待ったなし
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
『素子様、<天泉>との連絡が途絶えました。これは、おそらく――』
「陥落したか」
プレーローマの大規模侵攻が再び始まった。
敵は多方面から一気に仕掛けてきて、開戦から半日も経っておらんというのに要所の世界が1つ落とされた。<天泉>が落とされた。
天泉以外の戦地はさすがに落ちておらんが、それでも危うい状態にある。プレーローマの大規模侵攻が近く行われるのはわかっておったが、敵は想定以上の規模で来た。
何とか持たせたいところじゃが、1つ判断を誤ると連鎖的に世界を取られかねない状態じゃ。天泉に<武司天>が来るのは、完全に予想外じゃった。
<武司天>はプレーローマ最強の天使として、人類文明でも大いに警戒されておった。しかし、対魔神に動く事が多いため、対人類の戦線に顔を出すのはとても稀な事じゃった。
おかげで直接対決せずに済んでおったし、今回の大規模侵攻を仕切っておるのは武司天とは別の三大天じゃったから……出てくる事はないと思っておった。武司天麾下の戦力も出てこない可能性が高いと考えられておった。
それなのにフラッと天泉に現れたかと思えば、味方の天使を次々と屠っていった。それで帰ってくれれば良かったのじゃが、天泉におる交国軍とも戦い、圧倒した。
武司天が対人類戦線に積極的に顔を出してきたのであれば、他の戦場もマズい。事は天泉陥落だけでは済まないじゃろう。
『甲田少将とレンネンライト特佐が対武司天に動く予定です。しかし、天泉の奪還は困難かと……』
「もう甲田少将らに出てもらわねばならんのか……」
交国軍最強格の2人を対武司天に割かねばならんのは、かなり苦しい。……あの2人が挑んだところで勝てる可能性は……かなり低いはずじゃ。
当初の予定では2人にはプレーローマの急所を叩いてもらうはずじゃったが、それが難しくなった。武司天を何とかしたら戦況も良くなるが、それも一時的な話。
同じ三大天の<癒司天>の権能で復活し、再び挑んでくるじゃろう。そもそも武司天ほどの天使をそこまで追い込むのが不可能に近い。
頭が痛いのはプレーローマだけではない。
奴らの侵攻に合わせ、交国領内で反交国組織の動きが活発になっておる。おそらく……プレーローマが対交国工作として用意しておった奴らじゃろう。
本人らに自覚がなくとも、プレーローマに支援され焚きつけられておるはずじゃ。エデンのように暴れておるはずじゃ。今は人類同士で争っておる場合ではないというのに……。
『最前線が荒れているため、交国本土への救援も割きづらい状況です。誠に申し訳ないのですが――』
「わかっておる」
交国本土には「宗像特佐長官」と「エデン」という火種がおる。
どちらか片方なら余裕を持って対処できるはずじゃが、両者が同時に動き出した場合、対処は難しくなる。
もし仮に他の勢力まで暴れ始めたら、交国本土と周辺からかき集めた戦力だけでは対応しきれん。……宗像の兄上が考え無しに無茶をするとも思えんから、何らかの「切り札」もあると見るべきじゃろう。
出来れば、敵が動き出す前に先手を打って対処したいが――。
「僕がカトー総長を説得します」
どうするか迷っておると、スアルタウがそんな事を言ってきた。
説得で止まってくれるのが一番いい。カトーを無罪放免するわけにはいかんが、これ以上の蛮行を思いとどまってくれるのが一番いいが――。
「カトー総長はもう、説得程度では止まらんじゃろう」
奴は復讐に囚われ、周りが見えなくなっておる。
交国が神器を奪い、奴から寿命を奪った事も視野を狭めておるのじゃろう。……カトーを止められる者など、もう誰もおるまい。
睦月はスアルタウにカトーを説得する可能性を見いだしておったが、スアルタウがおる状況で黒水襲撃を敢行した輩が説得に応じるとは――。
「それでも、やらないよりマシのはずです! 最悪、時間を稼げるだけでもいいんですよね!? 僕が総長を説得しつつ牽制しているうちに……宗像長官を捕まえることが出来たら、交国側も余力が生まれますよね!?」
「それは……確かに、そうじゃが……」
「試すだけ試させてください」
スアルタウは「僕に機会をください」と言い、頭を下げてきた。
ここはスアルタウの提案に乗るべきじゃろう。止められないとしても、牽制できるだけでも無駄にはなるまい。……上手くやればカトーの潜伏場所を掴める可能性もある。
「ただ、カトーと連絡を取るアテはあるのか?」
スアルタウから教えてもらったエデンの潜伏場所――黒水郊外の潜伏場所は、もぬけの殻になっておった。
敵はスアルタウが逃げた時点で、潜伏場所を引き払う事を決めたらしい。その後の足取りは未だ掴めておらん。
「居場所もわからん以上、連絡の取りようも――」
「……総長と直接連絡を取るのは、難しいです。でも、アテはあります」
スアルタウは何か考えがあるらしく、「信じてください」と言ってきた。
この子を信じて託して、損があるわけでもない。ただ、「説得に失敗したら、妾達も強硬手段に出ざるを得ないからな?」と説明しておく。
説得が駄目なら、先制攻撃をしなければならん。エデンと交国の争いの収拾がつかなくなるかもしれんが、他に手がない。
「で、どうするつもりじゃ」
そう問うと、スアルタウはカトーとの連絡手段を教えてくれた。
それは、確かに……連絡が取れる可能性はあるじゃろう。試す価値はある。
あとの問題は――。
「連絡が取れたとして、カトー総長を説得できるのか?」
「僕の言葉なんて、聞いてくれないかもしれません。でも……」
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「カトー総長は……昔の僕なんです」
僕も復讐に囚われていた。
死者のためにしてあげられるのは、復讐しかないと思い込んでいた。
弟がどう考えるかなんてわかっていたのに、それを無視して自暴自棄になっていた。その結果、皆に迷惑をかけた。
僕があの時のままだったら、総長と同じような蛮行に走っていたかもしれない。
「僕が交国への復讐に囚われた時、僕を止めてくれる人達がいました。……傍にいなくても、止めてくれる大事な家族もいました」
「…………」
「多分、総長にはそういう人達がいないんです。皆、死んでしまって……皆、言葉を遺す時間すらなかったのかもしれません」
ひとりぼっちになってしまった総長は、そのまま進み始めた。
誰も止めてくれない状況で思い詰めて、手を血で汚してしまったんだ。
「僕は、総長の大事な人達の代わりに総長を止めます。やれるかどうかはわかりませんけど……やらなきゃいけないんです」
殴って止めるんじゃなくて、言葉で止めたい。
皆が僕に対してそうしてくれたように、ちゃんとした手段で総長を止めたい。……総長は取り返しのつかない事をしてしまったけど、それでも止めないと……さらに誰かが犠牲になるかもしれない。
だから止めないと。
止めるためにも、無策で挑むわけにはいかない。僕の理屈や感情だけでは、総長には届かないだろう。でも、何か方法はあるはず……。
「少しだけ……少しだけ時間をください。総長を説得する材料を探します」
「どう探す」
「交国が捕まえたエデンの共犯者と話せませんか?」
エデンの黒水襲撃に合わせて、黒水で暴れていた人達がいた。
全員は逃げ切れていないはずだ。その人達から、説得のヒントをもらえないかと思ってダメ元で言ってみたけど……面会は出来ないらしい。
「黒水襲撃に加担した者達の中で、生きておるのは今も逃亡中の者達だけじゃ。他は抵抗してきたため止むなく殺害した。あるいは……自害された」
「そう、ですか……」
「ただ、共犯者の大半の面は割れておる。大半が黒水で暮らしておった者達じゃったから、その者達の所持品なら押収しておる」
黒水が酷い状態だから、全て回収できたわけではない。戦闘によって生じた火事で、燃えてしまった住居も少なくない。
いま押収が終わっている範囲では、めぼしいものは無かったらしい。
それでも「念のため見て見るか?」と言われ、頷く。回収出来たものは黒水から首都に運ばれているらしい。何があるかわからないから、一応見てみよう。
「あっ、それと……レオナールの所持品はどうですか!? 彼の所持品の中に、お嬢様が打たれた毒薬の予備があるかも――」
もし予備があった場合、その成分を分析してもらう。
そしたらお嬢様に打たれた毒薬の解毒剤を用意できるかもしれない。快復に向かっているとはいえ、後から響く毒かもしれない以上、分析できるなら――。
「レオナールの部屋にあったものも首都に運んできておるが……毒薬らしきものはなかったそうじゃ。予備があったとしても重要なものじゃから、既に持ち出しておるのじゃろう」
お嬢様を助けるためにも、予備の毒薬があると助かると思ったんだけど……そう簡単にはいかないらしい。
お嬢様が心配なあまり眉間にしわを寄せてしまっていると、奥方様は僕の眉間を指先で撫でつつ、「桃華なら大丈夫じゃ」と言ってくれた。
「今はカトー総長の説得に集中してくれ」
「はいっ……!」
とりあえず、押収された品を見てみよう。
それと……総長に連絡を取る準備もしないと――。




