免罪の契約
■title:交国首都<白元>にて
■from:死にたがりのスアルタウ
「スアルタウ。お前はこれからどうする」
「……総長のテロ行為に加担した贖罪をしたいです」
奥方様に誘われ、玉帝の執務室の外にある庭にやってきた。
そこでこれからの事を話す。
「僕も交国の法で裁いてください。ただ、その前に……虫のいい話だとはわかっているんですが、仲間を助ける機会をください」
いま、ヴィオラ姉さんが宗像特佐長官に誘拐されている。誘拐に関わったタマは長官側の工作員だったみたいだけど、彼女の真意も確かめたい。
タマが悪事に荷担するとは考え難い。「考えたくない」と言うべきかもしれないけど、タマが悪い奴だとは思えない。エデンの子供達と距離を取ろうとしつつも、陰から見守って心配していたタマの姿が嘘だったとは思えない。
エデンの皆の事も心配だ。エデン本隊で保護されていた皆は、もうネウロンに辿り着いているかもしれない。……プレーローマとの関係を断てば皆が生きていくのが難しいなら、奥方様に……交国にすがるしかない。
本当に虫のいい話なのはわかっているけど――。
「エデンは……テロ組織です。でも、全員がエデンの罪に加担しているわけじゃないんです。何の罪もない人達も保護しているんです」
「…………」
「総長はプレーローマと組む事で、エデンを今の規模にしました。それによって、行き場のない人達も助けました」
「…………」
「僕は総長を止めるのに協力します。でも、ただ総長を止めるだけだと……エデンが保護している一般人を助ける力もなくなってしまう。だから、なんとか……何とか交国の方で保護していただけないでしょうか……?」
エデン内部にも総長の企みを知っていた人達は、それなりに存在していたはずだ。でも、全員が知っていたわけじゃない。
エデンを純粋な正義だと信じていた人達も大勢いる。何も知らなかった人達や、騙されていた人達は助けてください――と懇願する。
奥方様は無表情のまま、「難しい話じゃな」と言った。
「エデンが凶行に走っておるのは、カトー総長とプレーローマの影響が大きい。だからといって、全ての罪を総長とプレーローマに押しつけて『めでたしめでたし』となる話ではない」
「僕も総長と一緒に裁かれます! 死刑になってもいいですから――」
奥方様がスッと動き、手に持っていた扇子を僕の首に当てた。
「軽々しく『死刑になってもいい』と言うな。馬鹿者!」
「ぅ…………」
「妾は自殺志願者に死に場所を用意してやるほど優しくない。……エデンは一般人を巻き込むテロまで起こした。それはあくまでカトーと一部のエデン構成員によるものじゃから……妾もエデンの全員を極刑にしようとまでは思わん」
「…………」
「ただ、大衆はそこまで区別してくれんじゃろう」
黒水襲撃という無差別テロを起こした時点で、エデンそのものが「非道なテロ組織」とみられる。
黒水襲撃に加担したのは一部の構成員だけだとしても、国際社会は「エデン」という組織全体の罪だと考えるだろう――と奥方様は言った。
「エデンに保護されていた一般人を交国政府で保護したところで、大衆は『なぜテロリスト一味を保護しているんだ』と責めるじゃろう。法的な問題を片付けられたとしても、それと同時に大衆の感情も片付くわけではない」
「…………」
「玉帝の権力を使えば、大衆の文句を封じる事も出来る。じゃが、それで彼らの感情が消えるわけではない。押さえ込んだところで、バネのように不満をため込ませ……いつか爆発させてしまう可能性がある」
だから、エデンに保護されている一般人だからといって、全員を「無辜の民」として見ることはできない。「エデン構成員」として見ざるを得ない。
奥方様は目を閉じ、扇子を手で弄びつつ、そう言った。
理屈は……わかる。
エデン外の人達にとって、「エデンに保護されている」という時点で罪のある存在に見えるのだろう。でも、そこを、何とか……。
「不安そうにするな。今のは前提を説明しただけじゃ」
奥方様はそう言い、さらに言葉を続けた。
「要は大衆の感情問題も解決すればよいのじゃ」
エデン構成員は全員、捕まえる。
実働部隊だろうが、ただ保護されていた人達だろうが全員捕まえる。
「表向きは逮捕し、交国で保護する。ほとぼりが冷めるまで留置施設で暮らしてもらい、大衆がエデンの問題に飽きた時に解放する」
逮捕という形で保護しておけば、食事を与える事も出来る。
社会復帰できるように支援も行う。奥方様はそう言ってくれた。
「直ぐに日の当たる道を歩けるようにしてやるのは、難しいかもしれん。じゃが、全員を雑に裁く事はしないと約束する」
「い……いいんですか?」
「良い。……睦月ならこうするじゃろうからな」
奥方様は口元を扇子で隠し、ため息をついた後に「交国以外で保護してもらう手もある」と言った。
「例えば全員の素性を変えて、第三国なり比較的真っ当な流民組織に保護してもらうとかな。どっちにしろ、妾達にはアテがある」
「…………」
「ただ、エデンの存続は難しいと思ってくれ。エデンは潰さねばならん」
総長のような「過激派」を取り逃し、今後もテロを許せば他の「エデン構成員」は今後も責められ続ける事になる。
過激派を取り逃す前に他のエデン構成員を保護できたとしても、逃げた過激派が罪を重ねれば、罪のない者達にも厳しい視線が注がれる事になる。
「じゃから、カトー総長達は逃がすわけにはいかん。……奴らが罪を重ね続ければ、さすがに妾達もお前達を庇い続ける事が出来ん」
「…………」
「カトー総長は罪を犯した。無差別テロまで起こした」
罪を犯すに至る事情があったとしても、無罪放免には出来ない。
奥方様はそう言い、「カトー総長に罪と向き合ってもらうためにも、力を貸してくれ」と言った。
「…………」
総長を捕まえるしかない。その覚悟はしてきた。
だから、僕は奥方様の言葉に頷いた。
■title:交国首都<白元>にて
■from:逆賊・石守素子
カトーなど、惨たらしい手を使って殺してやりたい。
どんな事情があったところで知ったことか!!
妾自身の手で拷問して、殺してやりたいぐらいじゃ。……睦月や犬塚の兄上、そして黒水の領民達の復讐をしたい。
個人的にはそう思うが……こんな復讐心に振り回されておる妾を見たら、睦月が悲しむ。
睦月は死んだ。もうおらん。じゃが、妾が感情の赴くままに無茶をやり続けておれば、睦月がもっと遠くに行ってしまう気がした。
その個人的な気持ちのためにも……カトーを必要以上に罰する事はせんし、エデンの全員に罪を問う事もせん。睦月ならこうするはずじゃ。
妾の「力を貸してくれ」と頷いたスアルタウに、「本当に良いのか?」と問う。
「妾は『エデンが保護していた者達』を人質に、『カトーを捕まえるのに協力しろ』と脅しておるのじゃ。……その辺も踏まえてよく考えて――」
「……僕も総長を止めたいですから」
スアルタウは苦しげな表情をしつつ、「でも、僕だけじゃ総長を止められないんです」とこぼした。
「総長を捕まえるのに協力して…………いえ、協力させてください」
「生け捕りにするとは限らん。最悪、カトーはその場で殺す」
罪のないエデン一般構成員のためにも、カトーを生け捕りにするのが最善じゃ。
奴を交国の法廷に引っ張り出し、エデンの悪行は自分の罪じゃと認めてもらった方が、他の者達を助けやすくなるからな。
じゃが、無理に生け捕りにするつもりはない。奴が激しく抵抗するつもりなら、法の裁きを待たずに殺す。殺させる。
その覚悟はしておいてくれ、とスアルタウに告げる。スアルタウにはカトーの居場所を特定する手伝いだけしてもらえればいい。……さすがに、スアルタウの手を汚せとは言わん。
スアルタウはカトーを殺す件については、簡単には受け入れられない様子じゃった。じゃが、ひとまず妾達に協力してくれるつもりのようじゃ。
「あの、それと……僕も総長と一緒に裁いてください」
「妾はお前に、エデンの罪を問うつもりはない」
「僕はネウロンで、犬塚特佐やネウロン駐留軍と戦いました!」
「知っておる」
「黒水を襲撃した総長達を、止めることができませんでした」
「後者に関してはお前の罪ではない」
前者の罪の精算のために、表向きは裁かれて貰う事になるかもしれんが……あくまで表向きの話で、厳しく罰するつもりはない。
そう告げると、スアルタウは一層苦しげな表情を浮かべつつ、「何でですか」と問いかけてきた。
「僕は、犬塚特佐の死にも関わっているんですよ!? 僕が特佐の白瑛を鹵獲して、捕まえたから……その後、特佐は……」
「お前を重く罰するつもりはない。そういう約束――いや、契約をしたからな」
お前達がエデン構成員になった時点で、「保護」できるまでの間に罪を犯す可能性があった。じゃが、「可能な限り罪に問わないでやってほしい」と言われておった。じゃからその契約を果たすだけじゃ。
「……カトーを捕まえる件について、迷いがあるならお前には頼らんようにする」
「えっ……!」
「じゃが、お前が手伝ってくれんでも、エデン内で罪のない者達は悪く扱わん事を約束する。お前はもう、休んでおれ」
スアルタウに手伝ってもらった方が事態を解決しやすくなるかもしれんが、此奴に無理をさせたらそれはそれで契約違反になる。
この子のような将来有望な若者を、汚い大人の争いに巻き込んで潰してしまうのも心苦しい。方針を変え、スアルタウは巻き込まずに休ませようと思ったが――。
「僕1人、安全圏にいるなんて納得できません!」
スアルタウは大声を出し、詰め寄ってきた。
妾の護衛達がスアルタウの対処に動こうとしておったが視線で牽制する。……この子が妾を害することはあるまい。
「このまま何もしないでいたら、何の贖罪も出来なくなります……!」
「そもそも、お前が責任を感じるべきではない」
いまエデンが起こしておる騒動は、プレーローマにそそのかされたカトーが暴走しておるだけのこと。スアルタウは間接的にプレーローマに騙された被害者のようなものじゃ。
じゃから、「死に急ぐな」と忠告したが、スアルタウは――精神的に追い詰められていようとも――今回の騒動の鎮圧を手伝いたがった。
「何も出来なければ後悔します。ずっと、後悔を抱える事になります」
「…………」
「お願いです。僕は、この戦いを止めたいんです。黒水の時は……総長を止められませんでしたが……。今度こそ止めるために協力させてください」
「お前はこれ以上無理をしなくても、免罪が決まっておる」
「僕はそんなの嫌なんです……!」
「分からず屋め。お前達を許してやってくれと、<北辰隊>に――」
「奥方様! 申し訳ありません、火急の報告が……!」
自分自身を罰したがるスアルタウの顔に扇子を突きつけておると、部下が報告に来た。あまりいい話ではなさそうじゃ。
その予感が当たっていた事は、直ぐにわかった。
スアルタウを気にしておる部下に、「この子にも聞かせてしまってよい」と告げ、急ぎ報告させる。
「前線の話じゃろう?」
「はっ……! プレーローマの大部隊が、交国への侵攻を再開しました」
やはり来た。
ただ、思っていたよりも早い。
プレーローマは<エデン>や他の反交国組織を焚きつけ、交国領内で十分に混乱を起こした後で動くと思っておった。
7年前のブロセリアンド解放軍の時に失敗した手を再び使ってくると思うたが……予想が外れた。奴らは反交国組織にそこまで期待しておらんかったようじゃ。
プレーローマが交国領に再び攻め入ってくる事は予想できておった。じゃから前線に戦力を割き、備えはしておったのじゃが――。
「今回の侵攻には<三大天>も参加しています。最前線に出てきたようです」
「…………」
敵は、こちらが思っていた以上の戦力を用意してきたらしい。
しかも、考え得る限り最悪の戦力を投入してきた。




