憑依の隙の「隙」
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
泥縄商事の社長が見つからない。
泥縄商事の社員がそこかしこに現れ、特攻を繰り返す事で大混乱が起きている。
それだけでも厄介なのに、バフォメットと白瑛も暴れている。
交国側の戦力が、どんどん欠けていく。
『まともな戦法じゃないっ……!!』
大量の特攻兵に囲まれ、立ち往生している交国軍の部隊を逃がすため、支援に入る。こっちは機兵に乗っているのに、泥縄の人達は構わず特攻してくる。
足下と上空から、爆弾を抱えた泥縄の人達が距離を詰めてくる。あくまで歩兵だから流体装甲をしっかり展開していれば、そうそうやられないけど――。
『来るな! こっちに来るなら……撃ちますよ!?』
迫ってくる敵の群れに銃を向け、牽制する。
けど、敵は構わず突っ込んでくる。
向こうは命令で無理矢理動かされているらしく、「撃たないで」「殺さないで!」と叫びつつ、爆弾を抱えて突っ込んでくる。
まるで<蟲兵>みたいに――。
『くそっ……!』
このままじゃ、撤退中の部隊がやられる。
生身の人間相手で腰が引けてしまうけど、機関砲を撃つ。道路を埋め尽くす勢いで迫る泥縄商事社員の群れに向け、弾丸をばら撒く。
相手の爆弾に誘爆し、一瞬で凄惨な光景が広がっていく。
炎と煙、そして血肉があちこちにばら撒かれる。撒き散らされた血肉はやがて「ドロリ」と溶け、混沌になって消えていった。
相手は「普通の人間」ではないとはいえ、さすがに気分が悪い……! 首都のあちこちで命が消えていくのが観える。
僕はヴィオラ姉さんに枷を外してもらったから、死を感じ取ったところでダメージは負わない。けど、交国軍の巫術師はそうとうキツい状況のはずだ。
鎮痛剤を使っていたとしても、泥縄商事の人達が大量に死ぬことで確実にダメージが蓄積されていく。長期戦になればなるほど、まともに動けなくなる。
……対バフォメットに動ける巫術師が、どんどんいなくなるはずだ。
そうなると、バフォメットと戦える人が殆どいなくなって――。
『そこの機兵! これ以上、俺達に構わなくていい。先に行け!』
『ですが、僕が離れたら――』
『泥縄の雑魚に構っていたら、敵の思うつぼだ! こっちは良いから、もっと優先度が高い相手に向かってくれ!』
『こっちはこっちで何とかする。気にするな』
『っ……。すみません!』
拠点まで後退中の交国軍の部隊と別れる。
別れるけど、少しでも撤退しやすいように流体装甲の壁を作り、泥縄商事の一団の行く手を阻んでおく。別の場所からも湧いてくる以上、気休め程度にしかならないだろうけど――。
『――――』
周囲からどんどん魂が消えていく。
同時に、どんどん新しい魂が湧いてくる。
敵の数があまりにも多い。敵の戦力はほぼ歩兵だけど、死を恐れずに突っ込んでくる。色んな場所から湧いてくるのも厄介だ。
でも、さっきの人達が言うように、機兵部隊が泥縄商事の人達に集中しすぎていたら敵の思うつぼだ。
白瑛とバフォメットを止めれば、あとは掃討戦に出来るはず。
交国軍の司令部に指示を仰ぎ、向かうべき場所を教えてもらう。
『泥縄商事の社長への対応は後に回す。首都内に侵入しつつある白瑛への対処に回ってくれ』
『了解です』
指示を受け、白瑛が迫りつつある方向に向かう。
交国の巫術師も対応に出ているはずだけど、白瑛はまったく止められていないらしい。インチキとしか言いようが無い防御能力だけではなく、バフォメットの攻撃能力まで備え持つ相手なんてそうそう対処出来ないんだろう。
どうも、交国の神器使いは泥縄商事に集中的に邪魔されて足止めを食らっているようだし、僕がバフォメットに対応して……少しでも足止めしないと――。
『そちらも白瑛対応に向かっているのか? こっちも支援させてくれ』
街中で交国軍の機兵と出くわした。
泥縄商事に襲われたのか、少しダメージを受けている様子だけど――。
『そちら、巫術対策は?』
出くわした味方機兵に魂が1つしか観えない。
『対策がないなら、前に出るのは控えた方が……』
『砲撃支援ぐらいなら出来る。後ろからついていくから前衛になってくれ』
『…………』
そう言って来た機兵を先導しつつ、司令部に問い合わせをしようとした。
けど、問い合わせる必要はなかった。
出くわした「友軍機」の正体を調べるより先に、「友軍機」が正体を現した。
背後から斬りかかってきたため、刃で受けて憑依を仕掛ける。
操縦席を覗き込むと、想像していた通りの人がいた。
『泥縄商事……!』
操縦席は血まみれだった。
けど、血の一滴も流していない人が舌打ちしているのが見えた。泥縄商事の人が交国軍の機兵を乗っ取り、友軍のフリをして騙し討ちを狙って来たんだろう。
操縦席の外に引っ張り出し、機兵を停止させておく。
そうしていると、さらに新手の「友軍機」がやってきた。
それも、今度は3機。
敵意も武器も隠しもせず、僕に襲いかかってきた。
■title:交国首都<白元>にて
■from:夜行隊員
交国の機兵を乗っ取った仲間が操縦席から吐き出された。
あんな挙動をしているという事は、巫術師に強制排出されたのだろう。
この辺りを彷徨いているということは――。
「<エデン>の巫術師、スアルタウか」
相手は手練れの巫術師。
接近戦を仕掛けるのはマズいが――。
「奪われるのを覚悟で行くぞ。憑依強奪の隙に、誰かが奴の本体を仕留めろ」
『『了解』』
憑依強奪は一撃必殺の技になるが、大きな隙にもなる。
直ぐに乗っ取れるとはいえ、一瞬で機兵を完全掌握できるわけではない。ほんの数秒のタイムラグは存在している。
その隙に、無防備になった本体を殺せばそれで終いだ。
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
『っと……!!』
構わず接近戦を仕掛けてきた3機の攻撃を、剣で受け流す。
一度距離を取ろうにも、最低でも1機は剣の間合いに張り付いてくる。
憑依は仕掛けやすいけど、下手に仕掛けたら負ける。
向こうはあえて憑依を誘っているはずだ。僕が憑依強奪を仕掛けている隙に、無事な残り2機が僕の本体を殺そうと考えているんだろう。
熟練の機兵乗りで、なおかつ巫術への造詣も深い。強く厄介な相手だ。
『ダメージ覚悟で行くしかないか……!』
■title:交国首都<白元>にて
■from:夜行隊員
「…………」
2機で正面から挑みかかり、1機は敵機兵の背後に向かわせる。
だが、相手も簡単にやられてはくれなかった。射撃で牽制しつつ、脚部車輪を使ったバック走で高層建築の間を器用に滑っている。
建物の陰に隠れ、見失いそうになる時もあるが何とか食らいついて――。
「…………! D2、防御を――!」
敵に最も近い味方機に、流体装甲の槍が投じられた。
味方機が掲げていた盾をすり抜け、肩部に槍が命中。流体装甲を部分的に外せば問題のない一撃だが――。
『パージ不可! 乗っ取られ――』
攻撃を受けた味方機からの通信が途切れる。
敵は投げた槍経由で憑依強奪を成功させている。
だが、それでいい。
敵が憑依を使った。隙ができた。
自動操縦で動く敵機兵に、残る2機で迫る。
敵の魂が抜けている機兵を、流体装甲で作り上げた槍で貫く。
操縦席を貫き、確実に本体を潰して――。
「――――」
潰したはずだ。殺したはずだ。
だが、側方に流体装甲の固まりが転がっていた。
それも固化したものではなく、溶けかけたものが転がっていた。
アレはなんだ。
その疑問を解決するより早く、先に乗っ取られた機兵がこちらを襲って――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:夜行隊員
「チッ……! だが、本体を潰した以上、長生きは出来ないだろ」
最初に乗っ取られた味方機兵が背後から襲いかかってきた。
操縦席にいる相手の本体を確実に潰すため、無理に突撃した所為で全機やられてしまった。相手が巫術の隙を恐れず、無理矢理憑依してきたことでやられた。
それでも本体は潰した。
操縦席にいるところを、確実に潰してやった。
『まだだ! そこの流体装甲の固まりを潰――――』
味方からの通信が途絶える。
流体装甲の固まり?
道路脇に転がっているそれが、一体なんだと――。
「――――」
操縦席の壁が蠢き、槍と化して襲ってきた。
それに喉を貫かれ――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「死んで大人しくしててください」
道路脇に転がした流体装甲の固まりから抜け出し、倒れた敵機兵に告げる。
流体装甲の固まりといっても、完全に固化させず、ぶよぶよのスライム状の状態を維持した固まりだ。
建物の陰に入った隙に、僕は自分の本体を流体装甲に入れて脱出させておいた。その後、敵3機を制圧させてもらった。
敵は憑依強奪覚悟で僕の本体を狙ってきた。
それなら本体をこっそり逃がしておき、空っぽの操縦席を狙わせてあげればいい。
上手く食いついてくれたうえに、こちらの狙いには気づかれなかった。
1人は気づいた様子があったけど、気づくのが遅かった。
「そっちの機兵、貰いますね」
可能な限り無傷で鹵獲した敵機兵を巫術で奪う。いや、奪い返す。
巫術で操った流体装甲で殺した泥縄商事の人を、操縦席から引っ張り出す。
……泥縄商事の人達には助けられた事もあるけど、交国首都でここまでの蛮行をするのは見過ごせない。
交国軍の司令部に、鹵獲された機兵を奪還して無力化しておきましたと伝える。奥方様に用意してもらった機兵は操縦席を潰されてしまったので、新しい機兵で識別を振り直してもらう。
泥縄商事に奪われた機兵はまだあるかもしれないけど、そっちばかりに時間をかけている暇は――。
『黒水の機兵乗りだな?』
『あっ……。はい!』
『こっちに合流してくれ。腕の立つ機兵乗りは何人いてもいい』
また交国軍の機兵部隊が近づいてきた。
といっても、今度はちゃんとした交国軍みたいだ。
機兵の中に2つの魂が観える。複座式ではなく、対バフォメット用に巫術師が1人ずつ憑依しているんだろう。
『神器使いが1人、白瑛と戦闘している。彼の援護に向かうぞ』
『了か――。散開してください!!』
警告したものの、遅かった。
黒い雷光が奔り、首都の大地を切り裂いた。
それに巻き込まれた交国軍の機兵部隊が一瞬で融解していった。
最初から何もいなかったように溶けていった。
けど、確かに魂が消えるのが観えた。
「っ……。レオナール……!」
『…………? お前、まさか』
白瑛が直ぐ近くの空まで迫っていた。
バフォメットの<燼器>を振るい、交国軍の機兵部隊を一気に屠り、悠々と空を飛び続けている。けど、それだけじゃなかった。
白瑛の手が、人間を握り潰している。
人間が空から地面に叩きつけられ、さらに血を撒き散らした。
地面に叩き落とされた人の傍に、特異な形の武器が転がっている。
多分、神器だ。
さっき、神器使いが1人、白瑛と戦っているって――。
『こんなところにいたのか、裏切り者のスアルタウ』
白瑛から聞こえるレオナールの声は、喜んでいるようだった。
けど、喜だけではなく――。
『お前も殺してやるよ。……カトーみたいになぁっ!!』




