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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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二兎を追うもの




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「ヴィオラ」


 ラートさんが近づいてくる。


 近づいてきて、屈み、真面目な表情で話しかけてきた。


「フェルグス、アル、グローニャ、ロッカの4人だけじゃなくて……ヴィオラにも家族と再会してほしいな。ロイさん達だけじゃなくて、本当の家族と」


「いるんですかね~……? 私の家族」


 色んな意味で、いるのかな。


 ネウロンはずっと平和だった。


 けど、1000年の平和のしわ寄せみたいに、大きな混乱期に入っている。


 私が記憶を取り戻しても、ひょっとしたらもう家族は――。


「私の頭がポンコツなので、手がかりも無いんですよ」


 正直、真実を知るのも怖い。


 子供達のお世話があるから――と言い訳しながら、探すのを避けている。


 フェルグス君達は私に発破をかけるだけじゃなくて、私の代わりに探してくれたりもしている。けど、手がかりは何も掴めていない。


「そもそも私、ネウロン人なのかすら怪しいですし」


「そういえば、ヴィオラって植毛が生えてないよな……」


「ですです」


 そう言い、髪を触ってラートさんに見せる。


 植毛は髪の一部だから、髪の生えているところなら色んなところに生える。


 けど、私は植毛なんてどこにも生えてない。


「切ってるのかな~、とも思ったんだが……」


「植毛は切っても大丈夫ですけど、私は切ってないです」


「でも、ネウロンにいたんだろ? それならネウロン人以外の誰――」


 ラートさんはそう言い、指を鳴らした。


「お前、ひょっとしたら交国人かもな!?」


「うーん。その可能性もゼロじゃないかもですが……」


 ネウロンで魔物事件が起きた時、ネウロンには交国人もいた。


 軍人さん。政府の派遣した役人さん。あるいは研究者さんなどがいたはず。


 さすがに一般人は来てなかったはずだけど。


「私も収容所で聞いたんですよ。私みたいな顔の交国人が来ていないか」


 当時のネウロンにいた交国人なら、交国政府もキチンと把握していたはず。


 だから、照会してもらえばわかると思った。


「でも、わからなかった?」


「はい……」


 交国のデータベースを照会してもらっても、「私」は見つからなかった。


 ネウロンの出入りは、交国軍が厳重に管理していた。ネウロンにやってきた人の素性は交国でキッチリ把握していたはず。


 例外はあるけど――。


「交国と敵対していた組織の方が、ネウロンの人を連れて界外に逃げたって話は聞いたりしましたけど……」


「ああ、フェルグス達ともちょっと話した。メリヤス王国って国の、王女様が異世界の組織の手引で界外に逃げたんだっけか」


「そう、それです」


 違法にネウロン入りするのは不可能じゃない。


 けど、交国の監視があるから、そう簡単に出来ることじゃない。


「ひょっとして……私、その『異世界の組織』の人間だったりして……?」


「確か犯罪組織だろ? ヴィオラが犯罪するようには見えないが……」


「ラートさん、私はどうやって特別行動兵になったんでしたっけ?」


「うおおおお、そうだ! お前、交国軍人を襲ってたな!? 悪いやつだ~!」


 ラートさんが大げさに反応するので、ついつい笑ってしまう。


 私がホントに犯罪組織の人間なら、なかなかに笑えない事体ですけど!


「でも、お前はマジモンの犯罪者には見えないよ。一般人だろ」


「記憶喪失だからわかりませんよ? 前は極悪人だったのかも?」


「そんなの絶対ありえねえよ」


 ラートさんはそう言い切ってくれた。


 根拠はないだろうけど、そう言ってくれるのは……嬉しいなぁ。


「ともかく、交国人の可能性は低いな。正規のルートでネウロンに来た人間なら、姿かたちが変わってない限りは軍が把握してるはずだ」


「ですよね」


「じゃあ、消去法でネウロン人……?」


「植毛が無いんですよね~……」


「全てにネウロン人に植毛が生えてるのか?」


「いえ、植毛が生えない人もいるみたいですけどね」


 障害とか、遺伝的なもので。


 ただ、ネウロン人なら殆どの人が植毛を持っている。


「フェルグス達と会った時、何か持ってなかったのか?」


「ええ、何も。ろくに手がかりがないので……正直、お手上げです」


「いや、重要な手がかりがあるだろ」


 ラートさんは手振りで木の枝のようなものを描き、言葉を続けた。


「ヤドリギだ。アレも手がかりの1つだろ」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 ヤドリギ。


 巫術憑依可能範囲・拡張装置。


 あれは明らかに特殊なものだ。


 特殊なのに、ヴィオラは見事作ってみせた。


「誰が発明したものかはともかく、お前はヤドリギを作ってみせた。アレってお前の過去に関わる重要なモノなんじゃねえのか?」


「あー……。確かに……」


「ヤドリギの事は、術式の専門家であるはずの技術少尉だって驚いてただろ? 俺は術式に詳しくねえが、あんなの交国にだって無かったはずだ」


 それだけ特殊なものを作ってみせた。


 しかも、ヤドリギが巫術の憑依可能距離を強化してるって事は――。


「ヤドリギは巫術用の装備だ。巫術はネウロンにしかない特殊な術式のはずだ。ということは、お前はネウロンの関係者なんだろう」


 偶然、巫術にも作用する装備だった可能性もある。


 けど、それはそれで出来すぎている。


 元々、巫術用の強化装備だったんじゃねえのか?


「うーん……。でも、フェルグス君達もヤドリギの事は知りませんでしたよ?」


「一般には出回ってないだけで、ネウロンの研究機関が開発中だった代物だったのかもしれない。ヴィオラは賢いし、研究者っぽいし」


「そうですかね……? でも、ネウロンのどこにそんな機関が……」


「シオン教団。あそこが怪しくないか?」


 シオン教団はネウロンで大きな影響力を持っている。


 奴らは<保護院>で巫術師の保護もやっていた。


 保護しつつ、巫術の研究をやっていた可能性も十分あるだろう。


「教団は、ネウロンだと大きな組織だったんだろ? 巫術研究部門があったとしても不思議じゃないぜ」


「確かに……。私は教団所属の研究者で、教団ではヤドリギが開発されていた?」


「あくまで推論だけどな」


 交国は「ヤドリギ」なんてもの把握していない。


 少なくとも、現場の俺達は知らなかった。


 交国軍がシオン教団に何度か立ち入って調査してるっぽいし、教団内に研究部署があったらヤドリギなんてもの、とっくに押収されてるだろう。


 押収していたら、絶対に実験部隊で使ってるはずだ。


 巫術の遠隔憑依は色んな可能性がある。機兵だけではなく、様々な兵器の運用方法が変わる発明だ。それを試している様子はない。


「教団側が必死にヤドリギを隠したとしたら、交国がヤドリギを使っていないのも頷ける。遠隔憑依はマジで便利だから、巫術師の扱いが一気に変わるはずだ」


「逆に、交国側が隠している可能性は?」


「それも……あるかもな」


 模擬戦でやった憑依による一撃必殺。


 機兵を鹵獲し、即座に自分のモノにしてしまう力。


 機兵戦どころか、戦いの常識を覆しかねない力だ。船だって憑依して操れるって事は、方舟みたいな物もトイドローン程度で乗っ取れちまう。


「強力過ぎて隠している可能性もある。けど、それならおかしな事が起きている」


「おかしなこと?」


「巫術師を雑に扱い過ぎている」


 交国は「巫術師はネウロン魔物事件に関与した」「巫術は危険」という無茶な理屈で、巫術師達を特別行動兵にした。


 個人ではなく、力を見て罪人扱いしている。


「巫術師だって、こんな扱いされたらキレるだろ。嫌な話だが……巫術師が戦場で大活躍するなら、交国政府だって媚びてくるはずだ」


「確かに……」


 全ての巫術師がネウロンで特別行動兵になっているわけではないらしい。


 交国本土に送られ、第8巫術師実験部隊の親組織である<交国術式研究所>の本部で巫術研究に協力している者達もいるらしい。


 本土の巫術師はそこそこの待遇かもしれないが、ネウロンにいる同胞が酷い扱いを受けいていると知れば、良い顔はしないだろう。


「ヤドリギの力を理解しているにしては、巫術師の扱いが雑すぎだ」


「逆に言えば、理解していないからこそ扱いが雑……?」


 ヴィオラの言葉に頷く。


 巫術師の扱いから察するに、交国は巫術の真価を理解してねえ。


「だから、交国政府も交国軍も、ヤドリギの存在はまだ知らないと思う。ウチの隊長の提案で、ヤドリギに関してはもう少し成果をまとめて知らせるみたいだし」


「じゃあ、ネウロン教団が秘密を守っただけ……?」


「前提が違う可能性もあるけどな。教団は無関係とか」


 無関係だとしたら、「じゃあ、どこの誰が開発したんだ?」って話になる。


 ネウロンだと一番「それっぽい」のは教団だと思うんだよな。


 教団以上の影響力を持っていたのが「叡智神」なんだろうが、叡智神は1000年前にネウロンを去っている。


「シオン教団を調べていけば、ヴィオラの過去もわかるかもしれない」


「でも、教団はもう解体されてますよ。交国が『存在しない神を崇拝する詐欺組織』って言って、教団の財産とかも没収したはずです」


「あ~……! 手がかり掴んだと思ったのに~……!」


 ひょっとして、ウチの国、余計なことしかしてないのか!?


 こりゃ侵略者って呼ばれるわ……。


「でも、ラートさんの言う通りかも。教団調べるのはアリかもですね」


「交国が焚書とかしてる事を考えると、今から調べるのは骨が折れそうだけどな」


「上の人も『そんなこと調べてる暇があるなら戦え』って言いそうですね……」


 まあ、任務の合間に調べていこう。


 過去の話とはいえ、ヴィオラの過去は大事なものだ。


 取り戻して、家族と再会させてやりたい。


「教団について調べるなら、お前達と会った日が大チャンスだったのかな?」


「会った日…………って、あ! ニイヤドですか……!?」


「そうだ」


 あの都市はもう放棄され、廃墟になっている。


 けど、シオン教の総本山だったと聞く。


 となるとシオン教団について、色々と資料が残されていたはずだ。


 ……そういえば、玉帝がニイヤドに派遣していたのって研究者だったよなぁ。


 あの人達も教団絡みで調査してたのかなぁ。


「しかし……今更の話なんだが……」


「はい?」


「記憶喪失ってことは、素性不明だろ? よく従軍出来たなぁ」


 ちょっとザルすぎるぞ、交国軍。


 俺達が戦っている人類の敵(プレーローマ)は、様々な工作活動もやってる。


 交国軍内部にスパイを送り込んでくる事もある。だから、軍事委員会等が怪しい人物はキチンと調査して素性を明らかにしている。


 ヴィオラは特別行動兵だから、正規兵より甘めに見られたのかもしれないが……それにしたってザルだ。ネウロンは事務方の人間も質が悪いんだろうか?


「確かにおかしいですね。私が犯罪組織の人間だったら大変ですよ」


「それは無いだろうけど、ネウロン旅団が雑な仕事してるのは確かだ」


「まあ、でも、おかげでフェルグス君達と一緒にいれるので……雑なお仕事に感謝するべきなのかもですね」


「ははっ、確かに。……あ、交国軍もお前が記憶喪失なのは把握してるのか?」


「もちろん。正直に話したから、照会もしてもらえたんです」


 技術少尉達も知っているらしい。


 それでもヴィオラにアレコレ仕事を振っているのは、それだけヴィオラが優秀って事なんだろうなぁ……。


「星屑隊の隊長さんと整備長さんも知ってます。というか聞かれたので言っちゃいました。あとは……副長さんも察してはいるのかも……?」


「隊長達はしっかりしてんなぁ」


 俺も「あれ? 植毛ないな?」とは思ったが、警戒なんかしなかった。


 今も警戒してないけど、隊長達は一応疑ったって事か。


「ハッ……! 実は私、ネウロン旅団に送り込まれたスパイだったりして?」


「軍人を軍用車で追い回すスパイがいるかよ……」


「記憶喪失ですからね。多少はヘッポコなんです」


「うぅむ……。でも、ヤドリギに関して知ってるスパイって、どこ所属だよ」


「プレーローマとか?」


 ヴィオラの言葉に、一瞬だけ肝が冷える。


 だが、「それは絶対にない」と思い直す。


「ヤドリギの開発者はネウロン関係者だ。プレーローマに巫術なんてものがあるなんて、俺は聞いたことがない。プレーローマは有り得ない」


「でも、プレーローマって、大昔にネウロンを作ったんですよね?」


「ああ」


「ということは、巫術師もプレーローマが作ったのでは?」


 だからヤドリギの作り方も知っている。


 その可能性はゼロじゃないが――。


「いや、それならそれで、プレーローマにも巫術師がいるはずだ。ヤドリギを使った戦法を使ってくるはずだ」


「でも、実際には使ってきてない?」


「そうだ」


 だから、プレーローマの奴がヤドリギを知ってる可能性は低い。


 知ってたら使ってるはずだ。


 天使には巫術よりずっと恐ろしい力があるとはいえ、プレーローマの奴隷にされている人間を巫術師で固めると、かなり厄介な軍勢になっちまう。


「でも、ヴィオラに言われて思ったんだが……ネウロンを作ったのはプレーローマの可能性が高いんだよなぁ……」


「言語的にも、シオン教の伝承を踏まえて考えても?」


「そうそう。だからプレーローマが巫術を把握していてもおかしくはない」


 けど、プレーローマが巫術師を使ってるなんて話、聞いた事がない。


 重要な情報だ。交国軍の現場の兵士にも知らされるはずだ。


「巫術は、プレーローマがネウロンを去った後に生まれた術式なのかもな」


「なるほど……?」


「巫術って、いつ生まれたものなんだろうな……」


 疑問を口にしたが、答えは出なかった。


 ただ、ヴィオラは恐ろしい事を口にした。


「……雪の眼のラプラスさんなら、知ってたりするかも……?」


「ゲッ。やめろよ~、関わったらヤバイらしいんだから」


「話を聞こうにも、連絡先もわからないですけどね。今は別の部隊と一緒ですし」


「良いことだよ。隊長が『関わるな』って言ってる人間なんだ」


 いま、あの女は時雨隊と一緒にいる。


 時雨隊でも相変わらずだとしたら、時雨隊の隊員に同情するよ……。


「雪の眼から『聞いちゃいけない歴史(はなし)』を聞いたら、交国政府なり交国軍事委員会に消されるかもしれねえぞ~……?」


「でも、真実を知るためなら――」


「マジでやめてくれ。お前がいなくなったら、俺もフェルグス達も泣くぞ」


 フェルグス達は特に悲しむだろう。


 大事で、頼りにしている姉ちゃんだからな。


 そう言ったが、ヴィオラは苦笑を浮かべてきた。


「いやいや、私なんて……お姉ちゃん面してるだけですから……」


「自信持てよ、『終身名誉姉』の免許持ちなんだろ?」


「でも、そこまで頼りにされてないんですよね……。グローニャちゃんはともかく、フェルグス君達は『お着替え手伝うよ~』って言うと嫌がりますし」


 特にフェルグスが強く反応するらしい。


 嫁入り前の女がなにしてんだー! って怒るらしい。


「頼りにされてないでしょ?」


「単に恥ずかしがってるだけじゃね? 子供とはいえ男の子だし」


「そうかなぁ……」


 ヴィオラは自信なさそうにシュンとしている。


 フェルグス達はヴィオラのこと慕ってると思うけどな。


 そうじゃなきゃ、技術少尉に撃たれたヴィオラの事を、俺に頼んできたりしないはずだ。フェルグスは嫌いなはずの俺に対して頭まで下げてきたんだ。


 ヴィオラはアル達を命がけで守ったしな。


 ヴィオラがいなきゃ、アルは技術少尉に射殺されていた。


 身を挺してかばう凄い奴なんだ。そりゃフェルグス達も慕うさ。


「頼りにされてるよ、ヴィオラは」


「あはは……。どうもです」


「ただ、頼りにされっぱなしだと疲れる時もあるだろ?」


 困ってる時は、もっと俺に頼ってくれ。


 手を取り、そう告げた。


 言うの恥ずかしいけど、大事なことだ。


「わ、私……かなりラートさんに頼ってますよっ?」


「もっと頼ってくれ。人に甘えたい時、俺に甘えてくれてもいい」


「あ、甘える、ですかっ……!」


「おうっ! お前が皆の姉ちゃんなら、俺が……兄として! 甘やかしてやる!」


 大胆なことを言おうとして、ちょっとヘタる。


 兄として、じゃなくて、別のこと言おうとしたが……ちょっと勇気が足りない!


 ヴィオラは目をパチクリさせていたが、吹き出し、笑ってくれた。


「ラートさんが、お兄ちゃんですか~?」


「俺は現役兄貴だぞ? 実際に弟いるし!」


「おっ! そういえばそうですね。よっ! 交国一のお兄ちゃん!」


 2人で笑い合う。


 こんな掛け合い、出会った時は出来なかった。


 でも、もっと仲良くなりたいな。


 そう考えるのは、やっぱ……欲張りなのかなぁ……。


「ともかく、困ってる事があったら頼ってくれ」


 全力で助ける。


 俺は人を助けるために軍人になったんだ。


 戦って、助けて、また戦って……その果てに死ねたら本望だ。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


 ラートさんの手を取ったまま、くすくすと笑ってしまう。


 ラートさんも朗らかに笑っている。


 ズルいなぁ……こんなの、もっと甘えたくなっちゃう。


 でも、甘えすぎるのは良くない。


 ラートさんを困らせたくない。


 けど――。


「ラートさん」


「なんだ?」


「私達と子供達、どちらか一方しか助けられない時は、どうしますか?」


「そんなの両方助けるに決まってらぁ!」


 ラートさんは笑って即答してくれた。


 そう言ってくれるのは嬉しい。


 とても嬉しいけど――。


「駄目です。そういう時は、絶対に子供達を助けてください」


「えー。なんでだよぅ」


「両方助けるのが無理って時も、多分、ありますから」


 私は自分の命より、フェルグス君達の命が大事。


 私は所詮、空っぽの人間。


 家族の愛情がいっぱい詰まったあの子達より、ずっと軽い人間だ。


「私は自分の命を、あの子達のために使うって決めてます」


「…………」


「でも、私って弱っちいですから……。私じゃ、どうしようもない時があると思うんです。その時はラートさんに頼らせてください。子供達だけを助けてください」


 手を離し、ラートさんから離れる。


 甘え過ぎちゃダメ。


 でも、子供達の事だけはお願いしたい。


 私だけじゃ無理。


「ダメだ。そんなの、絶対にダメだ」


 手を離して離れたけど、ラートさんは私の腕を掴み、引き寄せてきた。


「お前らは全員、幸せにならなきゃダメなんだ」


「ラートさん……」


「お前ら全員、ハッピーエンドを迎えるべきなんだ」


 ラートさんが強く腕を掴んでくる。


 けど、痛くないよう手加減してくれている。


 ズルい。


 ホントにズルい。


 そんな優しくするの、ホントにズルいよ。


「俺は絶対、お前ら全員を助けるからな」


「…………」


 ダメですよ、と説得しようとした。


 けど、その言葉を言うより早く、フェルグス君の声が聞こえた。


 船のどこかで私の名前を呼んでいる。私を探しているみたい。


「あっ……。俺が無理言ってお前を誘ったから、心配してるのかな……?」


「あはは……。フェルグス君、心配性だなぁ」


 でも、フェルグス君のことも困らせたくない。


 ラートさんの手をほどき、今度こそ離れる。


「私、フェルグス君を探して部屋に戻りますね」


「あ、うん……」


「今日はありがとうございました。私……すごく、すっごく嬉しかったです」


 本心を伝える。


 本当に嬉しかったから、ホントの気持ちを伝える。


「おやすみなさい、ラートさん」


「ああ、おやすみ……。……また明日な!」


「はいっ」


 フェルグス君の声が聞こえる方に行く。


 フェルグス君はすごく心配そうに私を探してくれていた。


 見つけると、ホッとした顔を見せてくれたけど、「どこ行ってたんだよ~」と少しだけ怒ってきた。心配だからこそ怒ってくれたのかな。


「つーか、ヴィオラ姉、なんかあったのか?」


「えっ!? なんでそう思うの?」


「いや、なんか…………すげー、機嫌良さそうだから……」


「そうかなぁ」


 ごまかし、フェルグス君の手を引いて船室に戻る。


 今日はとても良い1日だった。


 ずっと……ずぅっと、こうならいいのになぁ……。






【TIPS:終身名誉姉】

■概要

 ヴァイオレットに対し、第8巫術師実験部隊の子供達が授けた称号。


 いつも子供達(じぶんたち)に親身になってくれるヴァイオレットに対し、何かお礼をしたいと考えた結果、称号と免許証を贈る事にした。


 ヴァイオレットは称号と、手作りの免許証を大いに喜び、「私が死んだ時は、お墓に免許証も入れてね」と頼んだ。フェルグスは「そんなこと言うな」と少しだけ怒った。





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