死の装飾
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「この通信、総長以外に聞いている人は――」
『いない。レオナール達は聞きたがっていたが退出させた』
再開した通信で総長と話す。
総長の声色は硬い。簡単には考えを変えてくれそうにない。
けど、通信に応じてくれたのは好機だ。これが最後の説得の機会になりかねない以上、これを逃さずに何とかしないと――。
『こっちはオレだけだ。だが、お前の方はいるだろ? 聞き耳を立てている交国の奴らが……』
「それは……」
『ふん……。まあ、好きにさせておけ。同席を断ったら、お前がどんな目に遭うかわからないからな』
そんなことありません――と言おうとしたものの、総長はさらに言葉を投げかけてきた。総長の方から僕を「説得」してきた。
『アル。お前は目を覚ますべきだ』
交国が悪事を働いてきたのは事実。
その事を思い出して目を覚ませ――と総長は言ってきた。
『お前の故郷と家族を奪ったのは交国だ。奴らがネウロンに来た所為で、何もかもメチャクチャになった。奴らはネウロン人を使った人体実験まで行い、それによってタルタリカなんて化け物も生まれた』
「タルタリカの誕生には、真犯人が――」
『お前が交国に縋り付いたのは間違いだ。交国も今は窮しているから、お前に甘い言葉を吐いているだろうが……奴らは平気で約束を反故にする。オレもそうだった。奴らはオレ達を裏切って、オレ達を消耗品にするつもりなんだ。』
「交国は変わったんです! 昔とは違って――」
『百歩譲って変わっていたとしても!!』
総長の叫び声が鼓膜を刺してきた。
思わず黙ると、総長は静かに語りかけてきた。
『過去にやった事は消えない。お前の弟が死んだのは、交国の所為だろ?』
「…………」
『今更、「更生しました」と言いだしたとしても信用できない。過去の罪で罰するべきだ。そもそも……交国政府が変わっているはずがない! 今は窮しているから、適当に良い子ぶっているだけだ。状況が変われば本性を出すに決まっている』
「だから殺すんですか? 交国の人達を――」
『そうだ! 奴らは痛みを知るべきだ! 自分達だけ戦場や紛争地帯から離れ、ぬくぬくと暮らしている奴らには痛みを与えないと――』
「黒水襲撃で、ネウロン人の子供達も死んだ事をご存知ですか?」
総長達は煤屋島も襲撃した。
島を襲撃した人達は、いきなり集団自殺を図ってきたらしい。
おそらく、<蟲兵>にした人達に自殺させたんだろう。犬塚特佐が持っていた薬を使って人を蟲兵に変え、自分達の作戦のために使ったんだ。
煤屋島に来た人達は、明らかに巫術師を狙い撃ちにしていた。特攻ならともかく、単に自殺するだけなら普通の人間には危害は加えられない。けど巫術師は違う。
あの攻撃は明らかに巫術師を……ネウロン人を狙ったものだった。
総長の視点だと、煤屋島にいた人達は交国側の戦力に見えていたのかもしれないけど……あそこで暮らしていたのは非戦闘員だった。
「あそこにいた人達も、交国人だと言い張るつもりですか?」
『や……奴らは、黒水守に媚びていた。黒水守の味方だった。実際、交国で暮らしているだろう!? 奴らも交国人の一員だ!』
「じゃあ、黒水で暮らしていた僕も、殺すべき交国人って事ですか?」
そう返すと、総長は「それとこれとは話が別――」と叫んだものの、一度口を閉じた。再び開かれた口から出てきた言葉はバツの悪そうなものだった。
『……あの島の奴らに関しては、悪いと思っている。だが、交国は彼らを人質にオレ達を脅してくる可能性があった。彼らの犠牲を無駄にしないためにも、オレ達は交国に勝利する必要が――』
「本気で言っているんですか?」
殺すつもりで兵士を仕掛けておいて、そんな事を言うなんて正気ではない。
総長のあんまりな言葉に、頭に血が昇り始める。腕を押さえ、冷静になるよう努めつつ、さらに言葉を投げかける。
「交国を倒せば、何もかも正当化できると思っているんですか?」
『……交国が今までずっとやってきた事だ。奴らは勝利で何もかも覆い隠して、自分達の行為を正当化してきた』
「それを批判するため、自分達も同じ事を繰り返すと? そんなことで……死んでいった人達が救われると、本気で思っているんですか……!?」
『…………わかってるよ。これで、何もかも解決出来るとは思ってない』
けど、誰かがやらなきゃいけないんだ。
誰かが交国を止めなきゃいけないんだ。
それは外部の人間にしか出来ない。オレ達にしか出来ないんだ。
総長はそう言い、さらに言葉を続けた。
『交国を滅ぼせば……交国に苦しめられていた人達を解放できる』
「そのために、さらに多くの人を殺すつもりですか? そうやって殺された人達や、その遺族は……総長の事を恨むんじゃないんですか?」
『それでいいさ。オレがそいつらの恨みを背負って死んでやる』
少し弱々しくなっていた総長の言葉に張りが戻ってきた。
『けど、今はまだ死ねない。交国と人連、そしてプレーローマを滅ぼすまでは死ねない。全ての悪党を滅ぼしたら、最後に残った悪党を……オレ自身を消して、終わりにしてやる』
「それで許されると思っているんですか……?」
『許されるとか、許されないとか、そんな事はどうでもいい』
「…………」
『オレには死ぬ覚悟がある。無駄死には御免だがな』
「何でそこまで……」
『お前達のためだ』
総長が全ての悪を滅ぼす。
その過程で出た犠牲。その罪を、総長が全て背負って死ぬ。
全ての悪党が滅びた後、「きれいになった世界」を後進の僕らに渡す。
『そのために戦っているんだ。そのために手を汚してきたんだ。オレは……お前達と、死んでいった皆のために戦っているんだ』
私利私欲で戦っているわけではない。
そう語る総長の声は、とても堂々としたものだった。
けど、とても真っ当なものには思えなかった。
そもそも、総長の計画は――。
「上手く行けば、総長は交国を倒せるかもしれません」
『…………! お前もそう思うだろう!? だから――』
「けど、その後のこと、本当に考えているんですか?」
交国を倒せたとしよう。
いま、交国では<エデン>のような反交国組織だけではなく、プレーローマまで暴れている。プレーローマの大規模侵攻が始まっている。
プレーローマへの対応で手一杯になった交国なら、反交国組織の力を束ねれば大打撃を与えられるかもしれない。交国を滅ぼす事も出来るかもしれない。
何もかも「上手く」いけば、交国に勝てるかもしれない。
けど、その先は……?
「仮に交国に勝てたとしても、その先はどうするんですか? プレーローマや、他の強国も何とかするアテがあるんですか? 交国領で暮らしていた人々の生活は、どうするつもりなんですか?」
『交国を倒せば、交国に虐げられてきた弱者を解放できる。彼らの力を束ねて人連もプレーローマも倒してしまえばいい』
「…………。それで勝てるなら、交国はプレーローマに勝ってますよ」
交国に虐げられている人達を解放しても、急に強くなるわけがない。
人類連盟加盟国どころか、プレーローマにすら勝てる戦力になるなら、それを抱えている交国がとっくの昔にプレーローマに勝っているはずだ。
「そもそも、総長は本当に……プレーローマに勝つ気があるんですか?」
『なんだと?』
「総長はプレーローマと組んで行動しているんですよね?」
だからラフマ隊長達と――天使と行動を共にしていた。
ベルベストの奇跡もプレーローマと組んでいたから出来た。……今のエデンもプレーローマの支援ありきで成り立っている存在なんだろう。
「プレーローマの支援で何とか組織を維持出来ているだけなのに、プレーローマに勝てると本気で思っているんですか……?」
『オレは……天使共の部下になったわけじゃない。エデンを復興させて、交国に抗うために必要だから一時的に手を組んでいるだけだ。プレーローマを利用しているだけで、最終的には――』
「利用されているだけですよ……」
プレーローマが交国に勝つために、工作員として利用されているだけ。
交国領でエデン等の反交国組織が暴れれば暴れるほど、プレーローマは有利になる。……プレーローマを利用していると言い張っても、実際は逆だ。
いざプレーローマと戦おうとした時、逆に叩きのめされるのがオチだろう。
「目を覚ましてください。このまま交国で暴れ続けても、得をするのはプレーローマだけです」
『ムツキにそう吹き込まれたのか。オレが、天使共の手のひらで踊っている哀れな存在とか……そんな事を吹き込まれたのか!? だから裏切ったのか!!?』
神器を失ったオレより、アイツの媚びる道を選んだのか?
総長は感情をむき出しにし、そう言って来た。
その感情には怒り以外のものがあるように感じた。……総長の親と故郷を奪った黒水守に対する怒り以外の感情も感じた。
「僕だって、黒水守が100%正しいとは思っていません。けど、総長は……明らかに間違っている。無関係の人達も巻き込んでいる時点で、総長の行いはもう正義とは言えません」
『…………』
「お願いですから、自暴自棄にならないでください」
総長は黒水守に親と故郷を奪われた。
それは、黒水守1人の責任ではないだろうけど……黒水守も大勢の人を殺してしまった。総長がそれを許せないのも、わかる。
黒水守はゲットーにいたナルジスさん達を助けられなかった。総長の大事な人達を助けられなかった。助ける機会はあったけど、黒水守は対プレーローマ戦線を優先し、ゲットーを後回しにした。
ただ、黒水守は意図的に見捨てたわけではないはずだ。あくまで交国政府や軍部の判断に従っただけだろう。ゲットーの救援を優先した場合、前線が崩壊してもっと大きな被害に繋がっていたかもしれない。
けど、総長が大事な人を亡くしたのは事実だ。
それに黒水守が関わっていたのも確かだ。
……交国政府が総長に罪を着せ、神器を奪い、処刑しようとしたのも事実だ。総長が交国を、玉帝を許せない気持ちもわかる。
わかるけど――。
「このまま復讐に走ったところで、待っているのは破滅です。交国が滅びたら、人類の対プレーローマ戦線に大きな穴が開くんですよ」
『交国の都合で、交国の蛮行を全て見逃せと言いたいのか!?』
「違います! これは、交国だけの問題ではありません。人類文明圏が荒れた場合、皆が困る事になるんですよ……!?」
エデンが保護している皆だけではなく、多方で虐げられている弱者も苦しめる結果になりかねない。
そもそも、「交国人」だからといって全ての交国人に罪があるわけではない。……何の罪も無い人達を巻き込む事に正義があるとは思えない。
「もし仮に、最終的に勝てたとしても……勝利が全て肯定してくれるとは思えません。それにそもそも、勝てるかすら怪しい」
このまま戦い続けたところで、未来はあるんですか?
さらに多くの弱者が死んでいくだけじゃないんですか?
人類同士で憎しみ合って、殺し合いの応酬の果てに待っているのは……間違いなく破滅だ。
どこかにいる魔王をやっつけたところで、その過程に問題があれば、さらなる悲劇を生むだけだ。悪党を倒せば何もかも解決するほど、世界は単純じゃない。
「このまま大きな争いが続けば、多くの弱者が死にます! 僕らの仲間も大勢死んでしまいます! 総長はそれが『正しいこと』だと言えるんですか!?」
『…………。お前は、悲観的過ぎる。オレの計画が上手くいけば――』
「上手くいくはずがない。総長の計画は……最初から、破綻しているんです」
落下し続けているのを「飛んでいる」と言い張っているだけだ。
それはもう、ただの自殺だ。
言い訳を重ね、死を装飾しているだけだ。
落ちていった先で、多くの人を巻き込み、被害を大きくするだけだ。
「総長の計画に従って死んでいった仲間の遺族の前で、胸を張って『オレ達は正しい』と言えるんですか!?」
『言えるさ! 皆も、オレと同じ……死ぬ覚悟を持っている! 皆、交国やプレーローマに苦しめられてきた! このまま泣き寝入りしたくないって、多くのエデン構成員が思っている! 多くの弱者が、一矢報いたいと思っているはずだ!!』
オレ達は必ず勝利する。
勝利できるように努力する。
オレはそのために命懸けで戦う。今も戦っている。
お前達も命を賭けてくれれば、きっと勝てる。
総長は……そう主張した。
『戦い続けることで、皆、たくさん、つらいことや悲しい事を経験するだろう。だが、オレはそれを乗り越えてきた』
「…………」
『オレは、皆が苦難を乗り越える手助けが出来る。だから、恐れる必要は――』
「無理ですよ」
そんな簡単に乗り越えられるわけがない。
ずっと苦しみ続けるんだ。
死者が蘇って、過去が変わらない限り、ずっと――。
「総長が手伝ってくれても、完全に乗り越えるのは不可能です。本当に乗り越えているなら……総長は、そもそも、復讐に走ったりなんて――」
『お前まで交国に都合の良い話を吐くんだな。……オレを信じてくれないんだな』
「信じています。……信じていたんですよ」
総長なら、皆をより良い未来に連れて行ってくれると思っていた。
皆を救ってくれると思っていた。
総長には、そう思わせてくれるだけの力はあった。
総長は無力な存在じゃないから――。
「総長は、皆が苦難を乗り越える手助けを出来るかもしれません。でも、だとしても、総長が死んでしまった後はどうするんですか?」
死んでしまったらもう、誰も救えない。
総長がどれだけ皆の事を想っていようと、何も出来ない。
「総長だって、志半ばで死ぬこともあるかもしれません。……総長を失った悲しみの渦中にある人達を、貴方は、どうやって救うんですか……?」
『……………………』
「このままいけば、そんな未来もやってくるかもしれません」
いま武器を置かないと、悲しい未来が待っている。
置いたところで救われるとは限らない。
けど、今のまま戦うのではなく、別の道で戦うべきだ。
「お願いですから、冷静になってください。これ以上、罪を重ねないでください」
『…………』
「僕も一緒に、責任を取ります」
総長が復讐を始めたのは、僕の存在も関わっているはずだ。
巫術師という戦力もいたから、戦う道を選んだ。僕1人で交国に勝てるほどの力はないけど、総長が決断する一因にはなったはずだ。
それに、僕は総長の傍にいた。
傍にいたのに止められなかった。
総長の苦しみを理解し、救うことが出来なかった。
その責任を取らなきゃいけないんだ。
『復讐は何も生み出さないとか、綺麗事を吐くつもりか? 交国は今までずっと好き放題してきたのに、オレ達だけガマンしろと?』
「でも、総長は弱者のために戦っているんでしょう……?」
このまま復讐を続けたら、皆が不幸になる。
それがわかりきっている。
「本当に皆の事を考えているなら……復讐をやめるべきです」
『…………』
総長が息を漏らした。
その音には、納得した気配は微塵も感じ取れなかった。




