神器ってことを考えたら、かなり分の悪い賭けだな。


 そもそも、ただ我慢比べしたらいい話でもない。


「来るぞッ……!」


 足下から、採掘機が大暴れしているような音と揺れが近づいてくる。


 同僚らと共に跳躍し、別の建物の屋上に逃れる。その一瞬前に自分達が足場にしていた建物が、水の大蛇にかみ砕かれていくのが見えた。


 逃げた先にも無数の水蛇が待ち受けている。


 神器を使って攻撃するが、手応えがねえ……! 攻撃しても攻撃しても水で身体を補修し、何度も挑みかかってくる。


『どうした!! さっきまで威勢良く突っかかってきたのに、もう逃げるのか? 交国の神器使いサマが、尻尾を巻いて逃げるのかぁっ!!?』


「俺、あいつキラ~イ!」


「同感だ」


 水柱の上に立った白瑛から笑い声が聞こえてくる。


「しかし、どうしますっ? <星の涙>でも降らせますか?」


「さすがに当たらねえだろ。当たっても権能で防がれる」


 今のところ俺がマーキングする事で防御1種使わせているが、白瑛はもう1種類の攻撃を防ぐ事が出来る。


 権能を使う以前に、生半可な攻撃は水の壁に防がれるだろう。向こうはさらに硬くなった。防御と攻撃を兼ねる水の壁を展開している。


 方舟の艦砲射撃と同時に仕掛けるか? いや、それもかなりの博打になる。白瑛の機動力なら下手な攻撃は回避されちまうし――。


「しゃーない。一度死んでくる」


「本気ですか?」


「それしかねえだろ」


 殺されたフリをして、権能による防御を一度下げさせよう。


 博打になるが、やらないよりは――。


「いや、その前に退避を……!!」


 白瑛が大太刀を出し、振りかぶっている。


 黒い雷撃が来る。だが、単なる雷撃じゃない。大量の水が白瑛を中心に暴れ狂っている。バフォメットの(わざ)と、黒水守の神器の合わせ技。


 それはさすがに退避が間に合わない。


 そう思った瞬間、白瑛の背後で爆発が起こった。


 何者かが射撃している。大したダメージは通っていないが、敵が泡を食って攻撃動作を中断して回避動作に移行し始めた。


 何とか助かったが、それより――。


「なんでアイツが無傷(・・)なんだ?」


 白瑛にダメージを与えたのは、さっき大波に呑まれたはずの機兵だった。


 エデンの巫術師がまだ生きている。ピンピンしている。


 他の機兵は一瞬で解体されていったのに、何で――。




■title:交国首都<白元>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


『やめろっ!!』


 大波に押されつつ、壊れかけの建物に張り付いて射撃する。


 交国の人を攻撃しようとしていた白瑛の隙をつく事が出来た。


 大したダメージは与えられていないけど、不意打ちは出来た。


 どうやら向こうは、さっきの攻撃で僕が死んだものと勘違い(・・・)したらしい。確かに、圧倒的な水の暴力に流されて危ういところではあったけど――。


『何でまだ生きているんだ、裏切り者!!』


『ぐッ……!!』


 大波が襲ってくる。張り付いていた建物から引き剥がされる。


 けど、まだ無事。少し衝撃を受けた程度で、ダメージは負っていない。


 他の機兵は解体されていったのに、この機兵だけ無事ってことは――。


『バフォメット!? 僕のことがわかるんだな!?』


『ハァ!? お前、何を言って――』


『僕を殺さないよう、手加減してくれてるんだろ!?』


 だから僕だけ無事だったんだ。


 この機兵は特別な機兵じゃない。ただの<逆鱗>だ。白瑛みたいな特別な機兵じゃない以上、僕だけ無事な理由は僕自身にあるんだろう。


 多分、バフォメットは僕を殺さないようにしてくれているんだ。


 バフォメットも、レオナールに抗ってくれているんだ……!


 そもそも、最初からおかしかった。


 白瑛を操るバフォメットの攻撃は、どれも生ぬるい(・・・・)ものだった。


 僕を本気で殺しに来ている感じはしなかった。自我を消された影響で、戦闘能力が低下しているだけかと思ったけど、そもそも……僕を殺す気がないんだ。




■title:交国首都<白元>にて

■from:贋作英雄


『僕を殺さないよう、手加減してくれてるんだろ!?』


 本当にそうか?(・・・・・・・)


 だが、実際に兄弟が無事なのは異常だ。


 白瑛に乗ったバフォメットの攻撃は単調だ。本気で殺す一撃ではない。


 燼器の雷光も、兄弟に向けては放っていなかった。


 兄弟があえて割り込み、跳ね返しただけ。


 兄弟の言う通り、手加減しているだけ……なのか?




■title:交国首都<白元>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


『こっちを見ろ! バフォメット!!』


 大水の中で姿勢を制御しつつ、呼びかける。


 白瑛がこちらを見ている。


 バフォメットが操作しているなら、バフォメット自身が僕に視線を注いでいるはずだ。やっぱり、僕の声は届いている……!


 バフォメットは自我も記憶も消えたって話だけど、完全に消えたわけじゃないんだろう。


 喋れないだけで、おそらく、まだ自我が残っていて――。


『くそっ! 死ねっ!! バフォメット、早く奴を殺せ!!』


 再び大波が襲いかかってくる。弾き飛ばされる。


 けど、他の機兵のように流体装甲が溶かされるなんて事は無い。


 明らかに、手加減されている。


 レオナールの方は僕を殺そうとしているけど、バフォメットがレオナールの命令に抗ってくれているようだ。完全には止まれないようだけど――。


『レオナール! こんな事はもうやめろ!!』


 おそらく、バフォメットは戦いを望んでいない。もう戦う理由がない。


 レオナールさえ止まってくれれば、大人しくなってくれるはず――。


『キミが交国を憎む理由はわかる! 僕も、交国軍に家族を奪われた!』


『…………』


『でも、だからといって、こんな方法で交国に挑んだところで意味はない! 単なる八つ当たりだ! こんな事をしたところで、憎しみの連鎖が広がるだけだ!』


『先に手を出してきたのは交国だろ!! ボクだけガマンしろって言うのか!? ふざけるな!! これは……正義の戦いなんだっ!! ボクがここで頑張って交国を滅ぼせば、<叡智神>様が皆を蘇生してくれるんだ!!』


『何を、言って――』


 ああ、そうか。レオナールは叡智神の死者蘇生神話に縋っているのか。


 そんなものは無い。


 無いんだよ、レオナール。バフォメットが「無い」と言っていたんだ。


 でも、それに縋らずにいられなかったのか。


 縋らないと……壊れてしまうのか。取り戻せない日々を、取り戻せない命を自覚してしまえば、耐えられないから――。




■title:交国首都<白元>にて

■from:虚口のジガバチ


「いいぞ、エデンの。その調子で注意を引いてろよ……!」


 白瑛に乗っているテロリストが、エデンの巫術師との会話に集中している。


 その隙に体勢を立て直す。無事な交国軍兵士らと連携し、白瑛を確実に仕留めるための体勢を立て直していると――。


『ジガバチ、そちらはまだ片付かないのか!?』


「無茶言うな。乗ってるのは素人でも、相手は白瑛だぞ」


『1人でもいいから救援に来てくれ! 中央政庁に泥縄商事が大挙して来ている』


 それはそれでマズい状況だな。


 中央政庁には黒水守派の要である玉帝が――巫術師によって掌握されている玉帝がいる。それを殺されるなり、奪還されるなりするとマズい事になる。


 向こうは向こうで防備を固めていたが、ここまで泥縄商事の大部隊が来るのは予想外だったため、かなりキツい状況らしい。


 だからといって、こっちから援軍を割く余裕もない。白瑛止めないと泥縄商事以上に収拾がつかなくなる。


「脱出準備を進めておけ。バフォメットはこっちで何とかする」


 黒水守の神器まで使って来た以上、かなり苦しいが……エデンの巫術師が「説得」を頑張っている。


 どうせ失敗するだろうが、時間稼げるだけ有り難い。


 今のうちに何とか、白瑛の防御をぶち抜くだけの力を――。


「ジガバチ。援軍(・・)の到着だ」


 俺とは別の場所と通信していた同僚が、朗報を届けてくれた。


 これは何とかなるかもしれねえ。




■title:交国首都<白元>にて

■from:復讐者・レオナール


『叡智神による死者蘇生なんて、存在しないんだ! そもそも……叡智神はとっくの昔に死んでいるんだよ!』


「誰がお前の言葉を信じるか!!」


『こんな事、もうやるめるんだ! 憎い気持ちはわかるけど、全ての交国人に罪があるわけじゃない! キミだって、交国の人に――黒水守達に助けてもらっただろ!? あの人達が、キミの居場所を作ってくれただろ!?』


「黒水守はボクを騙し、搾取していただけだ!」


 ボクらは利用されていただけなんだ。


 黒水守が私腹を肥やし、玉帝に媚びるために利用されていただけなんだ!


 あの男はボクの期待を裏切った。交国を滅ぼしてほしかったのに、奴は流民と交国人の両方にいい顔して……自分の利益を追い求めただけだった。


『搾取なんてされてないだろ!? それどころか……あの人は、キミを守ってくれていたはずだ! 今までずっと! ゲットーの生き残りであるキミ達を保護し、最後の最期まで守ったんだ! キミがいま生きているのは――』


「うるさぁいッ!!」


 ボクは、交国に復讐するんだ。


 失ったものを取り戻すんだ。


 誰もやってくれない以上、自分でやるしかないだろ!?


「バフォメット!! さっさとアイツを殺せ!!」


『バフォメット、やめてくれ!』


 木偶野郎は裏切り者のスアルタウを本気で殺さないどころか、ついに止まってしまった。攻撃すらやめてしまった。


 ボクの命令を聞くことしか出来ないくせに、抗っている。何でこの裏切り者を庇うんだよ……!! 何でお前までボクに逆らうんだよっ!!


 どいつもこいつも、なんでボクに逆らうんだ。


『黒水守は、確かにキミを守ろうとしていた! カトー総長が黒水で自爆攻撃をした時、キミが生き残れたのは……黒水守が神器で助けたからだよ!』


 違う。


 黒水で死ななかったのは、ボクが叡智神(かみ)に愛されているからだ。


 叡智神様がボクを見守ってくれているからだ。ボクの実力なんだ。


『黒水守は瀕死の状態でも、力を振り絞って……キミ達を逃がして! そして、白瑛の自爆攻撃も抑え込んだんだよ!!』


「う――――うそをつくな!!」


 ボクらを利用するしか能のないクソ野郎が、そんなことするはずがない。


 ボクは、黒水守の敵だ。


 敵を守るなんておかしい。有り得ない。


 ボクは、あの時はもう……明確に、あの男に背いていたのに――。


『黒水守に守ってもらった命を、こんな事に使うな!! 戦いなんてやめ――』


 白瑛に砲撃が飛んできた。


 水の壁が動き、止めてくれたけど……砲撃がどんどん飛んでくる。


 交国軍がボクを殺そうとしている!! スアルタウは時間稼ぎをしていただけで、やっぱりボクを殺すつもりなんだ……!


「殺されてたまるか……!! 殺してやるッ!! 全員、消えろッ!!」


 バフォメットに燼器と神器、両方振るわせる。交国軍を蹴散らしていく。


 これだけの力があれば絶対に負けない。ボクに勝てる奴なんて存在しないんだ。


 バフォメットが邪魔する所為で、スアルタウを排除できないけど、先に他の奴らを倒してしまえば――。


「ッ……! また交国軍か!?」


 空で<海門(ゲート)>が開いた。


 交国軍の方舟が界外から増援を招き寄せているようだったけど――。


「――輸送船?」


 海門を通ってきたのは軍艦ではなく、ボロっちい輸送船だった。


 部隊を展開する前に落としてやろうと思ったけど、あまりにもボロ船すぎるから思わず止まる。戦場に不釣り合いな方舟に戸惑っていると――。


「――――」


 ボロ船から誰から飛び降りてきた。


 飛び降りてきた輩が、白瑛に向けて拳を――――。




■title:交国首都<白元>にて

■from:虚口のジガバチ


 輸送船から飛び降りてきた人間に見える化け物が、白瑛をブン殴った。


 ブン殴られただけで吹っ飛んだ白瑛を見ている化け物殿に声をかける。


「遅えぞ、巽の旦那!」


「わかってる。ここから挽回する」


 黒水の警備隊長が――黒水守の右腕が、ひどく苛立った様子で拳を鳴らした。










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