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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
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毒の泉



■title:交国本土<帆布>にて

■from:プレーローマ工作部隊<犬除(けんじょ)>隊長・ラフマ


「…………」


「カトーとの連絡、まだ取れないんですか?」


「ええ。ただ、<白瑛>が移動を開始した」


 話しかけてきたヨモギに言葉を返しつつ、端末を見せてやる。


 カトー君に預けていた<白瑛>には密かに発信器をつけている。バフォメットもアレには気づいていないようだ。カトー君が白瑛に触らせなかったのか、あるいは興味がなかったのか。


 確かなのは、向こうがこちらの連絡に応じない事。


 そして、こちらの想定外の動きをしている事。


「カトーの野郎がプレーローマを裏切ったんですかね? イヌガラシとも連絡が取れないし、殺されちまったのかな……」


木っ端の工作員(イヌガラシ)はどうでもいいけど、カトー君はどうでしょうね」


 案外、彼はもう殺されているのかも。


 そう言うと、ヨモギは目を丸くして「じゃあ、誰が白瑛を動かしているんですか?」と聞いてきた。


「スアルタウじゃねえんでしょ? あの子は……エデンを出て行ったみたいですし……。イヌガラシが最後に寄越した情報によると」


「そうね。誰が動かしているのかはわからないけど、カトー君がここでプレーローマとの関係を切るとは思えないのよね」


 彼が殺したがっていた黒水守は死んだ。


 だが、それで終わりにはならないはず。


 ここから交国首都で一暴れして、玉帝を殺そうと企んでいる様子だったけど……新しいセーフハウスに移った後、連絡が取れなくなった。


「バフォメットに白瑛を取られたんですかね?」


「今更? あの真白の魔神の使徒が、ここで彼を裏切るなんて――」


「隊長。白瑛が交国軍との戦闘を開始しました」


 白瑛の動きを追っていたタカサゴが、状況の変化を教えてくれた。


 セーフハウスから発進した白瑛は、近くにいた交国軍の艦艇を襲ったらしい。艦艇を瞬殺した後、別の場所に向かい始めたようだ。


「どこに向かってるの?」


「このまま進めば、交国首都の<白元>に辿り着きます」


「おいおい……! 白瑛だけで首都襲撃するつもりか!?」


 ヨモギが呻き、「首都襲うならこっちにも声かけろよ。色々と段取りがあるのに……!」とボヤいた。


 白瑛が交国軍に奪還された可能性も考えたけど、交国軍とやり合っているならそういうわけではなさそう。


 カトー君がトチ狂って単騎特攻をかけているわけでもないんでしょう。バフォメットが勝手に動いているというのも、ピンと来ない。


「隊長。どうしますか?」


「…………。こっちも動くしかないでしょ」


 元々、エデンが起こす混乱に乗じ、玉帝暗殺に動くつもりだった。


 白瑛を動かしているのが誰にしろ、大きな混乱を起こしてくれるなら便乗するしかない。……この機を逃すと、上の命令を果たせなくなる。


 手を叩き、待機中の部隊員達に直ぐ動くように命令を下す。タカサゴ以外、残機がない中で玉帝暗殺に動くため、気乗りしていない様子だが関係ない。


「隊長。せめて、白瑛に乗ってる奴と連絡取れた後の方が――」


「今も連絡取れないんだから仕方ないでしょ」


 連携して動くのは不可能。


 無茶やってる向こうだけに任せていたら、玉帝を取り逃す可能性もある。白瑛に乗った誰かさんが派手に暴れている間に、私達で玉帝を殺しに行くしかない。


 あるいは、もっと大きな(・・・・・・)成果(・・)を掴むしかない。


「ここで待機を続けて白瑛だけやられたら、いよいよ打つ手無しになる。陽動無しで玉帝暗殺なんて夢のまた夢だと思わない?」


「そりゃあ、そうですけど……!」


 ヨモギは表情を歪め、「なんかイヤな予感がするんです」という何のアテにもならない言葉を吐いた。


「誰かの手のひらで踊らされているような、嫌な感じがするんですよ」


「仮にそうだったとしても、目的が達成できればいいのよ」


 白瑛は「無敵の機兵」ではないけど、単騎でも交国軍を翻弄できる性能を持っている。相応の混乱を作れるはず。


 私達以外にも、宗像特佐長官辺りが動いているんでしょう。彼はプレーローマの敵だけど、現在の交国にとっても敵みたいだし……彼の事も上手く利用してしまえばいい。


 最終的に美味しいところをいただいて撤退する。玉帝暗殺なんて大仕事をこなせば、いい加減……上も私達の扱いを改めてくれるでしょう。


「今回の任務、実質……特攻でしょう?」


 ヨモギは他の隊員には聞こえないよう、声を潜めながらそう言って来た。


 ウチの慎重な副官サマは、石橋を叩いて「こりゃダメだ。引き返しましょう!」と言いたいらしい。この慎重さが必要な時もあるけど、今回は待ち続けていると石橋が壊れる可能性がある。


 橋を渡らず逃げた先には上が派遣した刺客もいるかもしれないから、ここは無茶をしてでも渡るしかない。


 上は交国への大規模侵攻を、今回こそ成功させたがっている。そのためには私達のような工作員を使い潰してもいいと考えている。所詮、イヌガラシ達と大差無い命なのよ。上の奴らにとってはね。


「ここで『退く』なんて選択肢はない」


「じゃあせめて、隊長はタカサゴと一緒に後方支援に回ってください」


 ヨモギは私から顔を背けつつ、「アンタに死なれると困るんです」と呟いた。


 私の心配をしているわけではない。仮に心配してくれていたとしても、「それはどうもありがとう。御言葉に甘えさせていただくわ」と言うつもりはない。


 私抜きで目標達成できるわけないでしょ、と言って肩を叩く。


「……私が死んだところで、貴方との約束は守られるから安心して死になさい」


「…………」


 そう告げると、やっとヨモギは動き始めた。


 これ以上の問答は無駄とわかってくれたらしい。


「私達も交国首都に向かう。……狙うは玉帝の首よ」


 エデンによる黒水襲撃と、白瑛が暴れている影響で交国本土には厳戒態勢が敷かれている。首都への出入りも厳しく制限されている。


 策はあるけど、玉帝のところまで辿り着かないといけない以上……かなりの大博打になる。交国軍が大混乱に陥ってくれれば成功率も上がるけど――。


 首都に向かう車両内で最終確認をしていると、クソ忙しいのに知人から連絡が来た。さすがに後回しにしようかと思ったけど――。


「はいはい。何か御用?」


『忙しいところゴメン。交国絡みで新しい情報が上がってきたら伝えておく。そっちに関係ないかもしれないから、関係ないと思ったら途中で切って』


 それなりに信頼できる筋からの連絡だから、念のため話を聞いておく。


 ただ、それはやや反応に困る情報だった。


プレーローマ(ウチ)の支配圏で、交国の息がかかった企業が複数見つかった』


「は……? なぁにそれ」


『見つかったのは5社。確定じゃないけど、まだ増えそう』


 要はプレーローマ領に交国の侵入を許していた、という話だ。


 武力による侵攻を許したわけではないけど、人類の工作の手が及んでいたのは大失態だ。担当部署は今頃騒然としていそうだ。


 交国との関係が判明した企業の名は、プレーローマの天使なら大抵は知っている大手飲食チェーンも含まれていた。


 さすがに軍事に直接関わる企業は含まれていなかったけど、それでも大失態だ。


『コイツらは交国と繋がっていた。けど、交国と繋がってない(・・・・・・)


「謎かけはいいから結論を教えて」


『各企業の代表も幹部も、自分達の企業に交国が関わっていたと知らなかったのよ。しらばっくれているわけでもない』


「それは……交国側の産業スパイが入っていただけ、という話?」


『それにしては規模が大きすぎる。ずっと前から、会社の設備に交国から指示されたものが沢山入っていたみたい。各企業はそれが外部からの指示ではないと誤認して、せっせと従ってしまっていたようなの』


 その結果、各企業の設備に交国が指定したものが多数ある。


 どの企業も重要インフラを担う企業ってわけではないから……そこまで、致命的ではないはずだ。


 ……でも、交国が何の意図もなくそんな手を打ってくるかしら?


『あと、どの企業も創業に交国が関わっていたようなの。プレーローマが派閥争いや内紛で荒れていた時期に付け入られたみたい』


「そんな前から……。で、結局、何か大きな問題に発展しているの? 食事に毒でも盛られていた? あるいは麻薬成分でも見つかった?」


『今のところ、そういうものは見つかってない。単に「交国と関わっていた」という事実が見つかっただけ』


 明らかに怪しいものは見つかっていない。


 だからこそ、ここまで発見が遅れたようだ。


 けど、交国は明らかに行動していた。具体的には交国指定の設備が各企業に入れられ、実際に使われていた。


『今のところは健康被害も見つかっていない。私も関与企業の食品を食べた事はあるけど……特に問題はなかった』


「私も一度食べた覚えがある。けど、今のところ何の問題も起きていない」


 私が食べたのはアップルパイだった。


 チェーン展開している菓子屋のもので、評判になっているそれを買って帰って家族と一緒に食べた事がある。けど、話題になっているわりには平凡な味だった。


 価格は大衆向けで、マズいわけではないから、「とりあえず菓子が食べたい」と思った者達が足を運んでいるようだった。私はあれきりで終わったけど。


 明らかな健康被害が起きていた場合、役所が調べに入ったり、社会問題になっているはずだ。でも、そういう事は一切なかった。


「……遅効性の毒物が混入していた可能性は?」


『無いとは言い切れない。室長もそこを怪しんでいて、解析を急がせているとこ。その結果を待っているけど、そっちでも面白い情報があったら頂戴』


「ええ。何かあればね」


 通信を切る。


 プレーローマ領内で大問題が発覚した。


 ただ、それは「領内に交国の足跡が残っていた」というもの。誰かが直接的に害されたわけではない。


 少なくとも、今のところは――。


「……交国はプレーローマ(ウチ)で何をしていたの……?」


 何の目的でプレーローマの企業に手を伸ばしていたのか。


 その答えはわからない。けど……交国首都にその答えがあるかもしれない。


 おそらく、玉帝は何か知っているだろう。




■title:<癒司天>直轄領にて

■from:帝の影・甘井汞


「やれやれ……。ついに『プラント』の存在がバレてしまったか」


 設備点検業者のフリをしてプレーローマで活動していたものの、問題の設備がプレーローマに見つかってしまった。


 全て見つかったわけではないが、ここから芋づる式に見つかってしまうだろう。今までの努力がパァになりかねない事態だ。


 ただ、まだ猶予はある。


 既に種は撒いた。


 さすがのプレーローマでも、全てに対応しきるのは難しいだろう。


 それよりも――。


「交国本土の方が危ういか?」


 どうやら俺がプレーローマで長期工作をしているうちに、交国では大きく状況が動いたらしい。お母様が素子達の支配下に置かれているようだ。


 こういう事は宗像の兄弟が対応すべき話だが、おそらくしくじったのだろう。まあそういう事もある。取り返しはつく。


 長期工作のためにプレーローマの天使に成りきっているうちに、仕入れられていなかった交国の情報を仕入れていく。どうやら宗像の兄上は相当無茶をしているらしい。ただ、玉帝を「奪還」出来れば形勢はひっくり返るだろう。


 出来れば応援に行ってやりたいが――。


「事態の収束までに交国に戻るのは難しそうだな」


 俺が化けていた天使も当局に追われている。


 その顔はもう使わないとしても、プレーローマ支配地域(ここ)から抜け出すのも時間がかかる。ここから出来るのは兄上達の無事を祈る事だけだ。


 まあ、仮に兄上達がしくじったとしても問題ない!


 俺は俺。私は私。ボクはボク。交国から完全に離れ、別の組織でやっていけばいいだろう。どう転んだとしても、面白い事になりそうだが――。


「上手くやってくれよ、兄弟」


 交国は曲がりなりにも我が母国だ。


 最悪、国を捨てるとしても……捨てずに済んだ方が助かる。




■title:交国本土<帆布>にて

■from:交国特佐長官・宗像


「<エデン>も動いたか」


 交国軍と白瑛が戦闘を開始した。白瑛は首都に向かっているようだ。


 非常にわかりやすい動きだ。奴らの狙いは玉帝だろう。玉帝抹殺など絶対にさせんが……奴らの動きは好都合だ。


 交国政府は黒水守一派に掌握されている。


 玉帝を奪還するには、黒水守一派とエデンがやり合っているうちに動くのが最善だ。愚かなテロリストが混乱を起こしてくれたら、我々も行動しやすくなる。


 真白の遺産(ヴァイオレット)を連れたまま、玉帝のところに向かうための経路への偵察を放つ。こういう時のために秘密裏に用意しておいたもののため、素子達も気づいてはおるまいが万が一という事もある。


 我々は玉帝を奪還する。


 そして、ヴァイオレットという器に<太母>を下ろす。


 然すれば<交国計画>を本格始動できる。交国計画が復活してしまえば、黒水守一派どころかプレーローマすらも敵ではない。


 素子達は我々やエデン対策に、一部の神器使い達を呼び戻したようだが――。


「増援はジガバチ達か。……人選ミスだぞ、それは」


 黒水守のような神器使いならともかく、奴らなら対処は容易い。私が素子の立場に立ったら奴らを呼び戻すだろうが……おかげでやりやすくなる。


「待ち伏せがいない事を確認したら、器を連れて移動するぞ」


 部下達にそう命令すると、ヒスイがおずおずと近づいてきた。


「長官。今の戦力で守備隊を突破できるのでしょうか……?」


「可能だ。敵の数は重要ではない」


 問題は「誰が」待ち受けているかだ。


 秘密裏に用意しておいた侵入経路を使えば、余計な戦闘は避けられる。だが、玉帝近辺にいる者達との戦闘は避けられないだろう。


 そこは問題ない。


 いま、黒水守一派が交国本土で動かせる戦力の中で、我々の脅威になる者はいない。例の混沌竜がいたら詰みかねなかったが――。


「ですが、こちらの息がかかっていない神器使いがいた場合は……」


「そこも問題ない。打つ手はある」


 最大の障害となる黒水守は葬った。


 立浪巽も――安否はともかく――交国首都に戻ってきていないのはわかっている。首都内に潜ませている工作員に確認させている。


「この状況でも正面突破は可能だ。それもまた(・・・・・)、交国計画だからな」


「そ、それは……どういう……」


「あとで見せてやる」


 理解力が乏しいヒスイにわざわざ説明する暇はない。


 言葉で説明するより、実地で見せてやった方が早い。




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