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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第6.0章:交国計画
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最後のワガママ



■title:交国本土<帆布>にて

■from:復讐者・カトー


「……………………」


 端末に映した「ナルジスの手紙」を読み進める。


 筆跡は、ナルジスのものだ。


 筆跡なんて交国なら偽造できるだろう。奴らはオレに偽の手紙を渡してきた事もあった。この手紙が本物という保証はない。


 ナルジスもそれを気にしていたんだろう。


 オレとナルジスしかわからない話も書かれている。多分、あの子が……自分が書いた手紙だと証明するために、わざわざ書いたんだろう。


「……オオバコ達が、プレーローマの工作員……」


 あの爺は前々から気に入らなかった。何かにつけて「エデンの誇り」を説きながら、実際に戦わせるのはオレ達だった。


 アレコレ文句をつけてくるなら自分で戦えよと言うと、顔真っ赤にして怒鳴って「エデンの弱者救済の原則に反する」と言って来た。


 鬱陶しいが、単なる軍師ヅラした老害だと思っていたが……奴が工作員だったとしたら、色々、腑に落ちてしまう事がある。


 ナルジスが見たものが確かなら……ゲットーでの蜂起は工作員(オオバコ)達が扇動したものだ。


 ゲットーが孤立したのはプレーローマが混沌の海で工作を仕掛けたのが原因だった。それに乗じてゲットーの交国領を破壊するため、ゲットー内部にいた工作員達も動いたって事なんだろう。


 しかも、奴らはエデンの生き残りを使った。


 工作員共に上手く扇動された結果だったとしても……エデンがゲットーの蜂起に参加したのが、事実だった事になってしまう。


「…………」


 ナルジスは自分が見た事を、手紙に遺していた。


 自分が直接告発できない場合、この手紙を見た誰かが公表してほしいと書き残していた。真実を埋もれさせないために。


 ナルジスは、レオナールの事も手紙に遺していた。


 アイツのことを……心配して――。


『レオ君は、お父さんもお母さんも失いました』


『交国に大事な人を奪われました。レオ君は怒っています。大きくなったら「交国に復讐したい」と言い始めるかもしれません』


『それが正しいことなのか、悪いことなのか、私には断言できません。ただ、レオ君の力では交国に勝てないと思います。挑んでも、より不幸になるだけです』


『子供は守るべき存在。幼いレオ君の事を、私は守ってあげたい。けど、私は生き残れないかもしれません。弱い私がこの子を守るためには命を賭けるしかないと思っています』


『だから、オジさん。私がいなくなったら、レオ君の事をお願いします』


『この子を守ってあげてください。導いてあげてください』


『エデンの戦士として、多くの人を助けてきたオジさんなら、この子の事も守れると信じています。命だけではなく、心も救ってあげてください』


 レオナールは、ナルジスの手紙を隠し持っていた。


 それなのに、何も預かっていないと言った。


 後ろめたかったのか? 自分だけ生き残ったことが。


 ナルジスの想いを預かっておきながら、オレから隠した。


 オレを欺いた。裏切った。


 ……レオナールだけじゃない。


 オレも(・・・)裏切った。


 ナルジスの信頼を裏切った。


 ナルジスはレオナールの復讐に反対していた。レオナールを案じていた。


 それなのに、オレは、ナルジスの望みとは逆方向に突っ走っていた。


 優しいあの子が、何を望むかなんて……わかりきっていたのに。


「…………」


 ゲットーでの事を綴った手紙も、レオナールの事を書いた手紙も読み切った。


 だが、まだ手紙がある。


 ペンを押しつけて書かれたそれに、目を通す。


『カトーオジさんと一緒にいたい』


『オジさんと一緒に幸せになりたい』


『痛いのも争うのも嫌』


『生き残れたら、みんなで一緒に逃げよう』


『どこに逃げても、私達を受け入れてくれる場所なんてないかもしれない』


『でも、それでも一緒に逃げてほしい。オジさんが戦うのも、もうイヤなの』


『死んでほしくないし、死にたくない。もう誰も失いたくない』


『オジさんが傷つくのも、死ぬのもイヤ』


『もう誰かのために戦わなくていいから、生き延びて』


 手紙を読み進める。


 最後に書かれた文字をなぞる。


 なぞり、口にする。


「これが……最後のワガママだから。お願い」


 そう書かれている。


 ナルジスの筆跡で、そう書かれている。


「なにが……………………最後の、ワガママだ」


 ばか。


 なに言ってんだ、お前。


「お前、そもそも……ろくに、ワガママ言ったことないだろっ……!」


 ようやく言ってくれた「ワガママ」が、これかよ。


 こんなのワガママですらない。


 ただの祈りだ。


 あの子には、ずっとガマンさせてきた。


 エデンの活動に付き合わせて、色んなところに連れ回した。


 一生の殆どを方舟の中で過ごさせた。暗くて狭くて、退屈なあの場所に押し込めていた。守るために仕方ないと言い訳して、苦しい生活を送らせていた。


 ずっとガマンさせていたのに、最後の最期まで……助けてやれなかった。


 死んだ後まで、ずっと、救ってやれなかった。


 オレの所為だ。


 オレが自分の見栄のために、「何かを成す」ことに拘っていた所為だ。


 皆を守る力もないくせに、皆を守ると言い張っていた所為だ。


 ナルジスだけ連れて、逃げていれば良かったんだ。


 一番大事なものだけ、命懸けで守り続ければ良かったんだ。


 オレにナルジス以外の全てを投げ出す勇気があれば、あの子は――――。




■title:交国首都<白元>にて

■from:死にたがりのスアルタウ


「…………」


 総長の声にならない声が聞こえてくる通信機から、目を背ける。


 総長はひとりぼっちになっていた。


 けど、最初からひとりだったわけじゃない。


 僕にとってのアル達のように、大事な人がいた。


 いたけど、皆……いなくなった。


「…………交国軍は、確かにナルジスさん達を殺した。総長が、交国を憎むのは……わかります。僕も、交国きっかけで大事な人を失いましたから……」


 でも、それは虐殺の大義名分にはならない。


 関係のない人達を巻き込んでいい理由にはならない。


「このまま戦いを続ければ、関係のない人達を巻き込んでいくだけ。プレーローマの操り人形になるだけです」


『…………』


「ナルジスさんの願いを、叶えてあげてください」


『…………』


 総長は、絞り出すような声で「無理だ」と言った。


『あの子はもう、いないんだ。……もう、ナルジスの事は守れない』


「…………」


『もう、無理なんだ。オレは……あの子の信頼を、裏切った』


「…………」


『復讐のためと言い訳して、人を殺した。無関係な奴も巻き込んだ。……大義があると言い張りながら、ナルジスが望まない行為を繰り返してきた。だから、もう――』


「まだ、止められます」


 これ以上、罪を重ねることは止められる。


 総長自身が武器を置けば、これ以上の惨劇は起きない。


「エデンの総長として動いて、エデンを止めれば……これ以上、無関係の誰かを殺すことはありません。取り返しのつかないことをしていたとしても……止まることはできます!」


『止めたとして、どうする。……オレに騙されてテロに身を投じた奴らや、エデンが保護している子供達は……どうすればいい』


 エデンが復活し、存続しているのはプレーローマの支援のおかげ。


 今の戦いを止めたら、その支援も受けられなくなる。


『オレの復讐(ワガママ)に巻き込んだアイツらを、どうすれば――』


「交国の実権を握っている方にお願いしました。エデンが保護している人達を……何の罪もない人達は、助けてくださいと――」


 エデンの全員を救えるわけではない。


 総長や僕のような構成員は裁かれる。


 ただ、大多数の罪無き人々は救える。


 アテのない放浪の旅に出る必要もない。プレーローマの支援も、もう必要ない。


 だから投降してくださいと言うと、総長の言葉が返ってきた。


『交国は、信用できない』


「っ…………」


『だが、フェルグス……。お前のことは、信じている。……信じたい』


「総長っ……!」


『交国側の奴と、話がしたい』


 エデン構成員の処遇について、話がしたい。総長はそう言ってくれた。


 振り返り、奥方様を呼ぼうとすると、奥方様は既に僕の傍まで来ていた。僕の肩に手を置きつつ、通信機に向けて喋りだした。


「妾は石守素子。黒水守・石守睦月の妻じゃ」


『…………』


「そなた達が無辜の民を殺したことは許せん。しかし、その事でエデン側の無辜の民に責任を問うつもりはない」


『エデンの奴らは、フェルグスも含めて俺に騙された被害者だ。オレの首1つで、皆のことを許してやってほしい。……どうか――』


「全員を無罪で終わらせるわけにはいかん。じゃが、エデンの行動には総長であるそなたの意志が大きく影響したのが確かなら、他のエデン構成員には情状酌量の余地がある」


 エデン構成員(みんな)に尻拭いさせないために生きろ。


 生きて、自分がやったことを証明しろ。


 そう言った奥方様に対し、総長は「感謝する」と言ったけど――。


「奥方様。僕も総長と一緒に裁いてください。僕にも責任が――」


「まだ言うか」


『フェルグス。お前には何の責任もない。お前も、被害者の1人なんだ』


「僕も共犯ですよ!! 総長1人が背負うのはおかし――」


『黙ってろ! 頼むから……! せめて、最後ぐらいオレを――』


 総長の言葉を遮るように、大きな音が響いた。


 何かが破壊される音が、通信機の向こう側から聞こえてきた。




■title:交国本土<帆布>にて

■from:カトー


「――――」


 振り返ると、壊れた壁の向こう側にバフォメットがいた。


 扉ごと壁を壊し、入ってきた。


「お前、何をして」


『カトー』


 バフォメットの手に、流体製の剣が握られている。


『に――――にげろっ!!』


 その剣が、オレに振り下ろされた。


「――――」


 胴体の肉が、骨が、一刀で断たれる感触がした。





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