彼にとっての祝福
■title:交国本土<帆布>にて
■from:復讐者・カトー
『総長は、交国を滅ぼせるかもしれません。でもそれは、プレーローマの支援ありきのものです。それはプレーローマの言いなりになって交国を……人類文明を滅ぼすだけです』
「…………」
『交国を滅ぼしたところで、苦しむ人達を増やすだけです。最初に苦しむのはきっと、僕らが守ると誓った弱者ですよ! 大勢の何の罪も無い人達が、僕らが受けた以上の苦しみを味わう事になるんですよ!!』
「…………」
『総長だって……そんな未来が来る可能性は、わかっているんでしょう!? 交国政府を倒した先、無政府状態になった交国領がどうなるか――』
わかってる。
本当はわかってる。
戦争はクソだ。規模が大きくなれば大きくなるほど、何もかも無茶苦茶になる。
交国を滅ぼすほどの戦争が起きれば、その後、どれだけ多くの人間が困るかは……わかってる。交国に支配されている弱者すら、困るのはわかってる。
自分が、プレーローマに利用されてるのも……わかってんだよ。クソが……!
でも、オレにはもう、何の力もないんだ。
神器が壊れ、かつての力はなくなった。壊れた神器すら奪われ、老い先短い存在になった。神器を取り戻しても、死に向かって壊れていく魂がカンペキに治るわけじゃない。もう、手遅れかもしれない。
頼れる仲間は、1人残らずいなくなっちまった。
仲間と呼べる存在はいる。けど、それはオレが守ってやらなきゃいけない奴らだ。もしくは……オレを利用している奴らだ。
アルの事は頼りにしていたが、全てを打ち明ける事は出来なかった。
全て打ち明けても受け入れられないとわかっていた。
どんな時でも背中を預けられる仲間は、もう、いなくなっちまった。
でも、復讐心だけは残っていた。
復讐心がくすぶり続けているのに、それを何とかする手段がない。日に日に弱っていく身体に鞭打ったところで、一矢報いる事すら出来ない。
それが悔しくて、悔しくて、たまらなかった。
交国やプレーローマになぶり殺しにされているような気分だった。自分の終わりがどんどん近づいてきているのに、何も出来ない日々が苦しくてたまらなかった。
何とかしたかった。
死んでいった皆のために……いや、自分自身の心のために、何かしたかった。
ナルジス達の仇を取れず、何も成せず……死んでいく自分が、嫌で嫌でたまらなかった。自分が……世界に、何の爪痕も残せないのが、悔しくてたまらなかった。
何かを成すには、もう、天使共の靴でも舐めなきゃいけなかった。奴らの支援によってエデンを立て直さないと、惨めに死んでいくしかなかった。
だから、オレはプレーローマに跪いた。
いつか寝首を掻いてやると言い訳しながら、姉貴達の命を奪ったプレーローマに跪いた。それ以外のやり方なんて、知らない。
『このまま戦い続けても、皆のためにならない以上、もう……』
「……交国もプレーローマも倒せないより、交国だけでも倒した方がいいだろ」
『総長、それは……!』
「そうだ。『皆のため』っていうのは、要するに……言い訳だ」
本当の目的は復讐。
オレから大事なものを奪った奴らへの復讐。全員への復讐が難しいとしても、それならせめて交国に……ムツキに復讐したかった。
生きている奴らのためなんて、言い訳だ。……交国みたいな薄っぺらい大義名分を掲げていただけだ。
お前達の事も考えていた。でも、一番大事にしているのは……死んでいったナルジス達なんだ。オレは生者より死者を優先した。
いや、「ナルジス達のために戦っている」と言い張って、自分の心を慰めているだけなんだ。結局……オレは自分勝手な悪党なんだよ。
アルを後継者に育て上げて、交国も人連もプレーローマも倒した後の真っさらな世界を託すとか……そんな話は、ただの言い訳なんだよ。
自分が立派な事をしていると酔うための物語なんだよ。
そう思わないと、そう言い張らないと……皆を、地獄に追いやっているだけになっちまうだろ……? だから、努力だけはしていたんだ。
復讐を優先しながら、「頑張ったけどダメでした」「プレーローマに邪魔されたからムリでした」と言い張るためのアリバイ作りはしてきたんだ。
「オレにはもう、復讐しかないんだ。けど……これがもし、上手くいったら……交国は倒せる! さらに上手くいけば、プレーローマだって倒せるかもしれない! まだ、これからなんだ。まだ……結果が出たわけじゃない! オレは終わってない!!」
『…………』
勝てるかもしれない。
勝ち筋は見えなくても、それでも――。
「交国は変わろうとしているとか、ムツキが交国を変えようとしていたとか……そんな事はどうでもいい!! それは、『オレ』がやったことじゃないッ!!」
『総長……!』
「オレが、オレ自身の手で!! 何かを成したいんだ! 爪痕を遺したいんだ!」
そのための手段は、復讐しかない。戦いしかない。
戦う以外の方法なんて、身につかなかった。
ガキ共に勉強教えるために自分で勉強しても、全然……身につかなかった。
神器無しでも何とかしようと藻掻いても、何も出来なかった。それどころか、薬や周囲の力を借りないと、自分で歩く事すらままならない爺になっちまった。
このまま死にたくない。
消えたくない。
オレが生きた証が欲しい。
せめて、ナルジス達の仇ぐらい……取りたい。
何も出来ないまま、消えたくない……。
「何を言われても、オレは……止まるつもりはない。止めたいなら、殺せ!」
それ以外の方法で、オレを止められると思うな。
『……僕が何を言っても無駄なんですね』
「――――」
すまん、という言葉が喉元まで上がってきた。
けど、それ以上は上ってこなかった。半開きだった口を閉じ、飲み込んだ後、「そうだ」という言葉しか返せなかった。
「オレは、オレのやり方で行かせてもらう。……犠牲が出ても、それでも――」
『ナルジスさんは、どう思うでしょうね』
「……お前に、あの子の代弁なんて出来ないだろ」
巫術師は魂が観える。
けど、観えるのは生者の魂だけだ。
オレも、お前らも、死者の代弁なんて出来ない。
気持ちを創作する事しか――。
『ナルジスさん本人の言葉が、遺っているんです』
「…………なんだと? あの子は、犬塚銀に殺されて――」
『でも、手紙は遺っていたんです』
アルは「レオナールに聞いてなかったんですか」と言ってきた。
何の話だ。何を言っている。
レオナールは、ナルジスから何も預かっていないと――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「レオナールは、ナルジスさんから手紙を預かっていたんです」
ナルジスさんは、ゲットーでの出来事を手紙として遺していた。
界外との連絡が取れなくなった後も、ゲットーで何が起きているかを書き残そうとしていた。……伝えようとしていた。
「レオナールはゲットーでナルジスさんと一緒にいたんです。そして、その時に預かったと思しき手紙が、黒水にあったんです。レオナールの私室に――」
『そ……それが、交国が偽造したものじゃない証拠があるのか!? 奴らは、手紙の偽装ぐらい、平気で……!』
「自分の目で見て、確かめてください」
手紙をスキャニングしたものを、龍脈通信で送る。
これは交国が偽造したものじゃない。レオナールの部屋で見つかったばかりのものだ。彼が……ナルジスさんから預かって隠し持っていたんだろう。
レオナールから直接、総長の手には渡らなかった。けど、それでも何とか遺っていた手紙を龍脈通信で送り、見てもらう。
「自分の目で確かめて……それから判断してください」
きっと、これは本物の手紙だ。
ナルジスさんの最後の声だ。
僕に大事な弟がいたように、総長にも大事な人がいた。
死してなお僕を止めてくれたアルのような存在が、総長にもいるはずだ。
いたんだ。
ちゃんと、いたのに――――。




