「視覚」に潜む者
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
カトーは殺された。
説得は……上手くいった。穏便にこの戦いを収められるはずが、レオナールの凶行によってカトーは殺されてしまったようだった。
曲がりなりにも<エデン>の代表だったカトーが死んでしまった以上、エデンとの争いを穏便に終わらせるのは困難になった。
少なくとも、レオナール達とは戦わざるを得ない。
「……奥方様。僕に……僕に出来ることはありませんか!?」
通信機の前で打ちひしがれていたスアルタウは奮い立ち、そう言って来た。
「全員は無理でも、少しでも多くのエデン構成員を説得する機会をください! 全員が全員、争いを望んでいるわけではありません……!」
「…………。では、ネウロンにいるエデン構成員と話をしてくれ」
カトー総長が殺された可能性が高い、という事を伝えてくれ。
カトーとの会話記録で、カトー自身がプレーローマとの協力関係を認めた。この記録をエデン側に渡せば、自分達が利用されていた事を理解してくれるはずじゃ。
全員が矛を収めてくれるとは思えんが、プレーローマ側がエデンに「第二のカトー」を擁立する前にエデンを牽制しておきたい。
ブロセリアンド解放軍も、今は実質的なエデンの傘下に置かれておる。彼らとの交渉は今後粘り強くやっていくとして、ひとまず軽率な行動は控えてもらえるように牽制しておきたい。
「連絡を取った後、ネウロンに向かって現地でも説得を始めてくれ」
「レオナールとバフォメットはどうするんですか?」
スアルタウは「バフォメットはレオナールの命令に、絶対服従しなければならないんです」と教えてくれた。
仕組みはよくわからんが、バフォメット本人の意志など無関係に――レオナールに命じられたら――暴れざるを得ないらしい。
「交国本土に、バフォメットに対抗できる戦力はいるんですか?」
「それは……」
単なる力自慢なら対応策はある。
ただ、交国軍とバフォメットは相性が悪い。巫術で機兵や方舟を乗っ取られると、機兵部隊は簡単に瓦解する。
しかも、気をつけるべきはバフォメットだけではない。
「向こうは<白瑛>も使えるはずです。並大抵の戦力じゃ――」
「交国は腐っても巨大軍事国家。アレぐらい対処できる人材はおる。……と、言いたいところじゃが、戦力が不足しておるのは確かじゃ」
交国領各地で反交国勢力が一斉に動き出した事で、その対処に交国軍が動かざるを得ない。穏便に話し合いで終わらせたいところじゃが、全てをそれで片付けるのは不可能。
それよりマズいのが、プレーローマによる大規模侵攻。プレーローマ戦線が崩れれば、交国が滅びるだけでは済まなくなる。
交国本土最高戦力は、黒水で死んだ。宗像の兄上が手引きした黒水の騒ぎにより、交国本土を守る第7艦隊にも被害が出ておる。
本土を守る戦力は、かなり心許なくなっておる。
「手隙の神器使いを呼び寄せたが、単騎でバフォメットに勝てるほど人材は……対プレーローマ戦線に割いておる」
「巫術対策は――」
「ヤドリギを使って巫術師達に機兵に憑依してもらう。ただ、いま本土におる巫術師の多くは戦闘訓練を受けておらん」
それでも遠隔で憑依してもらい、敵の憑依を弾いてもらえば……多少は巫術対策が出来る。質も数もかなり心許ないがな。
交国本土で保護しておった巫術師の大半は、煤屋島におった。黒水襲撃の際、島におった巫術師もかなりやられた。……生き残った者達も、あの時の激痛によって殆どが憑依すらままならない状態になっておる。
憑依だけ頼もうにも、頼める人材まで一気にやられてしもうた。
「巫術対策をした機兵部隊と神器使い達を連携させれば、バフォメットは何とか……抑えられる。ただ、バフォメットだけに注力しておると――」
「宗像特佐長官が暗躍しやすくなってしまう」
スアルタウの言葉に頷く。
出来れば、本土に呼び戻した神器使いは宗像の兄上対策に動いてほしい。
そもそも、今回呼び戻した者達は対機兵より、対人を得意とする者達じゃ。機兵相手でも戦えるが、バフォメットのような相手は苦手としておる。
「それに、黒水で暴れておった天使達もまだ本土におるはずじゃ」
天使達の多くは、<癒司天>の権能によって一度死んでも蘇る。実際、スアルタウが天使の復活を確認しておる。
復活を使い切っておっても、奴らはまだ交国で騒ぎを起こすつもりじゃろう。バフォメットが暴れ回り始めれば、それに便乗して動く可能性は高い。便乗どころか連携して動く可能性すらある。
全ての脅威に対応しようとすると、どうしても戦力が心許ない。
「戦力が足りないなら、僕も戦います」
「いや、それは……」
「僕はバフォメットとの戦闘経験があります。白瑛との戦闘経験もあります。機兵を一機貸していただければ、必ず戦力になります」
スアルタウの事はもう信用しておる。
じゃが、それはそれとして、この子を戦場に駆り立てていいのか迷う。
あまりにも背負わせすぎなのではないか? それに、この子はエデン構成員の説得の要となる人材じゃ。あまり無理はさせたくないのじゃが……。
「巽は…………巽はまだ見つからんのか?」
部下に問いかけると、残念ながら肯定が返ってきた。
「混沌の海の爆心地にいたはずですから、遺体も――」
「捜索を続けてくれ。あやつは必ず生きておる」
巽は人間ではなく、人間に擬態しておる<混沌竜>じゃ。
不死身ではないが、常人より遙かに強靱な身体を持っておる。爆弾も、爆発によって荒れた混沌の海に揉まれていたとしても、死んではおらんはずじゃ。
相当の深手を負っておるかもしれんが――。
「炎寂特佐と北辰隊の現在位置は?」
「不明です。通信障害が続いているため、連絡が取れていません。しかし、交国近海の時化も落ち着いてきたので、予定通りに到着するかと――」
「とはいえ、敵が直ぐに動いたら間に合わんな……」
炎寂特佐は……操は妾達の同志。
信頼できるし、麾下部隊の北辰隊は戦い慣れた巫術師も多い。バフォメット相手だけではなく、兄上相手でも活躍してくれるはずじゃが……まだ本土に到着しておらん。
操達がおらん以上、少しでも戦力が欲しい。
ここは頼るしかないか……。
「……悪いが、先に交国本土での問題対応を手伝ってくれ」
「もちろんです」
スアルタウは頷いた後、「アレは使えないんですか?」と聞いてきた。
「玉帝は、神器を神器使い本人以外が使う技術を編み出していますよね? アレを上手く使えば大きな戦力になるのでは……」
「人道的な問題があって、今は使用を禁止しておる」
アレは神器使いの代わりに、森王式人造人間を使う必要がある。
一度の使用でほぼ間違いなく人造人間を殺す事になる。……玉帝は廃棄予定の人造人間を、妾の兄弟姉妹を使っておったが、同じ事は出来ん。
「それに、そもそも使い方がわからん。使用するための鍵になるものを玉帝が隠しておるようでな」
どういう理屈で動いておるかは一応わかったが、使用するための鍵を隠されておる。どっちにしろ、安全が確保されん限り使いたくないが――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「ひとまず、お前用の機兵を用意する」
「お願いします」
バフォメット相手に戦うとなると、機兵は必要だろう。
バフォメットには星屑隊の皆と協力して勝った事はあるけど……アレも危うい戦いだった。エレインの助力がなければ勝てなかったし、アルも含めて……あの時、一緒に戦った人達は殆どいなくなった。
それでも、何とか勝たないと。
いや、止めないと。
奥方様が僕用の機兵を手配するために連絡してくれている中、あの子を探す。
「いたいた」
部屋の隅っこで毛繕いをしているマーリンを見つけ、抱っこする。
ここも戦場になる可能性がある以上、マーリンも逃がしてもらおう。
「あの、奥方様。ネコの避難もお願いしたいのですが……」
「ネコ?」
「はい。この子を……マーリンを逃がしてやってください。首都も危ないかもしれないんですよね?」
桃華お嬢様と違い、マーリンはわざわざ狙われたりしないだろう。
でも、流れ弾とか飛んできたら危うい。だからお願いしたんだけど――。
「…………」
「…………。え、あの……奥方様?」
奥方様は、ぽかんと口を開いている。
けど、僕が呼びかけると口を閉じ、訝しげに僕を見つめてきた。
「お前は、何の話をしておる」
「えっと、この子の……。このネコの話を――」
「ネコなど、どこにもおらんぞ」
「へ……?」
どこって、目の前にいるじゃないか。
マーリンなら、僕が抱っこしている。
それを見せたものの、奥方様は「何もおらん」と困惑するだけだった。
「スアルタウ、どうした。幻覚が見えるほど疲れておるのか?」
「え、えっ……?」
マーリンはここにいる。
真白の毛を持つフワフワマンジュウネコが、ここにいる。
いるはずだった。
改めて見ると、僕の手の中には何もいなかった。
さっきまで感じていたぬくもりすら、最初から、なかったように――。
「――――」
今まで、僕以外にマーリンと戯れている人はいたか?
いた。アルがいた。エレインも、マーリンの事を見ていた。
でも、他の人は?
そういえば、この間、レンズがおかしな事を言っていた。
マーリンちゃんって何色、って。
そんなの、見たら直ぐわかるはずなのに。
エデンで保護している子達も、マーリンのこと、見たことなくて――。
「あ…………あれっ……?」
僕は、「なに」を見ていたんだ?




