見えないロジック
■title:交国本土<帆布>にて
■from:【占星術師】
全ての準備が整った。
俺と弟を消耗品として扱っていた観測肯定派を裏切り、新たな<予言の書>を手に入れたあの日から……俺の運命は大きく変わった。
手に入れた<予言の書>には、多次元世界を手中に収められるだけの力が――<交国計画>が記されていた。しかもそれは殆どの遊者が関知していないものらしかった。
完成した交国計画を手中に収めれば、この世界は俺のモノになる。
そう確信し、ずっと暗闇の中で生きてきた。
輝かしい歴史の表舞台の外側で暗躍してきた。
忍耐が必要な日々だったが、我慢の甲斐あって観測肯定派の追っ手に見つからず、ついにここまでやってきた。予言の書に記された運命の日にやってきた。
今日、俺は交国計画を掌握する。
「本当なら、もっと早く手に入れていたはずだが……」
愚かな真白の魔神が俺の忠告に従わず、<蠱毒計画>によって丘崎獅真というバケモノを作った所為で、計画は一時頓挫しかけた。
建国間もない交国が潰されかかるという大事件が発生した。それでも何とか予言の書を活用して立て直してきた。
明智光の身体を与えてやった真白の魔神が俺の目を盗んで<ネウロン魔物事件>なんてものを起こした所為で、交国を建国した真白の魔神の器にするヴァイオレットとの接触が遅れる事もあったが……何とか軌道修正に成功した!
ここから先は、俺の予言の書に書かれている通りに進行していくだろう。
陽動と運び屋、そして暗殺者としての役割を与えたエデンのカトーは、役目を終えた。しかし完璧に役目を果たしてくれた。
奴のおかげで予定通り、宗像特佐長官にヴァイオレットを引き渡す事が出来た。……宗像は俺の味方というわけではないが、予言の書では奴がヴァイオレットを運ぶ事になっている。予言の書に書かれている通りに進行すべきだろう。
黒水守・石守睦月も殺してくれた。
奴は少々、厄介な存在だった。
多次元世界を支配するだけの力を持つ交国計画を使えば、石守睦月をひねる事も不可能ではない。不可能ではないが……計画掌握後間もなくに対峙しなければならなくなった時、少し面倒な事になる相手だった。
だがもう、奴を気にする必要はない。
石守睦月は、愚かなカトーが殺してくれた。
石守睦月の神器<ヤーヌス>もこちら側にある。
担い手になれる可能性がある者が、石守桃華が敵側に保護されているが……。
「……まあ、警戒する必要はないだろう」
所詮、子供だ。
石守睦月の娘である以上、アレも神器<ヤーヌス>を使える可能性はあるが……使えたところで脅威にはなるまい。
ほぼ全て計画通りに進んでいる。
マクロイヒ兄弟の片割れの生存と、コイツの来訪以外は――。
「やあ。交国計画、無事に乗っ取れそう?」
「……【絵師】」
交国首都を睨みつつ、首都襲撃の時を待っていると……観測否定派筆頭の遊者がやってきた。
かつての敵。そして俺に交国計画の<予言の書>をもたらした女が、世間話をしにきたようなノリで近づいてきた。
いや、かつての敵ではない。……俺の邪魔をするなら、今も敵だ。
「……横取りはやめてくださいよ」
「しないよ。ウチ、文系だから電卓渡されても扱いに困るし~」
他の遊者が今日ここに現れる未来など知らない。
予言の書に記されていない。予言の書の大本である<原典聖剣>ならともかく、遊者達が持つ予言の書には全てが書かれているわけではない。
【絵師】がここにくる未来が確実だったとしても、俺の予言の書に書かれている保証はない。それは、わかっているが……俺の計画を全てひっくり返しかねない存在が来たのは、かなり…………マズい。
ここまで上手くいっていたのに、全て掻っ攫われるのは――。
「横から掻っ攫うつもりはないから、安心して」
俺の顔を見つつ、そう言った【絵師】に「ボクの心を読んだのですか?」と問う。それこそ、お前の娘のように。
問いに対して【絵師】は苦笑し、「いやいや、ウチに読心能力なんてないよ」といういつもの答えを返してきた。
「今日が計画の大詰めでしょ? 様子を見に来ただけだよ」
「…………」
「ここまで苦労したでしょ。繊三号基地で、星屑隊とバフォメットが戦っているどさくさに紛れ、キミはヴァイオレットちゃんに接触し、彼女に<統制戒言>を施した。最終的に自分の支配下に置くためにね」
その通り。
術式の定着に時間がかかるため、あの時直ぐに交国首都に連れて行く事は出来なかった。予言の書にも、そのような未来は記されていなかった。
だから、俺は予言の書に忠実な歴史になるよう、軌道修正を行ってきた。俺が交国計画を手に入れられるように、手を加えた。
「ヴァイオレットちゃんは、<太母>と呼ばれている真白の魔神の器として消費される。復活した太母の完全複製体なら交国計画を完全体に出来るけど……それをやるだけだと、キミの望みは叶わない」
「…………」
「けど、ここでヴァイオレットちゃんに仕掛けた統制戒言が活きてくる。支配下に置いた彼女を経由し、キミは太母を意のままに操るつもりなんだろう?」
「……面白い発想ですね」
「けど、それが通用すると思ってるの?」
【絵師】は自分の唇を撫で、さらに言葉を続けた。
「キミが頼った統制戒言は、真白の魔神が作ったものだよ。彼女と実質同じ真白の魔神である太母に、統制戒言が通用するのかなぁ……?」
「しますとも。真白の魔神相手でも通用するのは確認済みです」
「ふーん……。まあ、とにかく、キミは太母や玉帝がせっせと築いてきた交国計画を掻っ攫おうとしている。そして、多次元世界を支配しようとしている」
「魔神や天使、あるいは新人類に支配されるよりはマシでしょう?」
本来、この世界は今の人類のものではないのだ。
我々のものなのだ。
源の魔神が多次元世界を支配し、考え無しに災いの種を撒き続けて結果、実に混沌とした世界になってしまったが……今ならまだ取り返しがつく。
それに、交国計画なら……奴を倒せるかもしれない。
「交国計画を使えば、世界の監視者を気取っている<夢葬の魔神>の喉元にも刃が届くかもしれない。……遊者を毛嫌いしているあの魔神の所為で、我々は何年にも渡って安眠すらままならない状況です」
夢葬の魔神は、何故か遊者を執拗に狙っている。
奴の所為で我々はろくに眠れず、ずっと奴の夢葬の魔神の影に怯えて生きる事を余儀なくされている。
あのバケモノがいなければ、遊者はもっと自由に生きて、自由にこの世界を支配出来るというのに――。
「どこからかやってきたあの2代目を処分したら、あなたも助かるでしょう? ボクは、あなたの宿敵である観測肯定派も処分するつもりです。そして、全ての諸悪の根源である原典聖剣の制作者も殺してみせます」
「…………」
「だから、邪魔しないでくださいよ。このままボクの自由にさせてくれたら、あなたの敵は全て消える。良いこと尽くめでしょう?」
「確かにね。実現できるなら、という言葉を付け加えるべきだけど」
「…………」
頼むから帰ってくれ。俺の方が強いんだから帰ってくれ。
……俺の方が強いはずだ。【絵師】の異能の正体は不明で、他の観測否定派が控えている可能性があるという問題があるため、やり合いたくないが――。
「待って。ホントに邪魔する気はないんだよ」
【絵師】は手のひらを俺に見せつつ、「疑問の答えを出したいだけ」と言った。
「キミの持っている予言の書だと、マクロイヒ兄弟は――フェルグス君とスアルタウ君は『交国計画の障害になる』と書かれていたんでしょう?」
そうだ。その通り。
だから、奴らは始末しておこうと思った。
結局、弟の方しか殺せていないが――。
「そもそも何で、あの子達が障害になるの?」
「…………? だから、予言の書にそう書かれているのですよ」
予言の書は絶対に正しい。
何故なら、「未来」が書かれているのだから!!
予言の書に従っていたからこそ、俺は救われた! ここまで来る事が出来た! あと少しで、全てが手に入る! 予言の書に従っていれば俺は救われる。
そう語ると、【絵師】は目を細め、両手の指同士を合わせながら「ウチが知りたいのは理屈なんだよ」と言った。
「マクロイヒ兄弟は確かに優秀な巫術師だった。でも、所詮は人の枠に収まる存在だよ。神器使いの方が遙かに強力な力を持っている」
「そうですね。それは確かにそうです」
「ウチも、交国計画がどれほどの脅威になるかは知っている。今の交国計画は、交国が出来た当時よりも遙かに凶悪なものになっている」
「…………」
「それをちゃんと扱える者の手に委ねれば、プレーローマも観測肯定派だって滅ぼせるかもしれない。夢葬の魔神を倒し、原典聖剣の制作者を倒せるかどうかは……まあノーコメントとしておく」
だからどうした。
そう思いながら黙って耳を傾ける。
「ともかく、交国計画はとてつもない力を持っている」
「…………」
「それが何で、そこらの巫術師兄弟に負けるの?」
「ですから、それは予言の書に書かれて――」
「何故、彼らなの?」
交国計画はマクロイヒ兄弟によって挫かれる。
予言の書にはそう書かれていた。
そうとしか書かれていない。
「彼らは交国計画に勝てるほどの実力は持っていない。それなのに障害になるとされている。その理由を『予言の書に書かれているから』以外で答えてほしい」
「それは……」
「【占星術師】。前にも言ったけど、予言の書の奴隷になってはダメだよ。『書かれていたから』で思考停止していたら、書と現の行間に存在する真実に気づけない」
「しかし、実際に予言の書に記されているわけですから――」
「じゃあ、キミは予言の書に『【占星術師】は路上で脱糞する』って書かれていたら、その通りにするのかな?」
「うるさいな……! 問答がしたいならお仲間とやっていろよ……!」
予言の書には「未来」が記されている。
マクロイヒ兄弟は交国計画の障害になる。それは事実だ。
それがわかっていればいい。
わかっていたからこそ、俺は既に対応したんだ!!
「マクロイヒ兄弟の片割れは、もう死んでいる! もう1人はしぶとく生き残っているが、それはもう『不完全なマクロイヒ兄弟』だ! 1人だけで交国計画を阻めるはずがない! 予言の書に奴1人で交国計画を止めるなんて記述はない!!」
「けど、太母が復活する前だったらどうかな?」
「――――」
交国計画は全てを征する性能がある。
だが、要の部品が欠けている。
それをヴァイオレットという器と、太母の須臾学習媒体で埋める。そうする事で交国計画は歴史の表舞台に浮上できる。
しかし、その前に要の部品を破壊された場合は頓挫する。
今までは玉帝が守り続けてきたが、巫術師と共謀した黒水守によって、玉帝の実権は奪われた。……黒水守達は交国計画を理解していなかったはずだ。
「いま、フェルグス君は交国政府の中枢にいるよねぇ?」
「あ――あッ……!!」
「彼が交国計画の正体に気づいた場合、計画の再始動前に潰せるかもね? まあ彼に限らず潰すのは不可能ではないけど――」
それは、マズい。
その可能性は、確かにある。
いや…………いやっ、ありえない!! それはない!!
あのガキが交国計画の正体に気づけるわけがない!! 知らないはずだ!!
<雪の眼>辺りが、何か、吹き込んでいない限りは――。
やはり、潰しておくべきだった。確実に殺しておくべきだった。いや、確実に殺せたはずだったんだ。7年前の時点で、奴は死んでいたはずで……!
「勝てるといいね。フェルグス君に」
冷や汗が背筋を撫でた次の瞬間、【絵師】の姿が消えていた。
一瞬。ほんの一瞬、視線を逸らした隙に、奴は消えていた。
『ままかえっちゃった!』
『そのへんにいるんじゃな~い?』
『どうする? ころす? あぶなくない?』
「……いや、問題ない。計画は……何もかも、順調だ……!」
あの小僧は交国計画が何であるか、理解していないはずだ。
あと少し。あと少しで俺の交国計画が成就する。
その時までに気づかれなければ、俺の勝ちだ……!!
俺が負けるはずがない。
だって、俺の敗北は予言の書に記されていないのだから――。
「さっきのプレイヤー? 味方に引き込まなくてホントに良かったの?」
ポケットから首だけ出したメフィストフェレスが、バカらしい提案をしてきた。
小人型人造人間に押し込め、脳が小さくなった影響なのだろうか? 先代の真白の魔神より知能が低下している気がする。
ポケットの奥底に押し込みつつ、「あのクソ女と協力したところで、得るものなどありませんよ」と返す。
「手を組んだところで、最終的に裏切ってきますから」
「私を裏切ったキミのように?」
「ふん。騙される方が悪い」
先代の真白の魔神が愚かだったのです。
私の頼みをホイホイと聞き、自分の棺桶となる今の身体を作ったのですから。
■title:交国本土<帆布>にて
■from:【絵師】
「……やっぱり、彼が掴んだ予言の書は『脚本』の方だったか」
正常な判断が出来なくなっている。
【占星術師】があそこまで「予言の書の奴隷」と化しているのは、予言の書そのものに問題があったんだろう。
ただ、それでも――。
「計画自体は上手くいっている。予言の書を盲信したからこそ、大逆転の好機を掴む事が出来た」
交国計画には世界を変える力がある。
最上位権限者が真白の魔神ではなく、【占星術師】になってしまったら本来の力を発揮出来ないかもしれないけど……それでも大きな力を持つ事になるだろう。
彼の計画は上手くいくかもしれない。
彼の頭に住み着いている存在を考慮しなければ――。
「しかし結局、フェルグス君とスアルタウ君が交国計画の障害になる理由はわからなかったな……」
弟の方は死んだけど、兄の方は生きている。
彼が生き残る事が出来た理由は、おそらく夢葬の魔神が関わっている。
彼は夢葬の魔神の祝福を得たんだろう。
夢葬の魔神が現のことに本腰を入れてきたら、完璧な交国計画でも潰されかねない。「マクロイヒ兄弟が交国計画を潰す」というより、「マクロイヒ兄弟が引っ張ってきた夢葬の魔神が交国計画を潰す」というのが正しいのかもしれない。
あるいは、さっき【占星術師】に語った「交国計画復活前に要を潰される」という可能性が正しいのかもしれない。
でも――。
「どっちも違和感を感じるんだよね」
交国計画を乗っ取るのが【占星術師】の場合、プレイヤー絡みの案件として夢葬の魔神なりその使徒が直接止めに来る可能性はある。
彼の魔神は現への干渉を控えているけど、プレイヤー相手となると話が変わってくる。交国計画と共に、歴史の表舞台に上がってきた【占星術師】の首を狙いに来る可能性はある。
けど、いまいちピンとこないんだよね。
何か重大な見落としがある気がする。
「マクロイヒ兄弟に関して、重大な見落としがあるはずだ」
メモを取りつつ、思考を開始すると――。
【認識操作開始:考察妨害】
「ああ、来た来た。これだよこれ」
自分の認識が書き換えられる感触がする。
これは【詐欺師】が遺したモノだろう。
これによって、マクロイヒ兄弟の力を誤魔化している。
多分、この辺りの話が【詐欺師】にとっての要なんだろうけど――。
【認識操作休眠状態移行】
「……さすがに抗えないな」
何者かに認識をイジられた感触がする。
けど、もう、何を考えていたのかも思い出せない。
事前に取っていたメモすら消えている。
まあいい。いずれわかるだろう。
この事件の終幕までには、わかるはずだ。
「さて……今回は誰のワガママが通るのかな?」
下手につつけば夢葬の魔神と出くわしかねない。
今回は大人しく観戦しつつ、スケッチでもしてよう。




